Episode.40 家族
「いーや、ひどい目にあった」
「そう落ち込むなって、最高だぜお前のギャグ」
「ギャグじゃないですよ!」
四人は訓練室を後にし、第五部隊の部屋に戻ってきていた。器に能力を埋め込んだ後はその能力が安定するまで、最低でも一ヶ月は様子を見なければならないらしい。成形後のダウンタイムと言ったところか。とはいえ肉体が強化されただけで元の基礎体力は変わらないので、引き続き体力作りは続けることとなった。
万寿は歩くこともままならないため、ダンテに運んでもらった後ソファの上で伸びている。
「飲み物でも入れましょうか?」
「あ、俺サイダー」
「コーヒー」
「おまんじゅう君は?」
「僕、いいです……」
「煎茶とかの方が合うんじゃね?」
「やっぱ馬鹿にしてますよね⁉︎」
るい太はせっせと湯を沸かし始めた。ジョニィは既に薄い本を開いている。
「なあ、今日の晩飯どーする?」
「すき焼き」
「お前好きだなー。でも豚肉しかねえや。豚すきでもいい?」
「良くない」
「最近牛肉高けーんだって。勘弁してくりゃれ~」
ぼんやりとその会話を聞きながら、万寿はどこかでそんな会話を聞いたような気がする、と思い返していた。
――確か……。電話で……?
そしてほとんど譫言のように、ダンテとジョニィへ声をかける。
「お二人って、本当に仲良いですよね。今日も一緒にいたみたいですし、ご夕食も一緒に食べる予定なんですか? 彼女さん、嫉妬したりしないんですか?」
「彼女……?」
その言葉にるい太は持っていたポットをひっくり返し、お湯を足元にこぼしていた。
「熱ちちち!」
「あ? 彼女って誰のだよ」
「誰って、ダンテさんですよ。以前言ってませんでしたっけ? その人にも牛肉買って来てやるってこの前……」
疲れ果てていて、それ以上脳みそが働かない。なんて名前だったっけな……。
「ほら、僕が荷物忘れて取りに帰った時、電話してませんでした?」
「って、お前……。あれは――」
ダンテが続きを言いきる前に、ジョニィがパン、と薄い本を閉じる音が響き渡った。同人誌を鞄に入れると早々に立ち上がる。
「コーヒーは」
「いらない」
るい太が通りすがりに声をかけるが、一言言い放ちさっさと部屋から出ていく。
「ちょ、ちょっと待てよ、ジョニィ! 誤解だって!」
ダンテは慌てた様子で彼女の元に駆けつけると、腕をとり引き留める。対するジョニィは恐ろしい形相でダンテを睨み上げた。
「僕に隠してたのか」
「隠しすも何も、彼女なんていねーって! だからあの時の会話は……!」
「別にいいさ。これで同居も解消だな」
――同居……?
「馬鹿言え! まさか出ていくつもりじゃねえだろうな!」
「そういう約束だっただろ」
「待てって! ジョニィ!」
話を聞かずにさっさと部屋を出て行ったジョニィ。廊下の向こうで、まだダンテが弁解している声が聞こえる。万寿は重たい頭を持ち上げる。
「もしかして僕……。やばい事言っちゃいました?」
「……かもね」
二人は無言のままその様子を伺っていたが、しばらくしてダンテが一人部屋に戻って来た。どうやらジョニィは一人先に帰ってしまったらしい。
「あのバカ! あー、いーよ、いーよ! 勝手にしろ! どうせ出て行っても行く当てもねーんだからな!」
「あ、あの、ダンテさん……。すみません、僕……」
ダンテはじろっと万寿を見た。だがあまりにも申し訳なさそうに縮こまっているので、あれこれ言うのはやめてソファにのけ反る。
「いいって。お前は勘違いしただけだからな。……にしてもなんで、よりにもよって彼女なんだよ」
「だってあの時、女の人の名前呼んでたから……。勝手に彼女さんだと思っちゃって」
「名前?」
「えっと、なんだったっけ……。確か――『クルミちゃん』?」
その言葉に、ダンテは口に含んでいたサイダーを机に噴出した。
「うわ! 既視感!」
「バカヤロー! そりゃお前――!」
「なーんだ」
るい太はその名前を聞くと納得した様子で、優雅に紅茶へミルクを注ぐ。
「ジョニィの本名だよ!」
「……ええええええええ!」
万寿は叫び声と共に床に転がり落ちた。そして着地と同時に土下座する。
「すすす、すみません! 僕知らなくって!」
ダンテはガシガシ頭を掻きながら機械を幾度もなくタップしている。しばらくすると重たい腰を上げた。
「ったく。アイツ電話出ねえ……。一回帰るわ」
「ダンテさん! 僕も!」
「いいって、怒ってねえから。ちゃんと説明しとくよ。じゃ、また連絡する」
ダンテはそう言うと、来た時同様ペタペタと音を立てながら廊下を走って行った。床に正座をしたまま、万寿はるい太に視線をやる。かくいうるい太は、ソファに座ってミルクティをすすっていた。
「大丈夫ですかね。僕のせいで喧嘩みたいになっちゃって……」
「別に、気にしなくていいよ。いつもみたいにすぐ仲直りするって」
「そうですかね……。あの、お二人って……」
