3-10. 巫女の力
「やっぱり、アーネは黎明殿の巫女だったんですね」
陽夏や柚葉ちゃん達には示唆されていたけれど、アーネからは力を貰うまでに出てこなかった単語だけに、私は少し棘のある言い方をしてしまった。
「その通りです。貴女は黎明殿のことを知っているのですね?」
「魔獣を斃すプロの集団くらいにしか聞いたことが無いです」
「そうですか」
アーネは、少し悩ましげな顔をした。
「黎明殿とは、この世界を護る主様がお作りになった組織のようなものの名称です。黎明殿の巫女は、主様に仕える力を持った女性のこと。私も、そして貴女も」
「力を与えられると眷属になるって、そういうことなんですね」
「ええ、その通りです。もっとも、いまのところ義務のようなものはないですけれど」
「自分の思うままに自由にして良いってことですか?」
「はい。当座の敵は魔獣というところでしょうが、それはいままでも同じですよね?」
「そうですね」
「それで、黎明殿の巫女ですが、主に二つに分かれます。一つは、生まれながらにして巫女の力を持ち、四か所にある封印の地を治める四季の巫女です」
「四季の巫女ですか?」
「そう、春、夏、秋、冬の季節を冠する巫女たちです。そしてもう一つが、私たち創られし巫女」
「創られし巫女?」
「巫女として創られた者ということです」
「それで、その二つに分かれていることには何か理由があるのですか?」
「いえ、特には。どちらにしても巫女には違いがありませんし、敵対しているのでもありませんから。ただ、そういう人たちがいることを理解しておいてください」
単に呼び方に違いがあるってことかな?
「なら、あまり気にしなくても良いですね。そして、当面何かやらなければいけないこともないということですよね?」
「巫女としてやるべきことはないですけれど、巫女の力の使い方は覚えてくださいね」
「それは勿論。何か教材のようなものはあるのですか?」
「いえ、そういったものは無いので、代わりにこれを差し上げます」
アーネは、ポケットから髪留めを出しました。銀で出来た、髪を挟み付けるタイプの髪留めのようだった。
「これをいつも頭に付けておいてください」
「分かりました」
私はいつもセミロングのストレートなので、この髪飾りをどう頭に付けるか悩んだが、取り敢えず両脇の髪を上げて髪飾りでまとめることにした。
「こんな感じですか?」
「ええ、まあ付け方は自由ですが、そのような感じで頭に付けておいてください」
「そうすると、どうなるんですか?」
私の質問に、アーネは黙って私の手に彼女の手を重ね合わせた。
『こんな風に話ができます』
突然、アーネの声が頭に響いてきて驚いた。
「え?頭の中に声が響いたんですけど」
『髪飾りを頭に付けておくと、相手に向けて念じればこうして話ができます。愛子さんも試してみてください』
『えっと、これで届きますか?』
頭の中でアーネに向けて念じてみた。
『ええ、届いていますよ。これがあれば、例えダンジョンの中にいても私と連絡が取れます。分からないことは、これを使って聞いてください』
なるほど、どこでも聞けるなら、それは便利だ。
「さて、力の使い方を簡単にお知らせしておきましょうか」
「はい、お願いします」
「大きくは二種類です。念じて使うものと、作動陣を描いて使うものです。念じて使うものは、例えば身体強化、治癒、防御障壁、探知があります」
「念じるだけで使えるのですか?」
「そうですね。正確には念じた上で、必要なところに力を集める必要がありますけれど。身体強化の場合は、強化したいところに力を集めます。早く走りたいなら足に、遠くを見たければ目に、遠くを聞きたければ耳に」
「それくらいなら簡単にできそうですね」
「そして、作動陣を描くものは、例えば光弾がありますが」
アーネが指先に模様のようなものを描くと、その先に光の弾が作られた。
「危ないので、別の機会にお教えしたいと思います」
「分かりました」
そういう危なそうなのこそ知りたいけど、いまは会議室の中なので、仕方ない。
「あとはまあ注意事項なのですけれど」
「はい」
「貴女が黎明殿の巫女力が使えることを他人に言ったり、力を使っているところを他人に見せたりしない方が良いですよ。知らない人達には特に」
「秘密にしないと問題ですか」
「問題というか、あなたの社会的な立場が危うくなる可能性があるということです。誰だって、そんなに急に力を貰ったと知ったら、妬む人などが出るでしょう?嫉妬されたり、身に覚えがないのに恨まれたり、そういう悪意にさらされる危険があるので、他人には教えないに限るということです」
「まあ、確かにアーネの言う通りですね。気を付けます」
これまでも巫女の話は他の人にはするなと陽夏や柚葉ちゃん達に言われていたけど、この話は本当に他の人には言えないと思った。
「はい。今日お話したかったのはそれで全部です」
「色々とありがとうございました。アーネは、いつもここにいるのですか?」
「仕事の日は大体ここですね。たまに別のダンジョンの方に行ったりもします。これから私を呼ぶときは、国仲さんとか、藍寧さんとか言ってくださいね」
「ええ、それなら藍寧さんと呼びます」
アーネ改め藍寧さんと私は会議室を出て、協会の受付の方に戻って行った。受付前で、藍寧さんに挨拶して別れ、私は家路に就いた。ん?何か忘れている気がしたが?
