9,勧誘
「…」
沈黙。2人とも何も答えずに俺を見つめている。当たり前だが、協会や警察はこういった事件について毎回調査を行う。なので事件を間近で見ていた俺は知っていることを話そうとしたのだ。が…
(このタイミングで俺が出てきたのは怪しかったか)
「…その前に1ついいでしょうか」
コホンと咳払いをし、少女が俺に話しかける。
「貴方は何者ですか」
「一般人です」
「一般人、ね…」
見定めるように頭から爪先まで俺を観察する少女。水色の瞳から放たれた視線は俺の体を貫き、まるで体内までもを見られているように感じる。なんだか不思議な感覚だ。
「…わかりました。ジロジロと見てしまって申し訳ございません。引き続き質問よろしいでしょうか」
「…お気になさらず。どうぞ」
「犯人を知っているというのは、貴方の知り合いが犯人ということですか?それとも目撃したということでしょうか?もし犯人と何かしらの繋がりがあるのでしたら、こちらも対応を考えねばなりません」
丁寧な口調で話す少女。しかしその言葉の節々からは大きな疑心を感じる。男の方は俺が咄嗟に襲ってきた時のためか、いつでも戦闘に入れる姿勢になっていた。
「犯人を目撃した…というより、襲われた際に撃退しました。繋がりはありません」
「なっ、撃退…?」
男が驚いた様子で声をあげる。
「…その後の犯人の行方は分かりますか?」
「おそらく死にました」
「死んだ…?え?貴方…魔人を倒したの!?」
「そのことなのですが、犯人は魔人ではなくただの一般人でした」
「一般人ですって…?」
少女の口調が段々とくだけていく。おそらくこちらが素なのだろう。ただ勘違いしてはいけない。これは信用を得たわけではなく驚きによって素が出てしまっただけだ。
2人はコソコソと何かを話すと、男の方が話しかけてきた。
「…えっと、お名前をお聞きしてよろしいですか?」
「八嶋透です」
「八嶋さんですね、ありがとうございます。申し遅れました…私、A級ハンターの勇崎颯です。それとこっちが…」
「アタシが言うわ。名乗るのが遅くなってごめんなさい。アタシも同じくA級ハンターの宗方姫よ。…もう普通に喋っていいわよね?」
「ああ、その方が話もスムーズに進む。考えながら話すのは疲れるだろう」
…ハンターには階級制度が存在する。RPGをやったことのある人なら想像しやすいと思うが、階級が上がれば上がるほど受けられる任務の難易度や報酬、地位や待遇などが上がっていくのだ。階級は下から
D → C → B → A → S
となる。魔人にも同じ階級制度が存在しているのだが、それは魔人の強さや被害の規模によって大まかに予想される階級であり、そこまで正確なものではない。
と、これは本やネットで知った内容だが。
「それで八嶋さん」
「はい」
「現場は協会の事後処理班に任せて、私たちと一度本部まで来ていただけませんか?」
魔殺協会の本部。あらゆる襲撃に備えた結果、日本で最も頑丈な建物になったと聞いたことがある。誰かの異能を用いて建てたものなのだろうか。
「わかりました。でも俺を拘束したりしなくていいんですか?」
「それなら大丈夫よ。アタシの『悪意感知』はアンタに何も反応しなかったから」
「それなら良かったです」
「それにアタシたちの仕事は一般市民を守ること。それは物理的な話だけじゃなくてその心に対しても言ってる。善良な市民を疑って拘束して尋問だなんてそんなことしないわ」
「疑って…の部分は場合によりますけどね」
この人たちは本心から人々を助けたいと思っているのだろう。自身の考えや在り方というものがしっかりしている。やはりハンターはそういった人間性の部分も見られるのか。
葉桜さんを助けたことについて、実は俺自身もよくわかっていない。一体何がしたくて、どんな理由があって助けたのか。昔の俺はこんなことしなかったと思う。自分と関係のない人がいつどこで死んでようが気にも止めない、それが俺だった。
勇者として過ごしていくうちに、俺も考え方が変わったのだろうか。
