65 決着!?
屋敷はすでに半分以上が倒壊していた。
ルジャンは僅かに残る屋根の足場を頼りに、飛び跳ねるようにして光線を避けながら、宙を浮くエスタへ攻撃を続けていた。
「隙を見せるとすぐに光線、なかなかやるじゃねーか元王様っ」
「剣を打ち合ってるときは光線が出せないのが救いだな。いくら強力な魔導兵器でも、エスタの頭を良くすることはできないみたいだなっ。とおっと……」
「ジールさん、大丈夫かっ、動きが鈍ってるぞっ」
エスタの意識をかく乱させながら常に走り回っていたジールだが、途端にそのスピードが緩まった。
「カートリッジの魔素が切れてきた……。ルジャン、お前は大丈夫なのかっ」
「そういや、俺も体が少し重い。魔導剣も威力が落ちてるみたいだ」
ルジャンの動きも精彩を欠きはじめ、刀身を纏う炎は勢いを失いつつあった。
「残りのカートリッジが少ないが、出し惜しみしてる場合じゃないな」
カートリッジの残数を気にし、ジールの意識が腰のサイドバックに向いた瞬間だった。狙いすましたかのように、細い光線がそのサイドバックを直撃した。
「うわっちぃっ、くそっ!」
「ジールさんっ、大丈夫かっ!」
「あぁっ、傷は浅いが、カートリッジをやられた。ルジャンお前はまだ残ってるか」
「俺は魔導剣で使い切っちまった。あれ、これヤバい感じ?」
光線はその隙を逃さず、動きの鈍ったジールとルジャンを執拗に狙い、2人は徐々に追い詰められていった。
「っつー! 向こうは対魔王用の破壊兵器、こっちは対人用の通常装備……。そもそもの戦力の桁が違いすぎだっ!」
「赤ん坊が魔物と戦うようなもんか? って俺らどうするんだジールさん! ま、魔素が切れて、反動がヤバいっ、体が重くてっ」
ルジャンの身体強化が切れ、その反動で足元がよろけた所へ、エスタの剣が降りかかった。
「くぅっ!」
なんとか態勢を保ち、剣を盾にして防ぐも、つばぜり合いで耐えしのぐ力は残っておらず、ルジャンはその反動で壁に強く打ち付けられた。
「ぐぁっ! くそっ、逃げる暇、ない感じ……!?」
光玉がルジャンの頭上を捉え、今にも光線を吐き出しかねない眩い光が、ルジャンの瞳を染めた時だった。
ガァッン! という強烈な衝撃音が上空で鳴り響き、氷の破片がバラバラと辺りに降り注いだ。
ルジャンの太い右腕を掴み、ジールは自分の肩に担ぎ走り出した。その先で、2人の目に飛び込んできたのはマイネの姿だった。
「おまちどうさまー! 間に合ったー?」
自身の身長ほどの長い杖を片手でクルンと大きく回し、マイネは空いた方の手でVの字を作って2人に向けた。
「火球よりー、質量のある氷の方がいいってー、ピオ司祭が言ってたのー!」
マイネはつららのように先の尖った氷柱を上空に2本出現させ、エスタの左右から突き刺すようにしてぶつけていった。
エスタは剣で振り払い氷柱を破壊するが、マイネは破壊されるたびに新たな氷柱を出現させ、執拗にエスタへ飛ばし続けた。
「エスタ、苛立ってんな」
破壊するたびに視界の前に現れる氷柱への対応に、エスタの動きは散漫になっていった。
「カートリッジも持ってきたけどー、いるー?」
「助かるっ、ピオ司祭とセイビアはどうした」
「まだなんかあるみたいー。色々持ってきたけどー、今手が離せないからー、自分でとってー」
杖のコントロールを維持しながら、マイネは足元に目を向けた。そこには、抱きかかえて持ってきた装備類が散乱していた。
「色々あるな。ルジャンも受け取れ」
カートリッジの入った木箱を手に取ると、ジールは1つをルジャンへ投げて渡し、自分は服のポケットに無造作に突っ込んだ。
