3-24. 予感
金曜日の夜の仕事後、陽夏と新宿のフルーツパーラーに行った。アバターのことは、撮影の合間にも話したかったけど、一所懸命我慢していた。ここなら、陽夏がおまじないしてくれるから、存分に話ができる。
「姫愛、今日はウキウキだったね」
「そうだよ、アバターを作ってもらったんだもの、嬉しいに決まっているでしょ」
「どんなアバターか見てみたいけど、ここじゃあ無理よね」
「うん、流石に無理かな。でも、さっき撮って貰った写真ならあるよ」
スマホのアルバムアプリを起動して、琴音さんに撮影して貰った写真を見せた。
「凄い、リアルロゼだね」
「ね、とても似てるでしょ」
「似てるし、可愛いよ。それで力は増えたの」
「まだ良く分からないんだよね。試せるのは、来週の月曜日かな?」
「そだね。この週末は仕事があるし」
陽夏は、パフェのフルーツを頬張った。
「それでさぁ、姫愛。そのアバター使って公衆の面前で魔獣と戦うんでしょ?きっとお前じゃないかって事務所に言われるよ」
「そうかもだけど、私じゃないです、コスプレイヤーさんではないですか?ってシラをきってなんとかならないかなぁ?」
「うんまあ、普通にはあり得ない話だからそれで行けそうな気もするけど、疑う人も出てくるかもね」
「そかな?全然別人じゃん」
「そうなんだけど、最近の姫愛は色々やらかしているからね」
う、反論できない。
「まあ、一回くらいなら何とかなると思うけど、続けるならアリバイ作りも考えた方が良いと思うな」
「うん、陽夏、心配してくれてありがとうね」
話してばかりじゃなくて、私もパフェを食べねば。
日曜日の仕事は、バーチャルアイドルの天乃イノリとのコラボ企画の撮影だった。なので、控え室では向陽灯里ちゃんも一緒だった。
天乃イノリはサイドテールなんだけど、灯里ちゃんはポニーテールが良く似合う大学一年生。高校の頃からバーチャルアイドルの活動をやっていて、固定のファンも付いている。私たちとは、縁あって、たまにこうして一緒の企画をやっている。
今日の撮影は終わって、私たちは控え室で歓談していた。
「それにしても、今日も姫愛さん弾けてましたね。私のキャラが霞んでました」
「え?そう?灯里ちゃんに合わせただけのつもりだったんだけど」
「そうですか?いつにも増してテンション高かったような」
「あー、灯里ちゃんと一緒になったのが久し振りだったからかも」
まずい、アバターができた嬉しさではしゃぎ過ぎたかも知れない。心なしか、陽夏の目が据わってる。
「私も久し振りで楽しかったです。それにしても、姫愛さん凄かったですね。投げられたパチンコ玉を箸で取るって企画、無理と思ったのに平気で取ってるし。私なんて全然取れなかったもんなぁ」
「陽夏も取れてたし、練習すれば取れるようになるって」
「姫愛だけがスパスパ取れてちゃ不味いと思って私も頑張ったんだよ」
そうか、やり過ぎたか。
「姫愛さんは、ミスが少ないのも驚いたんだけど、後ろ向きで取ったのはどうやったんです?」
「いや、あ、あれは勘だから、偶々だから」
不味い、探知使っているから、向きなんて気にしてなかったよ。調子に乗っちゃったからなぁ。陽夏も既にフォローしきれませんと言う顔になってる。
「それに、姫愛さん、控え室では眼鏡してましたよね?コンタクトは合わないって。それに今、コンタクトもしてませんよね?」
「え、ああ、いやぁ」
「姫愛、視力矯正の施術を受けたんでしょ?」
「あ、そうそう、そうだった」
いやぁ、陽夏、ナイスフォローって、今度は灯里ちゃんの目がジト目だよ。参ったね。
「いやぁ、ここのところ色々な出来事があったからさぁ」
汗かきながら、言い訳する。
「出来事って、どんな?」
「んーと、たまに街中に魔獣が出てくるじゃない?私、三回連続で遭遇しちゃったんだよ」
灯里ちゃんの顔色が変わった。
「三回連続って、何か予知したんですか?」
「いえ、偶々。あ、三回目は出現するだろうって言われてたっけ」
「予言されたの?」
「予言というより、予測?いつも通り渋谷に行けば、遭遇するだろうって」
「ごめんなさい。あの、色々聞きたいんですけど」
