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It’s my life  作者: やまと
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偽りの表面

宇宙域。船内の一画、捕虜収容施設。

無機質な廊下に鈍い殴打音が響く。

入り口で見張りをしている男は姿勢よく立ってはいるものの、精悍なヘルメットの下では、痛みを想像して苦々しく歪む表情を隠していた。

ひと際鈍い殴打音に、肩がびくりと跳ねる。

ここに収容されている人物について、見張りの男はよく知らない。

ただ、ボスのことは、温和で無口で、けれど頼りになる上司だと思っていた。

少なくとも、捕虜にこんな風に直接、拷問をかけるような男ではなかった。

室内。

浮浪者、アウトサイダーズのボスであり、リヒトもといハルの兄であるデイビットが、しつこく殴りつけていたのは、リヒトと共に連れてきたザックだった。

「言え、あの子に何をした!」

あふれ出す怒りで鬼気迫る顔で迫られたところで、ザックに応えることはできない。

むしろこっちが聞きたいくらいだ。

リヒトは何をされたんだ。

デイビットとて、ザックから確かな情報を得られるとは思っていない。

これは八つ当たりに近い行動だ、と心の奥底では気づいている。

「お前らは、いつも、そうだ…っ」

苦し気に、絞り出すように、吐き出す。

お前らは、社会人は、いつだって俺たち浮浪者に何をしてもいいと思っている。

浮浪者がどうなったっていいと思っている。

「自分たちがなぜ生きているかも知らないくせに」

デイビットが掴んでいた胸倉を離すと、後ろ手に両手を拘束されていたザックの頭は床に落ちて鈍い音を立てた。

生まれて、生きて、死ぬ。その繰り返しの中。

「生まれて、死ぬ。お前たちはそれだけだ」

いつかヴァルハラへと旅だつその日までを、ただ生きる。

「お前たちは何も生み出さない。何も遺さない。何も伝えない」

創られて、育てられて、生きる。ただそれだけ。

「蟻と一緒だ。生み出されて、群体の中、ただコミュニティを永らえさせるためだけの存在。命が尽きれば、仲間の餌となるだけの、虫だ」

吐き捨てて、デイビットは部屋を出た。

ドアの開く音に、見張りの兵が大げさに驚く。

「手当してやれ。死なれては困る」

「は…」

言われるままに、兵は無線で仲間を呼ぶ。

「ドクターを…」

「必要ない。適当でいい」

たかが捕虜に、十分な治療を受けさせる必要はない。

それに、彼女は長らく潜入していたのもあって、どうも現地の人間に同情的になっている。

デイビットが憂さ晴らしに近い形でこんなことをしたと知れば、うるさく騒ぐに違いなかった。

ボスに言われるままに、兵は近くにいる同僚に、治療道具を持ってくるように頼むにとどめた。

颯爽と立ち去ったデイビットに入れ替わり、同じ兵装を纏った同僚が、治療道具片手にやってくる。

「何があった?」

無線越しに尋ねられ、肩をすくめる。

「よくわからん。なにか、聞きたいことがあったみたいなんだが…」

兵はちらりと窓越しに部屋を覗く。

「よっぽどボスを怒らせたらしい」

「それはまずいな」

「だろ?とにかく、死なせるなだとよ。手厚く手当するとボスの気に触れるからほどほどにな」

「了解」

部屋に入った兵は床にうつぶせに倒れるザックの側へ寄ると、銃を部屋の隅に立てかける。

一応、手の届かない所へ、と配慮して、手早く治療道具を開いた。

電子器具でまずは頭部のスキャン。画面に映し出された手順に沿って、箱の中からふさわしい治療道具を取り出す。

「骨にひびは入っていません。見た目よりは軽傷ですが、これはひどい」

「…ぅ」

消毒液に浸した布で血の汚れを拭きとられ、痛みに呻く。

だがザックは、痛み以上にその聞き覚えのある電子音に驚きを隠せなかった。

「口の中もずたずたでしょう。しゃべらなくていいですよ」

「……」

「ハンサムが台無しですね」

「おま…っ」

「だからしゃべらない方がいいのに」

「んぐ、ぅむ…っ!!」

「少し染みます。言うのが遅かったですね」

傷だらけの口の中に、薬液をしみ込ませた綿を突っ込まれて、痛みに見開かれた目には、こちらを捕えるカメラアイ。

独特の起動音をさせてテキパキと動く両腕。

真っ黒なバイザーを上げると、そこに人の身体は無いのだろう。

「両腕は無事ですね。足も大丈夫です。痛みは酷いですが、申し訳ありません。あなたの助けが必要です。一緒に行ってくれませんか?」

口の中から引きずり出された綿は血で赤く染まっていたが、驚くほどよく聞く薬液のおかげで何とか言葉を紡ぐことができる。

「ノア」

高性能自動演算型自立思考ロボット、通常AIボットである彼に与えられた名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに、はい、と返した。

