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家に帰って服を着替え学校のレポートをやって、そういえばそろそろ中間試験だよなあ、と思いつつも風呂に入り、食事をして、気がつくと、薫はいつものように自分の部屋で寝転んでいる己に気がついた。
「……あれ?」
起き上がる。
「違う……何やってるんだろ、僕?」
溜息が出る。
「今日こそはちゃんとファリイに確かめる、って決めてたのに……」
無意識のうちにというか、人間、つらいことにちゃんと向き合うのは辛いというか、ニファーリアたちと一緒に帰りつつ、心中密かに決意していても、家に帰って「ただいま」といつものように言った瞬間から、つい「いつもの日常」に流されてしまう。
「『世のためヒトのため』っていう大義名分があるならともかく、自分のためだけのことって、難しいよなあ」
ほけー。
外見だけはかなりの美少年が溜息をつくという図は、やはり絵になるとはいえ、当人からしてみれば二重の意味で何の意味もない。
第一にここには自分しかいないし、少年は自分自身の外見が人生に対して、何の意味もないと「知って」いるからだ。
「よし、ファリイにちゃんと聞いてこよ……」
「聞いてこよう!」にならないあたりが、自分の押しの弱さを証明しているようで薫は少々自己嫌悪にひたりそうになったが、頭を振ってその思考を追い払う。
ぴしゃっと顔を両手で叩き、
「よし!」
と自室を出る。
木造二階建ての階段を下り、間を仕切って、主従ふたりの部屋になっている応接間の襖へ手をかける。
だが、思い直す。
いきなり扉をあけるのは不躾だし、相手は王女様だ。
しかも自分は一応「騎士」なわけで。
(もうちょっとしんしてきにいこう)
と方針を決める。
咳払い。
「あ、あの、ふあ、ファリイ?」
声が裏返りそうになる。
「は、話があるんだけど、ちょ、ちょっと出てこれないか……な?」
返事はない。
(やっぱ、避けられてる?)
冷たいものが胃の中に流れ込む。
あの日、駅のホーム。
フラッシュバックする記憶。
恋は突然やって来るが、失恋はいつも意外な形で足下に口を開ける
「ごめんなさい、私……もう彼氏がいるの」
高い高い断崖絶壁の上から突き落とされて、それでもはい上がってきた途端、足下の岩が全て崩れ去る感覚。
余りにも衝撃を受けると、人間は何の感情も機能しないと、久しぶりに理解する。
「う、うそ……」
「あなたに最初に告白された後、別の人に……その人、とってもいい人で……だから……ごめんなさい」
そう言って、少女は頭をさげてドアが閉まる直前の電車に飛び乗った。
「そこまで頑張ることが出来るあなたなら、きっと私なんかよりも綺麗でいい人が見つかると思うわ……だから、ごめんなさい」
声の終わりは、スライドしたドアにかき消される。
電車が動きだし、少女の姿がゆっくりと視界から去っていく。
あのときは何も言えずに、少年はただ黙って、呆然と目と耳から入ってくる情報を受け入れるしかなかった。
心臓が早鐘をうちはじめ、こめかみを冷たい汗が流れるような疑似感覚。
ひょっとしたら、あのときと同じ場所に自分は足を踏み入れているのではないか、という疑念。
それは「失恋」という名の地雷原。
一つ爆発すると連鎖方式で自己嫌悪と混乱と失望を導火線にして、次々と爆発し、薫を高々と空中に放り投げる。
あのときは一週間、家と学校を往復するだけの機械と化した。
そのときの、ロングヘアの少女の顔が、鼻かけ眼鏡をつけた、ハーフエルフの王女の顔に二重写しになる。
背中を寒いものが駆け上がった。
(なんで何も言わないんだろう?)
(僕とは口も聞きたくない?)
(でもなんでいつもは普通に口をきいてくれてる?)
(それはだってほら、僕がいなくなると国交決闘が出来なくなるから)
(国のために仕方なく?)
(だって彼女は王女様だし)
(僕は騎士の血を引いてるだけの、あまり優秀じゃない騎士だし)
(それでも手駒だからないよりはマシ)
(じゃあつまりこれは死刑執行の猶予期間?)
(こうやって僕を焦らして仕事をさせようってことなのか?)
失恋のトラウマが脳に設置させてしまった後へ後ろ向き思考回路のスイッチがオンになり、怒濤のごとくマイナスの考えが脳の中を流れまくる。
(このまま、帰ろうかな?)
最大の弱気がどっかと脳に居座った。
(このまま、しばらく何も……)
その誘いはとても甘美で、魅力的だった。
が。
(ダメだ!
違う、違う!)
もう一度頭をぶるぶる振って考え直す。
(こんなんじゃダメだ、ちゃんと言ってもらおう)
最後の矜恃が「男の子」を支える。
「あの、ファリイ、話が……あるんだ。
その、大事な話が」
答えは、なかった。
「こ、この前のことなんだ……」
心臓が以前、ニファーリアを抱きしめたときとは違う意味でバクバク言い始める。
結論を待つのではなく、自分から取りに行く感覚は、センサーによる罠をかいくぐって巨大な宝石を奪う怪盗もかくやの緊張感だ。
「その、だ、大事な話なんだ、僕にとっては……いや、あの君にとってはどうか……わからない、けど……だから、その……ちょっと、外に出て、話を……」
うつむいて、手を組み合わせて握りしめ、話、首筋や頬を掻いたり、また手を組み合わせたりしながら、ようやく少年はそれだけを言った。
しかし、反応はない。
「……ダメかぁ」
ぽつり、と溜息をついて、薫は肩を落とした。
「あら、薫、女の子の部屋の前で何してるの?」
と、たまたま通りかかった祖母が声をかけた。
「あ、おばあちゃん……」
「主が留守の時に、中に入ってはダメですよ、ここはもうニファーリアさんのお部屋なんですからね」
やさしく、しかししっかりと釘を刺す。
「え……留守?」
「今さっき、シャルロットさんと一緒にお風呂へ入りにいきましたよ」
「……」
こけ、っと少年の首が掻いた。
「なんだ……そうだったのか……」
安堵すればいいのか、せっかくの勇気が無駄になったと嘆くべきなのか、どっちともつかずに薫は力のない笑みを浮かべるしかない。