…でもこれだけは言える。
(…俺は本心から彼女を助けようとは思っていなかった)
つくづく俺はハンターに向いていないなと思う。俺も2人みたいな人間だったら何か違ったのかもしれない。
「ではそろそろ行きましょう」
「「私たちの本部へ」」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ということでやってきた魔殺協会本部。見た目としては大きな青いビルといった感じ。
ちなみにここまでは協会の車でやってきた。運転は名前の分からない職員さんが行い、助手席に勇崎さん。俺と宗方さんは後部座席という配置だ。隣の宗方さんは車が動き出すとほぼ同時に爆睡し始め、俺の肩に頭を預けていた。疑いが完全に晴れたわけでもないのに油断しすぎではないだろうか。彼女のよだれが肩にべっとりつき、俺はひたすらティッシュで拭きながら座っていた。
勇崎さんいわく彼女は任務続きで3日間寝ておらず、限界だったのだろうとのこと。それにしてはクマなどもなく、見た目からは分からないこともあるもんだなと思った。
本部に着いた俺は現在、例の2人と共に会議室である人の到着を待っている。そのある人とは…
ガチャ…
「おー揃ってる?待ち焦がれたイケおじの登場だぜ!」
「恥ずかしいからやめてくださいよ…副会長」
魔殺協会の副会長…酒井 知英さんだ。大柄な彼は眼鏡をかけ、坊主頭にバリカンで切れ込み模様を入れている。なぜ副会長という上の人間が来たのかと言うと、多数の死者が出たうえにA級ハンターを2人も向かわせるほどの事件だったからだ。本来ならこうした仕事はデータ記録班が行っているらしい。
「ふーむ、お前さんが犯人撃退したって人?」
「はい。八嶋と言います」
「ヤジマッチね、承知!」
なんか、なんというか…独特なノリの人だ。中年でこの見た目の人がおちゃらけてると逆に怖い感じがする。
「んでいきなりなんだけど、ヤジマッチが見たこととかしたこと、全部話してくんね?あ、あと今から話した内容は全部警察にも伝えることになってるからよろしく!」
「わかりました。まず…」
それから俺は今日起きた出来事を事細かに説明して、最後にそのことから考察した内容を伝えた。酒井さんは案外静かに話を聞いていて、全て話終わるとしばらく考え込み始めた。
「…それがヤジマッチの考えね」
「はい」
「うん、おじちゃんもそれは同意だな。だけどその依頼人ってやつ…おじちゃんはしばらく動かないと思うな」
「それはなぜですか?」
「依頼人は多分そこまで急いでいないからだ」
酒井さんは理由を話す。
「まず人探しをしていると言ってたけど、もし、今すぐ見つけて強制的に連れてこい!みたいな依頼だったら何の能力もない殺人鬼にその役目を任せるとは思えない」
「…」
「魔人ないしは異能持ちの誰かに頼む方が懸命だろう。依頼人はおそらく『そこにいるかどうか』さえ知れれば良かったんじゃないか?そしてそれはまだ余裕のあるやつの行動だ」
「なるほど」
「ヤジマッチはさ、『遮断』を使って人々を分断した理由はどう考えてる?」
「人探しにおいて必要な過程だった、というのは分かりますが、その先がまだ分かりません。人々の混乱を招くという要素が必要だったのか、それとも何なのか…。酒井さんはどうですか?」
「なるほどなー。俺はこう考えてるんだよね」
そう言って酒井さんは人差し指を立て、間を置いて言葉を放つ。
「その人物も『その他の者』に分類されるのではないか、って」
ーーーーーぁ。
「くくっ、ヤジマッチも理解したか」
「…なるほど。確かにそう考えると辻褄が合いますね。その人物が『その他の者』として分類される場合、同じくそこに属する殺人鬼との間でのみお互いを認識することができる。殺人鬼側からすると、自分に反応できた人間がその人物になるわけですから。でもそうすると…」
「ああ。そうするとその人物ってのは普通ではない何かしらの異能を持っていることになる。そんな得体の知れないやつに対して非能力者を向かわせても、とっ捕まえるどころか返り討ちに遭うだろ?要するに彼らは都合のいい捨て駒だったってことさ」
