Episode.61 仲間割れ
「えーっと……、のっちゃん?」
「ざんねーん! ポンタジュースでした! じゃあ次これー!」
「んーっと……。これはあれでしょ! 水にオレンジの味ついたやつ!」
「ぶっぶー! フォンタオレンジでした!」
「な訳あるか! さすがに炭酸あるかないかくらい分かりますよ!」
「お、言うねえ! じゃあ次は……」
「いや、もうお腹いっぱいなんですけど……」
あれから早三ヶ月。世の中はすっかりクリスマスシーズンだ。受験を控える学生にとってはこれ以上ない山場の時期。そんな中学三年生の十二月を迎えた万寿は「どうせ冬休みも遊ぶ友達いねーんだろ」という失礼極まりない理由で第五部隊の部屋に呼び出されていた。というか友達がいたとて皆勉学に励んでいることだろう。万寿とて例外ではないのだが、断って家にいたところで身になる学びが出来るかと問われれば自信を持って答えられそうになかったので、勉強を教えて貰うという交換条件でダンテからの提案を受け入れた。
この前はお菓子パーティーだったが、今回はききオレンジジュース大会だそうだ。と言っても、盛り上がっているのはダンテのみで、ジョニィは「オレンジジュースは百パーセント以外飲まない主義だから」と言って堂々と不参加を表明、見事に付き合わされている万寿なのである。
胃袋の八割がオレンジジュースで満たされていると、部屋にるい太が来た。ちらっと二人のしていることを横目で確認し、気づかなかったかのように素通りして研究室へと一直線に向かって行く。
「おい、るい太! お前もやろうぜ!」
「……なんですか?」
るい太は、けだるそうに振り向く。
「ききオレンジジュースだよ! 面白そうだろ!」
「いや、いいです」
「そう言うなって。お前、みかん好きだろ?」
「別に。好きでもないし、つまらなそうなので結構です」
「んだよ、つまんねえな」
るい太は冷たく言い放つと、足早に研究室へと入って行った。
……なんだ? 機嫌悪い……?
いつもと違う雰囲気を感じ取った万寿は、しばらく固く閉ざされた研究室の扉を眺めていた。その間も、ダンテはコップになみなみとジュースを追加していく。
「よし、第二回戦行くか」
「行かないですよ! もういいって!」
それから二人で用意されたオレンジジュースをあらかた飲み干し、無事ききオレンジジュース大会は幕を下ろしたのだった。
◆
「うえっぷ……」
「そういや、受験勉強だったな」
「おまけみたいに言わないでくださいよ。僕にとってはそっちがメインなので」
「万寿は次、中四?」
「義務教育で留年させないでくださいよ。高一です」
「んでどうなの、成績は」
「まあ。学校へ行けるようになってからは、授業真面目に受けてますよ」
「勝手に早退してるし、内申点は悪そうだけどな」
「ダンテさんほどではないです」
「言うようになったな、お前」
そんな話をしていると、るい太が研究室から出てきた。いつもの白衣も大爆発もなく、ただ来た時と違うことと言えば両手に大きめの紙袋をぶら下げていることだ。
「あれ、るい太さん。もうお帰りですか?」
「まあね」
るい太はそのまま部屋を出て行こうとしたが、ダンテがその背中に声をかける。
「なあ、お前は?」
「……何がです?」
「進路だよ。お前来年高三だろ? まあ、お前にはクラフトって言う大就職先があるから、あれこれ難しい事は考えなくても将来は保証されてっから安心できるなー」
るい太は数秒間固まった後、ダンテの方を振り返った。
「……どうでしょうか。この組織に未来はありますかね」
「あ?」
淡々と話するい太に表情はない。ただそれを真に受け喧嘩腰になるダンテを見て、グロッキーな万寿は一人あたふたしていた。
「今はパラドックスという分かりやすい標的がいますけど、彼らを殲滅した後はどうなるんですかね。一般人から金を巻き上げるぼったくり組織だったのに、収入源がなくなっちゃいますよ」
「んなの国が何とかすんだろ。一応国を保護する戦闘組織なんだからさ」
「本当に国が助けてくれますか? 僕ら程度の能力者の集まりなんて、他国の兵器に比べれば米粒みたいなものですよ」
「別に戦争しようって訳じゃねえだろ」
「今までのように都合よく巨大なモンスターが侵略してくるとでも? だとしたらそれはリミットの仕業ですし、いよいよリミットの存在意義が問われますね」
ダンテはあからさまにイライラしているようで、足を小刻みに揺らしながらるい太を睨みつける。
「さっきから何が言いてえんだよ」
