暖かい貴方の元で
『ぎゃああああきゃわすぎぃいいいい!!!』
『バカ天才すぎじゃね!?ちょ〜キュートォ!』
快晴ながらも、吹きすさぶ風が寒さを届ける一月、風が吹き付ける音が片耳に届く。
友紀と朱利の黄色い悲鳴は私の為に発せられたものだった。
『その藍色と白のコントラストめっちゃ良い〜』
『ね!バリ可愛いよね!自分でもびっくり!でも友紀の黒も朱利の緑も可愛い〜!』
髪型はいつものものより豪奢に飾られ、髪飾りが施され身につけた衣服は、和柄が美しい人生で一度しか着ない振袖。
綺麗に着飾られた自分の姿と、三人の方も順々に見ればそれぞれ違う和柄の美しい振袖に身を包んでいた。
『ほら龍二もなんか言えよ!!』
『え?二人が来る前にもう言ったが?』
『オイほんとかー?』
画面に映っていない龍は、キッチリとしたスーツを身に纏い、いつもより髪が整えられていたのをよく覚えている。
『うん。言ってもらった!可愛いって』
『へぇ!加護やんじゃ〜ん!!!』
『もう昔の俺じゃねぇし』
『恥ずかしがりなのは変わんないでしょ』
うりうりと肘鉄をお見舞いしている朱利が画面の端に写り、甘んじて受けていると思われる龍は変な声を漏らしていた。
その仕草は私にとって既に、龍が何たる事を思っているかを察せることができるほどに共に過ごした時間は長かった。
『てかなんで動画回しとん??』
至極真っ当な疑問を吐き出した友紀が不思議そうに尋ねる姿が映ればすぐに、龍が答えた。
『ん〜思い出で残しときたいけぇかな』
『えぇ〜!じゃあ後でその動画ちょうだいね〜』
『うちもうちも!』
『じゃあ龍!折角じゃしついでに皆で写真も撮ろうや』
『うぅ〜!涼音、良い案〜!内カメにして撮ろ撮ろ〜』
少し画面が揺れ、暫くして『あ、動画中って内カメ無理なんね』と言う龍の一言で再生が終わる。
新幹線の走行音が片耳からよく聞こえるようになる。
嵌めていた片方のイヤホンを外して右側を見やれば、同じく片耳にイヤホンをしていた龍が画面を操作していた。
「ん〜ほんと。あんなに写真嫌がっとったんに、この時にゃ自ら写真撮りたがるとは。人生分からんもんですな」
「だあってあの時は可愛かったんじゃもん〜あの時の姿残しときたかったんじゃ」
画面に表示された振袖により華やかに着飾られた友紀、朱利と私。そしてスマートフォンを支え頑張って撮影してくれたスーツに身を包んだ龍が映っていた。
何度観ても、この写真はかけがえのない思い出の一つだ。
後、この時のビジュは私の中で最高だった。
思いが通じあった奇跡と奇跡が重なり合った今は遠いかつての一日。
あの日が区切りとなり、龍との仲がより一層深まり、あの時に龍が言っていた言葉はその通り実行された。
当時十六歳。
あれから成人式を経て二十一歳。
出会った日から計算すれば、実に九年間。
その内の五年間の龍は、私の弱く脆い心の修復に尽力してくれた。
恥ずかしがり屋だと言うのに、朱利達によるヘアアレンジや、遊びに行く、もといデートの際着飾った時。
事ある毎に私の肯定感を上げさせる為に、詳細に言葉に表し褒め倒してくれた。
それは、当時の私にとって有難くもお世辞にしか聞こえない事が殆どだった。
しかし、人間というのは、その環境下に身を置いていると慣れが来るというもの。
次第に龍から送られてくる言葉が腑に落ちるかのように、受け入れて行くよう脳内が塗り替えられた。
それに準じて、龍が見てくれていると思えば他の人の目を気にする暇は無くなり、龍に良く見られたい、良く思われたいと心が変化して行った。
結果、中学生の頃から比べれば大幅な変化は近くにいた人から見れば分からないかもしれないが、若干の見た目の変化を遂げることが出来た。
体の部位的にはまだお肉はついているものの、主に顔周りはスッキリと綺麗になった。
その事実も私の背中を押し、暗かった心根が前向きになって行った。
「ほら〜見てぷくぷくしてて可愛いじゃんこれ」
龍が画面をスクロールしたと思えば、そこに映っていたのは、高校時代のあの喫茶店で不意に撮られた写真。
あの当時は本当に自分の姿を記録に残しておくのが心底嫌だった。
「ん〜〜や。今の方がちょ〜っと顔と首周りのお肉無くなったけぇ今の方が可愛ええね」
「おぉ〜〜言えるようになったねぇ」
それも、今の私の前では心を翳らす要素にはなり得ない。
流せる程の心の余裕ができた証拠なのだ。
「誰がそうさせたんじゃっけ??」
とぼけた様に隣に座る龍に尋ねれば、人差し指で自らを指し「俺俺俺。俺ですよ涼音さん」と、自慢げに笑った。
私もそれが心地よく、隣に座る龍に静かに寄りかかり肩の方へ頭を預ける。
