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人間を拾う

 井戸の底からは、何語かわからないけれど女性の物と思しき弱弱しい声も聞こえる。


 ふにゃぁ、ふにゃぁ、ふにゃぁ、という猫のような鳴き声も。


 「ねぇ…?赤ちゃんじゃない?」


 「なんか赤ちゃんの泣き声がする気がする」


 万理と弘夢が顔を見合わせる。


 ーーー古井戸の底から女性の声と赤ん坊の泣き声。


 ホラーを彷彿させる状態に万理の腕にサムイボが立つ。


 「こ、怖い。本当に人?」


 「おーい」


 八郎が井戸の底に向かって呼びかけると、井戸の底に灯りがともった。


 しかし、そんな光景も。


「ひ、、人魂??」


 弘夢を怖がらせただけだった。


「違うと思う、本物見たことあるもの。アレとは違う」


 本物の人魂を見た事のある万理は返って落ち着いたようだ。


「え?見たの?見た事あるの?」


 姉の思わぬ告白に弘夢は驚いた。


「うん、中学生の頃、帰宅途中に」


「あーあれな。」


光平も見たことがあるらしい。彼らの通学路に何があったのだろう。


「燐が燃えてるから青っぽいんだよな。」


「…その辺に燐なんて落ちてるものなの?」


「…割と?動物の死体か何かあったんじゃね?」


「私の見たのは電線の少し下でボっといきなり燃えた奴だったんだけど」


「じゃ、スパークじゃねぇの?」


「「電線から?」」


 3人の子ども達が人魂について話をしている間に、八郎が井戸の底にいる人物を目視したようだ。


「赤ん坊を抱いた女の人だな。外国の人みたいだ。白っぽい髪…金髪だよ」


「きょうび、日本でも金髪の人けっこういるよ?ブリーチで!」


 ともかく、ちゃんと人間らしい。


 「縄梯子ないかな?」


 「ないよなぁ。トウユーにはあったかもしれないが」


 今更ながら、あそこにゴブリンさえいなければ、という空気が立ちこめる。


 「その辺、探して…役にたてそうな物…」


 八郎が言いかけるが、光平がそれを止める。


 「…下の人、バケツからロープほどいて自分の腹まわりに縛って、赤ん坊をバケツに入れて腕にもってスタンバってるみたいだけど?」




  「…引っ張るぞ」


 4人は力を合わせて、ロープを引っ張った。



 「…縄梯子?底の方にあったの?」


 助けられた人物は疲れ切ったような顔をした20代半ばくらいの女性だった。

 

