アウトオブ眼中殿下
「シンデレラ……君があの晩の妖精なんだね」
「いや妖精はあーしじゃなくてごっちゃ」
「探すのに随分と手間取ったよ。僕のシンデレラ」
「ママぴこいつ話聞かねーんだけど」
継母の背後でハンカチを食べるなら、そこの姉妹と場所を変わってくれ。姫華のそんな思いなど当然通じるわけもない。
継母はというと、両手を前に差し出して、どうぞどうぞと言わんばかりだ。今更我が子が実家を出る可能性を感じて惜しくなったとしか思えない。強かな女性は結局最後まで強かなのだと学ぶ。
「僕の一目惚れなんだシンデレラ。どうか、僕の求婚を受けてくれないか」
「ちょ、一旦タイムで」
「タイム? 僕のこの気持ちは止まるところを知らないと言うのに」
姫華のにべもない態度に、王子は悲しげに微笑んで見せる。顔面の強さを自覚して生きてきたのだろう。女の母性を刺激するようなメロい男を演じる姿が天然だとしたら、ホストは裸足で逃げ出すだろう。
しかし姫華は若い頃は歌舞伎町、渋谷センター街、そして成人してからは銀座や六本木など、年齢に合わせて拠点とする場所を変え、男を見る目を養ってきた。
唯一の誤算は、姫華の姉御肌が災いし、メンヘラ製造機になってしまったことである。
しかもそのスキルは、姫華の無自覚なところで発動するからタチが悪い。
スカルプなしでも形のいい爪を勝負の赤に塗った、姫華の手が王子の顎をガシリと掴んだ。
「なーーーっ⁉︎」
「おおおお、お嬢さん不敬がすぎますぞおお‼︎」
外野のうるさい声なんて気にする素振りもない。姫華は不機嫌な目で、頭ひとつ分高い王子の顔を見上げる。
中腰のまま、不自然な体制で呆気にいとられている。王子の瞳は丸く見開かれていた。姫華はその瞳の奥に、王子の気の弱さを確かに見抜いていた。
「見下ろすんじゃねーよ、求婚すんならまずあーしよりも高い位置で言うんじゃねー」
姫華は不機嫌になると、治安の悪さが全面に滲み出る。数々の面倒な男の手綱を握ってきた姫華が、どうやってコントロールしてきたか。それは、女王様然りとした正論パンチだ。
「あーし、一回男の躾間違えちまったんだよね。だからこう言うのは最初が肝心的な。なんだっけ、温故知新?」
姫華の言い分に、藪の中のゴッちゃんは「絶対にちがう」と内心で思ったという。
「し、躾? 姫華は、この僕を躾けようとしているのかい?」
「座れ、ほら。あーし同じこと言うつもりねえんだけど」
「わ、わん……」
王子が鳴いた。その場にいた他の大人たちは、口には出さずとも悲鳴を上げるところであった。
しかし、白い服が汚れるのも厭わずに地べたに座る。王子の表情はというと、身のうちから込み上げる謎の高鳴りに頬を上気させていた。
「ちょっとあんた、ここ外だから」
「おう、お前ら全員生き証人な」
おい、一体何を見せられるんだ今から。姫華の言葉は、周りの空気を張り詰めさせる。
「まずやり方が気に食わないのよ。何あれ、婚約者を募るための舞踏会とか? お前が有名なのはこの国なかだけで、王子ってジョブがなければただの一般人なんだよ。国が滅んでも王子続けるやつなら、そもそも舞踏会開かなくたって求婚される側なの、わかる?」
ゴッちゃんでも思いもしなかった特大の正論パンチだった。
と言うより、世界という括りで物事を考えていないこの国の国民たちは、王族こそが世界と同等と言う認識でいた。それ故に不敬を通り越えて、もはや何を言っているかわからない。姫華の淡々とした口調を聞きながら、呼吸の隙間を見つけるだけで苦労する。
「あ、はい」
「シンプルにその返事気に食わないんだけど」
「わんっっっっ」
「で、言い分は。聞いてやるからあーしに説明してみな」
「は、発言の許可をいただけますか」
「おん」
いつの間にか、姫華はシンデレラではなく、女王様にジョブチェンジしたかのようだった。王宮の謁見の間の如く緊張した空気が、間違いなくこの場に流れている。
姫華が足で転がした樽に腰掛ける。樽が玉座に見える世界線ってあるんだと、姫華以外の大人は思った。
「ご、ご存知かもしれないが」
「すでにこっちが知ってるって言う前提つくろうとすんな、やり直し」
「わ、ぼ、僕はその、今まで決められてきた自分の立場というものに疑問を抱いておりまして……今年の初冬くらいからでしょうか……」
緊張しているらしい。思わず倒置法を使って話し始める。上等な容姿なのに、縮こまって震える様子は子うさぎのようだ。
「うん。で?」
怖い。
「あ、あの、で、ですから、自分の力で好きな人を見つけようと、思うなどしまして」
「うん、で?」
ヒィン。ついに王子はグスグスと嗚咽を漏らし始めた。
このツンドラ気候のような過酷な空気の中で、平然としているのが姫華自身であることにいい加減気づいてほしい。
「あのさあ」
「ひゃい」
「現状を変えようとする努力は認めんよ。けどそれするなら身分隠して一人旅でもして、自分の目でお嫁さん探せよ。そういうのが親からの自立って言うんだよ」