「マイネありがとなっ、俺もう終わりかと思ったぜ!」
ルジャンはガントレットにカートリッジを装填するも、手元が震え1つを地面へ落とした。
「ルっちー、消耗激しいんでしょー、体力もつのー?」
「まだまだ大丈夫! ちょっと反動がきついだけだ……」
強がって口角を上げてみせたが、ルジャンはすでに肩で息を始め、誰の目にも体力を消耗しているのは明らかだった。
「ジルちーどうするー? これ撃ちっぱなしでも、効果あんまりないかもー」
「今頃ムッサー隊長が避難を誘導してくれてるはず。時間を稼ぐだけでも効果はある」
「でもー、アレは止めないとマズいでしょー」
「領民の避難が終われば、俺たちもここを離脱できる。こんな強大な力、いくら魔素が残っていても、鍛えていないエスタの体がもたないさ。数時間もすればアイツの命が尽きて止まるだろう」
「でもっ、それじゃ街はどうなるんだっ、数時間もあればこの街が消滅しちまうだろっ」
「それも選択肢の一つだ。それが最善じゃないとしても、他に手が浮かばなければそうするしかない。頭には入れておけ」
「そんなのダメだっ! 逃げて命があったって、帰るところを失った人の絶望は残るんだ! それに街の人たち全員が避難できる保証もないだろっ」
ルジャンは魔導剣へカートリッジを装填した。
トリガーを引くなり大きな炎が刀身を包み、ルジャンの気持ちに呼応するように、バチバチと弾けるように燃え上がった。
「俺はそんな人の姿を見たくなくて、もうあんな光景は起きてほしくなくて、剣の道を選んだんだ! いくらジールさんの指示でもそれだけは従えないっ!」
地面を蹴り飛ばし、ルジャンはエスタへ向かって思い切り跳躍した。
氷柱に気を取られているエスタがその攻撃に気づいたのは、ルジャンの顔が眼前に迫ってからだった。
ガキンッ!!
耳を劈くような金属音が鳴り響く。
火力の上がった魔導剣の威力と、飛び上がったその勢いが相まって、エスタのリフレクトの光の膜は大きく破損し、エスタは空中で大きく態勢を崩した。
「少しでもマシな結末になるように、やれることはやっておかないとなっ!」
ジールは床に散らばる魔導剣を拾い、ルジャンのすぐ後に跳躍していた。
ガリッ……バギギギッ!!
ジールの追撃がエスタに振り下ろされると、この戦闘中に初めて聞く、金属の抉れた音が響いた。
リフレクトが飛散し、再構成される寸前、ジールの魔導剣の刃が、エスタの鎧に小さなひびを与えた。
「クォオオオっ、クォオオオッ!」
エスタは人の声とは思えない雄たけびを上げると、上空へ逃げ、光玉から細い光線を雨のように降らせた。
「必死だなっ、まぁこっちもだけど。マイネ撃ちまくれっ、防御に意識が向いてる時は光線を撃てないっ」
「わかったー! いっくよー!」
マイネが氷柱でエスタの気を引いている横で、ジールは剣のトリガーを引き、刀身にパチパチと雷を走らせた。
「雷撃系か。リーチの差を埋めてくれるな。ピオ司祭助かる!」
ジールが剣を振ると、雷は刀身を離れ、雷撃となりエスタへ発射された。
下からの雷撃、頭上からの氷柱、上下から繰り返し攻められ続けたエスタは、次第に浮遊の高度を下げていった。
「ルジャン、さっきのもう一発いけるか。連撃なら鎧にダメージが通る、アレを壊せば術式も崩壊して終わりだ」
「はぁ、はぁ、まだまだいけるぜっ!」
ジールとマイネの攻撃中、息を整える時間はあったが、それでもルジャンが回復するには難しい時間だった。
(ずっと魔導剣を振り回していた分、俺より損耗が激しいか……。ふう、俺も足に来てるし、次で決めないとまずいか?)