「お前、どうやって…」

「貨物に紛れて。外装を交換するのに時間がかかってしまい、遅くなりました」

ノアの姿は地上で見慣れたボットとは違い、アウトサイダーズ達が着ている黒を基調と舌デザインのボットになっている。

中身が強化骨格のノアにとって、着替えは人間のそれのように簡単ではない。

「ゆっくりおしゃべりしている暇はありません。協力を」

廊下を映し出すカメラの映像には、入り口に立つ見張りの姿。

中から声をかけられた見張りは中に入ると、しばらくして何事もなかったかのように出てきた。

後から救急箱を持った兵が現れ、軽く挨拶しながら去っていく。

見張りの男は一度、中を確認すると、それまでと同じように静かに扉の前に立つ。

「大丈夫かよ、これ」

「想像以上に上手くいっています。あまりきょろきょろしないで」

薬箱を持ち、ボットに身を包んだザックは、慎重に、緊張を隠しながら廊下を進む。

すれ違う兵たちは、ザックのことに気づく様子はない。

「そこを右に」

言われるままに廊下を進んでいく。目指すのは、治療室。

引きずり込んだ見張りと服を交換したザックの目標は、リヒトを探すことだ。

二人で船を脱出してほしい。

ノアの求めた協力の内容だ。

単独潜入で内部から船の奪取、もしくは破壊を任務とするノアにとって、船内の捕虜は足手まといでしかない。

ザックとしては、邪魔者扱いされることに腹が立つが、今はそれが最善策なのも何となくわかった。

それに、なによりリヒトが心配だったから。

「リヒトについて、何か知ってるか?」

「なにか、とは」

「それが…」

一瞬、ためらう。

ノアは人工知能とはいえ軍の人間だ。

リヒトの正体や違法行為について情報を与えるのはよくないのではないか、という考えと、友人を思う感情が交差する。

「やつが、俺の大事な顔をぐしゃぐしゃにした理由なんだが」

冗句を交えて、曖昧に言葉を濁す。

リヒトは何かされているらしい。それはやつらにとって都合が悪いらしい、と。

搬入されていく荷物の列に道を譲りながら、ザックはノアの答えを待った。

「機密に抵触します」

「……」

「なのでここだけの話にしてください」

正直、驚いた。

AIが秘密を持つなんて、信じられないことだ。

「彼には軍事機密に触れる技術での治療を行った痕跡があります。あなたに伝えられるのはこれだけです。ただ、その事実が彼の存在を変えることはありません」

「あいつはあいつってことか?」

「あなたが出会った彼が、あなたと過ごしてきた彼、です」

「ずいぶんと語彙力が高いことで」

「AIなので」

軽口を交わしている間に、目的地に着いた。

「あとは、もう一人に聞くわ」

「そうしていただけると助かります」

意外だった。

リヒトの秘密を暴くことは、軍事機密に触れることと同義。

ノアには止められると思ったが。

自分の口から伝えることができないが、ザックには知っていてほしい、とでも言うのだろうか。

気遣い。ロボットが?

