69話 羞恥の連鎖
「ご注文のメロンソーダと季節のスイーツセットでございます」
店員さんの手によって目の前に置かれたメロンソーダはシュワシュワと湧き上がってくる泡がフロートグラスに絶えず弾け続けていた。
セットで隣に置かれた季節のスイーツは、味覚の秋という事もあり様々な果物が使われたフルーツタルトだった。
苺や洋梨、葡萄など色とりどりの果物達がクッキー生地の上に飾られ見ているだけでもキラキラとした宝石箱を見ているような感覚にさせる。
「わぁ……綺麗……色味が可愛い」
「んふ。ほんまじゃ」
独り言が零れ落ち、しまったと思う前にその言葉は加護に拾われていた。
引き続き隣に座り続けていた加護の目の前にも、私と同じセットが置かれ、それを眺めていた。
メロンソーダの上に乗せられているアイスクリームが溶けてはいけないと思い、早速手をつけようと先程店員さんが置いていってくれたカトラリーケースに手をのばす。
通路側に置かれたカトラリーケースは私の方からは少し遠かった為、それに気づいた加護がすかさずソーダスプーンを手に取り此方へと手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
「ん。どういたしまして」
先程まで何となく砕けた喋り方が出来ていたが、少し時間が経ちやはり何だか緊張感が顔を出す。
私の中での長年培われてきた、遠慮しがちな性格のせいが足を引っ張っているのか、ずっと自分を小さく見積もってきていた代償か。
私なんかの為に手渡されたおしぼりやソーダスプーンを加護の手により手渡されると言うのが申し訳ないという思考に陥る。
どうしても『私なんかが』という常套句が頭にこびり付き離れない。
こんな思考、第三者視点として客観的に自身を改めて見れば、心底面倒臭いのだと何となく察してきている。
もしかして私ってとてつもなく面倒臭い女…………いや、加護にとって負担が大きく重い女になるのかもしれないと言う若干の恐怖心を抱いた。
「ねね、涼音」
「ん?」
またもや要らない思考領域にまで達していた私は、ちょんちょんと加護から腕をつつかれ名前を呼ばれた事で意識を帰ってこさせた。
何だろうと思い、加護の方を見れば加護の眼前にはスマートフォンが掲げられ、『カシャッ』と言う電子音が聞こえた。
「え!?撮った!?今撮った!?!」
「撮った撮った」
にへらと悪戯げに笑った加護の手に持たれていたスマートフォンを奪う為、加護の両腕を掴む。
「私写真写り悪いけぇ無理……」
「写真は嫌い?」
「…………どっちかって言うと、めっちゃ嫌い」
「………んふふ」
何やらにんまりと笑っていた加護は声を出しながら笑い始めた。
加護が笑っている理由に検討が付かず、若干の不満顔のまま只管にスマートフォンを奪い取ろうとする。
「何がそんなに可笑しいのですか」
「可笑しいんじゃなくて嬉しいんよ」
「?」
「嫌だって意思表示が出来た」
ふと言われた内容を脳内で噛み砕けば、あっと気づく。
なんの躊躇いもなく自分が思う「嫌だ」という意思を言葉として表に出せた事に驚く。
これが心の成長なのか、はたまた相手が加護だから出来るようになったのか。
それは定かではないにしろ、私の中で目標にしていた『自分に正直に。ありのまま生きて行きたい』というモットーの大きな一歩だと思った。
これもあの流星祭りで願った効果か、それに見合う環境の変化による私自身の心が揺り動かされたか。
どっちにしろ、今の私にはこの事実だけでも十二分に嬉しいものだった。
そう考えれば、記念の一枚という事で加護のスマホホルダーにだけこの時の私が入っているということは案外悪くないことなのかもしれないと思った。
出来ればあまり見ないで欲しいが、さっきの攻防で私は加護には勝てないと何となく察してしまったのでこの際潔く諦める事にする。
「お祝いに乾杯しよ」
私が諦めた事を理解した加護は、ニコニコしながら自身が注文していたメロンソーダを手に持ち此方に持ってこさせる。
私も釣られて、手に持ち器を傾かせコツンっとグラス同士を打ち合わせる。
鮮やかな緑が目を引くメロンソーダは店内照明によって通常よりもキラキラと輝いて見える。
シュワシュワ泡立つメロンソーダを口に含み口内を踊り狂う炭酸を堪能する。
「涼音」
再び加護から名前を呼ばれ、先程の事があった為、恐る恐る横へと視線を移す。
目に入ってきたのは、フルーツタルトをフォークに刺し此方へと向けてきていた加護の姿だった。
「……………こー言うのは恥ずかしくないんか」
「じゅ〜ぶん恥ずいが、朱利が前にやったとか言っとったけぇ……やりたくて」
それはあれだろうか、交流合宿の宝探しで貰った食堂無料券を朱利と友紀と共に消費しに行った日。
二人が食べていたお昼ご飯を手ずから食べさせてくれた、あの……………
