ここでも、ほだ木起こし
ラメシュがスバシュとカルパナに、ナウダンダの最低気温を聞いた。そして、まだ最低気温が八度以下になっていないと分かり、腕組みをする。
「……さすが亜熱帯のポカラですね。もう少し冷えるまで待ちましょうか」
それでも、ほだ木の組み替え作業だけは行う事になった。ケシャブ達がやって来たので、ラメシュが彼に作業を実演して見せる。
「こんな感じで合掌式にほだ木を組み替えてください。こうするとキノコの収穫が容易になります」
カルパナとカルナも手伝い、ケシャブ達が作業を始めた。スバシュも作業をしていたが、ラメシュに一つ提案する。
「ラメシュ先生。ほだ木だけで合掌させると、ちょいと不安定になりますね。後で、しっかりした支柱を立てて、そいつに横木を渡してみましょうか」
つまり、野外の物干し場で洗濯物を干すような感じになる。ラメシュがなるほどと感心しながら賛同した。
「そうですね。ナウダンダでは今後、もっと大規模にシイタケ栽培をする事になるでしょうから、そういう工夫は良いと思います」
ラメシュも基本的には微生物学研究室の中や、大学内の圃場、演習林で小規模に実験をしている程度だ。商業生産の規模での実験はしていない。キノコの種菌製造会社も小さいので、現状では種菌生産に全力を傾けて供給体制を整えている段階である。
ラメシュがスマホでほだ木起こしの様子を撮影して、セヌワでの作業と共に報告書にまとめていく。ゴパルと違い定型式の報告書なので、空欄を埋めていくだけで完成する。すぐに仕上がり、早速首都へ向けて送信しようとしたが……軽く肩をすくめて中断した。
(ここでは通信速度が足りないのか……仕方がないな、ポカラに着いてから送信しよう)
上空の準天頂衛星群の位置と数も不十分なようで、これを使った通信も断念した。
スバシュが興味津々の様子でラメシュのスマホを眺めている。
「さすが高性能ですね。私なんかチャットでやり取りするのが関の山ですよ。報告書まで書けるんですね、それ」
ラメシュが微妙な表情になって口元を緩めた。
「おかげで、どこからでも報告書を書いて送らないといけません。ゴパルさんはノートパソコンを使う事に固執しているようですけどね」
作業は間もなく終了した。ケシャブ達がラメシュとカルパナに合掌して挨拶をしてから、あちこちの段々畑へ向かっていった。
カルパナがスマホで電話をかけて、パメのビシュヌ番頭と何やら話しているので、スバシュが代わって農作業の状況を話してくれた。
「今週から食用菊とニンジンの出荷が始まったんですよ。どちらも人手がかかる作業なので、ケシャブ達も大変です」
ラメシュが小首をかしげた。
「ん? ニンジンはまだ育っている途中だと思ってましたが。ゴパルさんの報告書ではそんな印象ですよ」
スバシュが少しドヤ顔になって答えた。
「ああ、多分それはパメのニンジンですね。ナウダンダのニンジンは時期を早めて栽培しているんですよ。品種は同じ固定種なんですけれどね、自家育種を重ねたせいで種蒔きの時期が大きくずれているんです」
感心して聞くラメシュである。確かにパメとナウダンダとでは千メートル近い標高差がある。気候も違ってくるのは当然だ。
その自家育種だが、収穫したニンジンの中から選んだものを段々畑の最上段に埋めて、長期保存する事から始めるらしい。その最上段は桃園よりも上にあり里山の森と接しているので、さらに標高が高い。
スバシュがその場所を指差したが、ラメシュには場所がよく分からなかった。
「ナウダンダの丘の頂上に山小屋と地下室があるんですけれどね……その地下室にはワインやチーズがぎっしり保管されているんですよ」
話しながら、軽いジト目になっていく。
「サビーナさんの差し金なんですが、おかげで地下室を使えません。仕方なく段々畑に埋めているという状況ですね」
まあ、商品単価の比較でみると、ワインやチーズの方がニンジンよりも高い。スバシュと一緒に腕組みして呻くラメシュである。
「どこも冷蔵庫と電力不足なんですねえ……」
他にスバシュが話してくれたのは食用菊だった。黄色い花と、薄い赤紫色の花の二種類を栽培している。花びらの形も違い、黄色い花はスプーン状で他方は筒状だ。これらも固定種である。
「欧米からの観光客はサラダが好きですからね。食用菊の花を散らしておくと、見栄えが良くなるそうです」
ちなみに味の方は大したものではない。
桃園では白桃と黄桃の収穫が終盤を迎えたという話だった。ラメシュもゴパルと同じく、桃園を訪問する事はできないため、下から見上げるだけだ。
スバシュが申し訳なさそうに謝る。
「すいません、ラメシュ先生。桃の苗が増えてきていますので、数年後からは苗木を他の畑へ植える事ができそうです。その畑でしたら、多分訪問しても大丈夫になるハズですよ」
ゴパルと違い、ラメシュには特に興味がなさそうだ。普通に聞き流している。そこへ電話を終えたカルパナがカルナと一緒にやって来た。
「お待たせしました、ラメシュ先生。パメへ下りていきましょうか。途中でいくつかKLを使った野菜畑を撮影していってください」
気楽に了解するラメシュだ。スバシュがラメシュに合掌して挨拶をした。
「それでは私もこれで失礼しますね。チャパコットのハウスへ行かないといけなくて」
そう言って、茶店のそばに停めてあるバイクに向かって小走りで駆け去っていった。思わず頭をかくラメシュだ。
(さすがに秋だなあ……皆さん忙しそうだ)
カルナに顔を向けると、ニッコリと笑いかけてきた。
「私はポカラへ買い出し。でも、注文はもう済ませてあるから、ラメシュ先生の仕事に付き合えるわよ」
ラメシュが素直に感謝した。
「そうしてもらえると助かります。接写する際に余計なモノが映り込まないようにしてくれると、撮影がはかどります」
カルナが肯定的に首を振った。
「了解」
カルパナが少し驚いた様子でカルナとラメシュの様子を見ていたが、すぐに察したようだ。ニコニコしながら坂を下り始めた。
「では案内しますね。坂がきついので足元に気をつけてください」




