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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
ゼルシャの村
20/61

act.17 ゼルシャの村

北のシェイルディアへと向かう途中、分かれ道にさしかかった。一同は、地図を持っているトレイズを見る。彼は一枚の大きな羊皮紙とにらめっこして、やがて自信満々に、言った。


「右だ!」



「……で、どこまで行けばシェイルディアに着くのかな、トレイズ?」


あれから七日。

いつまで経ってもシェイルディア領に入る関所は見えてこない。周囲には木々ばかり。鳥の鳴き声が、やけに高く響く森。一行は完全に迷っていた。

ギルビスに無表情で詰め寄られて、トレイズはたじろいだ。

「い、いや、だって…確かに、地図には右だって…」

「貸して」

言葉少なにギルビスは地図をひったくると、広げた。両側でラファとマユキが覗き込む。インテレディアの名もなき村から、北への一本道を辿って、七日前の分かれ道へとさしかかって…

「思いっきり左じゃないか。君、地図も読めないの?」

「本当かよ!?」

「トレイズ…普通間違えないだろこれは」

見ると確かにシェイルディアへと向かうのは左の道で、自分達が選んだ右の道は東の深い森へと続いて、途中で途切れていた。

つまり、この道がどこに続いているのか分からない、ということだ。


「あ、でもちょっと待って」

マユキが森の中のある一点を指した。

小さく集落のマークがついている。距離から見て、おそらくここからそう遠くない場所にあるはずだ。

「ね?もうすぐ日も暮れるし、ここに泊まって、シェイルへの行き方を聞こうよ」

しかし、トレイズとギルビスは、何故だか渋い顔を見合わせていた。



「うわ」

「やっぱりか」

それぞれ槍を突きつけられながら、両手を挙げてギルビスとトレイズがぼやいた。目を吊り上げてこちらを睨めつけている、村の入り口の番人の耳は、ぴんと長く尖っていて。

「人間がこのゼルシャの村に、何用だ!?」

「ここはエルフの住まう地!人間は早々に立ち去れ!」


「うわあ…エルフの集落だ!」

刃を向けられているというのに、一人嬉しそうなマユキはやけに浮いていた。ラファは慌てて前に出た。

「ケンカしに来たわけじゃないんだ!ただ、一晩泊めてもらおうと思って……」

「人間などに与える宿などはない!」

番人のエルフは、なおもラファに刃を向けていた。ラファは途方に暮れて、トレイズを見上げる。

「どうするんだよ!?」

トレイズは何事か考え、やがて顔を上げた。

「ラファ、マユキにかけてる幻術を解くんだ」

「はあ!?」

「いいから。このまま牢獄が宿になるなんて嫌だろ?最悪墓場の土の下に生き埋め、なんてのもありえるな」

「う」

ラファは口を詰まらせ、ひとつ指を鳴らした。すると、マユキの髪の一部が、小麦色から赤色へと変わる。変わったというより、戻った、というのが正しいか。


マユキの髪を見た番人たちが目を丸くした。トレイズが左手の手袋を外して、赤く染まった手を見せる。

「赤の巫子としての旅の途中なんだ。悪いけど泊めてくれないかな?」

「赤の巫子…!?」

番人は顔を見合わせ、困り果てたように呟きあった。見る限り、巫子ということに随分動揺しているらしい。

「おい、どうするんだよ?」

「し、しかし、巫子とはいえ人間は」


「何事ですか」

村の奥から、ひとりのエルフの青年がやってきた。くすんだ金の髪に瞳の彼は、穏やかな笑みを浮かべている。その影に隠れるように、淡い金髪の、十歳くらいのエルフの子供が、こちらをきりりと睨みつけてきていた。

