3-11. 将来予測
木曜日は何事もなく過ぎ、金曜日になった。
水曜日に陽夏に力のことを黙っていようとして失敗したのを考えると、とても柚葉ちゃんに黙り通すことはできないだろうなと暗い気持ちになりながら、喫茶店メゾンディヴェールに入った。予想するまでもなく柚葉ちゃんがカウンターに座っていたので、いつも通りに柚葉ちゃんの隣に座ろうとした。
「愛子さん、二階に行きましょう」
「え?」
「何故だか分かりますよね?」
秘密の会話をしましょうと言うことか。私は観念して従うことにした。
「柚葉ちゃん、もう愛子さんを連れて行ってしまうのですか?」
琴音さんが水とおしぼりを持って、隣に立っていた。
「注文くらいさせてあげないと」
琴音さんが引き留めてくれるのかと思ったが、どうやら一階で座ることはできなさそうだ。
「良いんですよ、琴音さん。珈琲は、いつものキリマンジャロで。あと今日のパスタは何ですか?」
「今日は、スパゲッティ・ボロネーゼです」
「じゃあ、それを一つ。柚葉ちゃんは一緒に食べる?」
「そうですね、私もいただこうかな。琴音さん良いですか?」
「ええ、勿論。では、スパゲッティ・ボロネーゼを一人前ずつですね。柚葉ちゃん、私の代わりに水とおしぼりを持って行って貰えますか?」
「はい、お部屋を借りるので、それくらい手伝います」
注文を取った琴音さんは柚葉ちゃんにお盆を渡すと下がっていった。
そして私はお盆を持った柚葉ちゃんに連れられて二階のリビングに行った。何だか悪さをして捕まって連行されている気分がした。リビングに入ると、柚葉ちゃんと向かい合わせにソファに座った。
「はい、お水とおしぼりです」
「ありがとう、柚葉ちゃん」
これからの柚葉ちゃんの尋問のことを考えると気が重い。
「愛子さん。何だか元気がないですね」
「や、やぁ、柚葉ちゃん。大丈夫、元気だよ」
笑って見せたが、若干、顔が引きつってしまったかも知れない。
「それで話をして貰えるんですよね?」
「そ、そうだねぇ」
いきなり核心から来た。頑張って言葉を濁してみる。
「愛子さん、目が泳いでますよ。アーネに何か言われましたか?」
「い、いやぁ、別に」
うう、しらを切り通せるのだろうか。頑張ろうとしていた私を、柚葉ちゃんが意外なところから攻めて来た。
「あ、愛子さん、髪飾りを付けたんですね」
「うん、どう?ちょっとイメージが変わった?」
「良い感じですよ。で、それ、アーネに貰いましたね」
「え?」
「そうなら、これが出来る筈です」
柚葉ちゃんが、私の手を握った。
『これで私の声が聞こえるんじゃないですか?』
「え?どうして?」
『やっぱり聞こえるんですね』
『どうして柚葉ちゃんは念話ができるの?』
『まあ、色々あるんです。今の愛子さんとならできるのではないかと思いました』
『どうしてできると思ったの?』
『その髪飾りですよ。透明な石が嵌っていますよね。アーネも頭に何か付けていませんでしたか?』
『えーと、簪かな?』
『それで、私は頭に何を付けていますか?』
『簪。え?同じもの?』
『アーネの簪がこれとまったく同じかは分からないですけど、機能は同じではないかと。そして、この前まで愛子さんはそんな髪飾りはしてなかったですし、もっと言えば、愛子さんから巫女の力を感じますしね』
「巫女の力を感じる?」
私は疑問を口に出して柚葉ちゃんを見た。
「はい、感じますよ。愛子さんの場合、力が駄々洩れって感じです。でも」
「でも?」
「あ、いえ、何でも。ともかく力は抑えた方が良いですよ」
「抑えるってどうやって?」
「目を閉じて自分の力を感じて、それが体の外に拡がらないように心で押さえつけるようにできませんか?」
私は柚葉ちゃんに言われた通りに目を瞑り、力を感じようとしてみた。確かに体の中に何かが液体なのか気体なのか分からない靄っとしたものがある。そして何もしないでいると、その靄が少しずつ体の外に流れ出しているような感覚があった。なので、体の外に出ていかないように念じてみると、力の放出が停まったようだった。
「愛子さん、そんな感じです。できましたね」
「何となく感覚が分かったよ」
私は閉じていた目を開けて柚葉ちゃんを見た。
「それでさ、柚葉ちゃん、確認したいんだけど」
「何でしょう?」
「柚葉ちゃんも黎明殿の巫女ってことで良いんだよね?」
「そうですね」
「藍寧さんのこと知らないみたいだから、四季の巫女?生まれながらに力を持っているっていう?」
「藍寧さんってアーネのことですか?」
「そう、普段は藍寧って名前だって」
「そうなんですか。それで話を戻しますけど、私が生まれながらに力を持っているというのはその通りですけど、四季の巫女と言うのは?」
「藍寧さんが言ってた。黎明殿の巫女には二通りあるって。一つは、生まれながらにして巫女の力を持っていて、四か所にある封印の地を治める四季の巫女で、もう一つが創られし巫女だって」
