2-27. 伊豆からの帰りに海岸で
お婆様の小屋から帰った後の夕食では、観光組と巫女組とで、それぞれの行動の報告をしあいました。
どうやら観光組は、堂ヶ島まで行って、観光遊覧船に乗ったそうです。私も観光にも行きたかったな、などと思ってしまいましたが、こちらはこちらで色々ありましたし、お婆様とも会ってお話をしましたからね。
私たちも、皆に、お婆様に会ったことや、お婆様の小屋とその周りの様子、小屋から見えた景色の素晴らしさなどを話しました。
そう言えば、柚葉さんは、お婆様と別れるときに、埋め立てられているかも知れない転移陣についてお婆様に尋ねていました。でも、お婆様も知らないとのことでした。もしあったとしても、もっと前の時代のことのようです。
翌日、朝御飯を食べたあと、拓人さんにまた車に乗せてもらって、東京への帰途につきました。帰りは、海沿いに行こうという話になって、下田の方に出ました。せっかく海の方に出たので、と叔父様は白浜の海岸に寄って、休憩時間を取ってくれました。
柚葉さんは久しぶりに海を見たのでしょうか、嬉しそうに海の方に歩いていきます。そして、履いていた靴と靴下を脱いで、砂浜から海の方に入って行きました。
風は強くなく、穏やかな波が岸に寄せています。柚葉さんは足の踝が浸かるくらいのところで立ち止まり、海を見つめました。その横顔に寂しそうな色が混じっているように私には思えました。
柚葉さんはしばらくそのまま海の中で佇んでいましたが、ある時スッと右手を上に上げました。そして右足を上げて前に出し、顔の向きを変えて左手を持ちあげます。柚葉さんは何か踊り始めたようでした。いや、これはきっと巫女の舞いです。東の封印の地の巫女に伝わる舞いとは振り付けが違いますが、このテンポを動き方は私が習った舞いのものと同じです。柚葉さんは故郷を想い、自然と故郷の巫女の舞いを舞い始めたのでしょう。その心の籠った舞いは、柚葉さんの故郷への想いの強さを感じさせるものでした。
舞いが進むにつれ、柚葉さんから感じる力の波動が徐々に強まっているように思えました。それだけ舞いに没頭しているということでしょうか。柚葉さんは、そのまま舞い続けました。そして遂に、強まった力の波動が目に見えるものとして現れ始めました。そうです、柚葉さんの黒髪が、段々と輝き始めたのです。柚葉さんが自分の髪の変化に気付いているのかは分かりません。舞いの進行と共に髪は明るさを増して、ついには白銀になりました。
白銀の髪の柚葉さんが舞う姿は、私の目にはとても神々しいものに映りました。そして同時に故郷への深い想いや故郷から遠く離れた寂しさも感じ、私の目から自然と涙が零れました。
柚葉さんの舞いは、それからしばらく続いた後、静かに終わりました。柚葉さんは最後のポーズのまま静止していましたが、髪の輝きは段々と薄れていきました。そして黒髪に戻るころにはポーズを解いて、再び海の中に佇んでいました。
柚葉さんの舞いを見た感動は、まだ私の心の中で尾をひいていましたが、柚葉さんの想いを共有したいと思い、私も同じように靴と靴下を脱ぎ、海に入って柚葉さんの隣に立ちました。
「柚葉さん、故郷の島のことを思い出しましたか?」
「うん、そうだね。まだ、こっちに来てからそんなに時間が経っていないのにね」
「帰りたくなりました?」
「まあ、まったく思わないと言ったら嘘になるけど、今は良いかな。もともと、目的を果たすまで帰らないつもりだったし」
「そうですか」
私からは、頑張って強がっているけど、それでもやっぱり少し寂しいのではないかなと感じられました。
柚葉さんは、薄紫の半そでのワンピースに薄手の白いセーターを羽織っています。寄せてくる波が脚をくすぐり、たまに膝丈のスカートの裾にも掛かっています。でも、柚葉さんは、そんなことは気にせずに、その場にずっと立ち続けていて、海の遠くの方を独り見つめていました。
