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67 逃げ出したい

「フェリっ、無事だったか。良かった!」


「それはこっちのセリフですっ!」


 フェリは赤らんだ目元を険しくしながらも、ジールの元に駆け寄った。


「ジール様っ、また一人で無茶をして!」


「無茶をしたのは、俺だけじゃないよ」


 ジールがルジャンたちへ目を向けると、フェリはその無事な姿を捉え、目尻を下げた。


「みなさんも、無事で本当に良かった……」


「アーシらを巻き込むんじゃないよっ。フェリさんの気持ちはジールさん1人で受け止めなっ! そういうもんだろ」


 セイビアの喝に、ジールは眉を下げてフェリと向き合った。


「そうだな、1人で向かわせて悪かった。あの時はそれが最善だと思ったんだ」


「許しませんっ! ここに戻ってくるまで、どれだけ心が苦しかったか……」


 フェリはジールの上着を掴むと、服の汚れも気にせず、自分の頭をジールの胸に押し当てた。


「フェリの声を聴いて、ようやく終わった。そんな気分になれたよ」


 ジールはフェリの背中をポンポンと軽く叩くと、その背中から、嗚咽を漏らす声と震えが伝わった。


「かなり急いで来てくれたみたいだな。服も傷がついて、髪に土埃だってついてるぞ! フェリらしくないな」


「それもこっちのセリフですっ……。ぐすっ、うぅっ……、ひぐっ……」


 フェリは身を縮こませるように肩を震わせ、かすれた声を漏らした。

 周りの視線を気にして涙を止めようとするも、意識すればするほど感情は高ぶり、せき止めていた思いが涙となってポロポロと地面に落ちていく。


「安心して嬉しいのに……。涙が止まりません……」


「ほら、顔が汚れるぞ」


 ジールの服はあちこちが裂け、体中が泥や粉塵まみれになっていた。脇腹にはうっすら赤い血も滲ませていた。


 ジールはシャツで手の汚れをぬぐってから、フェリの涙を親指で拭った。


「帰ろう。ターラが待ってる」


「はい……。でも今はもう少しだけ、涙が止まるまで、お願いします……」


 フェリはもう一度ジールの胸に顔をうずめ、ジールはその頭を抱きしめ、優しく撫でた。


「お前ら無事だったか。ピオ司祭もご無事で。ふぅ、この惨状、肝を冷やしましたぞ」


 瓦礫の崩れる音と一緒に、ムッサーの低い声が響いた。崩壊した屋敷を見渡し、その惨状に目をしかめていた。


「港も壊滅しておるし、住民に被害がなかったのが奇跡だ。迅速な避難のおかげで大きな混乱もなく、略奪行為や暴徒化も今のところ報告はない」


「ムッサーか、そちらの首尾はどうなのじゃ」


「はっ。領民は一度避難させ、今頃は野営地で温かいスープでも飲んでいるでしょう。港は壊滅的ですが、被害を受けたのはボアの息のかかった者ばかり。我らにとっては、捕縛の手間が減ったと喜ぶべきかと」


「今回の騒動の原因がボアとエスタであり、街の破壊もその2人のせい。被害を最小限に抑えられたのは、セイビア新王のおかげだと周知させております」


 ムッサーに続き、ケーチが詳細を報告した。


「アーシは最後にちょっと手伝った程度だ。実際に戦ったのはルジャンとジールさん、それにマイネだ」


「まぁそこは、わかりやすい方が良いって事もありますし。後はボアの娘ベインジャーを捕縛し、こちらで拘束しております」


「ベインジャーってあの女か、最後は協力してくれたんだ、今は敵対意識はねーはずだ」


「うむ、ベインジャーの今後の態度次第かのう。ボアの罪をそのまま被せるわけにはいかんのじゃ」


「わかりました。そのように手配しておきます」


「あとは、こやつなのじゃ……」


 ピオは一言つぶやくと、クレーターの中央で倒れているエスタの元へ足を進めた。


「さすが、勇者の血を引いているだけあるのじゃ。まだ息が残っておる」


 ピオはエスタの首に指をあて、脈の鼓動を確認した。


「それでまだ生きてんのかい!? しぶといねぇ」


 エスタの顔は真っ青と言っていいほど血の気がなく、髪は色が抜けて真っ白になっていた。


 うっすら開いた瞼の奥は光がなく、口元からは「ウァウァ」と言葉にならない声をかすかに漏らしていた。


「精神の未熟な者が力を持つとこうなるのじゃ。命はあるが、もう廃人じゃのう。セイビアよ、投獄して裁くのは無理なのじゃ。教会で預からせてもらってもよいか?」


「教会が面倒見てくれるってんなら、それが一番いいんだろうよ。元王様の処遇なんて厄介ごと、丸投げしたいね」


 セイビアは辺りを見渡し、ルジャンとマイネと目が合うと、ほっとしたように眉を下げた。


「これで、一通りはけりがついた感じかい?」


「節目って意味なら、まだ終わりじゃないぞ」


「ジールさん、そっちはけりがついたのかい?」


「恥ずかしい所を見せてしまいました……」


 目を赤くさせたフェリは、ジールの一歩後ろを歩き、肩をすぼませていた。


「アーシだったら一発ひっぱたくよ。女の気持ちを無視すんなって」


「ハハ、ルジャンも大変だな」


「も? ジールさんは大変なのか?」


「いや、言葉を間違えたな。心苦しいような、申し訳ないような、ありがたいような、複雑な心境だ」


「だよな! なんだかんだ言って気にしてくれるってのがうれしいんだ!」


「2人して何言ってんだい! そういうのは情けないって言うんだよ! 心配かけんなっ!」


「胸が詰まるとかー、もっと優しい心のある言葉がいいよー」


「で、なんだい。まだ終わりじゃないって、アーシにできることはもう残ってないだろ」


「まぁ、領主不在になったこの地をどうするか、復興の陣頭指揮は誰が執るか、もろもろ事後処理はあるが」


「今すぐ必要な話じゃないだろ。報告書かい? それだって一度野営地に戻って一休みしてからでも」


「あぁ、今すぐって話じゃない。即位してずっと慌ただしかったからな、節目の仕事をほっぽってたなと思い出しただけだ」


「なんだか嫌な予感がするね……」


 セイビアは崩壊した屋敷を見渡し、惨憺たる惨状を改めて目にした。


「これ以上厄介な仕事だったら、アーシは逃げ出すよ!」


 露骨に眉をひそめ、頬を膨らませた後、セイビアはふいっと顔を背けた。


「わかるぞ、その逃げ出したい気持ち」


「……それでも、逃げられないって?」


 セイビアはまぶたを半分閉じたジト目をジールに向けた。ジールは苦い顔をしながら、大袈裟に肩をすくめてみせた。


「あぁ、逃げられない」


「ジールさんが逃げられないんじゃあ、アーシが逃げられるわけないな……」


 しぶしぶといった感じで、覚悟を決めた顔をしつつも、セイビアは大きなため息を吐き出した。


「うぁー、王様になるんじゃなかったぁー!!」



毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。


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