第二十七話 隠せない兆候
2027年3月14日(日) 09:18
首相官邸、官邸対策室。
「総理」
藤堂が顔を上げる。
「記者が総理から直接話を聞きたいと詰めかけております」
藤堂は官房長官の顔を見る。
「分かりました。対応します」
◇
官邸1階、エントランスホール。
藤堂が姿を見せると、待ち構えていた記者たちが一斉に動いた。
カメラが向けられる。
藤堂は記者団の前で足を止めた。
「それでは、幹事社から質問します。大阪上空に出現した紋様について、これまでに分かったことを教えてください」
「現在も調査中です。自衛隊をはじめ、関係機関による観測を続けていますが、現時点で正体を特定するには至っていません」
「政府として、今後どのように対応されますか」
「引き続き調査を進めます。状況に変化があれば、必要な対応を取る考えです」
別の記者が声を上げた。
「総理、大阪府とは現在どのような連携を取っているのでしょうか」
「大阪府とは常に情報を共有しています。必要があれば、国として速やかに対応いたします」
「総理、大阪から避難する必要はないのでしょうか」
「その必要性も含め、現在精査しているところです」
「自衛隊は現在、どのような活動を行っているのでしょうか」
「現在も観測を続けています。また、万一の場合に速やかに救助活動へ移れるよう、必要な態勢を整えています」
「アメリカとは、どのような協議をされていますか」
「リード大統領とは電話で会談しました。同盟国として協力を惜しまないとの言葉をいただいています。また、米軍の観測機器も使用し、共同で調査を進めているところです」
「総理、あの紋様は危険なのでしょうか」
「現在、調査中です」
相沢が手を上げた。
「総理。世界各国の政府関係者や企業経営者などが、南半球へ移動しているとの情報があります。また、在日米軍関係者の家族が国外へ退避しているとの情報もあります。政府は把握していますか」
「海外要人の個々の動向について、政府としてお答えする立場にはありません。在日米軍関係者の家族については、米側が判断することです」
「今回の事態との関連は?」
「政府として確認している事実はありません」
藤堂は記者団を見渡した。
「では、これで」
一礼し、記者団に背を向ける。
「総理、もう一点!」
「避難についてもう少し具体的に――」
「総理! 国会にはいつ出席を――」
「今後の調査は――」
いくつもの声が重なる。
藤堂はそのまま歩いていく。
「総理!」
相沢の声が飛んだ。
「中国の総書記がブラジルに向かうようですが、何か関係は」
藤堂の足が止まった。
重なっていた声が、次第に収まっていく。
藤堂は振り返った。
「承知していません」
再び前を向き、そのまま官邸の奥へと姿を消した。
◇
官邸対策室。
藤堂は戻ると、椅子に深く腰を下ろした。
「はぁ……」
藤堂は目を閉じた。
「……そろそろか」
◇
2027年3月14日(日) 14:42
東京都内、ホテル。
クロフォードは窓際の椅子に座り、タブレットを見ていた。
画面には、各国から送られてきた報告が並んでいる。
政府高官。
企業経営者。
王族。
その家族。
この数日、南半球へ向かう要人の数は明らかに増えていた。
理由はそれぞれ違う。
公務。
会談。
休暇。
予定されていた訪問。
クロフォードは指で画面を送る。
在日米軍関係者の家族の国外退避。
すでに一部は日本を離れている。
さらに画面を送る。
中国。
最高指導者が、急遽ブラジルを訪問。
今夜にも北京を出発する。
「…………」
クロフォードはタブレットを机に置いた。
窓の外へ目を向ける。
東京の街は、いつもと変わらず動いていた。
車が走っている。
歩道を人が行き交っている。
遠くを電車が走っていく。
彼らは知らない。
秘密を知る国が増えた。
知った国は、それぞれに動き始めた。
そして、その動きを見ている者たちもいる。
まだ核心は知られていない。
だが、彼らの動きは、もう隠しきれてはいない。
「…………」
クロフォードは椅子の背にもたれた。
窓の外に広がる東京を見つめる。
「……あなたはどうするのですか、藤堂総理……」




