第6章 ーEach Sorrowー
そして空が綺麗に夜の闇を山の向こうへ押しやる頃ラルク達は王都へ帰って来ていた
レギオン王城は今日も変わりなくレギオンの城下を見下ろしている
何事もなかったように時を刻んでいる
ラルク達はメリッサとセレンを部屋に置いて玉座の間に行くとゲルダとオルドネスがラルク達に背を向けて立っていた
「ラルク…帰って来たか……」
オルドネスがゆっくりと玉座から降りて来た
その表情はガルシア全土を統べる王として放っているいつもの覇気が弱まっている気がした
「ラルクよ………すまないな……」
そう言い、オルドネスはエデンを二分する一国の王でありながら
一介の傭兵のラルクに深々と頭を下げた
「頭をあげてくれよ…戦いだったんだ……仕方ない…」
「そうだな……だが、今は友の死を悼むとしよう…」
「オルドネス…ヤツの弔いは……」
また、ゲルダも覇気の感じられない声を出す
「あぁ、そうだな…実はグレンが昔から俺達に話していた事がある……もし、自分が死んだら葬儀はせずに自分の剣を墓標にして妻の墓と共にしてくれ…と」
オルドネスに言われラルクはグレンが自分達を守るために振るった剣を出した
「まさかその話しが現実になるとはな……」
ゲルダは寂しそうに言った
彼もまた戦人であり、罪と契約を交わした身でありながら
友の死は耐え難い
「お前の母アルナの墓は城の裏の丘の上にある…ラルク、行ってくれるか…?」
当然ラルクはそれに応じたが気がかりな事がひとつあった
「アルトは…いないのか?」
それを聞くとゲルダは少し視線を落とした
「それが、報せを聞いたら部屋に篭っちまってな…」
アルトにしては久しぶりの反応か…
「大将、実は…メリッサとセレン殿も同じ状態なんだけど…」
ライカもいつもの楽観的な態度が見られない
「各々で弔いをするというのはどうでしょうか?」
そんな中でもシルヴィアはいつもと変わらずに提案する
「それがいいかもしれんな…俺達も後でいく、ラルク…頼んだぞ…」
そう言いゲルダとオルドネスは部屋を後にした
「ラルク、悪りぃけど俺メリッサの様子見て来るわ…」
そう言いライカも部屋を後にしていった
「ラルク、行きましょう」
シルヴィアに促されラルクも玉座の間を後にした
ラルクとシルヴィアはオルドネスに言われた通り
城の裏の丘の上に墓を見つけた
「アルナ、ここに眠る…間違いない、母さんの名だ」
墓の周りには白い花が咲きその中心に何かの台座があった
美しく穏やかな人の魂が眠るに相応しい墓だ
「?…これは、剣の台座…でしょうか?」
シルヴィアに言われると、確かに剣先を入れるための窪みがある剣の台座があった
「親父は最初からこうするつもりだったんだな…」
そう言いながらラルクは剣を台座に刺す
改めて台座に刺された剣に刻まれた無数の傷を見る
守るために奪った命の数、罪の数
傷となってこの剣に刻まれている
「親父……」
グレンの背負って来たものを感じた
が
今は悲しみの方が大きい
出来れば夢であってほしいと願ってしまう
それ程に父の死は受け入れ難い
「ラルク…」
心配しているのだろうか、シルヴィアが自分の名を呼んだ
「シルヴィア、皮肉だな…こんな気持ちなのに今日は風が暖かくて空が綺麗なんだな…」
自分の世界はこんなに悲しみで染まっているのに
それとは裏腹にこの世界はいつも通り時を刻んでいるのが少し不条理に感じた
「そうですね、例え誰が死のうとこの世界は何事もなかったように時を刻むんですね」
残酷な言葉だ…だが、それが本当の事でも無いとは今のラルクには言えなかった
城に戻り、シルヴィアと別れて中庭の回廊を歩いているとライカと偶然鉢合わせた
「よぉラルク!もう済んだのか?」
