Episode.57 助けてください【居場所のない少女】
今日は万寿ではなく、怜也として普段の生活を送っている。中学生活もあと半年。卒業すればこの地からも離れ、ここにいる人間とは誰とも会わなくなるんだろうな。そう思うと今更友達なんて作る気にもなれなかった。そこでふと思い出したのだが、クラスのはみ出し者扱いをされていた自分は最初から別れを惜しむ相手など誰一人いなかったのだ。残りの学校生活も、影薄く過ごしていくだけ――。
「なあ、お前買った? クラフトマンチョコ」
「ぶふっ⁉︎」
怜也が水筒のお茶を飲んでいる最中にそんな言葉を言われたものだから、思わずむせ返ってしまった。ゲホゲホとせき込んでいる間にも、その話題はクラス中へと広がっていく。
「買った! 俺スーパーレア出たよ」
「うわ、いいなあ! キラじゃん! やっぱダンテかっこいいよなあ!」
「アタシも昨日買ったんだ~。見て! ジョニィ様出た!」
「えー! めっちゃ、かっこいいー!」
「やっぱ女子はジョニィ派か」
「ビジュアルがいいもんな、単純に」
「アタシ、るい太押し」
「まあ、確かにるい太は可愛い」
「猫だし」
「豹だろ」
まるで自分の友達かの如く話をしているが、それは全てクラフトマンチョコに付属しているカードの話。あの騒動の後世間に認知されてしまった訳だが、それを上手くコントロールし商品化までこぎつけた真の腕には感無量である。
「饅頭少年のノーマルカードと交換して」
「嫌よ! なんで意味不明な饅頭とジョニィ様を交換しないといけない訳!?」
「まじいらねえよな、こいつ。弱えーし」
「てかなんなん、このビジュアル。なんでコイツだけ人の形保ってねえの?(桜あん)ってなに?」
「補助カードだろ」
そう言われて気になった怜也は、こっそりとカードを盗み見た。するとそこには、なんともリアルな饅頭のイラストが、頭に布を巻いた状態で記されていたのだ。(饅頭の頭がどこかは謎であるが、大体上三分の一程度と仮定する。)アイテムと混合されては困ると、補足程度に『少年』がつけられているあたり逆に心苦しい。
その時怜也は旅行中に、真から意味深な言葉を言われたことを思い出した。
【ねえ、おまんじゅう君のビジュアルどうしよう?見た目は素顔のまんまだし、ちょこっと加工してもいい?おまんじゅう君だってわからない程度に】
【まあ、それなら……】
いや。分かる分からない以前に、人間じゃねえェェェー!
とんでもない改悪により、最弱カードに位置付けられてしまった万寿。カード界においても差別化が図られるだなんて、あんまりだ! 誰にも気づかれることなく落ち込んでいると、高堂から鶴の一声が上がった。
「でもさ。こいつのシークレットあるの、知ってる?」
「何、そんなんあんの」
「くっそ強えーらしい。全種類の餡子集めないと進化できないから、持ってた方がいいよ」
「まじかよ! 絶対当てよ!」
いつの間にそんな設定まで作り上げていたのか。だが捨てられず済んだことに、怜也は静かにガッツポーズを決めていた。
――真さん、本っ当にありがとうっ!
そんな話に耳を傾けている最中、怜也はもうひとつ気になる言葉を耳にする。
《クラフトの皆さん! どうか私を助けて――!》
その声は数人の男子生徒が取り囲んでいるスマートフォンから発せられていた。
まさか、事件……?
