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It’s my life  作者: やまと
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親愛なる家族


発話が遅かった弟、ハルのことを、周囲は不良品と呼び、不良品を産んだと周囲から評価された母がハルのことを疎んじるのは当然のことだった。

デイビットが幼年期のころ、母役は四人。少年期になるころには、姉だった人が母役の一員となっていた。

平等を謳う極小コミュニティでは、男は自由に女を抱き、女にそれを拒む権利はない。

気づけば女は子を孕み、生まれた子供はコミュニティ全員の子供として育てられる。

常に六~八人の子供を抱えていたコミュニティだったが、成人した男は戦士として狩り、つまりは略奪の戦闘員として、女は見目がよければ母役として、悪ければ戦士として、あるいは他のコミュニティに売られていた。

戦士としても、母としても、あるいは労働力としても役に立たぬ者を不良品と呼び、蔑するのは自然な流れでもある。

デイビットが青年期になるころ、コミュニティは珍しく人数が飽和状態に近く、食料不足や酸素不足でいつも緊張していた。

母役にはそれぞれに部屋を割り当てられ、自分の産んだ子の面倒を見る。

十二時間を家族と過ごし、十二時間は労働するのがデイビットのコミュニティでのルーティンだった。

母役たちが、食事の準備をしたり、交易に使う加工品を製造したり、労働に励んでいるころ、年長の男女が年少の男女の面倒を見る。

ひとところに集められた子供たちは、先生役の年長から勉学を学び、交流して過ごす。

そうして一緒にいる間も、同じ母親から生まれた子供たちは兄弟として、他とは違う強いきずなの様なものがあった。

中でもデイビットは、ハルのことを侮辱されると人一倍怒ったし、喧嘩もした。

愛する弟を守るためなら、何でもできる覚悟があった。

ある日、飽和状態だったコミュニティの現状を憂いた高齢の男たちが、子供の成人日を大幅に繰り上げた。

十八歳から十六歳の少年五人がまとめて戦闘訓練を受け、同じ年頃の女のうち、二人は母親役に、一人は別のコミュニティに売られていった。

残されたのは弟のハルを含む年長三人と、乳飲み子も混ぜた幼年と年少の赤子数人。

「弟をよろしく頼む」

ハル以外の年長は二人とも女で、二人とも優しい子だった。

厳しい戦闘訓練を経たデイビットは、狩りに出た先で誰よりも働いて、誰よりも収穫を得ていた。

そうすることでしか、ハルを守る方法がわからなかったからだ。

大人たちはデイビットの優しさを理解し、同年代の仲間たちは彼の優しさを頼った。

彼の大事なもの、ハルを傷つけない限り、デイビットは誰よりも頼りになるリーダーの素質を持っていた。

「兄ちゃんが守ってやるからな」

六歳になるというのに、やはり人との会話が不得手な弟だったが、そわそわと身を揺らしたかと思うと、遠慮がちにデイビットの裾を強く握る。

精いっぱいの自己表現を、ただ喜んでいた。

デイビットの努力もあって、限界を迎えつつあったコミュニティの運用は瞬く間に回復した。

制限されていた性交渉が解禁され、少しずつ子供が増えた。

儀式的に、デイビットにも経験が与えられたが、進んで相手を探すことはなかった。

誰よりも努力し、誰よりも成果を上げるということは、誰よりも奪っていることに他ならない。

だから、というわけではないが、デイビットは、仲間から何かを奪うような行為はできるだけ避けたかった。

次第に、彗星に掘られたコミュニティに帰還している間も、弟に会う時間が減っていった。

デイビットにとってハルは聖域で、戦闘や外部で汚れた自分で汚染したくなかった。

物陰からこっそり、ハルの様子を伺うデイビットに話しかけるのは、同年代で母役となった二人の女のうち、メイランというなの、黒い髪が美しい女のほうだった。

「声をかけてあげたら?」

「必要ない」

「寂しがっているわ。あなたが生きているかどうか不安なはずよ」

「メッセージを送ってる。あいつから帰ってくることは少ないが…」

「時間を選んでいるのよ。あなたがここに居て、起きているという確信がないとあの子、絶対にメッセージを送らないわ」

「…あの子らしいな」

ハルはよく考える子だった。考えすぎなくらい、よく考える。

いつもぼーっとしているのは、なにか考え事をしているか、考えすぎてエネルギーが足りなくなって眠くなっているかのどちらかだ。

「ハルは同じ本を何度も読むんだ。結末がわかっているのに読んで楽しいかと聞いたことがある」

「彼はなんて?」

「どうすれば結末が変わったか考えるために読んでいるんだと」

「…ハルらしいわね」

「専門書も同じだ。おもちゃの説明書でさえ、あいつの好奇心の種だよ」

「そういえば、この間持って帰った飛空艇のおもちゃ、また解体してたわよ」

「今度は直せただろう」

「よくわかったわね」

「あいつはな、できるようになるまでやるのさ」

前回持って帰った戦闘機の模型は、解体の途中で部品の一部が破損して修復が不可能になっていた。

食事も忘れて戦闘機の模型をいじくりまわすハルを心配したメイランがデイビットに相談して、デイビットが破損した部品の溶接の仕方を教えた。

あの時の、不思議そうな顔を、きらきらした瞳を、忘れることができようか。

「ずっとあのままでいられたら、いさせてやれたら…」

「……」

「あの手に銃は似合わない」

いずれハルも、戦闘員として宇宙に出る日が来るだろう。

でなければ、不用品として売り飛ばされるか、処分されるか。

「エンジニアとしてここに残すって提案は?」

「あまりいい顔をしてなかった。これ以上、俺のわがままを聞くわけにもいかないんだろう」

弟を守るため、デイビットは成績で上の連中を黙らせてきた。時には強硬手段もとってきた。

中には、年上の連中の業績を奪うような結果になったこともある。

デイビットの中でどれだけ弟のためと割り切っていても、結果として、同年代は年上よりもデイビットを敬ったし、年上の連中の中にも、今のリーダーよりデイビットの方が優れていると胸に秘めているものが少なくないことが感じられる。