「おーい、二人とも、そろそろ行かないか?」
拓人さんに声を掛けられて、私たちは時間が経ってしまったことに気付きました。
「はーい、今行きます」
返事をすると柚葉さんと一緒に海から出て、拓人さんのところに向かいました。
海岸に置いていった靴と靴下を拾おうと立ち止まると、同じように立ち止まった柚葉さんが靴を拾いながら私の方を見ました。
「清華、伊豆の家に連れていってくれてありがとう」
「どういたしまして。楽しんでもらえましたか?」
「うん。色々なものを見せてもらったし、彩華さんや涼華さん、それに和華さんに会えたし。楽しかったよ」
「それは良かったです」
「また来ようね。そして、またここの海にも」
柚葉さんは、体を伸ばして歩き始めようとしましたが、一瞬立ち止まって後ろを振り返り、海の方を見つめました。そして、前に向き直り歩き始めました。
駐車場に着くと、車で皆が待ってくれていました。礼美さんが、後部座席から身を乗り出して開いた扉から顔を出しました。
「柚葉の舞い、私たちも見ちゃったよ。とても素敵で感動した」
「海を見てたら、故郷の島のこと思い出して、自然に体が動いちゃった」
「柚葉さん、本当に素敵でしたよ。太陽の光が髪の毛に反射していましたし」
「百合ちゃんもありがとう」
ん?百合さんの言葉に礼美さんも頷いています。礼美さん達からは、柚葉さんの髪の色の変化はそんな風に見えていたのですか。まあ、それならそれで好都合ではありますけれど。
「柚葉もこっちで一人だし寂しいよね。もう少し海を見てたかった?」
「ありがと。もう大丈夫だから」
「そう、なら行こうか」
礼美さんが、顔を引っ込めたあと、柚葉さんと私が乗り込むと、拓人さんが車を出しました。そのあとは、途中で昼食を取りながら東京に向かいました。疲れが溜まっていたのか、昼食後は皆車の中で寝ていました。夕方になる前には学校の校門前に到着し、拓人さんにお礼を言い、そこで解散になりました。
休み明け、久しぶりにミステリー研究部の部室で、部員全員が揃いました。皆、休みでリフレッシュしてスッキリした顔をしているかなと思っていたのですが、潤子さんだけは浮かない顔をしています。
「潤子さん、どうしたのですか?」
「いや、何でもないよ」
「何か浮かないお顔をしていますよ。もしかして、模擬試験で何かあったのですか?」
「いやぁ、そんな大層なことではないよ。ただまあ、受験は面倒だなぁって。志望校考えるのもね」
「そうなのですね。もう決めないといけないのですね」
「別に決めるのは本当の受験の時で良いのだが、模擬試験では志望校をいくつも書かされるからね。ある程度は考えておかないとというプレッシャーも掛かるんだよ」
「潤子さんは、相変わらす真面目ですね」
「ん?何か問題か?」
「いえ、もう少し力を抜けば楽になれるかも知れないかな、と思いまして」
「まあ、そういうのは他の者に任せるよ。それにしても、楽と言えば、柚っちは、早々に上着を着るのを止めて楽そうだね」
学校は、5月は衣替えの移行月間ということで、登校時に上着は来ても、着なくても良いことになっています。そして、柚葉さんは、5月の初日から、上着を着ずに登校していました。
「柚葉さんは、堅苦しいのが好きではないのかも知れませんね」
「そうだな、柚っちは、何かに縛られているより、自由に飛び跳ねている方が、余程似合っているよな」
そう、潤子さんの言う通りです。でも、柚葉さんは、他人に言えない哀しみを背負っているようでもあります。そのときたま見せる寂しそうな横顔は、見ると胸を打つような悲しさを感じると同時に儚げな美しさも感じさせます。