るい太はカップ内のスプーンをくるくる回す。
「ジョニィさん、身元不明なんだよ。ここに来た時はボロボロで、それまでのことも話したがらなかったって聞いた。最初はツェッペリンに部屋を用意したらしいんだけどね、全然外に出たがらないしご飯も食べなくて、さすがのタンバさんもお手上げ状態。そんなジョニィさんを無理やり外に連れ出したのが、ダンテさん。『こんな偽物の世界で暮らしてたって元気にならねえ! 俺がこいつを引き取る!』とか言って。それから一緒に暮してるんだよ」
「そうだったんですか……。それで電話の時も一緒にいたんですね」
「今になってはジョニィさんも日常生活を送れるほど回復しているし、さすがに居座り続けるのも気にしてたみたいだけど、ダンテさんは気にすんなの一点張りで。だから、もしダンテさんに彼女が出来たら、自分は『不要』だから家から出るって約束してたみたい」
「えっ! そんな重大なことだったんですか⁉︎ じゃあ、より僕最悪じゃないですか……」
その時、万寿の耳元で電子音が鳴った。ダンテさんからだ、と慌てて電話を受ける。
「もしもし、万寿です! 本当にすみませんでし――。え? 今、何て……?」
るい太は顔を青白くする万寿の顔を横目に見る。
「多少、面倒なことになったみたいだね」
くるくるとスプーンを回す。カップの中には、深い渦が出来ていた。
◆
「邪魔をする」
「あ、あの……。すみません。掃除もしてないんですけど……」
ジョニィはとりあえずの着替えと布団を持って、怜也の家に転がり込んでいた。怜也の母親は離婚の話を切り出してから、息子の部屋には寄り付かなくなった。だとしても、突然女性と同じ部屋で寝泊まりするのはいかがなものか……。怜也はとりあえず一泊だけという約束でジョニィを匿う。自分のせいでもあったので。
「あの、違うんです。全部僕が勘違いしただけで」
「聞いたよ」
「え。じゃあなんで……」
ジョニィは布団を広げると、自分のカバンの中身をひっくり返す。中からは化粧品や趣味嗜好品がドンドン出て来る。
「別に。ちょっとアイツと離れて過ごしてみたかっただけ。毎日一緒にいると疲れることもあるの」
「……それはちょっと、分かるかも」
ジョニィの言葉に少なからずも共感した怜也は、ベッドを背もたれにして床に座った。
「僕も、親と一緒の家にいることが苦痛に感じることがあるんです。すごく嫌いとか、顔も見たくないとか、常にそう思ってるわけじゃないんですけど。時々、親との関係を全部放り出して、毎日繰り返されるこの日常から解放されたいな、なんて思ったりして。したことないんですけどね」
そう言うと、ジョニィは私服を丁寧に畳みなおしながら返事をする。
「家族、か」
「あ……」
そうだった。ジョニィさんには家族が……。
「じゃあ、僕にとってダンテは、家族ってことになるのかな」
「――っ! そ、そうだと思います!」
怜也が声高々にそう答えると、ジョニィは少しだけ口端を上げて笑った。
「じゃあ割と面倒だな、親っていうのは。あれこれ口うるさいし」
「そうです!」
「別にサラダはいらないって言ってんのに」
「健康のために食べなさいとか」
「いつまでも誕生日にはケーキを買ってきたり」
「しかもいっつもチョコレートケーキ。いつまでもチョコがあれば喜ぶと思って」
「ま、僕は誕生日なんてないんだけどね」
「…………」
怜也は思わず口を噤む。ジョニィはさほど気にしていない様子で布団に潜り込んだ。
「愛されてるんだな、お前」
「え……」
怜也は膝を抱え込んだ。
「そう、ですかね……。母さんはいっつも僕のこと面倒くさそうにしてます。迷惑かけてばっかりで、正直産まなきゃよかったって思ってるんじゃないかって……」
「そんなこと思う息子に、ケーキなんて買って来ないよ」
「…………」
「本当に要らない子供なら、とっくに捨てられてるし、もっとひどいこともされるだろうさ。口うるさいのはお前を心配してくれているからで、面倒に思うのはそれが当たり前になっているからだ」
「ジョニィさん……」
「別に僕はさ、親を大事にしろとかは言わない。実の親でも合う合わないはあるだろうし。でも、結局お前はここで暮らしてる。逃げる道もあったのに」
「それは……」
「ちゃんと喧嘩しろよ。それで、どうしても相手が許せないなら、離れて暮らすのもいい」
「……っ」
以前ダンテにも言われた。離れて暮らすことも、ひとつの選択肢だと。僕はそうすると勝手に決めたけど。母さんはこれから、一体どうするのだろう。父の出て行ったこの家で。
「はい。ちゃんと、話してみます」
「…………」
ジョニィはそれ以上何も言わなかった。しばらくすると、すーすーと寝息が聞こえてきた。怜也は忍び足で電気のスイッチのところまで歩き、明かりを落とす。
「おやすみなさい。ジョニィさん」
怜也は明日母と何を話そうかと考えている間に、眠りについていた。




