第9章 ーMother's Loveー
それから4分の1刻程アルトは声をあげて泣き続けた
幼い少女のが転んで泣くようにようにラルクの胸にしがみつき泣きじゃくった
こんな彼女の姿を見たのはいつ以来だろうか
久しぶりに彼女がうわべという仮面をとり本当の彼女の素顔を見たような気がした
今日の夜空はアルトが本当の気持ちをさらけ出すのを優しく静かに見守っているようだった
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
ラルクは一緒になって壁にもたれて座る小さくなっているアルトに声をかける
アルトは涙を流す事で充血した眼をこすりながら頷く
「…ラルク…実は……」
しばらくの沈黙の後アルトが口を開いた
ラルクは黙って耳を傾ける
「…本当は最初にセレン様に話すべきなんだけど……ラルクに聞いて欲しいの…私がラルク達にエルシア様からの以来を届けにくる前の日の晩……………
【「セリエ様、私に内密に何の御用でしょうか?」
優しく月光が窓からセリエの背中を差す深夜アルトは彼女の前に跪く
「アルト、よく来てくれましたね。落ち着いて聞いて下さい………もうすぐこの城の中で謀反が起きます…!」
セリエは静かな穏やかな口調でアルトに予想だにしない言葉を告げる
「…!?それは本当ですか?!」
突然告げられた衝撃の事実にアルトは国の王の前であるが思わず立ち上がる
対する黒髪の優しい眼差しでアルトを見つめる彼女は
そんな状況にも関わらずアルトに微笑みかける
「今、シリウスもクラウディアもこの城にはいません。そして昨日、グレイドもエルシアも貴族院が作り上げた嘘の罪状で投獄されました…」
その言葉と同時にセリエの笑顔は陰りを見せる
「ではどうしたら…!?」
うろたえるアルトの言葉にセリエは一通の手紙をアルトに差し出した
「これはエルシアが城内の有事の際にどうするべきかを記してくれた物です…」
セリエは一瞬後ろへ退いたアルトの右手をとり手紙を渡す
「グレイドとエルシアはシリウス達が何とか助けてくれるでしょう。残るはセレンね……」
「セレン様は私が必ずお守りします!!」
アルトはセリエの茶色の澄んだ瞳を真っ直ぐ見つめながら応える
「えぇ、ありがとうアルト。私はもうじき謀反分子の手によって命を落とすでしょう……だから…セレンを頼みますよ……」
その言葉にアルトはセリエに勢いよく詰め寄った
「いけませんセリエ様…!?それなら私とセレン様と一緒に…っ!!」
逃げましょう、とアルトが口にしようとした瞬間
セリエはアルトの唇に細くて白い人差し指を当てながら首を横に振る
「ありがとうアルト…私はいい臣下を持っていたみたいね……でも、これも国を統べる者としての宿命なの。国を壊そうとする者がいるなら私もその者と共に道を正してあげなければいけないと思うの…私の命を奪った時にきっと悲しむ人が大勢生まれるとその人も分かってくれる筈よ……」
そうかもしれないがそれではあまりにも悲し過ぎる
勿論彼女自身もだ
「だからアルト…その代わりにあの子達と力を合わせてまた新しくこの国の平和を創っていってちょうだい……二度と繰り返さないような……ね…?」
あまりにも穏やかな彼女の口調に一瞬納得してしまいそうになったが当然納得できない
なぜ彼女だけが犠牲にならなければならないのか
「しかしセリエ様…っ!!」
アルトはその思いをぶつけようとしたが
その前にセリエはアルトを母親のように優しく抱きとめた
「ねぇ…アルト?…平和は悠久には続かないものだと思えるかもしれないけど…崩れたらまた創り直せばいいと思うの………だから私は平和で美しいこの国を貴方やセレン達に遺してあげたいの…私にできる事はきっとそれぐらいね……」
セリエは子守唄を歌うようにアルトの耳元で優しく囁く
「でもそれでいいの…貴方達やセレンとこの国を創っていけて私は十分幸せだったわ………」
アルトは何も言い返す事が出来なかった
セリエの王としての強さと優しさにただただ敬愛する事しか出来なかった
「最期にこうして貴方達と一緒にあの子とグレイドをこの腕で抱き締めてあげたかったわ……アルト、後は頼むわね…しっかりあの子とみんなを守ってあげて下さい………」
セリエは今までアルトを優しく包みこんでいた腕をそっと解きアルトに深々と頭を下げた】
「……セレンの母さんは自分達の敵をはっきりさせるために自ら犠牲になったのか……でもそんなやり方……いや、セリエ女王なりに守ったのか………」
ラルクは夜に浮かぶ星に向かってつぶやいた
今の話しをセレンが聞いたら一体どんな顔をするだろう
「私は……セレン様にどう向き合ったらいいのかな………」
全てを話し終えたアルトは膝を抱え込みその間に顔をうずめた
「今はそっとしといてやるのが1番だろ。落ち着いたらちゃんと話せばいい…」
だが、ラルクの言葉にアルトの反応は釈然としない
「怖いの……勿論私が何も話さなかったのがいけないのは分かってる…でも………」
本音はきっとそうだろう
誰でも本音を話すというのは怖いものだ
だが、時には本音をぶつけ合わなければ分かり合えない時もあるというのが
仲間というものの性質なのかもしれない
「だったらみんなで話せばいい、そのための仲間…だろ?」
「うん…」
アルトは膝に顔を埋めたまま小さく頷いた
「それにしてもよく我慢したなぁ…親衛隊長様は我慢強過ぎなんだよ」
ラルクは立ち上がりアルトの頭を優しく叩いた
「調子に乗るな…ラルクだって同じだろう…?……ラルクのバカ…」
アルトは一度顔をあげてラルクを見上げると
泣いて紅くなった頬をさらに紅く染めまた膝の間に顔を隠した




