第四十二話 被害確認
2027年3月17日(水) 13:06
高槻市 臨時危機管理室。
大型モニターには、大阪湾に姿を現した巨大な大地が映し出されていた。
着水から数分。
室内には、各機関からの報告が次々と入り始めていた。
「消防からです。転倒などによる負傷者が数名。いずれも軽傷です。現時点で重傷者の報告はありません」
「火災は?」
「大規模な火災、救助事案ともに報告はありません」
高城は短く頷いた。
「警察は?」
「市民の動揺は見て取れますが、大きな混乱はありません」
「沿岸部は?」
「現在確認中です。大規模な浸水被害の報告は入っていません」
別の職員が声を上げた。
「港湾から報告! 大阪湾内で急激な潮位変動を観測しています!」
「どの程度だ?」
「地点によって差があります。現在、詳細を確認中です」
「水門、防潮扉は?」
「閉鎖を維持しています。現時点で異常の報告はありません」
高城はモニターへ視線を戻した。
巨大な大地の周囲では、海面が今も複雑に波打っている。
静かに降りた。
だが、何も起きなかったわけではない。
「海上保安庁から入ります!」
職員の声に、高城が振り返る。
「湾内で小型船舶の転覆、係留索の破断など複数の被害情報が入っています。人的被害については現在確認中です」
「対象の周囲は?」
「強い流れが続いているとのことです。巡視船は距離を取って監視を継続しています」
「海上保安庁には、無理に接近しないよう要請してくれ」
「はい!」
高城は机に両手をついた。
「死者は?」
一瞬、室内が静かになる。
職員が手元の情報を確認した。
「……現時点では、報告はありません」
「分かった」
高城はそれだけ答えた。
安堵するには、まだ早い。
それでも最悪の報告は、今のところ届いていなかった。
◇
2027年3月17日(水) 13:12
大阪府庁。
官邸との専用回線を通じて、各機関から集められた情報が次々と報告されていた。
『消防庁です。大阪府内で転倒などによる軽傷者が複数確認されています。現時点で死者、重傷者の報告はありません』
『警察庁です。全国的に市民の動揺は見られますが、現時点で大きな混乱は確認されていません。引き続き警戒態勢を継続しています』
『国土交通省です。大阪湾岸部で大規模な浸水被害は確認されていません。港湾施設については引き続き確認中です』
藤堂は黙って報告を聞いていた。
「気象庁は?」
『大阪湾内の複数の観測点で急激な潮位変動を確認しています。現在、データを解析中です』
「海上保安庁は?」
『小型船舶の転覆、係留中の船舶同士の接触など、複数の物的被害を確認しています。対象周辺では依然として強い潮流が発生しており、巡視船は距離を取って監視を続けています』
「分かりました。無理に近づく必要はありません」
『はい』
藤堂は大型モニターを見る。
そこには、大阪湾に姿を現した巨大な大地があった。
死者の報告はない。
大規模な浸水もない。
少なくとも、恐れていたような被害は起きていなかった。
藤堂はしばらく、その光景を見つめていた。
大阪湾には、巨大な大地があった。
「官房長官」
「はい」
「この後すぐ、緊急発表の準備をしてください」
「分かりました」
◇
2027年3月17日(水) 13:24
大阪府庁。
藤堂はカメラの前に立っていた。
記者の姿はない。
国民へ向けた、政府からの緊急発表だった。
「国民の皆様に、現在までに確認されている状況をお伝えします」
「本日13時過ぎ、大阪湾に巨大な大地が姿を現しました」
「現在、転倒などによる軽傷者や、船舶などへの被害が確認されています。しかし、現時点で死者、重傷者の報告はありません。また、大規模な浸水被害も確認されていません」
藤堂は一度、言葉を切った。
「まずは、現時点で大きな人的被害が確認されていないことを、皆様にお伝えできたことに安堵しています」
「ただ、現在も被害状況の確認は続いています。出現した大地についても、まだ分かっていないことが多くあります」
「政府は引き続き、関係機関と連携して状況の把握に全力を尽くします」
藤堂は正面を見た。
「国民の皆様には、政府や自治体からの情報を確認し、落ち着いて行動していただくようお願いいたします」
緊急発表を終え、藤堂はカメラの前を離れると、近くの椅子に腰を下ろす。
少なくとも、恐れていた最悪の報告は、まだ届いていない。
ゆっくりと息を吐いた。
『総理』
浅間の声だった。
「はい」
『一度、官邸へお戻り下さい』
藤堂は大型モニターへ目を向けた。
そこには、巨大な大地がある。
「……分かった」
藤堂が通話を終えようとした、その時だった。
『総理』
浅間がもう一度、呼びかける。
「はい」
一瞬、浅間が言葉を止める。
『……ご無事で、何よりです』
藤堂は何も答えなかった。
ただ、わずかに表情を緩めた。
◇
藤堂は携帯電話を手に取った。
数回の呼び出し音のあと、高城が出る。
『総理』
「知事」
『すみません総理、こちらから連絡出来なくて』
「構いません。分かっています」
藤堂は大型モニターへ目を向けた。
「それより、私は一度官邸へ戻ります」
わずかな間があった。
『分かりました。私は、こちらで出来ることをします』
「私も為すべきことをします」
しばらく、どちらも何も言わなかった。
「……それでは」
『……では』




