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眠り姫と守りの騎士

ポケットに手を突っ込んで、

足を蹴り出すようなチンピラ歩きをしている妹を見つけて、イルハンはため息をついた。


『どーしたんだ。スカーレット。』


『あ、おっさん。ちび、みなかったか?』


『ちびって…』


『犬と猫を連れてるちび。』


イルハンは気が遠くなりそうだった。


『おっさんはどーしたの?ってかいつまでいんの?暇なの?』


『私はこれから帰るんだよ。兄上に挨拶したいんだけど、みつからなくて。』


『あー、いつもぶっ倒れる白っぽいおっさんね。まるで、ガッコのマムシのジョーみたいだぜ。』


『マムシのジョー…?』


『いっつもロビンの前に出るとバッタバッタ倒れて、俺見るとシャーッていうんだ。』


『ああ、マキシム家のジョセフィーヌ嬢のことか…。』


ロビンライトをスカーレットと取り合っている…とされる伯爵令嬢である。


『スカーレットは、ロビンライトのこと好きなのか?』


『しらね。』


『そうか…。』



二人がとぼとぼあるいていると、それは美しいピアノの音色が聞こえてきた。

思わず、二人が音源と思わしき部屋をのぞきこむと、謎のピンク色のハートが飛んでいた。

ブラッドベリー家由来の何らかの愛情表現がなされたときに発生する特殊効果である。


鍵盤を踊るように正確に駆け抜けていく美しい指先から紡がれるリズムとメロディは、躍動感に溢れ高らかに愛を歌い上げるかのようだった。


『うわー。やべー…』


『…』


スカーレットとイルハンは、二人してよろよろと後ずさった。


オリバーを膝にのせたまま素晴らしい演奏を続けるレイリークの顔はよく見えなかったが

なんだか、いっそ清々しいほど自然体だった。


オリバーは起きているのか眠っているのか、

レイリークの背に腕を回し、肩に額をくっつけて、動かない。


『こんにちは、イルハンさま、スカーレットさま』


キリのいいフレーズで指を止めると、レイリークはオリバーを支えながら、二人の方へ体をむけた。

ずるずると落ちそうになるオリバーを抱え直しているレイリークの顔は、いつになくにこやかだ。


『知ってる…!!おれ、知ってる‼漫画で読んだ!こういうの!

あれだろ‼クスリとかで眠らせて、これからやらしーことするとこなんだろ!!?』


『え、ちょ、スカーレットッ!このバカッバカバカッ

って、鼻血だすなッ』


レイリークはかしましい二人を眺めながら、

幸せに満ち溢れた穏やかな笑顔でオリバーの背中を撫でる。


『ゴロゴロゴロ…』


なぜか、オリバーはのどをならしている。


それをみてイルハンが絶叫する。


『あにうえぇ‼』


『イタマシイおっさんたちだな。』


『うっさいわ、バカ娘!』


『スカーレットさんもイルハンさんも、喧嘩しないのー!』


『わふっ』


『にゃー』


『『え?』』


オリバーとレイリークの間から、子供と犬と猫が顔を出した。


なんと、レイリークは二人と二匹を膝にのせていたのである。

並大抵の重さではない。


『なんで?』


『かくれんぼしてたんだよ?

てか、すかちゃんがおにでしょー?』


『あ。そうだった‼』



『ああ、面白かった。あなたがたは本当に仲良しですねぇ。』


オリバーは罵り合う弟妹を愛しそうに眺めると、ころころと笑った。


『私はこれで帰りますが、半分の妻とスカーレットはここに残ります。

ご迷惑をおかけしますが…よろしくお願いします。』


『あはは…。いえいえ、皆様には我が家の技をお伝えせねばなりませんからね…。』


パンジェンシー公爵家秘伝の金糸魔法を継承するのである。


『レイリーク兄様もよろしくお願いします。』


『イルハン様にそのように呼ばれると、心底気持ち悪いです。どうぞ、呼び捨ててください。』


『ほんと、きみは私には容赦ないね。』


『滅相もない。あなたがたはオリバー様の大切なご兄弟です。あなた方がオリバー様を大切にしてくださる間は生かしておいてあげますよ。』


『わぁ、アニキかっけー‼ゴクドーって感じだな!』


『ごくどーってなあに?』


『なんでしょうねぇ…。ほら、アスラン、お見送りに行きましょう。半分くらいの皆さんがお帰りになりますからね。』


『まだいっぱいいるのー。』


『よいしょっと。』


オリバーはようやくレイリークの膝からおりるとアスランを肩にのせた。


























次回の更新は14日の零時です。

13日更新分の『オリバーと風の精霊』の後日譚にあたるはなしです。

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