高校を卒業し、それぞれ就職をした後暫く忙しい日々を過ごしていた毎日。
ふと、龍が二人きりで京都に行ってみたいと呟いたことをきっかけに数ヶ月前から企画し、実行された紅葉が輝く現在十月。
在りし日の事が少しでも思い出せる様にと、修学旅行が行われたかの日に行った所を中心に大まかに何処に行くかを相談し合った。
あの時と比べれば、秋の涼しさが薄れ、若干夏の暑さがまだ残っているものの、薄れていた記憶が蘇るようにありありと思い出す。
「清水寺、何か良いのあるかな?」
「うん。小学校の頃に買えんかったもんがあるよ」
「あ〜ちょっと高級な西陣織とか扇子とかじゃなぁ」
「そそ。俺ら働き始めてちょいお金有るし買える買える」
京都特有の少し高級なお土産を思い浮かべ、確かに小学生の頃母さんに貰った修学旅行用の限りあるお小遣いでやりくりしていたのを思い出す。
今は、その時より手持ち金はある。
勿論、母さんや友紀、朱利達にお土産を買い私達の第二の目的である物も買えるだろう。
「名入れしてくれるお店、ちゃんとあるみたい」
「んふ。俺も見た」
少しの沈黙が新幹線の走行音に掻き消される。今は沈黙も気まずさを感じる事は殆ど無くなった。
「…………指輪の名入れあるとええな」
「………それも調べたらあった」
ぽつりぽつりと落ちる言葉は、私に今後訪れる未来を予想させるようで静かに脈打っていた心臓は鼓動を早め始めた。
いつの間にか龍の手元にあったかつて清水寺の出店で買ったお揃いの名入りドッグタグ。
あの頃からの輝きは失せずに銀色に輝くそれは、龍と過した様々な日々を思い返させる。
自身も、首元につけていたドッグタグを外し手元に握り、龍のと引き合わせるように近くへと持ってこさせる。
お互いに持つ、お互いの名入りドッグタグ。
カチリとタグ同士がくっつけば、真っ直ぐに座っていた龍の首がこちらの肩へともたれかかって来た。
「これはまた今度改めて言うけど、今も言いたいから言うな」
「ん?うん」
「早う結婚したいねぇ」
ボソリと呟いた瞬間、近くにあった腕が座席の背もたれと私の背中の間を潜り抜け腰ごとギュッと引き寄せる。
何を言い、何をするのかと抗議しようと思い辺りを見回せば幸い、本日は平日だった為横に三席連なる座席には他の乗客が乗っていなかったので恥ずかしながらもそれを受け入れた。
「私の苗字を加護にしてくれるんですか」
「加護涼音…………う〜ん、良い響き…………しますします。涼音を加護の子にしちゃる」
「これってプロポーズ??」
半ば、プロポーズかのような文言に今この新幹線の中で結婚宣言をするのかと思わなくも無いが、それと同時に龍はうりうりと肩に頭をめり込ませる。
「違う。涼音が逃げんように言葉に出して言っときたかっただけ」
「あんなに恥ずかしがり屋だった龍がそんなサラりと………」
「俺も成長しとるんじゃあ〜」
拗ねたような口調の龍にクスリと笑い、「もうここまで来ちゃえば逃げるも何も無いよ」と告げる。
私の人生の半分はすでに龍に捧げている。
今後の人生を歩むパートナーを今更龍以外でと言われても、もうそれ以外考えられないのだから不可能な話だ。
「じゃあ指輪は結婚指輪のつもりか………」
「その通り」
「でも私ら貧乏性じゃけぇ買うの躊躇いそう………」
「まぁ、まぁ………それはお互いの妥協点でええと思うで…………」
長い時を過ごす中、元々揃っていた価値観も仲の良い兄妹かのように更に一致し、心置き無く胸の内も話せるようになった。
「広島帰って指輪しとったら、朱利どんな反応するんじゃろか」
ふっと湧いて出た親友の顔。
あの時からずっと幼馴染みである龍と私の恋路を友紀と共に一番近くで見守り応援し、時に背中を押し勇気をくれていた。
前々から言われていた私達の将来について、一番気になっていたのは朱利だ。
「そりゃあ、バリ早いご祝儀くれるかもしれん」
「ご祝儀!?そりゃあ早すぎじゃ」
「…………朱利なら有り得るんじゃなぁ、これが」
龍が零した一言はかつて龍が心の内を話してくれた、件の喫茶店に誘うために朱利に相談していた時に前触れも無く言われた一言があった事を思い出した。
朱利なら有り得るかもしれん。
二人の共通認識に、思わず吹き出し周りに迷惑にならないよう声を殺しながらくすくすと笑い転げる。
あぁ、この人の隣なら。
貴方との暖かなこの居場所でなら、老い先長いこの人生を静かに穏やかに、いつか眠りにつく日まで共に過ごしていけるだろう。
わたくしの初の投稿作品である「ゆりかご」本日遂に完結となりました。
途中スランプにも陥り、五年という長く長く引っ張られてしまった長編作品を最後まで待ってくれた全ての読者の皆様に感謝を。by2026.03.29




