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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
ゼルシャの村
22/61

act.19 過去夢の君

自分の見たあの悪夢、そして現れたエルミリカ。

ラファが熱っぽく語った話を聞いて、マユキ、トレイズ、ギルビスの三人は顔を見合わせた。

「"過去夢の君"かあ…そういえば、チルタもそんなこと言ってたな」

トレイズの台詞に、ラファは記憶を掘り起こした。確かに、そんなことを言っていた。

過去夢の君と、予知夢の君。「この世で最も尊い存在だ」と、チルタは言った。そして予知夢の君は、トレイズが保有しているのだと。

「うーん…エルミなら何か知ってるかもしれないけどなあ…」

「そういえば、あの指輪、エルミから貰ったんだ。ラトメを出るときに、"僕には必要ないものだ"って。な?マユキ」

「うん」

「指輪…」


ギルビスが身を乗り出した。

「その指輪、ちょっと見せてもらえない?」

「構わないけど。あ、あと、チルタが俺のことを"過去夢の君"って呼んだ時に、この時計が証拠だって言ってたんだ。これ、インテレディアで見たときに、今までは止まってたのに、いつの間にか動いてたんだよな。しかも、逆周りに。両方俺のじーちゃんの持ち物らしいけど…」


指輪と腕時計をまじまじと見て、ギルビスの目が大きく見開かれた。感動したように、言う。

「まさか、本物が残っていたなんて…!」

「本物?」


マユキが首を傾げた。ギルビスはありがとう、と二つの品を返すと、一同を見まわした。

「"過去夢の君"っていうのは、"予知夢の君"と並んで、この世で最も強い魔力を持つと言われているんだよ」

「強いって…赤の巫子よりもか?」

「赤の巫子だって、所詮は人の作ったものだ。でも、この二人は違う。双子神"エル"の直系の力を受け継いだ、言わば現代に生き返った神のようなものだ」

"神"。ラファはその単語が、自分の背中に重くのしかかるのを感じた。神?誰が?俺が――?


「ノルッセル一族の、それも王家にのみ引き継がれてる、特別な力……それは読んで字の如く、"過去夢"を視る者と、"予知夢"を視る者。つまり、双子神がそれぞれ持っていた、過去と未来を視る力だ。それを唯一制御できるのが、銀の腕時計と銀の指輪…ノルッセル王家の秘宝だよ。ノルッセルっていうのは、世界創設戦争のときに滅亡した、ロゼリー帝国の王家一族のことだけど、この道具もロゼリーが滅んだときに一緒になくなったって、父さんの本に書いてあったのに…」

「ただの、御伽噺とかじゃなくて?」


さすがのマユキも、あまりに非現実的すぎるその話には乗り気にはならなかったらしい。しかし、ラファにはギルビスのその話に、妙な説得力を感じた。

「でも」

ラファの口をついて、言葉が飛び出した。

「インテレディアで、俺はギルビスの過去が視えたんだ…」


一同が黙り込んだ。最初に我に返ったのはギルビスだった。彼は何かに気づいた様子でラファを見た。

「だから、君はリィナが巫子じゃないことに気付いたのか…」

「え…あ、ごめん……」

「いや、いいんだ。いいんだけど…」


ギルビスは口ごもった。トレイズが後を引き継ぐ。

「おいおい、ってことは本当に、ラファは"過去夢の君"とやらってことかよ」

「本当に、ラファが?」

「俺だってびっくりだよ!!でも、だとしたら全部、説明はつくし」


ギルビスは口元に手をやった。戸惑うラファ達の中で、彼一人だけが冷静だった。

「…それで、今回はここの村長の過去が視えて、その上エルミリカ・ノルッセルと名乗る奴が現れたってわけだ」

「あ、ああ…」

「史実によるとね、エルミリカは、今のところ最後に確認されている"予知夢の君"なんだよ。だから、その指輪はかつてはエルミリカの持ち物だったってこと。つまり、エルミリカは指輪に何らかの仕掛けをしたのかもしれない」

「エルミリカ・ノルッセルって、赤の巫子を考案したっていう、天才なんだろ?」

「そうだね」

「それって、」


ギルビスが肯定すると、マユキがラファに飛びついた。

「すごい!すごいよラファ!!それって、ラファはエルミリカ・ノルッセルに会ったってことでしょ!千年以上も前に死んでる人……幽霊……いいなあ、私も会いたかったなあ!」

「げ、マ、マユキ……」


珍しくあの非現実好きのマユキが大人しいと安心していたのに、今になって発作がおきたらしい。ラファが後ずさると、マユキはラファの腕をひっつかんで、興奮したように言った。

「ねえねえ、ラファが呼んだらエルミリカさん、出てくるかな?呼んでみてよ、ラファ!」

「む、無理だって!やってみたけど、出来なかったんだよ!」

そんなやりとりをするラファとマユキを尻目に、険しい表情でトレイズは頭1つ分下にあるギルビスの頭を見下ろした。


「でもよ…ノルッセル一族って確か、もう生き残りはいないんじゃなかったか?」

「確か、エルミリカとミフィリに子供はいなかったって聞いてる。でも、異分子に関する記録っていうのはほとんど残ってないんだ。エルミリカとミフィリ以上に、厳重に隠されてるからね。だから、ラファがノルッセルの血を引くとしたら…」


ギルビスは、ラファの背を見た。

マユキに詰め寄られて戸惑う、どこからどう見ても普通の少年。

そして、吐き出すように言う。

「ラファは、"異分子"の子孫なのかもしれない」



ラファの見た夢。

それがもしかしたら、昨夜ギルビスが指摘した矛盾の原因なのかもしれない。そう話しながら食堂へと向かう途中、エリーニャが食事の入ったトレイを手に、廊下を歩いているのが見えた。

「あれ……エリー」

「マユキ、待て」


エリーニャに呼びかけようとしたマユキを制して、トレイズは一同を物陰に押し込んだ。

「な、なんだよ?」

「いいから黙ってろって」

エリーニャはこちらには気付かず、一瞬視線を周囲に走らせると、廊下の奥へと消えた。…食事のトレイを、持ったまま。勿論、そちらは食堂ではない。


エリーニャの足音が聞こえなくなると、トレイズが真っ先に立ち上がり、呟いた。

「追うぞ」

「えっ、ちょ、トレイズ!?」

「どうしたんだ?」

「……」

ぽかんとするラファとマユキとは違って、ギルビスはなにかに気付いたようにトレイズの後を追った。

「ほら、何やってるの君達。置いていかれるよ」

「あ、ああ。行こうぜ、マユキ」

「う、うん」


トレイズは、三つ向こうの角を曲がった先にいた。行き止まりの壁をさすっている。

「あれ、行き止まりじゃないか」

「じゃあ、エリーニャはどこに行ったのかしら?」

「隠し扉だ、ほら」


トレイズが、木製の壁についた小さなへこみを押すと、カチ、と錠が外れるような音が耳に入り、壁の端に、丁度扉くらいの大きさの、長方形の筋が入った。トレイズがその部分を押すと、それはまさに扉のように、蝶番をまげて開いた。

向こうに広がるのは、薄暗い廊下。冷たい空気が、流れてくる。

「やっぱり、何かあるね、この村」

ギルビスの呟きと共に、一同はゆっくりと、暗闇に向けて歩き出した。


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