第六十八話 団長の帰る場所
静寂だった。
戦いの音はもうない。
終末の門は消えた。
虚無の心臓も砕けた。
ゼロもいない。
百年間続いた世界崩壊は終わった。
それなのに。
誰一人笑えなかった。
アーサーの身体が崩れていたからだ。
白い粒子。
小さな光。
風に溶けるように。
少しずつ。
確実に。
その存在が薄れていく。
「おい」
シモンが歩き出す。
「おい」
声が震えていた。
認めたくなかった。
ここまで来た。
全部終わった。
仲間も救った。
世界も救った。
なのに。
最後だけ失うなんて。
そんな結末は認めたくなかった。
「アーサー」
アーサーは笑う。
困ったように。
昔からそうだった。
自分のことになると適当になる。
「そんな顔するな」
「するだろ」
即答だった。
「お前消えかけてんじゃねぇか」
アーサーは肩を竦める。
だが。
その肩も少し透けていた。
「百年だからな」
冗談みたいに言う。
シモンは笑えなかった。
誰も笑えなかった。
ヴァルクも。
エリオスも。
カインも。
攻略組全員が黙っている。
百年前。
誰よりも前を走った男。
誰よりも強かった男。
その男が。
今にも消えそうだった。
世界樹が静かに告げる。
『役目を終えたのです』
全員が顔を上げる。
『アーサーは百年間』
『世界樹と融合し続けました』
光が揺れる。
『魂の大半は既に世界の一部です』
沈黙。
残酷な現実だった。
アーサーは生きていた。
だが。
それは普通の意味ではない。
百年間。
世界を維持する柱になっていた。
今さら元には戻れない。
アーサー自身も理解していた。
だから。
どこか諦めていた。
その時だった。
「却下だな」
シモンが言った。
全員が振り向く。
アーサーも。
世界樹も。
シモンを見る。
「却下?」
アーサーが聞く。
「却下」
シモンは頷く。
「俺は聞いてない」
「何をだ」
「団長の引退届」
沈黙。
数秒。
そして。
ヴァルクが吹き出した。
「ははっ」
エリオスも笑う。
「出してねぇな」
カインも苦笑した。
「確かに」
攻略組から笑いが広がる。
百年ぶりだった。
心から笑うのは。
アーサーは頭を押さえた。
「お前らなぁ……」
だが。
少しだけ。
嬉しそうだった。
その時。
世界樹が静かに言う。
『方法はあります』
空気が変わる。
シモンが顔を上げる。
アーサーも。
攻略組全員も。
世界樹を見る。
『ただし』
『前例はありません』
シモンが笑った。
「最高じゃねぇか」
ヴァルクが笑う。
「いつも通りだな」
エリオスも頷く。
「攻略しようぜ」
世界樹が続ける。
『アーサーの魂は世界へ溶けています』
『ならば』
『再び集めればいい』
沈黙。
アーサーが固まる。
シモンは聞き返す。
「できるのか」
『可能性はあります』
世界樹の光が揺れる。
『世界中へ散った魂の欠片』
『それを集めることができれば』
『アーサーは戻れます』
攻略組全員の目が輝いた。
アーサーだけが頭を抱える。
「待て」
「却下」
シモンが即答した。
「お前に拒否権はない」
「あるだろ」
「ない」
「ある」
「ない」
百年前と同じだった。
本当に。
何も変わらない。
その光景を見て。
カインが笑う。
ヴァルクが笑う。
エリオスが笑う。
そして。
アーサーも。
とうとう吹き出した。
「馬鹿ばっかりだ」
その声は震えていた。
百年間。
一人だった。
誰にも頼れなかった。
誰にも背負わせられなかった。
そんな男が。
初めて。
肩の力を抜いた。
「……帰れるのか」
小さな声だった。
誰にも聞こえないくらい。
だが。
シモンは聞いた。
「帰る」
即答だった。
「全員でな」
世界樹の光が優しく揺れる。
終わったはずの戦い。
だが。
まだ終わっていなかった。
世界は救われた。
仲間も救われた。
残る最後のクエスト。
それは。
百年間世界を支え続けた団長を。
今度こそ仲間達の元へ連れ帰ること。
そして。
世界樹の根の奥。
誰にも見えない場所で。
小さな光が一つ。
静かに瞬いた。
まるで。
新しい物語の始まりを告げるように。
――第一部・完。