「ルセル様!エリーニャ様も!」

番人が慌てたように姿勢を正した。

「じ、じつは赤の巫子様らしき一行が、村に泊まりたいと…」

「赤の巫子?」


青年がこちらを見た。一人一人に視線を留めて、そしてマユキの髪まできて止めた。

「成る程」

青年は、どこか嬉しそうに目を細めた。子供のほうが言った。

「ルセル、赤の巫子とはいっても人間だろう?通すのは」

「いえ、このゼルシャの村に住まう者として、赤の巫子は歓迎するしきたりとなっております。お通り下さい、赤の巫子。宿へとご案内いたしましょう」



ルセル、というらしい青年と、エリーニャと呼ばれていた子供について村の中へと入ると、村人のエルフ達がどよめいた。皆ラファ達を指して、何事か囁き合っている。

「人間だ」

「なんで人間が村に」

「でも見ろ、あの女の髪」

「まさか、赤の巫子?」

妙に背筋が痒くなるような感覚を覚えつつ、ラファは前を歩くルセルに尋ねた。

「お、おい、どういうことなんだ?」

「この村では、人間と巫子は別個のものとして見ているのですよ。赤の巫子は、この村じゃ"特別"なんです」

「…特別?」

落ち着かない様子で赤い髪を弄っていたマユキが顔を上げた。エリーニャが、声変わり前のキンキン声で返した。

「このゼルシャの村は、かつての世界創設者のひとりの故郷なんだ。だから、彼の作った"赤い印"の継承者を敬ってるんだ」

「エリーニャ様、分かってるんじゃないですか。村に入れることを反対のようでしたから、ご存知無いのかと思いました」

「そのくらい知っている!僕をいつまでも子ども扱いするな!」

「私から見れば、エリーニャ様などまだまだ子供ですよ」


そしてルセルとエリーニャは、ある一軒の屋敷の前で立ち止まった。つられてラファ達も足を止め、屋敷を見上げる。丸太づくりの大きな家が、ずんとそびえ立っていた。ルセルが、こちらを振り返って笑った。

「こちらにお泊りいただきます」

「ふうん、森の奥にあるのに、随分大きな宿なんだね」

「ええ、村長の家ですから」

ラファ達がきょとんとしてルセル達を見ると、エリーニャが半ば呆れたように肩をすくめて見せた。見た目が中身にそぐわない、随分と大人びた子供だ。とはいえ、エルフは人間よりもずっと長命の種だから、彼も見た目どおりの年齢ではないのかもしれない。

「こんな村に宿屋などあると本気で思っていたのか?うちに泊めてやるって言ってるんだ。感謝するんだな、赤の巫子」

「うちって…」

「ああ、エリーニャ様は、このゼルシャの村長のご子息であられます。ちなみに申し遅れましたが、私は村長の補佐をさせていただいております」

改めて宜しくお願いしますね、と微笑むルセルに、ラファ達はようやく、何故番人がこの二人をやけに敬っていたのか、合点がいった。



ゼルシャの村長は、とても美しかった。

エリーニャと同じ淡い金髪を長く伸ばしてシニョンに結い上げ、瞳の深い青色は、深海のように穏やかで柔らかだった。絹のように滑らかな衣服に身を包み、"彼女"は優雅にお茶をすすっていた。…ゼルシャの村長は、女性だったのだ。

真っ白な薄いティーカップをソーサーに戻し、その女性は客人を笑顔で受け入れた。

「赤の巫子様をお泊めできるなんて、一生の誇りですわ。さあ、お疲れでしょう。食事を用意させるので、お座りになってくださいな」

「なんだよ、巫子っていったって人間じゃないか」

「エリーニャ、口を慎みなさいな」


笑顔だが有無を言わせぬ口調で女性が言うので、エリーニャはむくれたまま口をつぐんだ。女性はそれに頷くと、ラファ達を見回して言った。

「遅ればせながら、わたくしがこのゼルシャを治めております、レイセリアと申します。不肖ながら、かつての世界創設者のうち、第三の赤い印をお創りになった方の子孫です」

「第三の…?」

ギルビスが興味を抱いて椅子から身を乗り出した。そういえばギルビスは第三の巫子だ。レイセリアはゆったりと頷いた。

「ええ、あの方はエルフも人間も関係なく、傷ついた人ならば誰でも診る戦医でいらっしゃいました。その所為で…人間に味方するものとして故郷の森から追放されて、旅医者となったところを、その腕を買われて世界創設者に名を連ねることになったと、そう聞いております」

レイセリアは、給仕が運んできたお茶を一口飲んで、ギルビスに向けて微笑みかけた。

「その所以あってか、第三の赤い印は、医学の才を持つ者に継承されていくそうです。…この度の第三の巫子様も、医学に興味がおありで?」

「あ…いや」


途端、ギルビスが口ごもった。

自分が第三の巫子、またはその縁者であると公言しているようなものだということに気付いて、今更ながらレイセリアを警戒したようだ。と、彼女はくすりと笑った。…よく笑う女性だ。

「何もいたしませんよ。ファナティライストに協力する義理など、こちらにはございません。ですが、第三の印の主の手前、赤の巫子様は敬うべき方と思っていますが…その争乱に首を突っ込む気もまた、ありません。

エルフは常に、人間に対して中立でなければ」


最後の台詞。

まるで自分に言い聞かせているようであった。

その言葉を吐いたレイセリアの顔はとても優しいのに、氷のように冷たかった。


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