トマト、ズッキーニ、タマネギ
まず最初にカルパナが案内したのはトマト畑だった。ラメシュが早速畑に入ってトマトの株の様子を撮影していく。カルナもトマトの葉をどけたりして手伝い始めた。
その様子をニコニコして見つめながら、カルパナが説明する。
「昨日、トマト苗を定植したばかりです。本葉の数が七から八枚になって、花が咲き始めた苗を植えつけています。花が通路側に向くように植えるのがコツですね」
トマトの生育上、縦百センチ、幅五十センチ程の面積が必要だ。なので、幅二メートルの畝に苗と苗の間を五十センチあけて、二列で植えている。トマトの苗は風に倒れやすいので、支柱を高さ二メートルほどの合掌式に組んで横棒を通し、苗を紐を使って固定している。
「定植作業は風が吹かない午前中に行います。フェワ湖からの上昇気流が、この時期でもまだ強いんですよ」
ラメシュが苗を接写しながら、ゴパルが以前に撮影した苗の写真と見比べた。
「今回の苗の方がヒョロっと細い印象かな。うぶ毛も少なめですね」
カルパナが感心しながら答えた。
「よく気づきましたね。雨が多い時期に育苗したので、その影響が出ています。軟弱な苗ですので、栽培も少し難しくなりますね」
カルナがラメシュの撮影手伝いを続けながら同意した。
「苗が柔らかい見た目ですよね。うぶ毛もあまり固くないし。でも、ポカラは亜熱帯ですし、それほど心配する必要はないと思いますけど」
カルパナが素直にうなずいた。
「そうね、カルナちゃん。苗の根がしっかり張ってきたら栽培も楽になるかな」
ちなみに首都圏では今後気温が下がり、テライ地域では濃霧が発生しやすくなる。
ラメシュが撮影を終えて、カルナに礼を述べた。
「ありがとうございました、カルナさん。おかげで良い写真が撮れましたよ」
照れているカルナである。カルパナが穏やかに微笑みながら、次の畑を指差した。
「それでは、次にズッキーニ畑に向かいましょうか」
向かうと黄色い花が咲いていた。ラメシュとカルナが撮影していくのを眺めながら、簡単に説明するカルパナだ。
「雄花を日の出前に摘みます。その雄しべを切り取って、雌花に押しつけて受粉させています。使用済みの雄花はサビちゃんの店に出荷していますよ」
雄花は包み揚げの材料として使うらしい。ちなみに、花ズッキーニは雌花が開花して四日目のものを収穫している。花と実の両方を収穫するので、実の長さは十センチ程度だ。普通のズッキーニは、開花して七日目以降に収穫している。実の長さは二十センチ程度になる。
ラメシュが普通のズッキーニの実を撮影しているのを、カルナの肩越しにカルパナが見下ろした。
「前作では、実の周囲の風通しを良くするために葉の数を調節していました。今作は乾期なので軽い調節に済ませています。乾燥と肥料切れにこれから注意しないといけませんね」
最後にカルパナが案内したのはタマネギ畑だった。段々畑が二枚あるのだが、どちらも苗の定植前だ。
「早生品種と晩生品種の苗を植える予定です。今は畑に肥料を与えて準備している所ですね」
さすがに苗が植えられていないので、撮影を簡単に済ませるラメシュであった。
「カルパナさん、お手数ですが今後の作業内容について簡単に話してもらえますか? 録音して文章に起こします」
カルパナが恐縮しながらも話してくれた。
「そうですか? ええと……早生、晩生どちらも同じ作業ですよ」
畑は千平米ほどあるのだが、そこに植物質堆肥と青刈り雑草と落ち葉を三トン、水牛骨粉を百キロ、鶏糞二百キロ、鶏や魚の肉骨粉二百八十キロ、生ゴミボカシ三十五キロ、光合成細菌十リットル、これにKL百倍希釈液と糖蜜百倍希釈液の混合液を一トン散布したらしい。
「これらを散布してから、五センチくらいの深さで耕して畝を立てています。タマネギなので平畝ですけれどね」
ラメシュが土を手に取って眺めてから臭いをかいだ。ゴパルと同じ仕草をしているので、クスクス笑うカルパナだ。
カルナも土を手に取って、羨望のため息をついた。
「うわー……良い土だなあ。セヌワとかジヌーと大違い」
カルパナが穏やかに微笑みながら、カルナの肩に手を添えた。
「有機物をしっかり入れるとこうなるよ。この畑もKLを使い始めてから良くなってきたから、きっとジヌーやセヌワでも大丈夫だよ」
実際にKLを導入する前までは、植物質堆肥だけしか使えない状況だったと話すカルパナだ。家畜糞や肉骨粉はいったん厩肥にしてから使用していたのだが、悪臭とハエの発生が酷かったらしい。パメには農家以外の住民も多く住んでいるので、悪臭問題は重要な懸念事項になる。
今はこれらを直接畑に散布して、KLと光合成細菌を使って畑の中でボカシ化させている。そのため、悪臭問題がかなり改善されているとカルパナが話してくれた。
興味深く聞くカルナだ。
「ジヌーは温泉町だから悪臭問題は重要なんですよね。良い事を聞きました。ありがとうございます、カルパナさん」
ラメシュも感心して聞いている。
「へええ……直接畑の中で堆肥づくりですか。面白いですね」
カルパナが照れた。
「人手不足ですので、手抜きを考えないといけないんですよ」
近くにパパイヤ畑があったので、それについても簡単に説明するカルパナだ。
「見ての通り、改良品種です。在来種ではありませんので味は今一つですね」
作業内容は、三日前に土ボカシを一本当たり一キロ与えたという事だった。その際に病害虫予防のため、黄色くなった古い葉を摘み取っている。
「それと、乾期ですので土が乾かないように気をつけています。KLで中和したもみ殻燻炭を使っていますけど、水持ちが良くなりますね」
リテパニ酪農の近くにある、在来種の赤パパイヤ園でも同じ作業をしているらしい。土ボカシという形で肥料を多く与える事ができているので、赤パパイヤの収穫量も増えてきているそうだ。
撮影と録音を終えたラメシュがカルパナに礼を述べた。
「忙しい中、ありがとうございました。おかげで良い報告ができそうです。次第に大規模な栽培に移行している感じなんですね」
カルパナが困ったような笑顔を浮かべた。
「私の予想以上に農家さん達がやる気になっていまして……当面はケシャブさんに指導してもらいますが、急いで中核農家を増やさないといけなくなりそうです」
農家どうしの繋がりが強いので、技術を習得した農家を育てると普及に弾みがつく。
カルナが自身のスマホを見て時刻を確認した。
「ラメシュ先生が乗る首都行きの飛行機まで、まだ時間があるわね。今度は私の買い出しに付き合ってくれる?」
朗らかに了解するラメシュだ。
「もちろんですよ、カルナさん。荷物持ちを頑張ります」
ニコニコして見ているカルパナだ。
「まずは種苗店へ下りましょうか。ビシュヌ番頭さんがチヤを用意しているそうです」