 その人物は赤ん坊をいれたバケツをさっと万理に渡すと、再び手にしていた縄梯子を井戸にふちにかけると下に向かって降りていく。


 「ああ、まだ下に救助を待ってる人がいる?」


 「あ、これ見て」


 井戸にフチに残る痕を指さして万理がいう。


 「何かかけた痕だな」


 「縄梯子がかかってた痕じゃない?」


 「と、いう事はかかっていたはずの縄梯子を外されて、上に上がれなかったのか」


 「今度は子どもを背負ってきたぞ」


 助けた女性は、今度は小学生位の子どもを背中にしがみつかせて縄梯子を登ってきたところで、くたりとした。


 「危ない!」


 危ういところで八郎と光平が二人がかりでその女性の腕を掴んだ。


 「……。…。」


 「何言ってるかわかんないなぁ」


「まだ下に子どもがって言ってんじゃない?大人なら自分で上がってくるでしょうし」


 畑中家一家は顔を見合わせた。


「…下行ってみて来た方がいいかな?」


女性と、ぼんやりして元気のない子どもをとりあえず座らせる。


「あたし、母さん連れてくる」


万理は赤ん坊を女性に抱かせると、理津子を呼びに軽トラまで戻った。


 牽引していた馬車をはずし、軽トラだけを廃村内に乗り入れる。


 出来るだけ古井戸の近くまで行きたかったが、落ちているものでパンクでもしたら目もあてられないので途中で車から降りる。


理津子に肩を貸しながら、万理が古井戸まで戻ると、光平が縄梯子を降りていくところだった。


「気を付けてねー光平兄ぃ」


 光平は片手をあげてそれにこたえると梯子を下っていく。


「うーん。この人達が、第一現地人ね」


「ゾンビとゴブリンを除けばね」


「ゴブリンはそもそも人じゃないだろ…」


「なんか弱ってるみたい。どうすればいいのかな?」


「エナジードリンク渡してみる?」


「待って、井戸に何日か閉じ込められていたとしたら、水とか食べ物はどうしてたのかしら?」


「あ、空腹なのか!」


理津子が、お茶入りペットボトルとコッペパンをアイテムボックスから出す。


「先に手を拭いてもらって!」


万理がペットボトルを渡す前に、ウェットティッシュを押し付ける。除菌シリーズの方だ。


先に目の前で手を拭いてみせてからペットボトルの蓋をあけ、中のお茶を飲んでみせる。


それからコッペパンをふたつに割って食べてみせた。


さっと、救助した女性の手がのみ、500ミリリットルのペットボトルがあっという間に空になる。

子どもの方はおずおずと万理のマネをしてウェットティッシュで手をふくと不思議そうな目つきで緑色のお茶の入ったペットボトルを見ている。


「こっちの方がいいかなー」


 柑橘果汁の入ったペットボトルを蓋をはずして渡すと、一口くちに含んだ後、目の色をかえてペットボトルの中身を飲み干した。


 ぷはーっ。


 満足そうな息を吐いて、口の端にこぼれた分を舐めた。

 そして今度はパンにかじりついた。


 女性の方は胸をはだけると赤ん坊に乳を含ませはじめた。

 赤ん坊は乳にむしゃぶりついていたが、しばらくすると焦れたように泣きはじめる。


「…あぁ。出が悪いのね」


 理津子は少し考えるようにしていたが、アイテムボックスから哺乳瓶を出す。

 どうやら10年以上前に使用した弘夢に使ったもののようだ。


 「牛乳は与えていいかわからないし、スキムミルクとか練乳しかないのよね。どうしよう、飲ませてお腹壊したら…砂糖水なら大丈夫かしら、お腹壊さないように薄めで」


 ぶつぶつ言いながら、除菌シートで哺乳瓶と吸い口をよく拭き、中にスティックタイプの砂糖とどこぞのおいしい水を注ぎいれる。


「見たかんじ、首や腰は坐ってそうね。なら半年前後かな、だとしたらおもゆとかおかゆでもいいかしら」


 途方にくれた感じの女性の肩を軽く叩くと、泣いている赤ん坊の口に哺乳瓶の乳首部分を突っ込む。

赤ん坊はびっくりして泣き止み、変なものを口に入れられたというような微妙な顔をつきをしながら口を動かしていたが、中から砂糖水が出てきたのだろう、夢中になって吸い付きはじめた。


 「…飲み食いすれば、お乳はまた出るようになるから」


 言葉はわからないようだったが、女性は理津子に向かって何度も祈るような仕草をしてからパンにかじりつき始めた。


 

 理津子と万理がかいがいしく、救助した人の面倒を見ている頃、男3人組は困っていた。


 「おーい助けてよ」


 下に降りていったはずの光平が困ったような顔をしながらまた縄梯子を登ってくる。


「なんか、女騎士っぽい人がいるけど、めちゃくちゃ威嚇してくるんですけどー」


聞くところによると、井戸の底には横穴があいていて、それを進んだところに人が倒れていたので肩をゆすろうとしたところ、いきなり飛び起きて来て何かで叩かれたそうだ。


「見てよこの青あざ、」


脇腹にくっきりついた青あざを見せられて弘夢と八郎は顔をしかめた。


「うぇぇ。いたそー」


「困ったなー。言葉が通じないから、助けに来たってわかんねぇんだろうな」


「その人、どうした?」


「俺を叩いてからすぐぶっ倒れたんだけど、近づくと起き上って威嚇してくるんだよ」


 女騎士ねぇ。と八郎は考える。さっき拾った遺体も騎士っぽい恰好をしていた事を考えると仲間だろうか。


「母さん連れてきたの?」


「うん、あっちでさっき助けた人の面倒をみてるよー」


「その人から説得してもらう他なさそーだね。危ないもの。そんな凶暴じゃ」


「俺達も飯でも食うか」


「だな」

「…天の岩戸作戦だね!」


 弘夢は無邪気にそう言って笑った。



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