表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/9

01 王の間

(――もう逃げてぇー……)


「この王に意見するとはっ! お前の首にもう1つ口を増やしてやろうかぁ! ハイジール・ベイっ!!」


 剣の先端が喉に食い込んだ。


 ジールは首筋を伝う血の熱さを感じた。


 公務服の白いシャツの襟が赤く滲む。


「……もう一度言います、エスタ王。我らファッド国はクラベス帝国に戦争で負けた――」


「ええい黙れっ!」


「――今来ている帝国の使者との講和交渉で、この国が滅ぼされるかどうかの未来が決まるっ、ぐぅっ……」


 エスタは剣先でジールの顎を持ち上げ、口を塞いだ。


 王の間にジールの重くこもった声が響いた。


 エスタの灰色の目は、ジールを見下すような一瞥を向け、その口からは高らかな声が上がった。


「余は魔王を倒し、世界を平和にした勇者の末裔だぞ! この下級貴族の下っ端役人がっ! 余を敬えっ! 崇めろぉっ!!」


 エスタが金色の髪をかき上げ、高らかに声を上げると、一瞬の静寂が生まれた。


「……ハッ、さ、流石エスタ王ですわっ、そのご威光、眩しくて目がくらみそうですわっ……」


 その静けさに慌て、エスタ直属の女官達は、あたふたと黄色い声を上げた。


 一部の貴族からもまばらに拍手が上がるが、遠巻きに見ているだけの貴族が、圧倒的に多かった。


(地位、財力、容姿、3拍子揃っても人望ないな。前王の派閥はほぼ離れたか……。自業自得だ)


 ジールは黒い瞳で辺りを見渡し、外に漏れそうな言葉を飲み込んだ。


 エスタは剣を下ろすと、ジールの黒いくせ毛のショートボブを鷲掴みにした。

 そして、その頭を口元に引き寄せて、ジールの耳元に小声で呟く。


「おいジール、余を無視するな! 少し成績がいいってだけで見下した目で見やがって、ずっと殺してやろうと思っていたんだ!」


(成績ぃ? 士官学校の頃か? 2年以上前の話だろ、この大事に私怨を持ち出すなんて――ってオレそんな目で見てたかぁ? 被害妄想強すぎだろ……)


 ドンッ! 


 エスタがジールの胸を突き飛ばすと、側に控えていた衛兵はジールを拘束し、力任せに頭を床に押し付けた。


「ぐはぁっ……」


 ジールが苦みのある咳をこぼすと、エスタはひきつった笑みを浮かべた。


「殺ってやる、余は殺るといったら殺るぞっ、殺る、ヤル、やぁるぅぅうっっっ!!!!」


 興奮したエスタが手に持っている剣を高らかに上げたところで、初老の男が足を踏み出した。


 その場の緊張に水を差すように、大きな宝石のついた杖を床にトンとつく。


 首から下げた太いネックレスや、衣服に装飾された貴金属がジャランと鳴った。


「王よ、ボア・インポスが発言をよろしいでしょうか」


(金の亡者のボアか、どうせろくでもない事をいうんだろうな……)


「ボア内務大臣か、手短に話せ」


「どうせ殺すのなら、講和の使者として使うのがよろしいかと」


「国の大事な交渉を、こんな下級役人に?」


「もちろん、こんな若造に高度な政治交渉は不可能でしょう。失態を犯し、帝国の使者を激高させることは必然かと」


 ボアは下卑た笑みを浮かべ、金の差し歯と、毛のない脂ぎった頭皮をギラリと光らせた。


 エスタは眉を顰め、声高に叫んだ。


「帝国の怒りを買ってどうするっ! 何をしてくるかわからんではないかっ!!」


「好戦的で野蛮な帝国です。我が国の使者を怒りに任せて切り殺してもおかしくはないでしょう。しかし、再度交渉を開くまでの時間を稼ぐ事はできるかと」


「流石ボア殿! 素晴らしい! 役人1人の命で、時間という猶予を得るとは! まるで錬金術のような叡智!」


 ボアの背後の貴族が即座に声を上げると、ボアのように着飾った、同じ派閥の貴族たちが次々に声を上げた。


(前王の政権時に左遷されていた貴族たちか、これでエスタに取り入ろうと? うまくおだてりゃ操り人形にできると思ってんだろうな……)


「お待ちください王よ。発言をよろしいでしょうか」


「フォルシャ軍務大臣か、此度の戦の責任、どうするのだ!」


 フォルシャへ厳しい目を向けると、エスタは白地に金色の刺繍がされたマントを大げさに翻し、悠然とした足取りで玉座に戻った。


 フォルシャはうやうやしく頭を下げた後、黒髪のオールバックを整えた。

 そして、軍服の勲章を誇るように胸を張り、強い調子で言葉を続けた。


「和平の使者を殺したとあれば、こちらが反撃する大儀名分が立ちます。報復という正義がたてば、魔導王国や教会からの支援や寄付も期待できましょう!」


 打ち合わせていたように、フォルシャの部下たちが続けて口を開き歓声を上げた。


「支援があれば戦力の増強も見込めますな! 次こそファッド国を勝利に!」


「まずは我が王都の目の前で、傲岸に駐屯している非道な帝国の部隊へ鉄槌を!!」


(自殺願望でもあるのか? 帝国の戦力はウチの100倍以上、ちょっと戦力を上げたところで無駄に兵が死ぬだけ、軍のトップがこれじゃ、負けて当然だ……)