「リーダーのことは尊敬してますし、見捨てられそうになっていた俺を救ってくれたことには感謝してます。けど、正直。――終わってますよ、この組織」
「テメー! 黙って聞いてりゃ聞き捨てならねえな、その言葉!」
決して黙って聞いてはいなかったが、ついに堪忍袋の緒が切れたダンテ。空のオレンジジュースの瓶が並んでいる机を持ち上げ、お手本のようなちゃぶ台返しを披露した。
「自分の思うとおりに行かなかったら、すぐに手を上げる。大人として落ち着いた会話も出来ないんですか」
「悪いが俺はこういう性分なもんでね!」
「自分のことは棚に上げて、反省する気もない? 一番大事な時期の受験生を無理やり自分の暇つぶしに付き合わせて、組織も終わってればそこにいる人も底辺に近いですね」
「っだとコラァ!」
「本当……。もう顔も見たくないって感じです」
「じゃあとっとと辞めろよ! 俺はいなくなって貰って構わねえ! お前なんていなくても十分やっていけるしな!」
「ダンテさん⁉︎」
「言われなくても、そうするつもりです」
「ええ⁉︎」
るい太はそれだけ言い残すと、逃げるように部屋から出て行ってしまった。
「ちょっとダンテさん!」
「んだよ! 俺が悪りいのかよ!」
「確かにるい太さんの言い方も悪かったかもしれないですけど、あんな言い方……! 本当に辞めたらどうするつもりなんですか!」
「だから、そうすりゃいいだろ!」
「そうすればって――」
ちらりとジョニィに目配せしてみたが、彼女は携帯に視線を落としたまま何も言わなかった。
ジョニィさんも、何も言わない……。このまま放っておくわけにもいかないし……。
万寿は重たい体をなんとか持ち上げて、ゆっくりと扉の方へと向かって行く。
「あ、あの……。僕、トイレ行ってきます!」
万寿はそう言うとすぐさま第五部隊を抜け出した。あの場で素直に「るい太さんを追いかけます!」と言えば空き瓶が数本飛んでくるような気がしたからだ。逃げ出す口実が毎回トイレばかりなので、そろそろお腹が緩い体質なのだと思われてしまいそうだった。
廊下へ出ると、そこにはもうるい太の姿はなかった。第四部隊へと戻ってしまったのかもしれない。今までさんざんダンテの面倒に付き合わされっぱなしだったるい太だったが、今日ほど酷い言葉を使うところを見たことはなかった。きっと何か理由があるはずだ。
万寿はエレベーターに乗り込むと、ドキドキしながらⅣの文字盤を押した。第四部隊、初めて行くな……。どんなところだろう。
心の準備も整わぬまま目的地に到着した。扉の先は見慣れた廊下、ではなく、ガラス張りの研究室が広がっていた。
「なんだここ……」
万寿は勝手に入っていいものなのか不安になりながら一歩を踏み出す。というか土足でいいんだよな?まさか土禁だったりして。と一人で靴の裏を確認していると、白衣の男性に声をかけられた。
「もしかして、おまんじゅう君ですか?」
「えっ。あ、はい! すみません勝手に入り込んで! その、るい太さんを探しに……!」
慌てて弁解していると、男性はにこやかな笑顔で答えてくれた。
「大丈夫ですよ。ですがあいにく、るい太は席を外しておりまして」
「あれ、そうなんですか。てっきりこちらに戻って来られたのかと思って……」
「ほとんどここには物品を取りに来るくらいしかいらっしゃらないんですよ。我々も研究をしているというよりは、るい太さんのものを管理させてもらっていると言った方が正しい感じで」
「でも、凄い立派な研究室じゃないですか。第五部隊の隣にある部屋よりもずっと……」
そう言うと男性は困ったように笑った。
「るい太さん、あちらの部屋の方が好きみたいです。ここだとなんだか落ち着かないって」
「狭い部屋の方が落ち着くとかっていうやつですか?」
「まあそういうこともあるでしょうが。――第五部隊のお隣、だからではないですかね」
「え?」
万寿は先ほどのるい太の様子を思い出して、思わず首をひねってしまった。
「そうですかね。るい太さんも色々思うことがあるみたいですけど」
「そんなことはないですよ。るい太さん、僕達と一緒にいるよりもどこか活き活きしてますから」
それを聞くとますますわからなくなってきた。ならばなぜ先ほどはあんな態度を。
「それにしても来月からるい太さん不在となると、どうなってしまうんでしょう」
「はい……?」
「あれ、聞いてませんか? るい太さん、今月いっぱいで辞められるそうですよ」
「――はああああああ⁉︎」
万寿の強烈な叫び声は静かな研究室へと響き渡った。叫び声と共にオレンジジュースも吐き出しそうになったのだが、それは間一髪飲み込んだ万寿であった。