怜也は気づかれないように顔を伏せたまま、視線だけをそちらへと移す。男子生徒は画面を凝視したまま、半笑いで軽率な感想を述べた。
「やべえって、コイツ」
「推しに会うためだったら、なんでもアリかよ」
クラフトマンチョコで盛り上がっていたクラスメイトもその音を聞きつけて、それぞれが動画投稿サイトを開き始める。そこでは女子高生一人が生放送をしているようだった。
《クラフトの皆さん、どうか聞こえていたらここに来て! あと三十分だけ待ちます! 三十分後――もしここに来てくれなかったら……ここから飛び降ります!》
「はあ⁉︎」
怜也はクラス内に流れる動画の音に耳を澄ましていたが、突然のとんでも発言に椅子をぶちまけて立ち上がった。そして高堂達の輪に入り込み、無理やりスマートフォンを覗き込む。
「なにすんだよ! あっちいけ、まんじゅう!」
もちろんのこと拒絶される訳だが、怜也はそんなことなど気にも止めずさらに体を押し込んだ。
「いいから黙って!」
「何だよ、こいつ」
画面の中ではまだあどけなさの残る少女が、高層ビルの屋上に立っていた。見慣れぬ制服を着ているが、高校生くらいだろうか。動画のタイトル部分には『助けてください』とだけ書いてある。
「何してるの、この子」
「はあ? 知らねーよ。俺も今動画開いたんだし」
「クラフトに会いたくて、不祥事起こしてるだけじゃね?」
「まじ迷惑」
「こんなんで会えるなら俺だって『十分以内にアイドルが来ないとここから飛び降りまーす!』とかするのにな」
「来るわけないじゃん」
「勝手に死んでろよ」
ハハハ、と笑いあう集団。
「ありがとう! ちょっとトイレ!」
怜也はそう言うとその輪から抜けて行った。それを不思議そうに見送る高堂と、その取り巻きたち。
「なんか最近あいつ、おかしくね?」
「急にいじめられなくなったからって、調子乗ってんじゃねえの?」
立ち去っていく少し逞しくなった彼の背中を見ていた一人が、こんなことを徐につぶやく。
「まさかだけど……。饅頭少年ってさ」
一瞬空気が騒ついたが、他の取り巻きがすぐに否定した。
「んな訳ねーじゃん。アイツがスーパーヒーロー? まんじゅうとか……ギャグかよ」
その言葉に対して、教室にいた誰しもが卑屈そうな顔をして笑った。誰かを罵倒するその笑い声は、たった一人の少年に向けられたものだ。その歪んだ顔をぐるりと見渡した高堂は、先ほどの怜也同様椅子をなぎ倒しながら立ち上がった。
教室内に静寂が訪れ、動画の音だけが重なり合う。
「……アイツがヒーローな理由は、どこにもねえけどさ。オメーらに笑われる理由もねえよな」
高堂はそう言い残し、足早に教室を出てい行った。取り巻き達はお互い顔を見合わせ、しかめっ面をしてみせる。
「なにあれ」
「アイツから虐め始めたくせに、今更正義のヒーロー気取り?」
「いつまでも偉そうな態度とれると思うなよな」
「今日あたり、やっちまおうぜ」
その言葉は近くにいたクラスメイトにも届いていたが、動画に集中しているふりをして何も聞いていないことにされたのだった。
◆
教室から飛び出した怜也。廊下を走りながらあたりを見渡す。どこでも先程の動画が流れており、みんな画面に釘付け状態だった。
「クラフト来るかな?」
「えー! ジョニィ様来て欲しい!」
「この子誰推し? 同担拒否なんですけどー!」
怜也はいつものトイレに駆け込むと、誰もいないことを確認して機械をタップした。
《はい、こちら第三部隊・管理組織――》
「あ、あの! 今動画サイトで生放送をしてる子が……!」
通信がつながるや否や、早口で用件だけを伝える怜也。すると相手はいたって冷静に返答をしてきた。
《はい、確認済です》
「どうするんですか⁉︎ あの子本当に飛び降りたりなんかしたら――」
《その件については現在状況を確認中です。事の内容によっては出動命令がかかるかもしれません。特におまんじゅうさんはすぐ出動できる準備を整えておいてくださいと――》
ガタン
「……っ!」
誰かがトイレに入ってくる音が聞こえた。怜也が急いで振り返ると、そこにはなんと高堂が立っていたのだ。
……高堂⁉︎ 何だろう、こんな時に――!
