第一話 自称女神
◇
目を覚ますと、真っ白な空間にいた。
いや、それだと少し語弊があるな。真っ暗な空間の真ん中に、真っ白な空間があり、そこに僕がいた。
いや、それも少しおかしいか。周りにある真っ暗な空間が、どれほどの広さか分からない。一部屋ほどの広さか、それともどこまでも広がっているのか。
それが分からない以上、ここを真っ暗な空間の真ん中とは言えない。と、言うわけで、僕は真っ暗な空間の中にある真っ白な空間にいた。
「めんどくさいわぁぁぁぁ!!!」
「うおっ!?」
突然聞こえた声の方へ目を向けると、そこには一人の女性がいた。足元まで伸びる真っ赤な長い髪、その肌は息を呑むほど白く、着ている服も白い。
美しい、女性だった。それこそ、栞よりも。
「あー、そこまで言われるとちょっと照れるなぁ……」
……あれ?これ、もしかして聞こえてる?
「うん」
………。
「………」
どうやら僕は、テレパシーを覚えたらしい。
「いやいや、覚えてないから。単に、私がお前の心を覗いてるだけ」
「えっち」
「えっちじゃねぇ!」
髪の毛と同じように、その白い肌を真っ赤にして否定する。可愛い。
「か、かわっ……!」
……ふむ。これがいわゆる、チョロインか。
「チョロインじゃねえ!お前、マイペース過ぎるだろ!ここはどこだとか、私は誰だとか、少しは疑問に思えよ!」
「ここはどこで、あなたは誰ですか?」
「……まぁ、いい。ここは世界の狭間。私は女神ウェヌス。お前にも分かるように言うと、ヴィーナスってとこだな。つまり、愛と美の女神だ!!」
豊満な胸を張って自己紹介をする女性。女神、女神か。
「じゃあヴィーちゃんで」
「なんで!?」
ヴィーナスとかウェヌスって、なんか仰々しくて嫌だ。
「お、お前……人間の分際で、女神の私を『ヴィーちゃん』だと?舐めやがって……!」
って言う割に、嬉しそうだけど。あだ名とか初めてだから嬉しいのか?
「当たり前だ!私は正真正銘、愛と美の女神だ!そんな私にあだ名なんて付ける馬鹿はお前が初めてだよっ!」
「初めて奪っちゃってごめん」
「変な言い方するんじゃねぇ!!」
ゼェゼェと、ヴィーちゃんは肩で息をする。なぜか疲れているようだ。
「お、お前……!いや、落ち着け私。私は女神だ。流されるな、私」
ヴィーちゃんは何か自分に言い聞かせている。まあ、いいや。
「それで、世界の狭間ってなんですか?」
「……ゴホン。世界の狭間っていうのはそのまんまの意味だ。世界と世界の隙間。時間が存在しない空間だ」
「……なんで、僕がそんな場所に?」
「端的に言うなら、異世界に召喚されたからだな」
……は?
「異世界に、召喚……?」
「そう!お前には、今から異世界へと行ってもらう!ああ、もちろん拒否権はない。これは決定事項だ。どれだけ抵抗しようが、意味はない」
「へぇ。異世界って、どんなとこなんですか?」
「あれぇっ!?」
「はい?」
ヴィーちゃんが何やら驚いている。どうしたのだろう?
