70.誘拐犯の雇い主
上手く話を切る所が見つからなかったので、少し長いまま載せました。
時間がない方はお気をつけ下さい。
魔導馬に再び乗せられたルシエルは、一時間を掛けてようやく洞窟の外へと出た。
眩しい太陽の光に瞳を閉じる。
誘拐犯御一行様達は、その後も順調に森の中を駆けて行っていた。
男達の話から、自分達の雇い主の元にこのまま連れて行ってしまう事にしたらしい。
(ふーん。雇い主がいるのか・・)
恐らくそこから売りに出されるのだと思う。
(そうなると、オークションとかに出されるのかな。・・それとも変態が大金出して買いに来るとか?)
鷹矢の趣味の記憶がルシエルに悪影響を与えてしまう。
漫画や小説の中で、捕らえられた美しい容姿をした者達は大抵オークションにかけられるものだ。
これだけの美貌を持つルシエルの容姿なら、最高額を叩き出してもおかしくは無い。
もし幼児趣味の変態が直接買いに来たとしても、かなりの高額になるだろう。
自分にどれくらいの値段が付けられるのかと思うと、少し期待してしまう。
森を抜けて暫く走った男達は、古びた家と少し大きめな農小屋の様な建物がある敷地に入って行った。
直ぐに開かれた農小屋からは、比較的小さな魔導馬車が姿を現した。
ルシエルはここから魔導馬車に乗せられる様だ。
四人乗りで小さな魔導馬車にルシエルが乗り込むと、一緒に馬に乗っていた男も乗り込んで来た。
馬車が動きだすと、ルシエルは窓の外を覗き込んでみる。
しかし男が直ぐにカーテンを引き、視界を遮ってしまった。
「外を見たら駄目なの?」
「お前を見られるのが駄目なんだよ」
少しイラッとした声で返された。
窓の外くらい見たって良いじゃないか。
この男とは気が合わないと言う事は分かっている。
それなのに、何処に行くとも知れない狭い馬車の中で、二人っきりにされる気持ちも考えて欲しい。
魔導馬に乗っての移動の方が外が見られた分、気も紛れて楽しかったのに。
(なんだか誘拐って、思っていたよりもつまらないな・・)
もっとワクワクする様な何かを期待していたのに、実際は気の合わないおじさんとずっと一緒に移動させられるだけだった。
なんだかなぁと思いながら椅子の背に寄り掛かった。
大人しくしていたルシエルは、大きな欠伸を一つ落とした。
時間は三時近くである。
いつものルシエルだったら、この時間はおやつを食べてお昼寝をしている頃だ。
馬車の壁に寄り掛かったルシエルは、そのまま瞳を閉じて眠りについた。
「おい、着いたぞ。起きろ、チビ」
男の大きな声でルシエルは目覚めた。
眠たい目をコシコシ擦りながら、薄暗くなって来た馬車の外へと出て行った。
目の前には大きな洋館が建っており、その外装はとても豪華である。
(おお!金持ちの家だ)
場所が何処なのかは分からないが、かなり土地の広さがある。
昔ザガリルが王都に持っていた土地よりも広くて大きな建物である。
そこから考えると、恐らくど田舎のクソ安い領地だろうと考えられる。
(此処の領主が雇い主なのかな?)
さて、どんな悪人ヅラの悪党が出てくるのか。
ようやく雇い主との対面の時を迎える瞬間を楽しみにしながら、ルシエルは男達の後をついて行った。
とても広い屋敷というのは、確かにとても凄いと思う。
しかしルシエル君の小さな体で歩くには、これだけ広いと不便である。
だいぶ疲れて来た頃、ようやく見えてきた一つの部屋にルシエルは通された。
部屋の中にはまだ誰もいない。
疲れ切っていたルシエルは、目の前に置いてあったソファーに一目散に駆け寄って座る。
そして足をプラプラさせながら、ジュースが出てくるのを待ち続けた。
ようやく運ばれて来たジュースを手に、ルシエルはご満悦の表情を見せる。
全く怖がる素振りもなく、まるで自分の家の様に振る舞うルシエルに、男達が怪訝な表情で顔を見合わせた。
「このガキ、本当に大丈夫なんでしょうか。話が違うと交渉を打ち切られるとか・・」
「それは無い。あの方はこれの顔がお気に入りらしい。それに、これを使ってやりたい事があるのだそうだ」
「そうなのですか?それならいいのですが・・」
話に耳を傾けていたルシエルは、フムフムと納得をした。
あの方とか言う奴は、可愛らしいルシエル君のこの顔を気に入っているのだそうだ。
そして、受け取ったルシエルを使って何かをしたいらしい。
これは間違いなく、変態プレイを性癖とするヤバイおじさんに引き渡されるに違いない。
とは言え恐怖心なんてものはない。
いざとなったらザガリルの力を使ってなんとでもなるからだ。
そして、こんなにも可愛らしいルシエル君を、ちょっと頭のおかしなガキ扱いしてくれたこの馬鹿達も、ソイツと一緒に処分してやろうと思う。
ルシエルが魔法を使ったなどと言う情報も、こいつらを一掃してしまえば口封じにもなるし、助けに来たザガリルが全部やったと言えば問題はなさそうである。
世の為、人の為、そしてルシエル君の輝かしい未来の為に、誘拐犯と変態は根絶しておこうと思う。
ルシエルは、その目で初めて見る変態と言う生物を、今か今かと待ち侘びた。
ガチャリと扉が開き、足早に男が部屋へと入室して来た。
「やったのか!本当に連れて来る事が出来たのか!」
男は嬉しそうな顔でソファーに座るルシエルの顔を覗き込んだ。
目を輝かせ、うっとりとする雇い主の顔を見たルシエルは不思議そうな顔で首を傾げた。
(あれ?)