まるで人間じゃないかとからかおうとして、やめる。

その先に、踏み越えてはいけない一線が、ある気がした。

「あら、どうしたの?」

治療室のドアを開ければ、予想通りの人物がいた。

「誰か怪我を?ごめんなさい、ボスに呼ばれてたの。具合はどう?必要なら私が…」

「ざっ…」

「……」

「え…?」

「お前ね…」

ザックは後ろ手に鍵をかける。

外には治療中の表示が出ていることだろう。

部屋に四つあるベッドのうちの一つに、片手を拘束された状態のリヒトを見て、張り詰めていた気が少し緩んだ。

持っていた薬箱をベットの上に放って、リヒトの方へカメラを向ける。

スキャンをかけたが、どこか負傷したわけでもなさそうだ。

うっかり、人の名前を呼んでしまう程度には、元気だ。

「あなた、どうして…どうやって」

大股に距離を詰め、バイザー越しに人差し指を立てて静寂を促す。

一応、この部屋にもカメラぐらいはあるだろう。

常に見張られているようなことはなくても、うっかり目につくことはある。

なにより、ドクターケリーが今、誰の味方なのか、わからないのだから。

「話はあとだ。俺たちはここを出ていく。いいな?」

「待って」

意外にも、待ったをかけたのはリヒトだった。

ケリーは、同情的な視線をザックに送る。

「事情が複雑なの」

ザックにも、心当たりはある。

なんせさきほど、自分の顔面をボコボコにしてくれた男がかかわっているのだ。

「で、リヒトはいったい、何をされたんだ?」

向こうからは見えないであろうバイザー越しに盗み見たリヒトは、気まずげに視線を落とした。



地上では、クエンスが進める兵器奪取作戦が難航していた。

「来るぞ」

気の抜けたルーカスの合図に合わせて、ラスカは足元の錨を打つ。

直後、頭上を巨大な影が通り過ぎ、巻き上げられた水流があたりの砂を巻き込んでうねる。

吹き飛ばされそうな勢いに、必死で抗いながら、流れが穏やかになると再び作業に向き合った。

地上から何度か作業用の工具を投下させたが、無事にルーカス達の元へたどり着いたのは一部のみだった。

その中でも最も威力のあるレーザーカッターで表面を削っていたが、漸く数センチ切れ目が入ったかというところで、ルーカスから待ったの声がかかる。

「見ろ、中には傷一つついてねぇ」

ヘッドライトに照らされた切れ目の奥には、外側を覆う金属とは違う物質が使われていて、レーザーカッターなどものともしていなかった。

「外側のこいつはおそらく塩水からこの本体を守るためのカバーだな。引きはがして、何十年か待てば劣化する可能性はあるが…」

「そんな時間はない」

「だろうな」

ラスカとルーカスの視線は、己のボットのエネルギー残量を確認する。

無線遠隔操作でその場におらず、帰還するためのエネルギーを気にしなくていいとはいえ、このデカブツの正体を晒すには心もとない残量だ。

「やはり、回収しよう」

クエンスからの指示が出ると、ルーカスは待っていましたとばかりに道具を取りに移動する。

ありったけの道具を投下させ、たどり着いた機材でできることは限られていた。

ルーカスは当初、ガスを発生させたバルーンでこの巨体を持ち上げるというバカげた作戦を提案したが、クエンスにより却下された。

その後、あまりいい作戦が思いつかず、結局、望みの薄い作戦を全て試した後、最終手段として、バルーンでの回収を決行する、という決断がされた。

今がその時である。

「一つ、二つじゃ持ち上がらんだろ」

「数ミリでいい」

ルーカスの言葉の意味を理解できないまま、後を追うラスカだったが、ルーカスはおもむろに、足元に置いてあった使えない機材を拾うと、エネルギー部分を取り外す。

「ここで充電する気か?」

水中で、エネルギーをチャージするのは危険が伴う。

だがしかし、ルーカスはラスカに部品を投げてよこすと、早くしろとばかりに背を向けた。

「手の届かない場所に設置してるってことは、触るなってことなんだぞ」

「備えあれば憂いなしだ」

「何と戦うつもりなんだか」

辺りに散らかした不要な道具からエネルギーを回収しつつ、二人は目的のものを手に入れる。

「来るぞー」

語尾を伸ばした危機感のない声音に聞き漏らしそうになったが、慌てて地面に錨を指す。

暴れまわる水流に、先ほどエネルギーパックを抜き取ったいくつかの道具が巻き上げられてどこかへ運ばれていった。

「多いな。俺たちを狙ってるのか?」

「知るか。まぁ、何となく想像はつくがな」

ルーカスから、地図上にマーキングが送られてくる。

その場所に、装置を取り付けろということなのだろう。

「いったいなんなんだ?」

「そんなに知りたいか」

からかいを混じえたその声音に怯むが、何となく、静かになってしまうのが嫌で、是非教えてくれと返す。

わずかに考える様子を見せたルーカスだったが、渋々、口を開く。

「通信だよ」

「通信?」

「そう。俺たちのこの会話。おそらくあいつらは、俺たちには探知できないような周波を生身で感じる器官がある。証拠に、あいつらが近くを通るときは通信がエラーになるだろ」

「…そうなのか」

身を守るのに精いっぱいで、そんなことを考えている余裕はなかった。

「つまり、俺たちがこうやって無駄口叩いてると…ほら、来るぞ」

作業の手を止めて、錨を指す。

言われてみれば確かに、水流に揉まれている間、通信機器におかしな雑音とエラーが表示されていた。

「…黙って作業した方がいいってことか?」

「できるもんならな」

「……」

押し黙ると、砂で濁った水膜がライトで浮かびあがり、あらぬ幻想が脳裏を過ぎる。

得体のしれない何かが、その向こうから手を伸ばしてくるような、妄想。

「無理な話だな」

ルーカスが、同じ心情であるとは限らないが、薄暗い海底で静かに作業に没頭できるほど、ラスカの心は頑丈ではなかった。



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