「マイネ、杖のコントロールうまくなったな。ルジャンっ、次エスタの高度が下がったら仕掛けるぞっ」
「えへへー、氷雪系は初めてだけどー、慣れてきたかもー! ちょっと威力あげてみるー?」
マイネは杖のスロットルに、上限一杯のカートリッジを詰め込んだ。
増量された魔素に杖が反応してビクビクッと振動し、先端の魔石の色は鮮やかに発光する。
「いっくよぉー!」
エスタの頭上に現れた氷柱はグングン大きくなり、貨物船ほどのサイズになったところで、マイネはエスタへ向けて落下させた。
ゴォッ!!
低く鈍い衝撃音が響き、巨大な氷柱がエスタにのしかかった。
剣で押し返そうと抗うも、その重みに耐えきれず、エスタの体はじわじわと高度を下げていく。
「アタシも役にたつんだからー! って、えぇっ!?」
マイネは得意げな笑みを浮かべるも、その顔はすぐに驚きの表情へと変わった。
エスタの光玉は光線を発し、巨大な氷柱を溶かしながら中へ侵入し始めた。
光線が氷柱の芯を捉えると、光は氷の内部で乱反射し、氷柱全体が内側から青白く発光を始めた。
氷の深部からピシッ、ピシッという乾いた音が重なり、光線の軌道に沿って亀裂が走ると、冷たい霧と砕けた氷の欠片に姿を変えた。
「防御してるときはー、光玉動かせないんじゃないのー!」
「そのはずだったんだが、この短時間で学習したのか!?」
「よーしぃっ! もう一回ぃー!」
マイネが新たな氷柱を生み出すも、光玉はまたも氷柱へ襲い掛かった。
そして、その氷柱の主であるマイネへ、エスタは上空から勢いよく滑降し白刃を向けた。
「ちょ、ちょっとー、アタシ無防備なんですけどー!」
エスタの剣がマイネの眼前に迫り、容赦なく振り下ろされた瞬間、ジールの剣が鈍い金属音を放った。
マイネの盾となり、つばぜり合いの形になるもエスタの剣圧に押され、ジールの腕や足の関節がミシミシと悲鳴を上げた。
「エスタぁっ、その学習能力っ、王様やってるときに欲しかったぞっ!」
「ジルちーありがとー。もうちょっと粘っててー!」
マイネはジールの背後で杖を構え直すと、杖の先端をエスタの胸元へ向け、至近距離から氷柱を被弾させていった。
ゴォッ! ゴォッ! ゴォッ!
至近距離から放たれた氷柱の連撃がエスタの胸を襲い、被弾するたびに態勢を崩した。
たまらず上空へ逃げるエスタへ、マイネは執拗に氷柱を被弾させ続けるが、次第に光玉からの光線がその氷の塊を全て撃ち落としていった。
「エスタの脳みそでよく使いこなしてんなっ。これも勇者の血のおかげなのかね」
「感心してないでー!」
エスタの目の光は赤く染まり、まるで脳が熱暴走をしているかのようだった。
次第にエスタは頭を抱え、口から発狂するような雄たけびを上げた。
「まずいなっ、もう地上に降りてくる気がないんじゃないか」
「空から撃ってるだけならー、楽だもんねー」
ジールの雷撃やマイネの氷柱の攻撃は続くが、光線がそれを防ぎ、エスタの上昇が止まる気配はなかった。
「逃がすかよっ!!」
ルジャンは足場の残った屋根に飛び移り、さらに高い足場へと向かって走り出した。
初撃の残像が残っているのか、エスタは視界に捉えたルジャンへ向かい光線の雨を集中させた。
いくつもの光の筋は交差しながら、その進路を塞ごうと荒れ狂う。
獲物を追う猛獣のようにルジャンを追いかけまわし、時折踵や肩かすめながら、光線はルジャンの走った道筋を瓦礫の山に変えていく。
「ムキになると、目の前しか見れないのは変わらねーな」
背後に響いたジールの声に、エスタが振り返った。
そのエスタの視界の前には、ジールの振り下ろした剣が迫っていた。
「氷柱を足場に飛び上がるとかー、うまくできたねー!」
「油断したなエスタ。空が安全地帯だと思ったお前の負けだっ」
足場にしていた、マイネが放った氷柱を蹴り飛ばし、その勢いのまま、ジールはエスタへ向かって剣を振り降ろした。
柄のトリガーを何度も引き、刀身の雷撃を最大限に出力し、自身の持てる力全てをその一撃に込めた。
ギャリギャリギャリギャリッッッッ!!!
