第六十七話 決壊
◇
家の外が騒がしくなってきた。
神殿の爆発を見て、混乱に陥っているのだろう。
「行こう」
僕はそう言ったのと同時に、『気配察知』を全開まで展開する。神殿にある反応を確認しようとするが、西の方角で大量の存在を察知した。
「魔物……こんな時に」
魔物が大量にヘーダルムへと向かっている。それに気付かず、西門へと避難し始めるエルフ達の気配も。
エルフの騎士達もまだ気付いていないみたいだ。
「シャーラ、ガイウス。君達は西門の方へ。住民の誘導と、魔物の駆逐を頼む」
シャーラはエルフ達に慕われている。魔物の駆逐をしていた西門の辺りでは特に仲良くされている。僕達が行くよりも、シャーラの方が適任だろう。
ガイウスはエルフ達と交流があるわけではない。純粋な戦闘力として送る。スピードもパワーもある彼ならば、無駄なく迅速に魔物を殺せるからだ。
シルフィは攻撃が雑だ。更なる混乱を招きかねないし、悠はまだ生き物を殺さない。セナは悠と一緒に行動させた方がいいだろうし、今の舞を戦線に送るのは不安だ。
今はこれがベストだろう。
「仕方ないわね。行くわよ」
「おうよ、俺が守ってやらぁ」
「あんたに守られるほど弱くないわ」
「はいはい、行くぞシャーラ姉」
二人はすぐに家を出て駆けていった。
「僕達は神殿に向かおう。メリトリスが動き出したのかもしれない」
少し緊張している面々(シルフィを除く)を連れて、僕も家を出る。
家の屋根に飛び乗り、神殿の方を見る。もう夜だと言うのに、神殿の辺りだけ赤々と輝いていた。神殿自体はもう半壊している。
「……急ごう」
下では混乱したエルフ達で溢れかえっている。
僕達はそのまま屋根伝いに神殿へと走ることにした。
炎を見ると、フラスゴーを思い出す。あいつの炎はやばかった。だが、あいつは死んだ。殺した。
メリトリスが似たような力を持つのか、それとも別の魔将が現れたのか……。竜王国でのことを思い出せば、どちらもあり得る。
「舞、何がいるか見える?」
この距離では僕には何も見えないが、舞には『千里眼』がある。もしかしたら敵の姿を確認できるかもしれない。
そう思ったのだが、
「……舞?」
舞の返事がない。
僕は振り返ってもう一度聞こうとしたが、
「カナタ!避けて!!」
「っ!?」
シルフィの声に反応し、即座にその場を飛び退く。それと同時に、さっきまで僕が立っていた家が吹き飛んだ。
一瞬で出来上がった瓦礫の山は、僅かに帯電している。
ただの雷ではない。紫色の――
「……舞?」
そこには、紫電を纏わせる舞の姿があった。
「何を……」
「ち……違うんです!奏多、これは……!」
舞は明らかに取り乱している。自分でも何が起きたかよく分かっていないみたいだ。
意識した攻撃ではないのか?なら、何かに操られている?
「……僕は大丈夫だ。先を急ごう」
気にはなるが、舞もわざとではなさそうだ。優先順位を間違えるわけにはいかない。
今はとにかく、神殿へ向かわなければならない。正体は分からないが敵がいることは明らかだし、何より、イルナさんが心配だ。
「奏多!」
「……なんだい?」
その場から動こうとしない舞が僕を呼ぶ。
「なぜ……そんなに先を急ぐのですか?」
「なぜって……事態が動いたんだ。メリトリスかもしれない」
「でも、メリトリスは夢の中だけの存在なのでしょう?ならば、あの爆発は別なのでは?」
「……確かに」
確かにそうだ。シュトロノームもそのようなことを言っていた。
メリトリスは夢魔唯一の生き残り。他者の夢の中でしか生きられない種族だと。
「……イルナ様、でしょう?」
「なに……?」
「イルナ様が心配だから、急いでいるのでしょう?」
「…………そうだけど」
僕はちらりと悠を見てから答える。
彼女は僕の視線には気付かず、ただ驚いたように舞を見ていた。
「それは……おかしいでしょう?だって、奏多はまだイルナ様と知り合ってから一週間ほどしか経ってないじゃないですか」
「……何を、言ってる?」
「おかしい……おかしいんですよ……だって、だって私はこんなに……こんなにも……………」
舞は顔を両手で覆ってしまい、その表情は見えない。
「舞……?」
何が起きているのか分からない。突然すぎて、何も分からない。
舞は何を言っている?何を言いたい?
