Episode.11 手術Ⅰ
翌日。いつ頃るい太が来てくれるのか分からないので、怜也は常時ソワソワしていた。こんな状態で学校なんて行けるはずもなく、結局今日も自分の部屋に引きこもることを決め込んだ。母親から小言を言われたが気にしない。だって僕には、与えられた使命があるのだから! なんて随分と浮ついていた。だが待てど暮らせど、一向にるい太が現れることはない。時計を確認する。もうすぐで夕方の五時だ。遅すぎる。
「もしかして、忘れられているんじゃ……」
それからも不安が晴れることはなく、部屋中を歩き回ったり、窓から外を覗き込んだり、親のいない間に家の周りをぐるっと回ってみたりもした。しかしそこに、お目当ての人物はいない。
――本当に、夢だったのかもしれない。
大急ぎで部屋に駆け戻り、パソコンを起動した。クラフトのウェブページへ飛ぶと、確かにそこには《ようこそクラフトへ》の文字。
「やっぱり、夢じゃないよな」
「何が?」
「ひゅえっ!」
自分に言い聞かせるように言った声に、まさかの返事があった。誰もいないはずの背後から声をかけられ、思わず素っ頓狂な叫び声をあげてしまう。怜也が振り返ると、そこには制服姿のるい太の姿があった。
「きゅ、急に現れないでください! びっくりしたなあ、もう!」
「そう言われてもな。強制的に飛ばされるから、俺がどうあがいても急に現れるんだよな」
るい太はその話題をさらりと流すと、右手を差し出して来た。
「じゃ、行こうか」
怜也は戸惑いながらもゆっくりと手を伸ばし、その指先に触れる。その瞬間、また昨日と同じような感覚に襲われた。
「うわああアアァ!」
これでもかというくらいの叫び声を上げているうちに、襲い掛かって来た浮遊感は消えていた。まさかと思い恐る恐る目をあけると、やはりそこは管理組織の部屋の中。突然の雄たけびに全員がこちらをみて固まっている。
……やっちまったあ!
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆っていると、イッチとニィニがけたたましい音でキーボードをたたき始めた。
「まただ」
「復旧まであと28秒」
怜也はその言葉にまさか、と思った。指の隙間から頭上にある液晶画面を見上げるとやっぱりだ。昨日と同じ暗号のようなシステムエラーコードが表示されている。
「あ、あの……。もしかして、また僕……」
「こりゃ早々に訓練が必要そうだね」
るい太はそう言いってさっさと入口の方に歩いていく。
「あ、待って……! その、す、すみませんでした!」
怜也は復旧作業に追われる管理組織のメンバーへ深々と頭を下げ、逃げるように部屋を出て行くのであった。
◆
「あの、今日は……」
手術ですよね、と言おうとして口を紡いだ。口にすると一気に緊張がかけめぐる。怜也が黙りこくっている間に、るい太は早々にエレベーターの文字盤を押していた。少し揺れる感覚があって、すぐ扉は開いた。昨日あんなに歩いたのが嘘みたいだ。今後一人でここに来た際、万が一でも復旧作業が追い付かなかった場合を考えると血の気が引いた。きっと自分は自己嫌悪に陥りすぐにでも逃げ出したい第三部隊から、『迷子』という恐怖で一歩も出ることが出来ないだろう。ますます早期にこの能力を制御する方法が知りたくなった。
るい太が第五部隊の扉に手をかざすと、スムーズに横へスライドした。どうやらすでにボコボコにへこんだ扉は撤去され、新しいものに交換されているらしい。中を覗くと、そこには誰もいなかった。
「あれ? ダンテさんとジョニィさんは?」
「毎日ここにいる訳じゃないんだ。俺らにも生活ってのがあるからね」
「ああ……。そう、ですよね……」
学校にも行かず、家に引きこもっている自分はいつでもここに来られるわけだが、皆はそうじゃない。るい太だってきっと学校帰りだろう。だから夕方になって迎えに来た訳だ。そう考えると一日中家にいる自分って何してるんだろうと少し情けなくなってきた。
「さすがリーダー。仕事が早いね」
昨日地面にひっくり返っていた机は元に戻っており、その上に小さな箱が置かれていた。るい太はそれをひょいっと持ち上げると中から小さな機械を取り出す。
「これ、君の」
「僕の?」
昨日リーダーが言っていた耳につける機械だ。こんな小さいものが本当に機能するのだろうか。手術をするということは、これを耳にはめるだけじゃないってことか? 分からないことがありすぎて何から質問していいのやら混乱状態の怜也に、るい太はクスリと笑った。
「じゃあ発明者として俺が説明してあげる」
「発明者?」
るい太は自身に満ち溢れた表情で饒舌に話し始めた。
「これは俺とリーダー、管理組織で作り上げた傑作品なんだけど、出来ることは三つ。一つ目は管理組織との通信を行うこと。ワープ依頼をしたり任務時の連絡とか、簡単に言うと電話機能だね。二つ目は能力の抑圧」
その言葉に怜也が過剰に反応した。
「能力の抑圧って、僕が無意識に発動しちゃうみたいなのも抑圧出来るってことですか?」
「うーん、ちょっと違うかな。俺たちはある程度訓練をすることで、リミットの能力をコントロールすることが出来る。君が思わず能力を発動してしまうのも、訓練次第で自分が望むときだけに発動できるようになるよ。この装置がするのは十割ある力を三割程度にまで抑え込むこと」
「コントロールできるのに抑え込むんですか?」
「能力の発動の有無は自分の意志で出来るようになるが、それをどの程度出すか、それはどんなに訓練しても出来ないことなんだ。つまり、十の力は十でしか使えない。じゃあ十でひとつの街を破壊できる力があるとして、魔物と対峙した時、周りに危害を加えないように十の力で戦うことは出来るのか」
「……」
「だからある程度抑え込んだ状態で任務にうつらないと一般人を巻き込んでしまうんだ。でもそれじゃあこっちが不利な状況に変わりはないから、一般人の安全が確保されたのを確認でき次第解除を要求できる」
「じゃあ、本当に『今までの私は30パーセント。ここからが本番!』みたいなことが出来るってことですね!」
「君も結構ゲーム好きなの?」
るい太はその話題を広げることなく、すぐさま説明の続きを始めた。
「三つ目は、生命判断装置としての活用。簡単に言えば、生きているか死んでいるのか判断に使う。災害時によく使われるトリアージと同じで、受けた傷の度合いを俺へ視覚的に送れるようにするんだ。俺はそれを見て戦闘時には治療の優先度を確認してる。まあこれに関しては俺以外使うことがないから特に情報としては必要なかったかな」
るい太はソファの背もたれ側に移動すると、怜也に座るよう促した。怜也は重たい足取りで移動し、しぶしぶソファに腰かける。
「あの、痛いですか?」
「何が?」
「しゅ、手術するんですよね⁉︎」
「まあ、一応体の一部として埋め込むわけだから」
「一部として⁉︎」
「着けてるだけじゃリミット能力を抑圧できる根源にはならないからね。ちょっとばかし神経をいじるよ」
「神経⁉︎」
あからさまに動揺を隠せずにいる怜也。
「大丈夫! 俺に任せといて」
るい太はあえて明るい声で励まし、怜也の肩を軽く揺さぶった。




