第三話 第一報
2027年3月10日(水) 07:50
大阪府庁危機管理室。
まだ始業前。
静かな室内には、当直職員が一人だけ残っている。
夜勤から日勤への引き継ぎまで、あとわずか。
壁の時計は午前7時50分を指していた。
そこへ、電話が一本鳴る。
受話器へ手を伸ばす。
二本目。
思わず手が止まる。
三本目。
さらに、また一本。
外線ランプが、一つ、また一つと赤く染まっていく。
異変だ。
そう思った、その瞬間だった。
残っていたすべての外線ランプが、一斉に赤く点灯した。
静まり返っていた危機管理室に、電話のベルが鳴り響く。
一瞬だけ息をのむ。
最初の受話器を取った。
「大阪府危機管理室です。」
『上空に正体不明の現象が確認されています。情報共有をお願いします。』
受話器を耳に当てたまま、鳴り続ける電話へ視線が向く。
どの電話も鳴りやまない。
ガチャリと、危機管理室の扉が開く。
「おはようございまーす。」
いつもと変わらない朝。
早めに出勤してきた職員は、その光景に足を止めた。
「どうしたんですか?」
「悪い! 電話を取ってくれ!」
「あ、はい!」
事情も分からないまま、一番近くの受話器を取る。
「大阪府危機管理室です。」
『空に浮かんでいるものについて、そちらでは把握していますか。』
受話器を押さえたまま、当直職員を見る。
返ってきたのは、小さく首を横に振る仕草だけだった。
二人とも、まだ窓の外を見ていない。
その時だった。
勢いよく扉が開く。
息を切らした職員が飛び込んでくる。
何も言わない。
当直職員の腕をつかむ。
続けて、もう一人の腕も。
「ちょっ……」
二人をそのまま窓際まで引っ張っていく。
飛び込んできた職員は、窓の外を見つめたまま立ち止まった。
二人も、その視線を追った。
雲一つない青空。
その中央に浮かぶ巨大な紋様。
……。
言葉が出ない。
部屋には、電話のベルだけが鳴り続けている。
時が止まったような数秒の後、最初に我に返ったのは当直職員だった。
慌てて手近の受話器を取る。
「大阪府危機管理室です。」
『そちらでも確認できましたか。』
「……はい。確認しました。」
「現在対応中です。」
受話器を置き、今度は内線電話へ手を伸ばした。
「危機管理監をお願いします。」
数秒後、電話がつながる。
「おはようございます。」
『おはよう。どうした。』
「申し訳ありません。至急ご確認いただきたい案件があります。」
『災害か。』
「違います。」
『事故か。』
「違います。」
短い沈黙。
『……何だ。』
窓の外へ目を向ける。
「窓の外をご覧ください。」
電話の向こうが静まり返る。
返事はなかった。
その沈黙が、すべてを物語っていた。




