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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
ゼルシャの村
21/61

act.18 隠されたもの

「トレイズ、なんでこの村で巫子を敬ってるって分かったんだ?マユキの幻術を解けって言ったって事は、そういうことだろう?」

食事を取ってあてがわれた部屋に入るなり、ラファは尋ねた。トレイズはああ、と思い出したように声を上げた。

「サザメさんに聞いたんだ。インテレディアを抜けた先にある森には、巫子を敬う村があるってさ。だからここがそうじゃないかと思って。サザメさんも、この村の出身らしい。」

サザメ。神宿塔の神殿を守るエルフの女性を思い出して、ラファはようやく合点がいって頷いた。すると、ギルビスがふかふかのベッドに飛び込んで、寝転び声を上げる。


「でも、なにかおかしいと思わない?」

「なにが?」

「あのレイセリアって女だよ。人間に対しては中立、無干渉…っていうのは、エルフにとっての大前提。エルフは普通…まあ、ソラみたいな例外はいるけど、たいていは人間が大嫌いだからね。なのにあの人、巫子だけは特別だ、みたいなことを言ってた。だろ?」

「それは、第三の印を作った人の子孫だから」

「そこがおかしいんだ。第三の印の主は、人間とエルフを平等に診たからエルフの森から追放された。人間など診る必要もないって言うエルフに対立したからね。つまり、エルフの大前提である、"人間に対しては常に中立に、対立しない"っていう掟を破ってるんだ。

でも、巫子を敬ったりして、そこまで第三の印の主を崇拝してるなら、子孫であるここの村人達も彼の遺志を引き継いで、人間を受け入れてるってほうが自然じゃない?

けど、あいつらははじめ、僕たちを村に入れようとしなかっただろ?ルセルとエリーニャが来るまでは。ということは、エルフの掟も守ろうとしてるってことだ。

第三の印の主と、一般のエルフ…両者の考えは、まるっきり逆なんだ。両方を守ろうとするなんて、矛盾してると思わない?」


あの全てを悟りきったような、レイセリアの瞳。

彼女はギルビスが第三の巫子であることを見抜いても、慌てず騒がず、まるで当然のことのように受け流していた。トレイズは村に入ったら再び手袋をはめてしまったし、そうなるとマユキ以外の印は隠されていたのに、だ。つまりギルビスも巫子の一人であることを予想していたということ。

それだけの推察力がある彼女が、この矛盾に気付かないとは考えにくい。…それとも、気付いていてもなお、それを変えられない理由でもあるのか。


トレイズも唸った。

「そういえば…サザメさんも、この村は結構人間にも寛容だから、何かあれば頼るといいとか言ってたな」

サザメはフェルマータの護衛をするために村を出ている。こんなラトメから離れた場所に度々戻るわけにも行くまい。ということは、サザメが村を出てから、この村は何かが変わったということになる。

だとすれば。

「僕らを受け入れた理由は、まだ別にあると考えたほうがいいね」

迷いなく言ったギルビス。ラファとトレイズは互いの顔を見合わせて、そしてまたギルビスに視線を戻した。

「ギルビス」

「うん?」

「お前、頭いいな」

医者志望の肩書きは、伊達ではなかった。



――お願いです…その子を…どうかその子を、連れて行かないで!


悲痛な叫びが聞こえた。涙交じりに、長い金髪を振り乱して叫ぶ女性だ。こちらにすがりつくように伸びてきた腕を、庇うように前に出た黒いマント姿の影が払いのけた。嘆く女性に、罪悪感がちくりと首をもたげたが、気づかぬ振りをして冷徹に言い放った。

「それはできないな。この、第四の巫子…強力な"力"を持つこの存在を、ラトメディアに奪われるわけにはいかないからね」


――レイセリア様…もういいです、私、みんなに迷惑はかけられない…


――何を言うの…!あなたは私が守ります。何に代えても…


――レイセリア様…!


ああ、反吐が出そうだ。この美しい親子愛。もう永遠に得られない。帰ってこない。それなのに目の前で繰り広げられる光景。自分は、一体何がしたいんだろう?分からぬままに、右の手袋を外そうと左手の指をかけた。

「なら、実力行使といこうか。」


――望むところです!


――そんな…駄目、嫌っ、やめてえええええええええ!!!



心臓が太鼓のようにけたたましく鳴っていた。

ラファはベッドから飛び起きた。いつになく鮮明な夢だった。泣き叫ぶ女性、彼女が守っていた少女、

斬り伏せられていく人々、中心に立つ、一人の少年…悲鳴、足音、血飛沫……いくつもの恐怖が、何度も何度も繰り返して、ラファの頭の中で再現されていく。

(なんだ?)

荒い息をなんとか抑えようと胸を押さえる。

(なんだ、今の夢は)

インテレディアでのとき以上のリアリティ。夢であったということすら納得がいかない。

(今の、情景は)


『現実ばかり見ていても、見えないものはあるんですよ、"過去夢の君"』

「っ!?」

右手に添えられた、白い手。澄んだ声。ラファは息を呑んで、その手の先を辿った。


その持ち主は、瑠璃色の冷たい虚ろな瞳をしていた。まるで盲いているようだった。肩をかすめて彷徨う長さの銀の髪。陶器のように白いなめらかな肌は、黒い神官服によって、さらに幽霊のように青白く光って見えた。黒い神官服…この姿が示すものは、ひとつ。

「ファナティライストの…!」

『大声を上げないで下さい。私はあなたの敵じゃありません』


信用できるか!叫ぼうとしたラファの口をそっとふさいだつめたい手のひら。焦点の合わない、ラファと同じ蒼い目に見つめられて、ラファはようやく、目の前の人物に見覚えがあるのに気付いた。

「エルディ?いや、エルミ…?」

『……私は、この指輪を通して話しています』

ラファの問いに答えず、ラファの指にはめられた銀の指輪を指して、その謎の人物は言った。

『過去夢の君。我がノルッセル一門の絶望にして希望…あなたの視る夢を、どうぞ忘れぬようにしてください』

「はぁ?」

『私が犯した罪を、どうぞ繰り返さないでください。あなたに栄光の輝きがあらんことを』

「お、お前、一体…?」


何を聞けばいいのかわからないまま、ラファの口から質問が飛び出した。と、その人物は虚ろな目を穏やかに細めて、ラファの頬に手を添えた。

まるで、母が子を労わるように。やさしくて、悲しい手のひら。

『私は、そう、エルミリカ』

「える、みりか?」

『私のたいせつなラファ、私はいつでも、あなたの側に…』

ラファが瞬きをするうちに、その人物は、目の前から消えうせていた。



次の日。

ラファは朝に弱いとは思えないほど勢いよく、起き出してきたマユキの肩をつかんで尋ねた。

「マユキ!」

「わっ、朝に元気なんて珍しいね、なあに、ラファ?」

「エルミリカって誰だっけ?」


我ながら間抜けな様だとは思う。

その脈絡のない質問に、マユキは「はぁ?」と訝しげに声を上げた。

「いきなり何言ってるの、ラファ?フェル様が言ってたじゃない。"エルミリカ・ノルッセルは赤の巫子の考案者だ"って」


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