「四季の巫女と創られし巫女ですか」
「何でいままで教えてくれなかったのかなぁ?」
「取り立てて言うことではないと思っていましたので。愛子さんが本当に黎明殿の巫女になるかどうか分かっていなかったですし」
「まあ、それはそうなんだけどさ。でも、私が巫女になるかもって思っていたんだ?」
「たぶんそうなるだろうとは思ってました」
「どうしてそう思ったの?」
「色々と見聞きした情報の中にヒントがあって、でしょうか」
柚葉ちゃんは何を見聞きしたというのだろうか。しかし、それを聞いても理解できそうな気がしない。気になることとすると――。
「もしかして、この先のことも何か予想していることがあるの?」
「ありますね」
「それについて、教えてもらっても良い?」
「良いですけど、飽くまで私の予想でしかないですからね」
「良いから教えて欲しいよ」
「分かりました。次に起きるのは、愛子さんが成長の壁にぶつかるだろうってことでしょうか」
「え?私が成長の壁に?」
「そうです」
「何で?」
「愛子さんの力は借り物なわけですよね?」
「そういう風に言われたけど」
「であれば、力と体の相性が悪いかも知れません」
「相性があるの?」
「あるだろうと思っています。相性が悪いと、力が余り出せないだろうと」
「もし相性が悪かったらどうしたら良いの?」
「藍寧さんに相談するんですね」
「え?そういう話?」
「そういう話です。でも、飽くまでも予想でしかないですからね」
「でも、柚葉ちゃんは、その確率が高いと思っている」
「はい」
「それを確認するにはどうしたら良い?」
「愛子さん、あまり急かない方が良いですよ」
「どういうこと?」
私が聞き返したところで、柚葉ちゃんが目線を私の横に逸らせた。見たら、いつの間にか琴音さんがお盆を持って立っていた。
「お話中ごめんなさいね。これ愛子さんの注文した珈琲です、それからこちらはスパゲッティのサラダになります」
「ありがとうございます」
「はい、ごゆっくり」
琴音さんは、ニッコリ微笑んで下がっていった。
「あのさ、柚葉ちゃん」
「何でしょう、愛子さん」
「今の話、琴音さんに聞かれちゃったかも知れないね」
「そうかも知れませんが、特に問題ないですよね?」
「どうして?」
「だって、琴音さんも巫女の一人ですから」
「は?」
何ですと?柚葉ちゃん、いま何か重要なことをサラッと言いましたね。
「琴音さんも巫女だから問題ないですよね、と言いましたけど」
「柚葉ちゃん、そんな話は聞いていないんですけど」
「そうですね、聞かれませんでしたし」
ぎゃー、この娘ムカつくー。平気な顔して言うなぁ。
「そういうときの愛子さんの顔が面白くて、ついつい揶揄いたくなります」
コラ、高校生が大人を揶揄っているんかい。
「うー、何か釈然としないものを感じるよ」
「もう少し心に余裕を持った方が良いですよ」
「人を揶揄う奴に言われたくない」
柚葉ちゃんは笑顔だ。会話を楽しんでいるんだね。
「話し戻すけど、急がない方が良いってどういうこと?」
「先を急ぎ過ぎると、途中で見るべきものも見逃すかも知れないってことです」
「じゃあ、どうすれば良い?」
「まずは力の使い方をきちんと覚えましょう。そうする中で、問題点は自ずと明らかになります」
「力の使い方の教科書みたいなのって無いのかな?」
「無いでしょうね。少なくとも私は見たことも聞いたこともないです」
「じゃあ、どうやって使い方を覚えているの?」
「まあ、普通は親に教わるんですけど、愛子さんは無理ですね。藍寧さんは教えてくれないのですか?」
「いつでも聞いて良いよってこの髪飾りを渡されたんだけど、レッスンみたいなのをしてくれる気配は無かったよ」
「そうですか」
柚葉ちゃんは、何かを思ったのか溜息をついていた。
「どうやらまた私が愛子さんに教えてあげないといけないようですね」
「柚葉ちゃん、ありがとう。感謝だよ」
「私の授業料は安くはないですよ」
「はーい。じゃあ、取り敢えず今日のスパゲッティは私の奢りってことで」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
丁度そのとき、再び琴音さんがやってきて、注文していたスパゲッティを出してくれた。私は柚葉ちゃんと二人で仲良くスパゲッティを平らげた。
「そうそう、愛子さん、巫女のことは外では絶対に言わないでくださいよ。琴音さんや私のこともですけど、特に愛子さん自身のことは」
「うん、藍寧さんにもそう言われたんだよね」
「愛子さん、そそっかしそうなので、本当に注意してくださいね」
私ってそんなに傍から見てそそっかしそうに見えるのかな。あまり否定はできないんだけど。
「努力します」
今日も柚葉ちゃんの方が大人に見える。