どれだけ自分にはその気がないことをアピールしても、下剋上を疑われるのは仕方ない。

それに、弟のため、という大義を振りかざして毎度デイビットの言いなりになることが、面白くないのも、少しはわかる。

今までだって、戦闘に向いていない者はいただろう。それを無理矢理連れ出して、案の定の結果を出してしまったこともあるはずだ。

どれだけデイビットの成績がよかろうと、いや、成績がいいからと、わがままを聞き続けるのは、統率を欠く一因だ。

わかってはいる。わかってはいるはずだ。

「歴代たちは、どうやってこの感情を乗り切ったんだろうな」

デイビットの切な問いは、宇宙の暗闇に溶けて消えた。



そして運命のあの日。

いつも通り帰還したデイビットの眼に映ったのは、破壊され煙を上げるコミュニティだった。

飛び込んだ船内に残されたのは、強奪の痕と無数の血だまり。

一台だけ飛び立った脱出ポットと、側に残されたメイランの妹、ヨナの死体。

頭を撃ち抜かれたその無惨な姿と、弟を懸命に守ってくれた感謝をないまぜに、冷たくなったその体を抱きしめて、慟哭を上げた。

唯一飛び立った脱出ポットも行方が分からぬまま、襲撃者の正体もわからない。

修復不可能と判断された彗星を捨てて、デイビットの所属しているコミュニティは宇宙を流離う浮浪者となった。

浮浪者同士のコミュニティと合流する度その数を増やし、規模が拡大した。

拠点を持たないアウトサイダーズとして、最大規模と名を馳せるまでに至った今、打倒社会を掲げる上の連中に言われるまま、作戦を実行するためデイビットは軍団を率いてここに来た。

この宇宙の片隅で、あれほどまでに愛した弟に再会することになろうとは。

「それで、どうなった」

「どうもこうもないよ。どうしろっていうんだい」

捕虜として捕らえたザックをしこたま殴りつけてなお、腹の虫がおさまらない様子で司令室に戻ったデイビットは、そこで待たせていた医療部隊の主任、その名もチーフに苛立った声のまま問いかける。

漸く連れ戻した弟の身体を案じて行った精密検査で判明したのは、とんでもない事実だった。

全身にはびこる寄生虫。ナノマシンと呼称されるそれらは、社会の上層部が取り仕切る、軍の中でも一部の人間しか知らされていないはずの技術だった。

「一般的な血液検査ではまぁ、見つからないサイズなんだけどね。俺の腕がいいばっかりに」

軽口をたたくチーフの声など頭に入らない。

デイビットの視線は、チーフの提出したハル、今は何故か名を変えリヒトと名乗っている弟のデータにくぎ付けだった。

大きくなった。成人男性としては小柄な方だが、極貧のコミュニティで辛うじて生きているころはもっと小さくて折れてしまいそうだったのに。

健康チェックの項目は全て良好。彼は健康な体として表示されている。

数値はどれも、年齢と体格に適した健康な数値だ。

が、それが問題だった。適正すぎるのだ。

どんな人間にも多少の誤差はできる。不健康な部分が一つはある。だが、ハルにはそれが一切ない。それは、まるで。

「まさに機械って感じだね」

そう、まるでアンドロイドやAIボットと同じ、無機物生体のようだった。

弟と同じ姿をした別の生命体。そう呼んでしまうこともできただろう。

けれど彼は、あの弟は、再会を喜ぶデイビットの抱擁に、ただ、遠慮がちに服の裾を掴んで見せた。

あの頃と、同じように。

記憶を植え付けられたというならその行動も頷ける。しかし、優秀な人材を増産するために開発した技術で、浮浪者の子供だったものの記憶を、辺境の惑星開発部隊に、それも民間組織主体のチームに紛れ込ませる意味があるだろうか。

「あいつは本当にハルなのか?」

「それを証明しろってんなら、俺が本当にチーフか証明する方法を教えてくれ」

「テセウスの船、か」

「それを言うなら、人間の細胞なんて三か月もあれば全部入れ替わっちまうぜ」

「あの子はもう、俺の知ってるあの子じゃないのか…」

「難しい質問だ」

司令室の、どこか上等な椅子に、崩れ落ちるように座ったデイビットの前に、チーフは空のコップを置く。

「これがアンタと過ごしたハル君」

言いながら、棚に仕舞われた上等なバーボンを注ぐ。

「こっちが、あんたの居ない時間を過ごしたハル君」

同じコップに、冷却庫から取り出した炭酸を足す。

「記憶の有無というのなら、それは君が体感したんだろう?」

服の裾を掴まれるあの感覚を、ウソにはできない。

「注ぎ足されたのが泥水だったとして、君は同じ記憶を保持するあの子を、別の個体として処理できるかな」

「……」

チーフとは、ハルよりも後に出会い、ハルよりも長く一緒に過ごしてきた仲である。

ある意味、デイビット自身よりもデイビットを理解しているのかもしれない。

「ま、ごゆっくり」

言い残して、作り上げたカクテルを片手に、チーフは部屋を出ていった。

一人残されたデイビットは、おもむろに引き出しを開ける。

そこには、破壊された彗星の中から唯一持ち出した、遺品とも呼べる品。

ハルと二人で修復した戦闘機の模型が入っていた。


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