「捨て駒…」
「だから俺は依頼人にはまだ余裕があり、当分の間は行動を起こさないと見てる。近いうちに対策は考えなければならないが」
どうやら酒井さんはかなり頭が回るようだ。洞察力が鋭いうえに、それを言語化して簡潔に伝えることができる。何かの指揮をするのに向いてそうだ。
「話してくれてありがとう、ヤジマッチ。さっき事後処理班から送られてきたデータを確認したが、ヤジマッチの証言はすべて一致している。灰と化した殺人鬼、そこにはコートと魔道具、凶器の包丁があった。あんな錆び付いた包丁で人を殺せるのか甚だ疑問だが…。まあとにかく、これでヤジマッチは完全に疑いが無くなったってわけだな!居心地悪かっただろう、すまんかった」
「お気になさらず。疑いが晴れたのなら良かったです」
俺が協会に足を踏み入れる時が来るとは思わなかったが無事に終わったみたいで安心だ。
「良かったねー、ヤジマッチ!笑」
「宗方さん、あまりからかっちゃダメですよ」
「副会長がそう呼んでるんだから別にいいじゃなーい」
この2人からも先程まであった僅かな警戒心が消えた気がする。
(さて、そろそろ帰るか)
そして帰り支度を始めようと席を立った時だった。
「あ、ヤジマッチちょっと待って」
「…はい?」
「これはおじちゃん個人の話なんだけどいいか?」
「いいですよ、何ですか?」
改めて真剣な顔になった酒井さんは俺にとある提案をしてきた。
「ヤジマッチさ、ハンターになるつもりはないか?」
「ないです」
「そうかそうk…って、え?」
もちろんハンターになるつもりなど全くない。俺に適した仕事ではないからだ。主に人間性の部分で。
「いやいや、即答はおじちゃんちょっと悲しいなー。話だけでも聞いてってよー」
「…まあ話だけなら」
わざとらしく両目を擦りながら泣く演技をする酒井さん。話を聞いたところで何も変わらないとは思うが…
「おじちゃんさ、ヤジマッチはハンターの素質があると思うんだよね」
「俺にはそんなの…」
「主にその残虐性」
「…」
「ハンターであるために必要なものって何か分かるか?よく言われているのが善意。確かに人を助けたいと思う気持ちは大切だ。だけどハンターってのはそれだけじゃ務まらない。俺が思うに1番大切なのは『魔人を圧倒する力と殺しを厭わない残虐性』。」
「…」
「ヤジマッチは成人男性を片手で軽く持ち上げ、空いた手で簡単に骨を折るほどの力がある。そしてその行為に対して一切の躊躇がない。おじちゃんはそんなヤジマッチにはハンターが向いてると思うんだ。別に人助けをしたいって気持ちがなくてもいいんだ、金が欲しいとか、名誉が欲しいとかそんなのでもいい」
「俺は…それでもハンターになるつもりはありません」
「…そっか〜、まあこればかりはしょうがないね…。協会は最近人手不足でさ、俺くらいの立場ならハンターの素質がある者を推薦できる制度が出来たんだ。これがあれば試験をタダで受けられるって感じね」
「…」
「呼び止めてごめんね、今日は本当にありがとう」
「いえ…」
タダで試験を受けられるというのはとても魅力的だ。本来30万円かかるところ0円で済むのだから。落ちたらそれはそれで最初からなかったものだと思えばいい。でも俺は…そこまでしてハンターになる理由がない。確かに職に全然ありつけない現状でそんな贅沢を言えないのはわかっている。仕事なんて選べる立場ではない。
でも、それでも俺は…
「あ、そうだごめん、最後にこれだけいい?勇崎と宗方も」
「…あ、はい」
「山の魔人の死体からこんなの出てきたんだけど、何か知ってる?」
………………は?
見せられたパソコンの画面に写っているのは、禍々しい色をした拳大の宝石のようなもの。俺はそれを見た瞬間に硬直してしまった。
「…いや、私は分からない」
「んー、アタシもかなー、ヤジマッチは?」
「…」
(…なんでこれがこの世界にある?)
