ドクロ紳士の告白
若いものは出払っていて人気のないカフェテリア…従業員用の休息所にて、
シッキムは旧友とお茶を飲んでいた。
いつも陰気な雰囲気の、ドクロ紳士トーマスが、ひとつ悲しみがあるというので。
『オルハンに、はじめましてって言われたんだ。』
『ああ…。』
シッキムは息をはいた。
オルハン…つまりはオリバーが起き上がれるようになって間もない頃、イルハンに紹介されたトーマスに、オリバーは丁寧に挨拶していたのだ。
『オルハンとも生まれた頃からの付き合いだった。全く覚えてないんだもん。』
トーマスは、そうこぼした。
シッキムは、目を閉じて1つため息をつくと、
声を落として言った。
『これな。
イルハンにも言ってないんだけど。
……オリバーは、ウィルフのことやリザのことも、たぶん、ろくに覚えていない。』
『え。』
『…オリバー、子供のころに魔力麻疹で死にかけてさ。そのとき一回、それまでの記憶無くしてるんだ。
魔法の知識だとか、イルハンに関しては後から思い出してるみたいなんだけど…
それ以外の家族にまつわる記憶が曖昧みたいなんだよ。』
『もしかして、オルハンがリザに会いたがらない理由って…』
『たぶん、覚えていないからじゃないかと思う。』
トーマスは、ぱたり、と涙を流した。
『あ、すまない。
君たち夫妻からしたらショックだったよな。』
シッキムはタオルを差し出した。
『ありがとう、でも、違うんだ…。』
『え?』
トーマスは、むらさきのレンズの入ったサングラスを外すと、受け取ったタオルで目元を拭った。
『やっぱり、傷ついていたんだなと思って。』
『…?』
『当時は、あの子が生まれたことによる家族の負担を心配していたけど…』
『あぁ?』
『今思えば、可哀想だった。』
『…どういうことだ?』
『当時、彼が生まれたということは、公爵家にとっては大変な出来事だったんだ…。
生まれなかったことにしようという話も出たと聞いている。』
『それは…』
トーマスは頷くと首を切るジェスチャーをした。
シッキムの眉が跳ね上がる。
『彼らはそうしなかった。
先々代のじい様がとにかく反対したらしい。
だけど、オルハンが生きていきにくいことは容易に想像がついた。
だから、付加価値をつけることにした。』
『付加価値……魔法か?』
『そうだ。
オルハンは物心つく頃には、1人塔に移されて、朝から晩まで教育をうけた。』
『……。』
『たまに、ウィルやリザが連れ出していたけどね。
一通りを習得すると、今度は魔獣狩りにつれていって実戦を積ませていた。』
『魔獣…』
『当時はここの穴も空いていたから、たくさん出たんだよ。
ただ、あんまり運動神経は良くなかったみたいだけどね。
だから、よく怪我もしたみたいだ。』
『怪我…でも、オリバーは治癒魔法がきかない体質だぞ?』
『そうなのか?それは知らなかったが…。』
『それでも会えば気丈にふるまっていたんだ。
誰に対しても…少し高飛車なくらいだった。
ませた…というか、憎たらしいところもあって…。』
『…………。』
シッキムは、沸き上がる怒りを鎮めるために、
深く息を吸い、はいた。
そのとき、地の底を這うような、それはそれは恐ろしい声がした。
『立ち聞きをするのも申し訳ないので、わたくしも同席してよろしいですか?
できたら個室で。』
二人が悪寒で震えながら見上げると、
この世のものとは思えぬ憤怒の形相のレイリークが立っていた。




