第1話 聖堂の奥
惑星エルディア……
某国の人里離れた路地……
夕刻迫る鉛色の空の下、突如として空間が歪むと眩い光とともに、セラフィムゲートが出現した。
リュミエール王国のマックス博士と、その娘であるミレイ博士。ふたりの『星宿のペンダント』の研究により、今や自在にワームホールを扱う事に成功していた。
セラフィムゲートから、爆音とともに1台のバイクが踊り出てきた。田舎道からバイクは都心に向けてスピードをあげる。高層ビルがそびえ立つ都市の狭間を、ピンクの残光を纏った漆黒のバイクが切り裂いていく。
乗り手である彼女のストロベリーブロンドの長い髪の毛が、バイクのアクセル音を纏いながら後ろになびく。
そのアクアマリンブルーの瞳は、未来を映し出すかのように淡い光を放っていた。
彼女の名前は、ソフィア リュミエール。
リュミエール王国の女王は自ら、ある調査の為に時空を超えてきたのであった。
グラナディア王国との戦火から1年……
滅びたはずのグラナディア王国のアンドロイドが首謀している思われる事件が各地で発生していたのだ。
治安維持も兼ねて各地で隠密調査をしていた、エルディア王国のリュシアと、リュミエール王国のナギサ。ふたりの調査により、友好国である両国はある情報を共有していた。
それは『死んだはずの彼女』の目撃情報だった。
そう、ソフィア達との死闘で、自らブラックホールに身を投げたグラナディア王国の軍隊長ディアナの目撃情報だった。
結果的にディアナの自国に対する反旗と自害により、ソフィア達は命を救われ、グラナディア王国はその歴史の幕を閉じた。
事実、リュミエール王国のマックス博士が、そうだったように、ワームホールの時空の狭間に落ちてしまって、数年経って戻って来れた事もある。
ディアナらしき女性は、毎週金曜日の夜に惑星エルディアの某国にある、都心のクラブに入っていく姿が目撃されていた。パープルの髪をシニヨンにまとめ、紫色の瞳は人を寄せ付けないほどの美しく妖艶な輝きを放っていたそうだ。
※ ※ ※
ソフィア『彼女に間違いないわ……彼女は生きている……』
ハヤセ「旧グラナディア王国のアンドロイドの暗躍……ディアナが後ろで糸を引いているのか……?」
『そんな訳無いわ……ディアナが生きていたとしても、そんな事を首謀する彼女では無いわ……』
ソフィアは幼なじみのハヤセに、少しだけ声を荒げた。
マックス博士『ソフィア女王……彼女を信じる事を批判はしません。 しかし、もし生きているとしたら、グラナディア王国の軍隊長であったディアナが、各地で発生しているアンドロイドが起こしている事件の首謀者である可能性は高いです……いずれにしても時空の狭間から彼女を救出したのは誰か? 自ら脱出したのか? 謎が多すぎる……』
ソフィア『彼女は、自我に目覚めたAIの偽物の父親に洗脳されていただけよ……彼女に会って確かめたいわ……』
ミレイの金髪のツインテールが跳ね上がる。
『絶対だめよ!ソフィア!また自ら動こうとしてるんでしょ!』
戦火を共に乗り越えてきたミレイの忠告に笑顔で返したソフィア……
彼女はその夜に、単身で城から古代文明を応用した最新の重力浮遊バイクを闇に滑らせていた……
※ ※ ※
エルディア王国とは国交の無い某国……目的地の旧聖堂前でバイクを停める。
昔は大きな教会だったが、中は教会とは真反対のダークな雰囲気が漂うクラブになっているようだった。毎夜、各界の富豪達や裏社会の人物が集っているらしい……
『外観は大聖堂のままだなんて……バチが当たるわよ……』
ソフィアはひとりで呟くと、決意を胸に重厚な扉を押し開いた。その先には、紫の煙とネオンが渦巻く、異質な空間が広がっていた。身体を震わせるような重低音のビートと、オゾンと香水の混じり合った奇妙な匂いが彼女を飲み込んだ。
その時、黒い影が彼女の行く手を阻んだ。