声の調子はいつものように戻っていた
「あぁ…メリッサの様子は…?」
ライカは苦笑いを浮かべた
「あぁ…さっきようやく泣き止んだよ、アイツ、衛生師団だからほとんど前線で人の死に直面する事なんてなかったわけよ…だからグレンさん助けらんなかったのがキツかったんだろうよ…」
その気持ちはラルクも頷けた
戦場の独特の何かが襲ってくるような空気
そして生死の狭間を目の当たりにして普通ではいられないだろう
「そうか…すまない……」
ラルクはライカに頭を下げた
頭をあげ、ライカの顔を見るとムッとした顔をしていた
「言葉の選び方が違えよ、すまないなんて言ったらメリッサまた泣き出すぞ!ついでに俺も泣いちゃうぞ?」
確かにそうだ、謝ってしまえばメリッサにさらに責任の重荷を負わせてしまう
「メリッサの様子見に行っても平気か…?」
そう言うとライカはまたいつもの笑顔に戻った
「あぁ、見に行ってやってくれよ、ただし泣かせんなよ?泣き止ませんの大変だったからなぁ…」
ライカはライカの肩を軽く叩き廊下を歩いていった
「メリッサ、入るぞ…?」
ラルクはメリッサの部屋をノックし返事を待たずに入った
「あ、ラルク…」
メリッサはラルクの方に顔を向けた
見ると顔は眼のあたりが紅く腫れていて少し髪が乱れている
「いつもみたいな元気はどうした?」
ラルクはベッドに座るメリッサの隣に腰掛けた
「仲間が死んだんだよ…?元気でいられる訳ないじゃん…」
メリッサは足を遊ばせながら視線を落とした
「親父の事ありがとな…治療してくれて、仲間って呼んでくれて…ただ、メリッサとライカがバカみたいに元気じゃないとみんな元気無くしちゃうだろ?」
それを聞いてメリッサは勢いよくベッドに寝転ぶ
「バカってなによ……あーもお分かったよっ!!みんながまた元気になるくらい騒げばいいんでしょ!?」
メリッサはベッドの上で手足をジタバタさせる
「やっといつもの調子に戻ったな」
ラルクがベッドから立ち上がった時メリッサの静かな声が聞こえた
「でもねわかってる…ラルクの方がアタシより辛いんだよね……ゴメンネ、アタシに力が無かったから…」
「力が無かったのは俺の方だよ…ありがとな、親父を助けようとしてくれて……」
ラルクにそう言われたメリッサはまた充血した瞳に涙が溜まり手で覆い隠す
ラルクはそれを背中で感じながら手を挙げて部屋を出て行った
次に向かったのはアルトの部屋
ラルクには分かっていた、彼女が部屋に篭る時は大体…
「ダメ…今は……話す気になれない…」
予想外にも応答があった、以前なら返事が無かったのに
「分かった……それじゃあ聞くだけでいい、すまない…俺が弱いばかりに親父を死なせてしまった…責めてくれていい…俺の弱さが招いた結果だ……」
そう、自分の弱さが招いた結果だ…
すると、いきなり扉が勢いよく開き中からアルトが出てきた
そして、彼女の右手がラルクの右頬をとらえる
ラルクはそれを抵抗せずに受けた
「ゴメン…ラルクを責めてもグレンさんは戻って来ないのに……」
毛先が乱れた紅い髪が彼女の悲しみに濡れた顔を隠す
「……グレンさんは最後になんて………?」
アルトは額をラルクの胸に当てて掠れた声で聞いた
「アルトは1人で溜め込むからもっと仲間を頼れ、傭兵団は家族だからな……そう言ってた…」
それを聞くとアルトは微かに肩を震わせ始めた
「そう……でもごめんなさい…少し1人にしてくれる?…今、ラルクに頼ったら……」
アルトの声は彼女の小さな肩と共に震えていた
「分かった…待ってるからな……」
ラルクがそう言うとアルトは部屋に入っていった
無理もないだろう、グレンは彼女やシルヴィアにとっても父親同然なのだから
それに、彼女が自分達を頼ってくれるようになるまでもう少し時間が必要だろう