「ど、どうしたの? 高堂もトイレ?」
「いや……」
高堂はそう言うと掃除用具入れから箒を一本取り出し、トイレの扉に挟んだ。はさみなれているのか、あっという間に閉鎖空間の完成だ。
「高堂……?」
くるりと振り返った高堂は、じろっと怜也を睨みつけていた。まさか……また……。
じわじわと近づいてくる高堂に、怜也は思わず身構えた。もし手を上げられそうになったら、すぐに時間を止めてここから脱出を――! そう考えている間にも高堂はポケットに突っ込んでいた手を引き抜いた。能力を使うことも忘れて目を閉じ襲い掛かる痛みに覚悟を決める。
だが、何も起こらない。怜也はゆっくりと目を開けると高堂の方を向いた。目の前に何かを差し出されている。ちらりとそれを確認すると、なんとそれは先ほど話題となっていた饅頭少年のカードだったのだ。
「……へ?」
「これ、お前だろ?」
「へーっ⁉︎」
高堂の質問に、一文字でしか返事が出来ない怜也。慌てて笑顔を作ると、首を横に振った。
「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃん! ぼ、僕が、リ、リミット?それにそんな饅頭の擬人化みたいなの……僕な訳ないじゃん! ねえ?」
へへへ、と愛想笑いを振りまく怜也だが、内心誤魔化しきれない気がしていた。饅頭と呼ばれる少年が、一体この世にどれ程存在しているというのか。高堂は眉を顰めながらもそのカードを胸ポケットへとしまった。
「別に脅そうと思って、こんなこと言ってる訳じゃねえよ。でも、もし本当にそうなら言っとかねえと、と思って」
「な、何を?」
高堂は自分の両手を持ち上げ、手のひらを見下ろした。
「何かずっと、大切なことを忘れている気がしてた。思い出したくない俺と、このままでいいという俺が、思い出したい俺を邪魔してくる。思い出してどうなるんだ、きっとそれは苦しい記憶なのに」
「高堂……」
「でも、この前街で戦ってるクラフトをニュースで見た時に……。俺のせいで苦しい記憶を抱えちまったお前が命がけで戦ってんだと思うと、自分だけが救われたことが逆に俺を責めているような気がした。母さんにいらないと言われた時、俺はどんな気持ちだったのか。何が俺を追い込んでいたのか。なんで俺はお前を虐めてたのか。全部、思い出したよ……」
「……記憶、戻ったんだね」
「やっぱりな」
「あ、いや! 今のは違くて!」
思わず声に出してしまった。慌てて口を塞ぐが時すでに遅し。
「安心しろよ。誰にも言わねえから。それきっかけで虐めたりしねえし。記憶をなくすことになったきっかけはほとんど覚えてねえけど、お前に助けてもらったような気はしてた。ありがとな」
「あ、いや、それは――」
……ええい、もうどうにでもなれ。
「いいよ、気にしないで」
怜也が素直になったところで、高堂は次にポケットからスマートフォンを取り出した。
「お前にさ、お願いがあって」
「お願い……?」
高堂は先ほどの動画を開くと、その画面を怜也へと向けた。そこではいまだ少女がクラフトに向けて熱いメッセージを送っている。
《学校にも家にも、私がいていい場所はない! けれど、こんな私を誰も助けてはくれない! お願い! リミットが人を救うというのなら、私を見つけて! 私を助けて!》
「この子、助けてやって」
「……え?」
高堂の言葉に、怜也は早い瞬きを繰り返す。
「普通に考えたらおかしいよな、こんなことするの。でも、ここまでしてでも自分を助けてくれる存在がいるってことを確認したかったんだと思う。お前たちを呼んでるのは、本気で自分の命を助けて欲しいからだ。例え誰かに取り押さえられたとしても、このまま惨めに生き続けられねえだろ。この子、まじで飛び降りるよ」
「……っ」
「なあ、坂下。頼む。俺が言うなんておかしいかもしれねえけど……。生きたがってもがいてる人間の事、救ってやってほしい。……俺には、何の力もねーから」
怜也は黙って動画を見つめる。画面の向こうでは、やせ細った体の彼女が、息を切らしながら必死に叫び続けていた。
「――高堂」
「……」
「約束する」
怜也はそう言って力強く頷いた。
「ただ一つ、お願いがあって」
「何?」
「リミットとクラフトのこと、絶対に誰にも言わないって約束して欲しい」
「分かった。約束する」
「それから、えっと……後ろ向いて?」
「後ろ?」
高堂は言われた通り、怜也に背を向ける。怜也はそれを確認すると、機械をタップした。
たとえその言葉が嘘偽りであったとしても、僕は君を信じてみたい。生きる孤独さにもがき苦しんできたからこそ、人の痛みを誰よりも知っている君だから。
「高堂。ありがとう」
高堂が振り返った時、既にそこに怜也の姿はなくなっていた。高堂は胸ポケットからカードを取り出すと、可愛らしい饅頭少年(小豆あん)を見下ろす。
「頼むぞ、まんじゅう――」




