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第15話 伯爵家からの治療依頼②

 病気のせいで痩せているけど、ずいぶんと若く見える人だな。


 俺は伯爵夫人を一目見てそう思ったが、リリスの件を思い出して余計な事は口には出さなかった。


「――と言う流れで治療をさせて頂きたいのですが、何か質問はありますか?」


 俺は夫人に治療の手順を説明する。先ずは病気の原因を特定する必要があるので鑑定をさせてもらうつもりだ。


「では、病気の原因を特定させて頂きます。仰向けのままで良いので楽にしてください。状態鑑定――」


 俺は夫人の身体には触らず手をスキャナーのように頭から足先までスライドさせる。その中で胸の位置、丁度心臓がある辺りで手が止まる。俺の脳裏に浮かんだ病気の原因、それは心臓にある悪性腫瘍(ガン)だった。


「これは、かなり危険な状態ですね」


 現代医療で調べてみてもステージ三は確実だろう。下手をすれば手遅れになるステージ四もありえるかもしれない。


「原因が分かったのか!?」


 アーロンド伯爵は俺の言葉に身体を前のめりにして問いかけてくる。俺は少し言いにくい表情をするが、伯爵の勢いに負けて口を開く。


「奥様のご病気の根源は心臓にあります。初めは小さな腫瘍だったのですが、少しずつ体内で成長して身体に負担がかかるほど成長してしまったようです」


「心臓の腫瘍だと? それはなんだ? 治るのか? いや、治せるのか?」


 アーロンド伯爵は初めて聞く心臓の腫瘍――ガンの話に半信半疑の表情を見せる。


「少なくとも薬でどうこうする時期は過ぎてしまっていると思います。俺の治癒魔法ならば治せるとは思いますが、一つだけ問題があります」


 そうなのだ。病気の箇所が心臓であるからにはどうしても患者の胸に手を触れなければ治癒魔法は使えない。病気の治療行為とはいえ、伯爵夫人の胸に手を触れるなど許可されるとは思えない。


「俺の治癒魔法スキルは患部に手を触れなければ発動出来ません。理不尽なことを言っている自覚はありますが、女神様に授かった祝福は多くの女性を助けること。その信念に嘘、偽りはありません」


 俺の説明を患者である伯爵夫人と一緒に聞いていたアーロンド伯爵は顔を赤くして怒りを口にする。


「本当にそれで治るんだろうな? 嘘だったらお前を死刑にしてやるぞ!」


 興奮したアーロンド伯爵が俺を怒鳴りつける。


「あなた。そんなに声を張り上げないでくださいな。彼が萎縮して困っているではありませんか」


「むう。しかし……」


「しかし、ではありませんよ。他のお医者様が全て匙を投げた私の病気を治療してくださる方に向かってその言葉は無いのではありませんか?」


 女性は夫に優しく微笑みながらも凛とした態度でその意思の強さを見せる。


「いや、だがな……。確かにお前の病気は心臓にあるのは分かっている。だが、患部に触れてとなると奴にお前の胸を触らせることになるのだぞ」


「あら、そんな事で大袈裟な。彼の目を見てみなさい、下心など微塵もない澄んだ瞳をしているではないですか」


 女性は俺の顔を見て微笑みながらそう口にする。


「はい。奥様の言われるとおり、私には一切の下心など存在しておりません。全ては女神様の導きによる医療行為ですので」


 俺は恥じる気配を微塵も見せず、堂々とした口調で幾度目かの説明を繰り返す。


「いいわ。他ならぬ私が許可するから治療をお願いします」


「はい。この『治癒神の御手』にかけて必ず完治させて見せます」


 その言葉を聞いた夫人は優しく微笑むと夫であるアーロンド伯爵を部屋から追い出すべく口を開く。


「あなた、悪いけど部屋から出ておいてもらえるかしら」


 伯爵は何か言いたそうにしていたが夫人の目を見て頷くとおとなしく引き下がった。


「あの人が横で見てたら治療どころではなくなるのが目に見えてますから。あの人、ああ見えて私の事を凄く大切にしてくれているから治療の為とはいえ、他の男性が私に触れるのを嫌がるから」


 夫人は苦笑いをしながらも優しい目をする。彼女もまたアーロンド伯爵を愛しているのだろう。


「だけど、いま何が一番優先されるかを判断出来ないようでは貴族として、夫としてもまだ未熟。少しは我慢して頂かないといけません」


 夫人はそう言うと「どうぞ治療をお願いします」と羽織っていたカーディガンを脱いで側に置いた。


「失礼します」


 俺は夫人に断ると右手をそっと胸に手を添えた。


「完全治癒(ヒール)」


 俺はいつもの言葉を紡ぎながら魔力を夫人の身体に注ぎ込んでいく。


「暖かい手……」


 夫人は右手を俺の手に重ねて強く胸に押し付ける。


「私の身体の中で何かが流れるように巡るのが分かるわ。心臓の鼓動がだんだんと大きくなっていく感じ……」


 夫人は目をそっと閉じると伯爵との関係を話し始める。


「あなたから見ても私と主人、結構歳が離れているように見えるでしょう? 貴族にはよくある事だけど、初めは政略結婚だったのよ。でも、あの人はそんな事は一言も言わずに『一目惚れだ』と言って私の前で片膝をついて求婚をしてくれたの」


「それは嬉しかったでしょうね」


 何故か夫人のノロケ話を聞かされながら治療する事になっていたが俺はおとなしく相づちをうちながら治療を続けた。


「ええ、それは嬉しかったわ。歳こそ離れていたけれど大切にしてくれていたし、私の意見にも真摯に耳を傾けてくれる愛しい人。でも、私の病気で右往左往する主人に申し訳なくて……」


「そうでしたか。伯爵様を愛されているがための苦悩と自己嫌悪の日々だったのですね。でも、それも今日までですよ。俺を探し出してくれ、こんな変な治療方法の者に託してくれたのですからその期待は裏切れないですからね」


 俺は夫人へと流れ込む魔力がほぼ止まった事により、治療が終わる事を認識していた。


「あらあらあら。左胸が熱くなってきて息苦しさがなくなってきたわ。こんな清々しい気持ちになれたのはいつ以来かしらね」


「胸に手を当てたまま大きく、ゆっくりと深呼吸をしてみてください。痛みは無くなっているはずです」


 俺の言葉に夫人はゆっくりと深呼吸をする。


「すーはー」


「どうですか?」


「確かに痛みはありません」


「最後に念のため、状態鑑定をさせてください」


 俺は最後の確認として彼女に鑑定スキルを使い、病気が完全に治ったことを確信したのだった。


「ふう。これで大丈夫ですよ。ただ、病気は治りましたが長い闘病生活でしたので食が細くなっていると思います。少しずつ栄養のある食事を続けることで元の美しい身体に戻ると思います」


「奥様!!」


 俺の言葉に傍に控えていたミリーナが駆け寄り、彼女の手をぎゅっと握りしめて泣き出した。


 その様子を見届けると俺は夫人に深くお辞儀をして一歩下がるとミリーナと夫人を見守った。


「奥様。本当に治って良かったです。毎日、痩せていくお姿にミリーナは心が張り裂けそうでした」


「ミリーナ。あなたが彼を連れてきてくれたからこうして元気になれました。本当にありがとう。そして、ナオキさん。治療をしてくれて本当に感謝するわ。この恩はそれなりの形で返させて頂きますわ」


 サラはそう言うと微笑みながらお礼の言葉を告げたのだった。

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