ビカスのリンゴ園
ビカスに案内されて彼のリンゴ園に到着すると、数名の地元民が収穫作業を行っていた。
その中に交じって作業をしていた男女がビカスの元へ駆けてきた。カルパナとゴパルに合掌して挨拶をする。年齢は男の方が二十代後半、女の方は十代後半といったところだろうか。よく日焼けしている。
ビカスが紹介した。
「ワシの子供ラー。いつもスマホでカメラ係してもらってるラ」
男が癖のある短髪をかいた。まさしくビカスの子という顔立ちである。ただ、カウボーイハットではなくて野球帽のような帽子を被っているが。
「アネタ・ゴウチャンです。いつも父がお世話になっています」
続いて女が照れながら、少し癖のある腰まで伸びている黒髪を左右に振った。彼女は母親似なのだろう。眉毛以外はそれほど似ていない。日本の影響なのか、日本の農家のおばちゃんが被っているような白い帽子を被っている。
「リリタです。ポカラからわざわざ来てくださって、ありがとうございます」
兄妹ともにきれいなネパール語を話している。いつもはジョムソンで建築や病院事務の仕事をしているそうで、時々リンゴ園を手伝っているらしい。
ちなみにビカスの妻と祖父母、親戚はチベット寺院へお参りに行っているという事だった。
カルパナとゴパルが丁寧に合掌して挨拶を返した。ゴパルがニコニコしながら兄妹に礼を述べる。
「いつも良い映像を撮ってくれて、ありがとうございます。作業記録の映像がそのままリンゴ栽培のマニュアルになると評判ですよ」
カルパナも穏やかに微笑んだ。
「ポカラのホテル協会のポータルサイトで、短く編集した映像を乗せています。こちらも好評だとレカちゃんが話していました。ラビン協会長さんの話ですと、ツクチェのリンゴを注文する人も増えてきているみたいですね」
ビカス父子が照れている。仕草が同じだ。
「高く売れて嬉しいラー。注文が殺到してるけど、熟した実だけを収穫してるから配送が追いつかないラー」
どうやらリンゴの収穫はチャーメと違い、一斉ではなさそうだ。
ビカスの話によると、日当たりの良い枝から先に収穫を始め、次第にリンゴの木の内側に移っていくらしい。
「数回に分けて収穫するラー。その方が、木に負担がかからないラ」
アネタが補足説明した。
「こうすると、リンゴの実の大きさが揃いやすくなるんですよ。熟し具合も均一化されますね」
リリタが照れながら苦笑した。
「それでも落果が起きますけれどね。ジュースやシードル、干しリンゴやジャムにはしない決まりですので、ボカシにして肥料に変えています。あと、豚の餌にも使っていますよ」
なるほど、とスマホに録音するゴパルだ。
「確かに消費者としては、地面に落ちたリンゴを食べたいとは思いませんよね」
菜食主義者の中には好んでそういった果物を食べる派閥もあるが、少数派である。
ビカスがリンゴ園内を案内するので、兄妹は収穫作業に戻っていった。作業をしている人達はタカリ語の歌を歌っているのだが、ゴパルとカルパナには聞き取れなかった。チベット系の言語なのでサンスクリット系のネパール語とは別だ。
ゴパルが枝に実っているリンゴを接写してからビカスに聞いた。袋がけがされているのだが、かなり厳重なかけ方なので小首をかしげている。
「ビカスさん。ずいぶんと厳重にリンゴの実を袋で包むんですね。そんなに鳥害が酷いんですか?」
ビカスがカルパナと視線を交わしてから、ニッコリ笑って答えた。
「それは年越しリンゴの実ラー。一番高く売れるリンゴの実ラ」
カルパナが穏やかに微笑みながら、補足説明をしてくれた。
「完熟しても地面に落ちないようにしているんです。西暦太陽暦の年明けを過ぎると、リンゴの実が自然と枝から離れます。それが収穫の合図になりますね」
ただし、気温が低くなってリンゴの実が凍結する恐れがでた場合には、即座に収穫するらしい。
カルパナとビカスがリンゴ園内で談笑しているのをゴパルが撮影していると、マハビル社長から電話がかかってきた。その電話を終えてから、カルパナとビカスに声をかける。
「カルパナさん、ビカスさん。そろそろツクチェ酒造へ向かいましょうか」
了解するカルパナだ。ビカスは申し訳なさそうな表情で謝った。
「ワシはリンゴの収穫を続けないといけないラー。酒を飲んでしまうと、子供や妻に怒られてしまうラ」
ゴパルが頭をかいている。
「やはり酒が出そうですか……できるだけ飲まないように気をつけます。クシュ教授が居ますし」
クスクス笑っているカルパナである。
「少量でしたら構わないと思いますよ」




