第二十話 クロフォード ――残り5日
2027年3月12日(金) 09:10
首相官邸 官邸対策室。
扉が開き、 ウィリアム・ナルカミ・クロフォードが室内へ入った。
藤堂は席を立ち、クロフォードを迎える。
「お待ちしていました」
「お時間をいただき、ありがとうございます」
二人は短く握手を交わした。
「まず、大統領から言葉を預かっています」
クロフォードが口を開く。
「今回の事態において、アメリカ合衆国は同盟国として日本への協力を惜しまない。必要なものがあれば、いつでも申し出てほしい、と」
「ありがとうございます」
藤堂は頷いた。
「大統領にも、日本政府を代表して感謝するとお伝えください」
「必ず」
クロフォードは一度頷くと、続けた。
「それから、もう一つお願いがあります」
「何でしょう」
「我々も独自に、対象を観測させていただきたい」
藤堂は黙ってクロフォードを見る。
「観測のための機材は、すでに日本へ運び込んでいます。P-8Aと無人観測機を使用する予定です」
「アメリカ側で直接確認したい、ということですね」
「はい」
クロフォードは隠さなかった。
「もちろん、得られた観測データはすべて日本側にも提供します」
藤堂はわずかに間を置いた。
「分かりました。飛行できるよう、関係機関にはこちらから伝えておきます」
「ありがとうございます」
クロフォードが頭を下げた。
「我々も、少しでも多くの情報を得たいと考えています」
「それはこちらも同じです」
二人の視線が合う。
それ以上、どちらも言葉を続けなかった。
やがてクロフォードが立ち上がる。
「では、準備に入ります」
「よろしくお願いします」
二人はもう一度握手を交わした。
クロフォードは藤堂に一礼すると、官邸対策室を後にした。
◇
官邸の廊下を歩きながら、クロフォードは先ほどの対策室を思い返していた。
職員たちの声。
次々と更新される情報。
壁に並んだ、大阪上空を映すモニター。
その中に一つだけ、消えている画面があった。
クロフォードはわずかに眉を寄せる。
――一台だけ、消えていたな。
だが足を止めることはなく、そのまま廊下を歩いていった。
◇
2027年3月12日(金) 13:42
横田基地。
クロフォードは、モニターに映し出される観測データを黙って見つめていた。
大阪上空では、P-8Aと無人観測機による観測が続いている。
レーダー。
赤外線。
電磁波。
いずれにも、対象そのものを示す反応はない。
カメラには確かに巨大な紋様が映っている。
だが、それ以外の観測機器は、そこに何かが存在することを示していなかった。
「通過させます」
オペレーターの声が響く。
クロフォードは画面から目を離さない。
無人観測機が対象へ向かう。
距離が縮まっていく。
そして――そのまま通過した。
「機体、異常なし」
「通信正常」
「センサーにも異常ありません」
室内に報告が続く。
観測はそのまま続けられた。
進入する高度を変え、方向を変え、無人観測機を何度も通過させる。
結果は、すべて同じだった。
上下左右、どの方向からでも進入できる。
機体に異常はない。
通信にも、搭載された観測機器にも影響はない。
日本から提供された観測データと、何も違わなかった。
「……同じか」
クロフォードが呟く。
日本側の観測結果は正しい。
だが、胸に残っていた違和感は消えなかった。
――日本は何を隠している……。
クロフォードは机の上に置かれた資料へ視線を落とした。
日本側から提供された観測記録。
何気なくページをめくっていた手が止まる。
映像記録。
9系統。
「……9?」
その数字を見つめる。
今朝の官邸対策室が脳裏に浮かんだ。
壁に並んでいたモニター。
大阪上空を映していた画面。
そして――
一つだけ、消えていたモニター。
クロフォードの目が見開かれた。
勢いよく立ち上がる。
「車を! すぐに官邸へ!」
◇
首相官邸 官邸対策室。
「総理、クロフォード特使が来ました」
藤堂が顔を上げる。
「入れろ」
ほどなくして扉が開いた。
クロフォードが足早に室内へ入ってくる。
「総理」
クロフォードは立ち止まらなかった。
壁面のモニターへ視線を向ける。
朝と同じだった。
一つだけ、画面が消えている。
「一つ、お聞きしたい」
藤堂は黙ってクロフォードを見る。
「日本から提供された観測記録には、9系統の映像がある」
クロフォードは壁面のモニターを見つめた。
「しかし、ここで表示されているのは8つです」
対策室の空気が変わった。
「総理」
クロフォードは、その一つだけ消えているモニターを指差した。
「あのモニターには、何が映っているんです」
藤堂は答えなかった。
数秒の沈黙。
やがて藤堂が、職員へ視線を向ける。
「……映してください」
「総理」
「構わない」
職員が操作卓に手を伸ばした。
黒かったモニターに光が戻る。
大阪上空。
巨大な紋様の一部が拡大されていた。
そこには、見たことのない記号が並んでいる。
クロフォードは画面を見つめた。
藤堂も何も言わない。
数秒。
十数秒。
二人はただ、画面を見つめていた。
「総理、これは――」
クロフォードが藤堂へ問いかけた、その瞬間。
カチッ。