翌日の水曜日は仕事だった。撮影後の食事は、いつも通りに陽夏と一緒だった。
イタリアンのお店に入り、料理を注文したあと、陽夏が私に迫った。
「姫愛さ、どうしちゃったの?」
「い、いや、どうもしていないよ?」
「何言ってるのよ?先週は、日曜日にダンジョンに潜って沢山魔獣を斃すんだって言ってたじゃない。それなのに、今日はそれについて何も言っていないよね。凄く変なんだけど」
「あー、そうだったっけ?」
「何をとぼけようとしているんだか。あなたアーネに仲間にして貰ったんでしょ?」
「ねえ、陽夏。こんな場所でその話は不味いんじゃないの?」
「え?ああ、姫愛も十分警戒するようになったんだ。成長したね」
「なにそれ陽夏、何だか私が考え無しのようなことを言って」
「ごめんごめん。そうだね、姫愛が正しいよ。だけど、おまじないしてあるから、いまここだけは大丈夫」
「何?おまじないって。本当に大丈夫なの?」
「私を信じてよ。それで、仲間にして貰う話はどうだったわけ?」
「いや、何もして貰ってないデスヨ」
「ふーん、姫愛ってば、相棒の私にそういう態度を取るんだ」
「だって、黎明殿の巫女の力を貰ったって言うと、陽夏が私に嫉妬しちゃうって」
「ああ、そういう風にアーネに言われたんだ。なるほどね」
陽夏の中で何か納得するものがあったらしい。
「大丈夫だよ、姫愛。私は姫愛には嫉妬したりしないから」
「本当に?」
「本当だって。それよりも、私は姫愛が力に押しつぶされちゃうじゃないかって言うことの方が心配だよ」
「力に押しつぶされる?」
「そう。普段持っていない力は、体に負担を強いるからね。力をたくさん使おうとすると、体を壊すかも知れない。姫愛が無茶をして体を壊すんじゃないかって心配になるってこと」
「私は無茶はしないよ」
「本当にそう?例えば、私が魔獣に襲われてピンチになって、姫愛が助けようとしても普通の力じゃ助けられないとき、無茶しないって言える?」
「え、そりゃあ、陽夏がピンチだったら、私は何としたって陽夏を助けたいよ」
「姫愛ならそうだよね。だけど、それでもやっぱり無茶しちゃいけないんだよ。私は姫愛が無茶して体を壊すところは見たくない。だから、無茶しなくちゃいけないところまで行っちゃたら、私を見捨てて欲しいんだ」
「何言っているの、陽夏。見捨てろって、そっちの方がよほど無茶を言っているよ。陽夏を見捨ててしまったら、きっとそのあと私、そのことをずっと後悔し続けるよ」
私は泣きたくなった。私は陽夏を護りたいから力を得たのに、陽夏はそれをするなと言っている。
「まあ、まだ姫愛には難しいよね。力を持てば、これからきっと色んな場面で選択を迫られると思うんだ。他人を助けられるってことは素敵なことだけど、でも、まずは自分自身が生き延びなくちゃいけない。それを姫愛には知っておいて欲しいな」
妙に説得力のある陽夏の言葉が、私の胸に突き刺さった。