「ええい! さっきから聞いておれば不敬なことばかり抜かしおって! ひと言申し上げますが、このお方は王子ですぞ! 御身にもしものことがあるやもしれぬ一人旅なんて、この私目が許しませんぞ!」
「あーーーーーー?」
「ひっ」
意気込みくってかかった従者であったが、姫華のどすの利いた声を前に早々に萎縮した。
赤いネイルで飾られた指先が、従者の眉間にびしりと突きつけられる。勢いに転がるように、小柄な従者は地べたで腹天になった。その体を跨ぐように姫華が見下ろす。
「それ、越権行為だから。オメー従者のくせにそんなんも知らないのかよ。親でもねえお前がそうやってあれもダメこれもダメってお前のルール押し付けてっからこんななよっちい王子になるんだよ」
「わ、私めの発言は国王様のお言葉と心えヒィイ」
「ならあーしが聞きに行くけどいいの? おたくの息子さん、従者にモラハラ受けてますけどって。ライオンだって崖から子供突き落とすんだよ。可愛い子にも旅をさせろって言葉もあるんだよ。そーれーをーっ! いい年下おっさんが知らねえとか言わないよねえ⁉︎」
「すみませんでしたぁあ……」
「僕はその言葉を初めて知ったのだが……」
「あんたは箱入りだからしょうがない」
依怙贔屓だと言いたげな従者の涙目が王子に向けられたが、流れるような動きで視線を逸らされた。従者が王子から見放された瞬間である。
「あんたさあ、帝王学? とかなんか、王様になる的なお勉強はできても、一般庶民の常識知らないんじゃもとも子もなくね? 貴族は貴族の常識しか知らないんだからさあ。あんた結婚すんなら一般庶民にしなよ。そっちのが国民と同じバイブスの王様になるくね? 普通にさ」
姫華の言葉を、王子は地べたに座ったまま聞いていた。
その目にもう怯えはない。ただ、彼の中で当たり前だった退屈な日常を変える一つのきっかけを、姫華から与えられたような心地だった。
「そうか……僕は、視野が狭かったんだな……」
それは誰に向ける言葉でもない。王子の心の本当が口から溢れたものだ。
ああ、顔つきが変わったから、多分こいつはもう大丈夫だ。姫華は、小さく笑う。
そのままぐっと伸びをすると、地べたに座り込む王子へと手を差し出した。
「ほら」
「え……?」
「結婚はする気ないけどさあ、友達からなら考えてやってもいいよ。あーし、あんたの顔嫌いじゃないし」
「それは、ゆくゆくは結婚の申し出を受けてくれると言うことだろうか」
「友達以上になってからがスタートじゃね? とりま、ママぴとあーしみたいなソウルメイトになれたら考えてやるよ」
「君と、ソウルメイトに……」
姫華の手を、両手で握りしめる。王子の姿はまるで、神を崇める迷える子羊のようにも見えた。
宗教画家がもしこの場にいれば、絵筆を取っていたに違いない。
シンデレラ、基、今世での家族である継母とその娘たちは、「そう言うとこがメンヘラ男を作る理由じゃね」と思ったが、口には出さなかった。
王子はというと、うっとりした顔で姫華を見上げる。
「姫華……僕の、女神……」
「ん?」
「この僕を目覚めさせてくれた、僕だけのプリンセス」
「いや女神とプリンセスどっちかにしろよ」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
一件落着かと思ったのも束の間のことだ。
姫華は握られた手をいくら引っ張っても離れないことに気がついた。
王子はというと、姫華の手に縋り付くように顔を俯かせ、表情は読めない。ただ、先ほどから妙な笑いを繰り返していた。
姫華はしばらく後退りしてみたり、握られた手を何度振り回しても、状況は変わらなかった。
そうして、引き攣り笑みを浮かべたまま王子いに問いかける。
「あ、あのさあ。あーし、あんたに名前言ったっけ」
「うん?」
姫華の言葉に、王子は首を傾げた。見る人が見れば、母性を刺激される仕草だ。顔のいい男がやるからこそ成り立つ可愛さがそこにあった。しかし、姫華を見つめながら、王子は仄暗い笑みを見せた。それこそ、ゾッとするようなメンヘラの笑み。
姫華の頭の中で、一つのまさかが浮かび上がる。
あの舞踏会は、城の近くに住む若い女性を集めるものだった。
王子は教えてもいないのに姫華の名前を知っていた。
ガラスの靴を頼りに姫華の家に辿り着く。執着じみた興味。
信仰的なまでに固執する、姫華からの承認欲求。
姫華は、一見普通を装って近づいてきた王子の異常性に気がついてしまった。
「あ、これあかんやつや」
「姫華、これからは僕、もっと頑張るからね……」
「おっほほほほやべぇ〜〜」
「姫華だけの王子様として、ね」
こうして、この世界の強制力に抗って生きてきた結果、なんとか結婚ルートを回避することができた姫華であった。
が、まさか己の無自覚なスキルが発動し、王子ヤンデレルートなる新たなステージが追加されるとは思いもよらなかった。
身から出た錆とはよく言うもので、結局姫華の無自覚な悪癖とも呼べるダメンズ・ウォーカーは、転生先でも健在だったのだ。
決して擦っても落ちない汚れは、見方を変えれば味になると言うことを、姫華が気づくのはもう少しかかりそうである。
終