灯里ちゃんが真剣な顏をしている。
「渋谷のこと、誰に言われたのですか?」
「お師匠様に」
「お師匠様って?」
「ああ、柚葉ちゃんって女子高生」
「女子高生が、姫愛さんのお師匠様なの?」
「そうだよ。柚葉ちゃん物知りだから」
流石に巫女の力の使い方のお師匠様とは言えないし。
「で、その物知りの柚葉ちゃんが渋谷って言ったんだ。それって5月の終わり頃の話だよね?」
「そうそう」
「渋谷以外には言ってませんでした?目黒とか半蔵門とか」
「ううん、渋谷だって言ってたよ」
「どうして渋谷って分かったのかは聞きましたか?」
「聞いてない。信じられないなら信じなくても良いからって言われてたし」
灯里ちゃんが熱心に聞いてくるので、私は、一所懸命記憶を掘り起こした。
「灯里ちゃん、何か気になるの?」
「うん、出来ればどうして渋谷だって分かったのか、聞いてみて欲しいのですけど?」
「それは良いけど」
いまここで念話すれば聞けるけど、流石に不味いよね。
「でも、どうして灯里ちゃんは、この話題を気にしているの?」
会話を聞いていた陽夏が話に入ってきた。
「え、いや、そのぅ」
灯里ちゃんが口ごもった。
「言いたくないなら、言わなくて良いんだよ」
陽夏が優しい目で灯里ちゃんを見ていた。
「あの、こんな話信じて貰えないかも知れないんですけど」
陽夏と私は顔を見合わせ、お互いに微笑み、目で頷き合った。
「大丈夫、姫愛も私も灯里ちゃんを信じるから」
「ありがとうございます。あと、この話は内緒にしておいて貰えますか?」
「ええ」
「そのぅ、私、分かるときがあるんです。魔獣がいつどこに現れるのか」
驚いた。そんな能力があるんだ。いや、私の力も普通じゃないから、人のことは言えない。ともかく、驚きはあまり顔に出さずに、灯里ちゃんの話を信じている気持ちが伝わるように微笑んでみた。陽夏も驚いているのは私と同じだと思うけど、冷静に先を促していた。
「うん、それで?」
「5月のときも分かったんです。でも、場所は、渋谷か目黒か半蔵門のどれか、ということまでしか分からなかった。だから、柚葉ちゃんという子が渋谷って特定した理由が知りたくて」
「それは姫愛が聞いておいてくれるから」
「はい。それで実は、私、自分の心の中だけに留めておけなくて、でも人には言えないし、なので、裏アカウント作ってネットで呟いていたんです。そしたら、それが結構有名になってしまったみたいで」
「困ったことが起きたの?」
「いえ、ネットの方は大丈夫です。だけど、今度が問題で」
「今度何かあるの?」
「嫌な予感がするの。多分、今までとは比較にならないくらい危険な魔獣が出てきそうな気がするんです」
「危険な魔獣が出てくる、という確かな予感がするってこと?」
「そうです。実際に出現すると思われる場所も、前より離れていて。今度現れそうなのは、上野か大崎か赤羽なんです」
「確かにそれを聞くだけでも凄そうだね。それで、そのことはネットで呟いたの?」
「いえ、危険だってことは言わなくても、今までとは場所の間隔が大きく離れているのは分かってしまうので、騒ぎになるんじゃないかと思うと怖くて。でも、いままで私の呟きを見て、そこを避けていた人がいたとしたら、やっぱり情報は流さないといけないかなって思ったり、どうしたら良いのか分からないんです」
「それで5月のときのを渋谷って特定した方法を知りたいと思ったって言うこと?」
「そう。特定できるなら、そこを含めてこれまでと同じくらい離れた場所を三箇所呟けば、良いかなって」
「まあ、確かにその方がいつもと変わらないように見えるとは思うけど。それで、今度はいつなの?」
「来週の日曜日、一週間後」
「姫愛、今度お師匠様に会うのは?」
「明日の放課後」
「じゃあ、姫愛は明日、お師匠様に話を聞いてきてくれる?それで方法が分かったら、明後日に集まる?」
「良いよ、陽夏」
「陽夏さん、私も大丈夫です」
「じゃあ、そういうことで。姫愛、連絡お願いね」
「分かった」
これで、明日やることが増えたけど、まずは力がどのくらい増えたかを見て貰わないと。
 