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 フォルシャ一派が盛り上がっていると、ボアは手にした杖を何度も強く床に打ち付けた。


「フォルシャ殿、戦費がかさむ行為は避けるべき、帝国が要求している賠償金など、民から税をむしりとればいくらでも用意できる!」


「ボア大臣、そんな弱腰でどうするっ! 女子供にも武器を持たせ戦うのだっ!」


 ボアとフォルシャの言い合いは過熱していった。


 次第に両者の派閥にも波及し、王の間に怒号が飛び交う混沌が生れた。


(国の骨格になる大臣2人が足の引っ張り合い。国の未来より私欲を優先、もうこの国終わったな……)


 ジールが落胆して顔を背けると、その視線の先では、その場の半数ほどの貴族が、冷静に状況を観察していた。


 その貴族たちから、ひそひそと声が漏れ聞こえる。


「サビエスト前王と、宰相のダンパ様が生きていれば、こんな口論一括して場を収めてくれるのに」


「あの王は本当に、亡きサビエスト前王の息子か? 賢王の息子とは思えない暗愚……」


「そういえば、亡くなったダンパ宰相にも息子がいたな、帝国に留学していたらしいが、今どうしていることやら」


(ここにいますよー! そろそろ父上の後を追いそうですが……)


 ジールは苦虫を嚙み潰したような顔で、口論をしている大臣たちへ視線を戻した。


 その視線の奥では、エスタは玉座で足を組み、ふぁー、と欠伸をしてそっぽを向いていた。


(あーぁ、飽きちゃってるよ……)


 ジールを抑えつけている衛兵からもため息が漏れた。


 ボアとフォルシャは、周囲の冷めた視線の中でもお構いなしに激しく罵りあい、滑稽な消耗戦を続けていた。


 体力は削れ、肩を上下させ、ゼーハーと息を荒げ、2人は最後の力を振り絞り、同時に声を発した。


「「王よ、ご決断を!!」」


(ハモるなっ!! 仲良しかよ! ちょっと笑いそうになっただろ)


「ふぁ、余は忙しい。雑事は家臣の仕事、後で結果を報告にこい」


 エスタは眠たげな眼を隠そうともせず、玉座から立つと、貴族たちに背を向けた。


 そして、王座の裏にある私室へ向かうと、直属の女官や側付きも後を追った。


 ジールを抑えつけている衛兵は、指示がないまま放置され、いつまで拘束を続けるべきなのか戸惑い、わずかに腕の力を抜いた。

 

 そのわずかな隙を、ジールは見逃さなかった。

 

 体を思い切りひねり、衛兵の態勢が崩れた瞬間に、ジールは衛兵を押しのけるように蹴り飛ばし、その勢いでエスタの眼前まで詰め寄った。


「おいエスタ逃げんなっ! 何が忙しいだよ、王様だろ! 今が一番の最優先事項だろっ!」


「逃げる……、誰が逃げてるってぇ! 口を塞げっ、ふ、不安になるぅっ!」


 エスタは突然豹変し、甲高くヒステリックな声を荒げた。


「まず、本音が漏れた。……まいっか!」


(どうせ殺されんなら、何言ってもいいよな)


 ジールは開き直り、エスタへ面と向かって、泰然自若とした態度で声を放った。


「エスタ王、即位して日が浅いのもわかる。プレッシャーもあるし大変だと思う。だけどもーちょーっと頑張ってみようか? な、王様? な?」


 エスタはプルプルと表情筋を痙攣させていた。


 それでもジールはお構いなしに続けた。


「昔から図星つかれるとキレるクセもさ、もう卒業しよ? さっきのマント翻す感じとか、余裕のある王様っぽくて良かったと思うよ? 次は中身も頑張ろか?」


 ジールは子供をあやすように優しい声色を使ったが、言葉を吐くほど、火に薪をくべるかのように、エスタの顔は真っ赤に険しくなった。


「む、昔からお前は上から見やがって……っ、もう余を責めるなっ! 早く黙らせろっ! こ、心が壊れるぅひぃぃっ!」


 衛兵の金属製のガントレットが、ジールの後頭部に直撃した。


「ぐぅはあぁっ!」


 ジールは膝から力を失い、床にドサリと倒れこんだ。


 それでもジールは、視界がぼやけて意識を失う寸前、掠れた声を漏らした。


「ぐぅっ……、き、虚勢はって、空威張り続けると、後が、し、しんどいぞ……」


 ジールの意識は完全に途切れた。


 しかし、最後の言葉の余韻は消えず、その後もエスタがわめき散らす燃料となった。


「そいつを殺せぇっ! 早く殺せぇっ! 今すぐ殺せぇぇっっ!!」


「お、王よ、剣をお収めくださいっ、この者にはまだ利用価値がありますっ、まだ殺すにはっ」


「ではこの怒りをどう沈めればよいのだっ! ムヒィィイイッ!!」


 エスタは手に持った剣を投げつけると、王座を蹴飛ばし、調度品の花瓶や装飾品を破壊していった。


 怒号は王の間の外にまで響き渡り、怒りと焦燥の渦が、城中に響いていった――


毎日18時更新を予定しています。

しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。


次回、ヒロインが登場します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