言葉から察するに朱利が羨ましかったのかもしれない。少し考えた末、己の中に湧き上がる羞恥心を抑え込みながらも、私が動くことで決められる今後の展開を予想し、その光景が別段嫌だとは思わなかった。
「…………あ、……んぐ」
ついでに、己に課された度胸試しだと謎の目標を掲げ加護から差し出されるままに宙に浮いていたフルーツタルトに齧り付いた。
タルトのクッキー生地と内側に敷かれたカスタード生地が上に飾られていた苺と葡萄の甘みと絶妙にマッチしていて美味しい。
個人的にこのタルトのクッキー生地がサクサクしてとても好きだ。
恥ずかしさにより荒ぶる心と後味を整えようと、手に持っていたメロンソーダを飲み、この状況にした当の本人の反応が無いのを不思議に思い再度加護を見やる。
固まったように動かない加護の目の前で手を振り声を掛ければ我に戻ったようにハッとし、「まさかほんまにやるとは」と呟き、私の行動に驚いていた。
加護からやってきたのにこの言い草はない。
何を思ってやってきたのか検討が付かず、やはり朱利や友紀にされた時の胸の高鳴りとは感覚が違い、誤魔化すように目の前に置かれた自分のフルーツタルトを頬張る。
直後、先程一齧り程貰った分を返そうと思いつき、タルトの先端をフォークで切り分ける。
「さっきの分返すね」
加護のフルーツタルトが乗せられた皿へ上に乗っかった果物達を落とさないよう慎重に移そうとした瞬間、フォークを持つ手を捕まれ動かせなくなったと思えば、それはそのまま加護の口へと運ばれて行った。
「ん。うま」
「は、はぁ!?」
加護の突然の行動に目を白黒とさせ、その体勢のまま固まった。
なんだこいつ、なんだこいつ………!?!?
さっきは散々自分ははずがしがり屋だって言っていたくせに、何故こんな行動が取れる!?恥ずかしがり屋はこんな行動取る前に一瞬躊躇ってやらないのがオチなのに!!
「加護はっ……!これが恥ずかしくないんか!?」
「だって……恥ずかしがってチャンス逃すのはもう散々じゃもん」
「俺は男じゃ。じゃけぇ頑張っとる」と口を尖らせこちらを見てくる加護の耳は普段の肌の色より赤みがかっていた。
照れているのは間違いない。それは今分かった。
でもそうじゃない、そうじゃないんだ。
「いっ今……今っ!!私タルト食べた後っ………!!」
私は全てに対して鈍感である少女漫画のヒロインでは無い。
ある程度の事であれば、察することが出来る一人間。だからこそ、今己が考え無しにやってのけたことの重大さとそれに付随して起こった事象に、元々隠しきれていなかったであろう羞恥が溢れ出す。
「………ぁ………関節キス………しちゃっ、た」
加護の口から弱々しく吐き出されたその言葉にまるで鏡写しかのように二人同時に顔を背ける。
元は言えば己のフルーツタルトを食べた後に、加護に一口分返さなければという思考回路になり、何も思わずそのまま私のフォークであげたのが問題だ。
全部自業自得!!!!なんてこった!!!
あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうな程に頬が火照る。
「バカっ加護のバカっ!!」
「ふ〜ん〜……言うじゃん涼音ぇ」
机に突っ伏したまま、行き場の無い感情を加護に八つ当たりのようにぶつけていると右側から何かを噛み殺しているかのような声色で加護が近づいてくるのが分かった。
「もう、龍二の前では素が出せそうじゃけぇ言えるし!バカっ!!」
「あはっ!何それ、ばり最高じゃん」
何が最高なんだと思い、伏せていた顔を上げ右側を向く。
そこには、慈愛に満ちたような柔らかな眼差しで私の瞳を真っ直ぐに見つめる加護が居た。
この時の私はもう既に、加護が世界の中心になっていたのだろう。
彼以外視界に入らず、彼の息遣い、声以外聞こえず、ただそこに居る彼だけに集中してしまっていた。
「ほんとの涼音ははきっとお喋りなんじゃろ。今まで喋れんかった分俺といっぱい喋って?」
「いっぱい怒っていっぱい笑って涼音の素、全部見せてぇや」
結んでいた髪の束から出てきていた横髪をサラリと触り、近くに来た加護の手の気配は己の肌にビリビリと存在感を感じさせる。
「あーあ〜このまま二人で居りたいな?」
「いや、それはダメじゃ。私が皆に会いたいけぇ」
「それもそうじゃ。ドタキャンはダメだわな。折角先輩達にもお土産買えたしね?」
小っ恥ずかしさがまだまだありつつも、加護の本音を垣間見た私は、この人となら本当に人生を共にして歩む事が出来ると確信を持った。
それならば、勇気を出して一歩。
私の心の内側。隠し過ぎて私自身でも見失ってしまった素の自分を加護が引き出して私と共に受け入れてくれるのなら。
それはとても幸せなことなんじゃ無いだろうか。