その後ラルクはセレンの部屋に向かったが部屋に彼女の姿はなかった
ベッドの上の手で強く握った後が残るシーツが乱れているだけだった
城内をあちこち探し最後に辿りついたのが…
「セレン、探したぞ…」
グレンとアルトの墓の前にセレンは膝を抱えて座り込んでいた
「もうすぐ日が暮れる、帰るぞ…」
空は朱色、黄昏時だ
「いやです……ラルクは先に帰っていて下さい…」
グレンが死んでからというもののセレンは子供のように聞き分けがない
「いつまでそうしてるつもりだ?夜は危ないし、風邪引くぞ?」
するとセレンは顔の眼から受けたをあげた
その両目は泣き濡れ、メリッサ同様紅く周りが腫れていた
「放っておいて下さい…!…私さえいなければグレンさんは……!」
それを聞いたラルクはセレンと向き合い彼女の眼を見つめた
「ふざけんな!親父や俺達はセレンを放っておけないから戦ったんだ!!」
それを聞いたセレンの瞳から再び大粒の涙が溢れ出す
「どうして私の事を責めないの?!私を庇ってグレンさんは死んでしまったのに!!だったらいっその事なじってくれた方がラクなのに……!」
また顔を嗚咽を混じらせながら伏せるセレンの頭にラルクは手を置いた
「セレンを責めたところで親父が還ってくるわけじゃないだろ…?…親父は…もういないんだ…」
人にとって身近な者の存在というのはありふれたものでありながら大き過ぎる
誰かがいなくなればその人の世界には大きな埋められない穴が空いてしまう
「…ッ……ゥ…ごめんなさい…私のせいで…ゥ……グレンさんが……ッ…死んでしまって…ホントはラルクが一番泣きたいはずなのに……ック…私が一番泣いて……」
震えるセレンの小さく弱々しい背中をラルクは優しく撫でた
「俺の代わりにみんなが泣いてくれてるだろ?それで十分だし、俺まで泣いちゃ親父の守りたかったもん受け継げないような気がすんだ…」
強がりか本音か…実際のところは今のラルクには分からない
「でも…ゥッ…私のせいで……!」
セレンはまたその言葉を口にする
よっぽどグレンの死は彼女を罪悪感の崖っぷちへと追い込んでいるのだろう
そこで、ラルクは懐からグレンが死ぬ時に遺した
元はグレンの右腕であった銀の腕輪を取り出した
「それは…グレンさんの……」
「セレンに持っていてほしいんだ」
ラルクは腕輪を渡そうとするが拒むようにセレンは腕を後ろへ隠した
「ダメです…これは……」
「もしセレンが、親父が死んだ事に自分を責めてるんだったらこれを付けて親父の分まで生きてくれ…また平和な日が来るまで持っててくれよ、その日まで生き延びるって約束だ…な?」
そう言ってラルクはセレンの右手を取る
「約束…します……必ず…だからラルクも約束して下さい…」
「あぁ…約束する」
ラルクはセレンの細くて白い右腕に腕輪を通した
「よし、泣き止んだみたいだし帰るぞ!」
ラルクは立ち上がってセレンに手を差し伸べる
「ラルク…」
ラルクの手につかまりながら呼ぶ
「ラルクは大丈夫ですか…?」
セレンが何を聞きたいかは大体分かっていた、しかし
「…大丈夫だ……」
振り返らずに答えてラルクは黄昏時の道を歩いていった
こうして皆の心の平安は一時的だが戻りつつあると感じながらラルクは部屋へ戻ってきた
月明かりしか差す事のない暗い部屋で息をつく
その夜の深い闇と静寂の寂しさにラルクは父が本当に死んだのだと実感した
「親父……本当にもう…いないんだよな…?」
そう呟き思い出すのが父の言葉
「俺が弱かったんだ……いや、怖かったんだ…」
人を殺し殺されるのが怖かった…
だからこのような悲劇を生んだ
「覚悟…か………」
バルコニーへ出て夜空に映る星の輝きをラルクはその眼に宿した




