第6話 一閃抜刀 (最終話)
荘厳な大聖堂の空気は、相反する二つの強大なエネルギーによって光さえも揺らいでいた。
禍々(まがまが)しい紫電を放つ大剣を構え、ヘカテー・クトニアは紫水晶の機械翼を揺らして冷徹に告げた。
「ここで決着ね」
対するソフィアは、白銀に輝く『暁光の刃』を真っ直ぐに構え、強い意志を宿したアクアマリンブルーの瞳で真っ向から言い放つ。
「結果はすぐに分かるわ」
次の瞬間、二つの影は吸い寄せられたように激突した。
超高速の剣戟が眩い火花を散らし、激しい衝撃波が石柱を揺らす。ソフィアの放つ希望の光と、ヘカテーの振るう絶望の闇が拮抗し、息もつかせぬ死闘が繰り広げられた。
だが、その均衡は突如として崩れ去る。
鎬削りを交わすと、二人は互いを押し放ち距離が空いた。
その瞬間にヘカテーが冷たい瞳を細めると、空いた左手をソフィアへと向けて冷酷な声を呟いた。
「システムリンク――アビス解放」
直後、ヘカテーの掌から空間そのものを歪めるほどの圧倒的な紫色の雷光が迸った。それは逃げ場のない深淵の奔流となって、ソフィアの身体を情け容赦なく飲み込んだ。
「ア――ッ!」
凄まじいエネルギーの直撃を受けたソフィアは弾き飛ばされ、背後の分厚い石壁に激しく叩きつけられる。轟音と共に壁は蜘蛛の巣状に深くひび割れ、砕けた石の破片がパラパラと崩れ落ちた。
『警告 警告 パワードスーツの出力低下……』
無機質なシステム音声が、無慈悲に絶望を告げる。ソフィアの纏うアーマーは激しく損傷し、アーマーの電子部品から煙があがり、胸部のストロベリー色のレーダーメーターは光を失った。全身を貫くダメージに抗えず、ソフィアは苦痛に顔を歪め、壁に寄りかかったまま暁光の剣を落としてしまう。頭部も、激しく壁にめり込み視界が歪む……
「哀れだこと……ハハハ」
ひび割れた壁に埋もれ、身動きすらとれないソフィアを見下ろし、ヘカテーは嗜虐的な笑い声を響かせた。
ゆっくりと歩み寄り、完全に無防備となったリュミエール王国の女王に向けて、アンドロイドの魔女は処刑の剣を高く振り上げた。
「さよなら、ソフィア」
冷酷な死の宣告と共に、紫電の刃が容赦なく振り下ろされようとしていた――。
※ ※ ※
万策尽きたかのように見えた時、ソフィアは静かに目を閉じ、胸の奥底で祈りを捧げていた。
(ダリウス……私に……力を貸して……)
かつてこの剣を振るった偉大なる先代への切実な祈り。その想いに呼応するように、消えかけていた白銀の光刃が、命の火を最後の一滴まで燃やし尽くすような強烈な輝きを一瞬放った。
「さよなら、ソフィア」
ヘカテー・クトニアが冷酷に告げ、禍々しい紫電の大剣を振りかぶる。圧倒的な死の刃がソフィアの首すじへと迫った、まさにその刹那だった。
――時が止まったかのような、極限の静寂
暁光の剣は、ソフィアの手に吸い寄せられるように素早く浮きあがる。
そう、目に見えぬ『何かの力』が、その剣を投げ放ったように……
ソフィアの身体が地を走るように沈み込み、閃光のごとき速さでヘカテーの懐へと飛び込んだ。
剣を握った左手の甲を下に、手のひらを上にした逆手の状態で下から斜め上へ向かってヘカテーの胸元のコアを突き上げるように斬り裂いた。
防ぐことも躱すことも捨てた、すべてのエネルギーを刃の一点に込めた『一撃必殺』の抜刀。
剣の師匠であり、育ての親でもある、ダリウスから引き継いた、遥か遠く異国の剣術、弧刀影裡流の型。
直後、二人は互いに背を向けたまま、彫像のようにピタリと動きを止めた。
永遠にも思える数秒の沈黙……
やがて、ヘカテーのみぞおちから真っ赤な鮮血のような稲妻が溢れでる。それは、次第に強烈な閃光となり、まるで間欠泉の血飛沫のように猛烈な勢いで噴出した。
圧倒的な力を持っていた絶望の化身は、自らの敗北を理解する間もなく、糸の切れた人形のように黒大理石の床へと崩れ落ちる。
背後で重い音が響くのを聞き届け、ソフィアもまた限界を迎えていた。彼女は崩れ落ちるようにその場に剣をつく。大きく肩で息をする彼女の周囲には、ようやく本物の静寂が戻っていた。