どこかで見た事がある顔である。
どこでこいつを見たのかと考えていたルシエルは、特徴ある顔立ちからようやく彼の存在を思い出した。
「あっ、ケロッグさんだ!」
「クレーグだ!」
ルシエルの言葉に思わず吹き出した誘拐犯達を睨み付け、男は即座に訂正をしてきた。
目の前に現れた男は、以前ルシエルの家に借金の返済を迫って来たカエル顔の男だったのだ。
コイツが雇い主だったのかと思ったと同時に、疑問が浮かぶ。
(なんでこいつが、外にいるんだ?)
確かルーベンから受けた報告では『国王兵を使い、軍への反逆罪としてクレーグを捕らえた』という事だった気がする。
ザガリル軍への不敬として捕らえられたクレーグを、国がお咎め無しで釈放などするだろうか。
「・・クレーグさんは、確か悪い事をしてお城の牢屋にいるって聞いたよ?」
「ふん。何が不敬罪だ!あんなもの、金さえあればなんとでもなる」
プリプリと怒りを見せるクレーグは、対面のソファーへと座る。
どうやら城の中が公爵処刑やザガリルとナディアの事等でゴタついている最中に、それなりの立場の者に金を握らせて外に出たと言う事の様だ。
まあ確かに、ザガリルは小者の事なんか一切気にしない為、コレがちゃんと処刑されたかなんて確認はしていない。
それはあの国王にも言える事であろう。
刑は刑として確定したが、その後どうなったかまでは調べないのだ。
(後でこいつを外に出した馬鹿に制裁を与えてやるか)
またしてもルーベンの仕事が増えた。
まあ、あれが家にいない方が鮎子とゆっくり過ごせるので特に問題は無い。
(それにしても・・)
ルシエルはクレーグの顔を見る。
コイツが幼児愛好趣味の変態的な性癖を持つ奴なのだろうか。
ビョーンと横に長い顔。
確かにこのカエルさん顔は、ずっと見ていると気分が良いものには思えない。
でも・・なんだろう。
何か違う感じがする。
変態な奴ってターゲットを前にすると、もっといやぁ〜な空気を発していそうに思える。
しかしケロッグからは、そう言う嫌な雰囲気を感じ取れない。
「名前は確か、ルシエルだったかな?今日からここが君の家だ。そのうち、エミリアもやって来る。良い子に待っていなさい」
「母様が来るの?何で?」
「息子に会いたければ、誰にも知られないように家を出て来いと言えば、エミリアなら直ぐに来る筈だ。そうしたら、私は美しい妻と美しい子供に囲まれた幸せな家庭を持てるのだ!」
大きな声で笑うクレーグに、ルシエルは唖然とした表情を向けた。
確かにルシエルの事を使えば、母様なら直ぐにやってくるだろう。
だから勿論お断り案件ではあるが『ケロッグ幸せ家族計画』自体にはなんとも思わない。
しかし・・どうにもがっかりさせられてしまったと言うか、想像以下過ぎて力が抜けてしまったのだ。
このガッカリ感の原因は、鷹矢の記憶の所為なのだと思う。
漫画大好き、アニメ大好き、ラノベ大好きな鷹矢の記憶を共有していたら、誘拐、美少年、雇い主なんてキーワードを聞いたら、ガチにR指定されたヤバめな展開を想像するに決まっている。
オークションにて高額取引されたルシエルは、買取主の屋敷に無理やり連れて行かれてしまう。
「父様、母様、助けて!」
泣き出した美少年ルシエル君に魔の手が迫る。
恐怖に怯えて震えるルシエルに、鼻息の荒い男が益々興奮して迫って来た。
ところがどっこい、実はこのルシエル君は、魔王よりも魔王らしいと言われたザガリル様だったのだ!
