20,空っぽ
「…呆れた。言い返しもしねぇのかよ」
「…」
鋭い眼光で私を見下ろす彼女。それは酷く冷たく、心が底冷えするようなものだった。私は彼女に何も言い返すことができない。
何も、できない。
『緊急避難警報!緊急避難警報!当施設内にて魔人の侵入が確認されました。階級は不明。試験は中止となりますので、受験生の皆様はただちに避難してください。繰り返します………』
と、突如会場内に鳴り響いたアナウンス。魔人の侵入を知らせるそれは試験の終わりを意味していた。それを聞いて私は…
ーーー安心した。
魔人が現れて安心することなんてないと思っていた。彼らは私たち人間を蹂躙し、殺戮の限りを尽くす化け物。きっと私なんかが見つかってしまえば一瞬で殺されるだろう。…でもそんなことはどうでも良かった。
これで目の前の彼女と戦わなくて済む。
これで、これ以上私を否定されずに済む。
「ふーん、ここで流すんだ」
「…?」
「何でもねぇよ。んで、テメーはどうすんだ?逃げるか?」
「…わ、たし…は…」
「って言っても逃がさねぇけど」
「え?」
直後、彼女の放つオーラが禍々しいものに変化する。肌に触れるだけで全身を侵されそうなそれは私の手足を震わせた。
動けない。
「悪いな、これはアタシの独断だ。戦意喪失した受験生とは戦う必要もないんだが…テメーにはイライラしてんだ」
(どういう…意味?いや、今はそれより…)
まるで誰かから命令されたかのような口ぶりが少し気になるが、今はそれどころではないだろう。
目の前の彼女をどうにかしなくてはならない。さもなくば私が死ぬということが嫌でもわかる。
「悪いがここでテメーをぶちのめす。アタシが放送にあった魔人だ、運が悪かったな」
「…!?」
魔人…。彼女は自身をそう言った。私の目の前に魔人がいる。人生初の遭遇だ。
先程から周囲に漂う邪悪なオーラは未だ勢いを増していて、神経の奥深くまで痺れたように動けない。
動け。
動け、葉桜理子。
戦わなければ…死ぬ。
(でもどうするの?私に戦いなんて…)
『お姉ちゃんに何ができるの?』
(…何?今の)
『お前は本当に役立たずだな…』
(誰?)
『なんていうの?自主性がないというか…』
(やめて)
『そうやって一生他人に流されて生きてくんだな』
(違う…違う)
『いてもいなくても変わんないよね、アイツ』
(それ以上言わないで!!!)
『うーん、なんかいい子ちゃんすぎて気味悪いよな』
(私、は…、そんな…こと)
頭にとめどなく溢れる言葉たち。それは私が過去に浴びせられたものだった。覚えている。私は、覚えている。
家族、友人、知人…色んな人から言われたこと。
それらは確かに今の私を作り上げた一因であった。自分の意見がない、同調するしか脳のない私。
ここで死ぬのかな。
嫌だな。
『君がいればすぐに異変に気付ける。』
ーーー私、が…いたら、役に立ちますか?
『立つ』
ぁ。
これは…八嶋さんに言われたこと?
私が役に立つって?いや、私なんかが何をしたって…
私、なんかが…
『答えはもうわかってるでしょ?』
(あなたは、私…?)
聞こえたのは紛れもない自分の声。
『私なんか…、そう思っててもいいよ。今はね。でもその先に紡ぐ言葉はいつだって変えられる。それはあなたの選択次第だよ』
(私は…)
私なんか…
(…いや、そうだね)
私なんかが…じゃない。
私なんかでも役に立てることがある。
それを期待してたんでしょ?
それを期待してたから、試験を辞退しなかったんでしょ?
もう、気付いたよ。
「…?テメー…何笑って…」
「ふ、ふふ…ははははは!はぁ…はぁ………。いいですよ、逆にあなたをぶちのめしてあげます。空っぽな私の悪あがき…見せてやりますから」
震える指を相手に向けて声高々に宣言したのは、私自身の士気を上げるため。いわば鼓舞をしたのだ。
勝てる見込みなんてない。一般人にすら負けてしまうほど非力な私だから負けることは確定してる。でも…
(タダではやられない!)
私に魔法の適性があることは知っていた。もちろん使ったことなど1度もないし、使い方すら感覚でしか分からない。けど、やってやる。
指先に意識を集中させる。
頭の中に思い浮かぶのは燃え盛る炎。私が使える魔法…炎属性魔法だ。
魔法とはイメージ。指先から彼女へ向けて炎を噴射するように脳内で考えると、私は意を決してそれを放った。
(お願い、出て…!)
直後…視界が爆ぜた。
バッゴオオオオオオオオン!!!
(…え、え、え?)
何が起きた?どうなった?私がイメージしていたのは火炎放射器から放たれる炎。しかし実際に起こったのは紛れもない大爆発だった。
黒い煙がモクモクと充満し目に染みる。
(これ…私、が…やったの?)
思いもしなかった魔法の威力に戸惑い、思考がフリーズする。目から染み出る涙はそのまま頬を伝い地面へと落ちていく。
数秒後、風で切り裂かれるように煙が晴れ、中から彼女が出てきた。
「ケホッ…ゲホッ!っち、んだこれ…。テメー、やれば出来んじゃねぇかよ」
「…っ!ど、どうして…」
私の目の前、彼女を中心に起こった大爆発は確かに実体を持っていた…はず。しかし今目の前にいる彼女はさしてリアクションもなく、無傷で出てきたのだった。
「あ?どうしてってそりゃ…この程度の攻撃でくたばるほど弱くねぇってだけだ」
と、当然のように言い放つ彼女。ダメージがないというわけではなさそうだが、今のを食らってもかなりの余裕があると見える。
…先が見えない。
(つ、次の一手を…)
と、そう考えた時…
「なるほど。あなたが魔人なのね」
…突如後ろから声が聞こえてきた。女性の声だった。この声は確か…
振り返るとそこには、今朝不良と対峙していた黒髪少女…そのチームが立っていた。
「ジャージを着ているから受験生だと思ったのだけどどうやら違うみたいね」
「あ?テメーら…なんでまだ残ってんだ?死にたくねぇならさっさと逃げな」
「そのつもりは毛頭ないわ。これこそが試験だということはもう理解しているから。そうでしょう?A級ハンター、佐倉円香さん」
「…へえ」
「私は自分が必要だと思ったことは何でも記憶しているの。ハンターの顔と名前くらい全員覚えているわ」
(な、何…どういうこと?これが試験?魔人じゃなくてハンター?)
「ということで…
私たちがあなたを倒させてもらうわ」
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