それは、人間離れした威圧感を放つ二人の黒服だった。一人は全身を無数の重々しい鉄鎖とスパイクで装飾し、片目は不気味に赤く発光するサイバネティクスに置換されている。もう一人は、膨れ上がった肉体が衣服を突き破り、腹部には剥き出しの回路が鈍く鼓動を刻んでいた。彼らは単なる黒服というよりは門番……いや、この退廃した街の暴力そのものを体現したかのような怪物だった。
「チケット無いなら、女は50000だ!」
獣のような低い声が響く。
彼女は怯むことなく、繊細な指先で金貨を差し出した。
「金貨5枚で足りるかしら……」
金貨の輝きを前に、巨漢の腹部の回路が喜悦に震える。彼らは汚れた手で金貨を貪り、獣のような笑みをこぼした。
「おお!金貨だ!しかも5枚!」
彼女はそんな彼らを一瞥もせず、目的の人物の名を問う。
「ディアナは来てる?」
「彼女はVIPルームにいます」
ふたりの大きな黒服は、そそくさとソフィアに道を開ける。
機械的な擦れた返答に笑顔で返すと、彼女は迷いのない足取りで再び歩き出す。
眩い光と喧騒が支配するVIPルームの先へ。ソフィアは、ベネチアマスクと呼ばれる仮面を装着した。
人々がビートに酔いしれ、ネオンとカラフルな光の中を、気品溢れる姿でソフィアは歩く。
透明の服を着てイエローの髪の毛を振り乱して踊る女性が、彼女にぶつかる。
両目にスコープゴーグルをした若者ふたりが、すれ違い様に振り返るとソフィア声をかける。
「ごめんね。急いでるの……」
ソフィアはお構い無く、最上階のVIPルームを目指す。
リュミエール王国の女王ではなく、『どこかの誰か』何者かへと変貌を遂げたその姿は、この退廃した街の真実を暴く準備を整えたかのように、静かな光を放ち続けていた。
狂騒のフロアの中央では、煌びやかな衣装を纏ったDJのANJU(杏樹)が、黒髪のポニーテールを振り乱し、フロアの熱狂を煽るように重低音のビートを打ち鳴らしていた。
人々が音楽とネオンに酔いしれる中、ソフィアは最上階へと続くVIPルームの専用ゲートへとたどり着く。
しかし、そこは単純に通り抜けられる場所ではなかった。ゲートの前には、黒いレザーの装束に身を包み、目元をマスクで隠した筋骨隆々の男が立ちはだかっていた。冷酷な門番の腰には、プラチナの輝きと青白い光を放つVIP専用のアクセスキーがいくつも下げられている。
金貨を積むだけでは容易に入れないようだ……
(力尽くで奪えば騒ぎになる……なら、少しだけ騙させてもらうわ……)
ソフィアは仮面の下でアクアマリンブルーの瞳を細めると、重低音のビートに身を委ねた。女王としての気品をほんの少しだけ脱ぎ捨て、フロアの熱気に溶け込むように、激しく、そして妖艶に踊り始める。
ストロベリーブロンドの髪が宙を舞い、しなやかな肢体がネオンの光を反射して躍動する。周囲の客たちが思わず道を空けるほどの圧倒的なダンス。その挑発的な視線は、ゲートを守る黒服の男ただ一人に向けられていた。
予期せぬ魅惑的なパフォーマンスに、冷徹なはずの男の視線は完全にソフィアへと釘付けになっていた。彼が息を呑んだその隙を突き、ソフィアはダンスのステップそのままに、男の厚い胸板へと滑り込むように身を寄せる。
「あなたは、踊らないの…?」
ソフィアは甘く囁きながら、男の胸元にそっと両手を這わせた。香水の甘い香りと、激しいダンスによる熱気、そして至近距離で見つめる圧倒的な美貌。男の意識が完全に彼女の瞳へと吸い込まれたその刹那。
ソフィアのしなやかな指先が、流れるような手品のような手付きで、男の腰から一つのVIPアクセスキーを抜き取った。
男が異変に気付くよりも早く、ソフィアはふわりと身体を離し、悪戯っぽく微笑んで背を向けた。
「二人きりのプライベートダンスは1時間後よ……準備しておいて」
振り返りざまに告げられた甘い言葉に、男は完全に毒気を抜かれ、ただ彼女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
手に入れたプラチナのカードキーを指先で弄びながら、ソフィアは闇の奥へと続く紫色のネオン回廊を歩く。息を少し弾ませながらも、彼女の足取りには微塵の迷いもなく、ただ真実を暴くための静かなる決意だけが満ちていた。




