閑話1
「はぁ…はぁ…」
ここまで来ればもう大丈夫…
私はバクバクと脈を打つ心臓に手を当てると近くの壁に背を預ける。ふくらはぎが一定のリズムで痛みを主張し、乱れた呼吸に加えて嫌な汗が全身を流れている。
…怖かった。彼が、怖かった。
先程まで共に行動をしていた男性、八嶋さん。私はこの一般人が消えた状況で半ばヤケになって彼についていった。どうせ死んでしまうのならと、まだ少しでも可能性のありそうな選択をした結果だった。そしてそれは間違っていなかったと思う。でも…
(八嶋さん、なんで…)
彼は殺人鬼と遭遇した際に一瞬で行動不能へと追い込むと、その四肢を1つずつ破壊し尋問を行っていた。そして最後何が起きたのか分からなかったけど、殺人鬼は灰になって消えてしまった。
恐ろしかった。彼は人に危害を加える行為に一切の抵抗がなく、とても残酷な人に見えた。それこそどちらが殺人鬼かと問われたら迷ってしまうほど。
(ごめんなさい)
それでも彼が私を助けてくれたこと、私以外の人を結果的に助けたことも事実だ。なのに私は逃げてしまった。命の恩人に対してとても失礼なことをしてしまった。…彼はその時どんな顔をしていただろうか。
一緒に行動していて抱いた彼の印象は「無感情」だった。彼の表情はずっと変わらないままだったから。殺人鬼と鉢合わせた際も淡々と、まるで相手が赤子であるかのようにねじ伏せていた。そしてそれに何かを思うような素振りもなかった。
(…ぁ)
そんなことを考えていた瞬間だった。視界が急に鮮明になり、モヤが晴れたような感覚に陥る。
(…っ!?)
私の目の前にあるのは血、血、血…
(な、なに、これ…)
あまり人体や医学に詳しくない私でも分かる。この出血量は確実に命に関わると。
(っ、みんなは…!?)
おそらく八嶋さんの言っていた例の異能の効果が無くなったのだろう。そうすると今すぐにでも確認したいのは友達の安否だ。ふと私は自身がスマートフォンを持っていたことを思い出す。なぜ今まで忘れていたのだろう。普段あまり使っていないからそれも仕方ないのかもしれないけど。私はスリープモードを解除し、友達の1人に電話をかける。
プルルルルルル…
プルルルル…
プルル…ガチャ
「!も、もしもし!?彩花!」
『…理子…?理子!無事なの!?』
「…ぅん、うん!あ、彩花は?怪我は、ない…?」
『うん、私も大丈夫…!良かった…理子が無事で、良かった…』
「本当に、良かった…」
自然と溢れてくる涙を止められず、私は友達と泣きながら電話をした。どうやら話によると、あの時一緒に帰っていた人は誰も死んでおらず無事であるらしい。しばらくして皆と合流した私は、現場に来ていた協会や警察の人の指示に従い帰宅したのだった。
この時の私はまだ知らなかった。
こんな私が…ハンター試験を受けることになるなんて。