「……カナタ。まずいかもしれないわ。マイから、別のニオイがする」
「ニオイ……?」
シルフィは僕の耳元で呟くように言う。しかしそれも、信じたくないといった声音だ。
「まさか……!」
僕はシルフィが言わんとすることを察したと同時に、『気配察知』で舞を探る。
その間に、悠は舞へと近付いていた。
瓦礫の山をのぼり、舞のそばまで近寄る。そして気遣うように、その背中に触れようとして……
「悠!ダメだ!」
「触らないで下さいっ!!!」
「きゃっ!?」
僕が叫ぶのと同時に、紫電が悠を吹き飛ばした。悠は空中で態勢を立て直して着地するが、その顔は驚愕で彩られている。
多分、僕も同じような表情を浮かべているだろう。
「あ……違う、違うんです………」
「舞、落ち着いて」
「………………………落ち着いて?落ち着いて、と言いましたか?奏多」
舞がぐりんと僕を睨みつける。その目に光はない。
「私はいつでも落ち着いていますよ?ええ、いつでも。だって私は、いつだって落ち着いていました。きっと、それがいけなかったのでしょう。いつだって落ち着いていたから、こうなるのでしょう?私が望むものは、何一つ手に入れられない。失うだけ失って、何一つ得ることが出来ない。ずっとそうでした。ずっとそうだったのです。……」
舞は何やら、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
舞からは、舞とは別の何かの気配を感じる。恐らく、メリトリスだろう。
複雑な気持ちだ。ずっと探していたメリトリスを見つけられたのは嬉しいが、その被害に遭うのが舞とは。
……なら、神殿の騒ぎはなんだ?メリトリスじゃなければ、また別の敵か?
竜王国には、3人の魔将が現れた。魔王軍も一枚岩ではないだろうが、魔王の命令は絶対。どんなに仲が悪くても、魔王には従うと聞いた。
なら、この国にも他の魔将が来ていてもおかしくない。
「―――ない」
「……舞!メリトリスに負けるな!君はそんなに弱くないはずだ!」
「何を……知ったような口、を………!!!」
舞の全身から、紫電が迸る。宵闇を明るい紫が染め上げた。
「う、ぐぐぐ」
苦しそうな呻き声が聞こえる。抗っているのだろうか?
……いや。
メリトリスの性質上、洗脳とは少し違うはずだ。元々その人間が持つ弱みを利用するのなら、舞が口にしているのは、常日頃から抱えてきたもの。彼女が吐き出せなかったものだ。
「あああああああああああああああっ!!!!」
更に膨大な紫電が噴き出した。近くにあった民家を容赦なく破壊している。
だが、僕達には攻撃してこない。
やはり、それでも舞は抗っているのだろう。昔から、自分のことを後回しにしていた彼女のことだ。自分に何かを望む価値などないと思っているに違いない。
……この辺りで、全部受け止めてやるべきか。
「シルフィ。悠とセナを連れて先に行ってくれ」
「カナタは?」
「……少し、舞と遊んでから行くよ」
右手の周りを光が飛び回る。
一撃で終わらせるべきか、ある程度は発散させるべきか。
そもそも、舞は強い。本気でやらなければ、負けるのは僕だ。というか、本気でやっても勝てるか怪しい。
「奏多」
腰を低く屈めた僕の隣に、悠が歩み出した。
「私が戦うよ」
「……悠。今は」
「分かってるよ。……奏多。多分、私が相手をするべきだと思うの」
「なんで……」
「分からないでしょ?私は分かるから、私がやらないとダメなんだと思う」
悠は緩く笑みを浮かべる。
そこに後ろめたい感情はないように見えた。
「……分かった。任せる」
悠が僕を追い越して前に出るのを横目に、僕は振り返る。
「シルフィ、ここは悠に任せて先に行こう。……セナ」
「私はここに残る。あなた達を助けるつもりはないのだし、ユウを見守っておくことにするわ」
「……頼んだよ」
不本意だが、彼女は悠に危害を加えない。その確信だけはあるから、今は気にしなくて大丈夫だろう。
僕は足に力を溜め、一気に解放する。
地面が爆ぜ、生まれた反作用によって僕の体は一気に加速した。
が、
「『殷雷』」
「ぶっ!?」
突然視界に現れた舞の拳が僕の頬を穿つ。
ミシミシと骨が軋む音を間近で聞きながら、僕は思い切り吹っ飛ばされた。
「どこに……行く気ですか?行かせませんよ……!」
「……悠、止めてよ?」
「あはは……雷の速度で動かれるのは、ちょっとまずいなぁ」
『殷雷』。文字通り、雷の速度で動く移動術。僕からしたらただの瞬間移動だ。『未来予知』を常時発動しても、対処し切れるかどうかといったところ。
「ただ、負担も大きいし限界はある。連発は出来ないはずだ」
「……舞、ごめんね」
悠の姿が消えた。
次の瞬間には舞の懐に潜り込んでいた悠は、その掌底を舞の腹へと叩き込む。
「かっ、はっ!?」
「―――『赤手空拳』」
肺の空気を吐き出し、苦鳴をあげて舞は瓦礫の山へと突っ込んだ。悠は掌底を突き出した姿で残心している。
「行って、奏多」
「……ほどほどにね?」
『戦神の加護』を持つ悠は、経験こそ浅く甘いところもあるが、その戦闘力は圧倒的だ。
あまり、舞を痛めつけて欲しくはないが。
まあ、それは悠も分かっているだろう。なにせ、あの二人の仲だ。
それに……いや、いいか。
僕はその場を悠に任せ、シルフィと共に神殿へと駆け出した。




