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脱日常


 どうにかこうにか、食品庫に買ってきたものを押し込み、理津子が蕎麦を湯がき始めた頃、八郎は灯油を補充するためガソリンスタンドまで往復し、ついでに愛車にも燃料を入れた。

 スタンドのお兄ちゃんからは、今年一年ご愛顧ありがとうございますとのあいさつ文と、

新年からつかえる水抜き剤サービス券の印刷されたチラシ入りのポケットティッシュをもらう。

 帰宅してすぐに、玄関の扉に飾られていたしめ縄が風に飛ばされそうになっているのに気がつき、頑丈に何か所かを両面テープで止めなおした。


 「ただいまぁ。うぅぅ寒い」

 「荒れてきたねぇ。降るかしら」


 ファンヒーターを一度止め、買ってきたポリタンクの灯油をシャコシャコとポンプで追加する。

 これだけ入れれば、明日の昼まではもつだろう。何しろ今夜は大みそかで、皆夜更かしをするに違いないからだ。


 ふと食卓を見れば、だしの香りも高く、めんつゆが丼で湯気をたてている。中にはゆでたての蕎麦が盛られ、その上に理津子がエビのてんぷらと野菜のてんぷらをあしらっている。

 八郎のお腹がぐぅぅと音を鳴らした。


「オードブルを出してちょうだい」

 

 スーパーで1980円で買ったお惣菜の入ったオードブルを食卓の真ん中に出し、プラスチック製の蓋をとる。

 猫のように炬燵の中で暖をとっていた飼い犬のポチがにおいで布団の中から出てきた。


「ごはんよー」

 

 理津子の呼び声に各自、部屋にひきこもっていた3人の子供達も2階から降りてくる。


 「うわ、エビ、ちっさ」


 年々中身のエビよりも衣の方が大きくなっていく気がする。


「やっぱり家で揚げた方がいいのよねぇ」


 妻は、残った油の処理が面倒なので揚げ物を家でほとんどしない。

 最もメタボの指摘をされている八郎にとってはあれば食べたくなるのでそれでいいが、子ども達には不評のようだ。


 「これでも年末価格で一尾300円はするのよ…」

 「まぁ需要と供給の問題でもありますから」

 

長女の万理が1階のリビングのTVをつけると、サ●ケなる番組をしており、子ども達はその番組に釘づけだ。

 蕎麦を食べ終わった者から順にリビングの炬燵に移動して、今度はナッツ類やチータラを菓子皿に盛り付けると、成人したものはお酒を、そうでないものはジュースをちびちびと飲み始める。

末の弘夢がポテトチップスを菓子皿に追加すると、携帯を携えて炬燵に潜り込んできた。


「そろそろ紅白してるんじゃないの?」

「もうはじまってるけど、毎年見てないじゃん」


 サ●ケに飽きたのか、ゲーム機に接続、複数人で遊べるソフトを挿入したようだ。


「ある意味。このゲームもサ●ケだね」


配管工の兄弟と仲間達が障害物を次々とクリアしていくゲームだ。


チャンネル権のない八郎は子ども達が ゲームに興じるのを酒をのみつつぼんやりと眺める。

妻の理津子はお煮しめの仕上げをしているようだ。台所で料理をする物音がする。


明日はゆっくり起きて近所の神社に参拝したあと、実家に行くのでその時にお重に詰めていくのだ。

お煮しめは良妻アピールに必要なものらしい。


風がゆらす物音が酷くなってきた。

チカ、チカと照明がついたり消えたりする。


 「やだわ、停電するかしら」


 電線に木の枝等が接触しているのかもしれない。いざという時のために懐中電灯などを用意した方がいいだろう。


 八郎が停電に備えて懐中電灯やろうそくなどを戸棚でがさこそ探っていると、子ども達が2階の自分達の部屋にひきあげていくようだ。

 どうやらゲームがフリーズしてしまうらしい。


 再びサ●ケの番組に戻ったTVの上の方に白い字で竜巻注意の文字が流れていた。


「風呂に先に入った方がよさそうだな」


 八郎はそう判断すると湯の支度をはじめた。


「途中で暖房が切れるかもしれんから、ちゃんと布団を厚くしとけよ」


ーー番組の途中ですが気象情報についてお伝えします。先程気象庁は県西部に竜巻警報を発令しました。

本日午後18時頃、日本近海の太平洋上で突如派生した爆弾低気圧は勢力を増しつつ北上しており、このままですと日本列島を縦断、日本海側の低気圧と合流する見込みであり…日本海側からは-45℃の寒気団が南下しーーー


「わぁ吹雪いてきたよー」


 長女の声に八郎が窓をみると、うっすらと窓の桟のところに白い物が乗っているのが見える。


「庭の布団干しや植木鉢を仕舞っておくか」


まだ炬燵にいた次男をなだめすかして、一緒に庭に出ると凍える手に息をふきかけつつ、庭に出していたものを片づける。


 「うへぇホワイトアウトだー」


庭先で遭難しそうな位に視界が悪い中、なんとかめぼしいものを片づけると家の中に飛び込む。


「ポチ―あたためてー」


冷たくなった手を、寝そべった飼い犬の腹の下に差し込んで犬に怒られている次男を横目に八郎はいそいそと風呂場に向かうのであった。


「やぁねぇ。年末年始にこんな天気になった事、今までなかったのに」


妻もお重にお煮しめを詰め終わったようで、夕飯の後の片づけをはじめていた。

今夜は夜更かしはできそうもない。湯冷めしたら大変だからだ。


八郎が早めに湯を使ったので、冷える前に家族全員が風呂に入らないといけない。

そこは畑中家の鉄則なので、皆つぎつぎと交代で風呂を使う。


「おやすみー」


 それぞれがそれぞれの布団にくるまり、新年をむかえる瞬間をまっているうちにいつしか八郎は眠りに入っていった。

 ちょっとだけ嗜んだ日本酒が仕事をしたようだ。


 どこかでゴーンと鐘がなった。こんな天気でもどこかの寺では鐘をついているらしい。



ゴゴゴゴゴゴ、ひゅぅぅぅぅぅ~ひゅぅぅ~


風の音はいよいよ激しく、家まで揺れるほどだ。

 パジャマではなく、すぐ逃げれるように普段着のまま寝た方がよかったかもしれない。

 そう思いながら八郎は夢の中に落ちていった。



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