鼓膜を破るような破裂音が鳴り響き、エスタのリフレクトは飛散していく。
エスタの剣はその一撃に間に合わず、ジールの剣はエスタの胴体へ重くのしかかり、エスタの体をくの字に曲げた。
「これでも、リフレクトが弾けるだけかっ!?」
薄い光の膜が大きく飛散するだけで、鎧へのダメージは見られなかったが、ジールは口の端を上げた。
「とどめはお前だっ、ルジャンっ!!」
ジールの視界の先には、光線で崩壊しかけた見張りの塔を駆け上がるルジャンが見えていた。
ルジャンがその尖塔の最上階の屋根を蹴ると、塔はその役目を終えたかのように崩れ落ち、ガラガラと瓦礫が崩れる音と共に、ルジャンの体は空を舞った。
「これで終わりにするっ! この街を、ロイグ村みたいにしてたまるかっ!」
薄い光の膜は再構成を始めるも、ルジャンの剣の速度には追い付かず、真っ赤に燃えた閃光がエスタを捉えた。
「くらいやがれぇっ!」
ジールがつけた鎧の歪一点に向けて、ルジャンは燃え盛る大剣を力任せに押し切り、渾身の一撃を加えた。
ギィィィッ!! ピシッ、ピシシッ!!
破裂するような金属音を上げて、鎧のひびに穴が開くと、そこから稲妻のような亀裂が縦横無尽に走り抜けた。
そして亀裂が鎧中を覆うと次の瞬間、上半身の鎧が砕け散った。
「やったぜジールさん!」
「ルっちー! ジルちー! やったねー!」
ルジャンとマイネは口元を緩ませ、脱力したような安堵の表情を浮かべた。
しかしその期待は、すぐに裏切られた。
「鎧の破片がっ、宙に浮いたまま――」
その光景に、ジールは驚きを隠せず視線を硬直させた。
砕け散った鎧は粘体化し、意識を持った生き物のようにエスタの体へ戻っていった。
そして、うねうねと動き始め、元の鎧の姿へと戻ろうとしていた。
「自動で修復する機能まで……。さすが対魔王用の兵器といった所か……。完全に破壊するにはあともう一撃。いや、もっと大きな衝撃が必要か……」
ジールは落下しながらも、苦し紛れに雷撃を放った。
「今なら、リフレクトは切れてるのに……っ!」
「氷じゃこれ以上のダメージは出せないよー」
それを見てマイネも氷柱を直撃させるが、エスタは空中で態勢を変える程度で、鎧本体へのダメージにはならなかった。
「くそっ、心がポキっと折れそうだぜ……」
そしてルジャンは、落下する以外の選択肢が浮かばず、無力感を抱き、拳を強く握りしめるだけだった。
「ルジャンっ、こんぐらいで心折ってんじゃないよ!」
セイビアの檄の入った声が、辺りに響いた。
曇りかけたルジャンの瞳に、一縷の光が宿る。
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