「いやいや、ここは普通取り乱すとこだろうが!『なんでなんだよ!』とか、『元の世界に帰せ!』とかさ!」
ああ、なるほど。
「なるほどじゃなくて!ほら、召喚された理由とかさ!」
「いや、それはどうせ『クラスE』に関係してるんじゃないんですか?」
「……なんでそう思う?」
「むしろ、それ以外に理由が思い当たらないので」
僕は特別な人間じゃない。そんな僕が、なんの理由もなく異世界召喚なんてされるわけがない。
「それに、抵抗しても意味がないって言われたのに取り乱すなんて、無駄じゃないですか」
「え、えぇ?そんな感じなのか……?」
「そんな感じですね」
「………」
「………」
「……元の世界に、未練とかはないのか?」
「ええ。全く」
否定はなかった。つまり、『クラスE』の生徒はみんな異世界召喚されていると考えて間違いないだろう。ならば、問題はない。
「確かに『クラスE』の生徒は全員召喚してるが……まぁ、いいか。視れば分かる」
「………?」
「お前、漫画とかアニメとか見たりするか?」
「まあ、人並みには」
「ならあるだろ?異世界に召喚されるってなったら、恒例のあれが」
「……スキル、とかですか?」
「それそれ。今からそれをやる。異世界に召喚されることになったお前らに対する、餞別みたいなもんだ」
「そう言えば、僕以外の人達はどこにいるんです?」
「違う空間で、私みたいに他の神が担当してる。……これはどう考えても、私はハズレだったけどな」
嬉しいくせに。
「うるせぇ!とにかく、お前にはいくつかスキルをやる。その数や能力は、お前が元の世界で何をしてきたかによって変わるんだよ」
「何をしてきたか?」
「そうだ。今から私はお前の過去を視る。その内容に応じて、私達が何の能力を授けるか、いくつやるか、を決めるんだ」
なるほど。つまりあれだな?善行を積んでいれば良い能力がもらえるってことか。
「いや、それはあんまり関係ねぇ。要するに、神がその人間を気にいるかどうか、だ」
「……完全に運ですね」
「そうだな。まあ、何ももらえないってことはないからそこは安心しろ。じゃあ視るぞー」
そんな軽い感じなの?
ヴィーちゃんが手を組み合わせる。すると、周囲の空気が寒くなった。吐く息が白い。だが、そんな中で佇むヴィーちゃんは神秘的だった。
「……ふぅ。視てきたぜ」
「お疲れ様です」
「ああ。お前、随分ヤバい奴だったんだな?」
「そうですか?」
「とぼけんじゃねえ。……いや、違うな。そういうことか」
ヴィーちゃんが勝手に納得している。僕もとりあえず頷いておいた。
「とりあえず頷くな」
「それで、僕はどんなスキルをもらえるんですか?」
「ああ、それだが……うん。私は、お前が気に入った。今までのどんな奴よりも、だ。だから、良いもんをやる。ビビるなよ?」
ヴィーちゃんが僕の胸に手を置いた。そこから、暖かい何かが体の中に流れ出す。瞬間、いくつかの能力が頭の中に浮かび上がった。
「それが、私からの餞別だ」
「……これ、本当にいいんですか?」
「ああ。好きなようにやれ」
……この女神、本当に愛と美の女神なのか?ほとんど悪魔じゃないか。
「悪魔じゃねえよ!ほら、スキルはやったんだから、さっさと行け!」
目の前が白く白く染まっていく。どうやら、今から異世界に行くらしい。
「……じゃあまたね、ヴィーちゃん」
「ヴィーちゃんって言うな!」
最後に顔を赤くしたヴィーちゃんを見て、僕の意識は飛ばされた。
◆
「……行ったか」
何もなくなった空間を見て、ウェヌスは寂しげに笑みを浮かべる。
「どうやら、こちらも滞りなく済んだようですね」
そこに、違う女性が現れる。青い髪の、美しい女性。
「フェイトか。そっちは……桐川玲だったか?」
「ええ。最初こそ戸惑ってましたが、異世界への好奇心が勝ったようでした」
「……流石、『クラスE』だな」
「そちらは、氷室奏多でしたよね?どうでした?」
「どうって……なぁ」
ウェヌスは先程のやり取りを思い出し、今度は楽しげな笑みを浮かべた。思えば、あんなやり取りをしたのは初めてだ。そして、そこまで悪くないと感じた。
「あいつは……やべぇぜ?」
「やばい、とは?事前の情報では確か、氷室奏多には優越感と劣等感がない、とのことでしたが。それが何か問題なのでしょうか?」
「ああ、そこじゃない。あいつにはもう一つ、重要な感情が欠けていた」
ウェヌスは先程視た氷室奏多の過去を思い出す。雨の中、表情の抜け落ちた奏多と、そして―――。
「……確か、あのクラスには『超人』やら『圧政者』やら『快楽殺人犯』やらがいたが……氷室奏多は、その中でも一番やばいかもなぁ」
ニヤニヤと笑うウェヌスに呆れた表情を向けたフェイトは、一つため息をついた。
「はいはい。行きますよ、ヴィーちゃん」
「聞いてたのかよ!つか、ヴィーちゃんって言うんじゃねえ!」
そして、二柱の神は姿を消した。
白かった空間は萎み、真っ暗な空間だけが残る。そこには、冷たさも温もりも、何一つなかった。
『もしかしたら』、今日中にもう一話投稿するかもです。




