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第2章 謎解きなんかじゃない 1 ドライブのお誘い

(どうして、私が、こんな場所に……)


スモークを張ったワゴン車の中で、千畝は、今更ながらに冷や汗が出そうだった。


「変異体はまだ発見されませんか。──ああ、いいんです。中には入らないでください、危険ですので」


座席をすべて取っ払った後部スペースには、カノが足を伸ばして座っている。運転しているのは南雲だ。


「今そちらへ向かってます。引き続き、なにかあれば連絡を」


運転しながら南雲は誰かと無線でやり取りしている。そのやり取りをいったん終えて、南雲は千畝へ向けて言った。

「あ、もうすぐ着きますからねー」

テーマパークもうすぐですよみたいな、そんな言い方だった。

「は、はい……」


緊張して、体育座りを崩せもしない千畝を、カノがくすっと笑う。

テーマパークに向かっているわけでは、もちろんなかった。カノと南雲の『外勤現場』に、千畝も同行しているところなのだった。


◇◇◇


そもそも南雲のそれは、誘い方からしてひどく気軽なものだった。


「千畝さんは、夜はどう過ごしてるんですか?」

「夜、ですか」

単なる世間話みたいに南雲は始めた。

なにを聞かれているのかいまひとつわからなかった千畝は、とりあえず無難な答えを返す。

「特に、なにもしてないですけど」


嘘ではなかった。


DU免疫生物学研究所に来てから早くも一か月が過ぎようとしており、千畝は研究所での暮らしにも慣れ始めていた。もう道に迷いそうになることもないし、食堂まで何時に着きたいと思えば、時間ぴったりに着くこともできる。

雨の日などは濡れないようなルートを使って医療棟や事務所まで行くことだってできる。

だが、千畝はいまだに、没頭して思いきり打ち込むなにかを見つけられてはいなかった。図書室で本を借りて読んだり、いのりとお茶を飲みながらおしゃべりしたり、夜していることといえばそのくらいだった。


「そうですか」

南雲は人畜無害そうな笑顔を浮かべて、それからとんでもないことを言った。


「じゃ、外に出てみませんか」

「えっ」


出られるんですか、と千畝は言外ににじませた。


「ええ、よかったら、今夜にでも」

「だって……」

少し言いよどんでから、千畝は思い切って口にした。


「だって私、感染症キャリアじゃないですか。感染拡大を防ぐためにここで暮らしているのに、そんなこと」

「あ、よく勉強しましたね」

さすが千畝さん、とでもいうように南雲は褒める。


「皮爪硬化症は人から人への直接感染は確認されていません。──これも、習いませんでした?」

「習いました。でも」


「千畝さんがうちへ来てからもう一か月。ずっと閉じこもりっぱなしも、退屈じゃないですか」

「退屈ですけど、でもそれは規則なので」

「同じ年頃の子もいませんしね」

「仕方ないです、それにいのりさんがいてくれます」


「──千畝さん、首輪の色が変わりましたね」

「えっ」


喉元に視線を落とされて、静かにそう言われ、千畝はなにやらドキッとした。どうしてそんなふうに感じたのかは自分でもわからない。

「そうです、今朝新しいのになって……」


「よく似合いますよ」

南雲は目を細めてそんなことを言う。


逃亡防止の発信機が組み込まれた首輪は、ここで暮らす感染者全員がつける決まりになっていて、入ったばかりの頃は赤い首輪、それがだいたい一カ月から三カ月を過ぎると、艶消しの黒に切り替わる。

はじめのうちは自分の首にそんなものがついていることに違和感を感じていたが、いのりがあまりにも平気な顔で過ごしているので、いつの間にか慣れてしまった。

「ありがとうございます」


「一カ月で黒になる人、あんまりいないですよ。──医療スタッフからも話を聞いてます。基礎知識レクチャーの時、メモを取りながら熱心に聞いてるそうですね」


「することがなくてあまりにも暇だったんです、それだけです」

とっさに言い返してしまってから、やぶ蛇だったことにはっと気づいた。遅かった。

南雲はこれまでの笑みに更に甘さをちりばめて言った。

「そうですよね」


「違います、今のは」

「実は、僕がついていれば外にも出られるんですよ」

「えっ」


銃を所持したスタッフの監視下であれば外出は可能なのだと南雲は説明した。もちろん南雲はそんな言い方をしなかったが、かいつまんで言うとそういうことなのだと千畝は理解した。

「……それ、本当ですか」

「僕が千畝さんに嘘をつく理由なんてあります?」

「うっ……」


ある気がした。

嘘とまでは言わないにしても、なにか、言わないでいることがあるような気がした。だがそんなことは言えない。

やましいことなんて少しもないですよ、というように南雲は微笑んでいる。千畝は仕方なく口をひらいた。


「まあ、そういうこと、でしたら……」

「行きます? 一緒に」

「行きたいです……」

なんとなし小さな声になりながら千畝は返した。


「では、今日、夕食を終えた頃迎えに行きますので、お部屋にいてください。──楽しみですね、夜のドライブ」


そんな、デートみたいなことを、と千畝は思った。

そんなきれいな顔で言うのは、反則なんじゃないだろうか。


そしてそれから数時間後、千畝はもうひとつわかったことがあった。


なんだか騙されてるのでは? と思った時は、たいていの場合、本当に騙されているということだ。

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