これは…これは…
ーーー魔王軍が異世界で使っていたものだ。
「…?おーい、ヤジマッチ大丈夫?」
「…ぁ、すみません、ぼーっとしてました」
「あー、ヤジマッチも流石に疲れちゃったよね」
どうやら今日の出来事で疲れてしまったと解釈してくれたようだ。実際そこまで疲れは溜まっていないが、そのままにしておこう。
「長い時間ごめんな。まあヤジマッチが知ってるわけねぇよなぁ…、もう遅いしおじちゃんが家まで送ってくぜ」
「…酒井さん」
「ん、なんだ?」
「ハンター推薦、お願いしてもいいですか?」
「「「…え?」」」
ほぼ同時に3人が驚きの声をあげる。それもそのはず、先程まで俺はハンターになるつもりは全くないと言っていたからだ。無論俺もその考えが覆ることはないと思っていた。…思って、いた。
「な、ど、どうしたんだ急に…。やる気スイッチでも入ったのか?まあおじちゃんは歓迎なんだけど…」
「…そんなところです」
急にハンター推薦をお願いした俺を見ておじちゃんは歓迎ムードだったが、他の2人は逆であった。
「八嶋さん。ハンターになるというのは、常に死と隣り合わせだということです…私も今日改めてそれを実感しました。あえて言わせてもらいますが、ハンターはお勧めしません」
「…アタシも同じかな。今日ね、あの死体の山に新人ハンターが何人かいたの。皆自分には才能があるんだって、人を助ける力があるんだって希望を抱いてた。でも実際、あれはただ舞い上がって浮ついてるだけ。人からハンターに向いてるだなんて言われて、試験に受かって、運悪くハンターになってしまった人たち。現場ではそういう人たちから死んでいくの。高揚してる彼らには命の危機感がないから。副会長、そういうのもっと考えて話さなきゃだよ」
「お…おじちゃんはそんなつm…」
「大丈夫です」
俺は彼らにそう断言する。
「何が大丈夫なの?何を根拠に言ってるの?ヤジマッチ、これは遊びなんかじゃないんだよ」
彼らの言うことはもっともだ。彼らの目にはただの一般人である俺が褒められて調子に乗り、ハンターになると言い出したように見えているのだから。
でもそれは違う。褒められたのも、お金の問題もすべて関係ない。
ーーー俺のやるべきことがわかっただけだ。
「2人とも親切に俺を説得してくれてありがとうございます。でも俺は調子に乗ってるわけではないです。ただ単純に…」
これからの俺がすべきこと。
「やるべきことが、見つかりました」
ーーー魔王軍関係者の殲滅。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…ここでいいか?ヤジマッチ」
「はい、ありがとうございます」
その後俺は酒井さんの車に乗り家まで帰った。時刻は21:00頃。仕事は大丈夫か聞いたのだが、これも仕事とのことだった。
「つかヤジマッチの家、事件現場とめっちゃ近いな。ギリギリ範囲外だったのか」
「そうなんです」
「…良かったな、本当に」
「…」
「そうだ、推薦の件なんだけど、おじちゃんの方からメールするからよろしくね」
「はい、わかりました」
先程俺は酒井さんと連絡先の交換をした。推薦するにあたり当事者とは交換しておかなければ不便だから。
「じゃーまたね、ヤジマッチ」
「酒井さん、ありがとうございました」
「あいよー」
そう言って去っていく酒井さん。…とりあえず家に入ろう。ちなみにだが母さんには遅くなることは連絡済みである。事件のことは伏せてある。余計な心配はかけたくないからだ。
ドアを開ける。
「ただいま」
「あ、透!おかえり…!」
「…いい匂いがする」
「生姜焼き、もうすぐできるわよ〜」
「ありがとね、母さん」
母さんは嬉しそうに料理をしている。今朝俺がリクエストした生姜焼きだ。俺は母さんの隣に行き話しかける。
「母さん、テレビとかなくてつまらなくないの?」
「いいのよ、お母さんは日中寝たきりだから」
「んー、そっか」
そう、母さんは日中のほとんどを寝て過ごす。夜型というわけではなく夜もきちんと寝ている。ストレスなのかどうか…詳しい原因は分からないけど、俺が失踪してからの数年間でそうなってしまったらしい。そして我が家にはテレビがない。だから母さんは今日の事件について何も知らないのだ。
しばらくしてご飯ができる。
「「いただきます」」
母さんの料理の腕はあまり上手いとは言えない。元からレシピをあまり見ない直感タイプの料理を作っていたからだ。でも俺は母さんの料理が1番好きだ。愛情のこもった暖かいご飯は何よりも美味しく感じる。
「母さん。今日もご飯美味しいよ、ありがとう」
「ふふ、そう言ってくれるだけで作ったかいがあったわ」
「母さん」
「…?」
「今日は上機嫌だね」
「え、そうかしら?自分では分からないわね…」
「そっか」
今日は色々なことがあった。葉桜さんを助けて、沢山の人が死んで、協会の人間と関わって、推薦してもらうことになって…
そして…
(魔王軍…)
これから先どうなるかなんて分からない。未来は視えるものでもないし、過去に戻れるわけでもない。ただ…今この瞬間を生きて、選択をして、前に進むだけだ。
『いざ集え!未来のハンターたち!』
………それが、俺の選択。
以上で序章は終了となります。この章では八嶋透がどんな人間なのか、今後の目的、そしてこの世界について軽く触れることを指針としていました。まだ詳しく言及されていない事柄などに関しては今後出てくると思いますので気長にお待ちください。
続きが気になる方や気に入って頂けた方はぜひブックマーク・評価・感想などお願いいたします。