サイバーパンクの住人たちが夜な夜な狂騒に身を任せていたこの退廃的なクラブは、遥か昔、祈りを捧げるための厳かな教会であったという。
激しい戦いによって人工のネオンやホログラムの喧騒がすべて破壊し尽くされた今、大聖堂の奥に眠っていた本来の姿が、静かにその輪郭を現していた。
長い夜の終わりを告げるように、高天のステンドグラスへと眩い朝日が差し込んでくる。
色鮮やかなガラスの意匠を透過した朝の陽光は、柔らかな七色の光のカーテンとなり、ソフィアの身体を優しく包み込んでいった。
ソフィアはそっと顔を上げ、頭上に広がる美しい七色の光を見上げた。
冷たい遺跡の空気を震わせるように、どこからか穏やかな風が吹き抜けていく。その優しい光と清らかな風が、戦いで傷ついた彼女の淡いストロベリーブロンドの髪を、いたわるように静かに梳かしていった。
死闘は終わった。
かつて祈りの場所だった聖なる空間に、敵への弔いと生き残った希望の星への感謝の言葉を唱えていた。
『LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA……』
※ ※ ※
朝の大聖堂前――
ソフィアとカレンは、互いをいたわるようにして重い正門の扉を開けた。降り注ぐ早朝の眩しい日差しに、二人はたまらず目を細める。
ふと視線を落とすと、ソフィアの乗って来たバイクが、聖堂の崩れた瓦礫の下敷きになって無惨な姿を晒していた。
「あぁ……私のバイクが」
「あぁ……みんなを心配させたバチがあたったんじゃない!?」
カレンは呆れたように言いながらも、その声には確かな安堵が滲んでいた。唇を噛み、少し申し訳なさそうに目を伏せるソフィア。
そんな姉の肩を優しく小突くと、カレンは広場の一角を自慢気に指さした。
二人の目線の先、朝日に照らされて上品な光沢を放つ、純白のオープンカーが停まっている。
「何? この車?」
「私の車よ。アンティークなデザインで、オラクルが設計してくれたの。……歩いては帰れないんでしょ? いったんエルディア城まで一緒に帰ろっ! 送ってあげるわよ」
少し勝ち誇ったように笑う妹に、ソフィアはふっと頬を緩ませた。
「しょうがないわね……。隣に乗ってあげるわ」
ふたりの女王姉妹は、久しぶりに心からの笑顔を交わした。
1959年式エルドラド・ビアリッツ型のクラシックな意匠を纏ったタイムトラベルマシンは、ふたりの明るい笑い声を乗せ、朝露に濡れた未来の街路へと軽やかに走り去っていった。
『ふたりの星』シリーズ
スピンオフ小説『時空の闇』
E N D
最後まで読んでくださった皆様へ
こんにちは!リュミエール王国のソフィアです。
『ふたつの星』シリーズ
スピンオフ作品 『時空の闇』
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
ひさびさ、このシリーズを読んでいただいた方も、
はじめての方も、本当にありがとうございます。
ここで告知です!!
いよいよ2026年夏に、『ふたつの星』シリーズ
第二楽章がはじまりました!
パート3 にて完結から、半年……
新たな物語です!
『蒸気色の夏 ― 機巧師の祈り ―』
まずは、下記のインスタグラムにて
ストーリー版の動画を配信しています。
https://www.instagram.com/otone.enoto/
小説版は2026年内の発表予定です。
また皆様と一緒に時を刻める事を、楽しみにしています。
また告知しますので、お楽しみにー♡
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『時空の闇』は、ショートムービーとして制作した映像作品をもとに、小説として再構成したスピンオフ作品です。
映像版では、小説とは異なる演出や表現もお楽しみいただけます。
ご興味がございましたら、ぜひInstagramの映像作品もご覧ください。
https://www.instagram.com/otone.enoto/