変態オヤジに正義?の鉄槌!!
と言うラノベが、頭の中で構築、作成されていた。
しかし実際は変態など何処にもいない。
いるのはエミリアに片想い中の逃亡ガエルだけと言うお粗末な結果である。
(あのさぁ、鷹矢。僕達が共有する記憶に、そんなヤバイ記憶残さないでくれないかな・・。どうしてくれるの?この喪失感・・)
日本人の記憶から作成された脳内妄想ストーリーを信じたルシエルが悪かった。
魔導拘束具の外し方とか思い出していたザガリルの記憶が無駄になってしまったよ。
ってか、こんな変な想像するなんて最低だぞ、日本人!
R指定なしの可愛らしい展開を望んでいるカエルさんに全力で謝れよ。
土下座だぞ、土下座。
強要すると逮捕される、あの土下座で謝れ!
心の中で怒りを見せるルシエルだったが、次の瞬間大きなため息をついた。
この誘拐が益々つまらないものとなった事にやる気が全く出なくなる。
ソファーにゴロンと寝転がると、クレーグを見た。
「なんかお腹すいた。おやつは?」
「お、おやつ?」
「ええ!おやつ無いの?・・なんか子供に優しく無いお家だね」
ガッカリとしたルシエルを見て、クレーグは慌て出した。
「お菓子か!お菓子なら直ぐに用意させるからな。ちょっと待っているんだぞ」
クレーグが急いで持って来たのは、お菓子と言えばお菓子なのだが、子供が食べる様なお菓子では無い。
簡単に言うと、お茶請けに出す和菓子みたいな奴だ。
ルシエル的には、そう言うのも嫌いでは無いのだが、今求めている物はこう言うお菓子では無い。
テーブルに置かれたお菓子を無言で見ていたルシエルは、フウッとため息をついた。
そして隣に座っていた、馬車に一緒に乗ってきた男の方へとそれを移動させる。
「あげる」
「いらねえよ」
「僕もいらないもん」
「我慢して食えよ。腹減ってんだろ?」
「いらない」
ルシエルは、プイッとそっぽを向いた。
ケロッグは本当に役に立たないカエルである。
日本で売ってた牛乳かけて食べるケロッグは、とても美味しいのに・・とか思ってしまう。
本格的につまらなくなってきた事だし、そろそろ帰ろうかなっとか思わなくも無いが、ルシエルの両親への反発心が邪魔をする。
(さて、どうする?ここに居てもつまらないし、家にはまだ帰りたく無い。何かする事はないかなぁ)
暇過ぎて、ソファーの上でうつ伏せになり、足をパタパタさせる。
窓の外をぼんやりと見つめていたルシエルは、ふと遠くの空に意識を移した。
遠くの方から何かがやってくる。
そしてそのうちの一人の気には覚えがあった。
(あれ?これって誰だったっけ?)
ボーッと考えていたルシエルは、ようやく彼の存在を思い出した。
(アイツ、こんな方にまで来ているのか。暇なんだな・・)
ガフォリクスには、リオール家の領土の周辺の治安整備の任務を与えていた。
歳をとって来たアイツに、老後の楽しみを与えてやったのだが、随分と張り切っている様だ。
まあ好きにすればいいさと、室内に意識を戻したルシエルは、窓に映った自分の姿を見てハッとした。
(ウサギの帽子・・)
もうすっかりと頭に馴染んでしまっていたので忘れてしまっていたのだが、未だに被ったままである。
そして、それを思い出したと同時に、自分の置かれている立場を思い出した。
(まさか、あの馬鹿がこっちに向かって来ている理由って・・)
ルシエルの顔から血の気が引いて行った。
ガフォリクスは自分の正体を知っている。
魔王よりも魔王らしいと言われたザガリルが、ウサギさんの帽子を被って目の前に現れたら・・。
(そんな事になったら・・・・ん?結構面白くないか?)
ルシエルの顔がパァーッと明るくなっていった。
当初は弟子共に幼児育成順応学校の事を知られたら恥であると思っていたが、よくよく考えてみたら、別にどうって事ない気がして来た。
寧ろ、この状態のルシエルを見て、ガフォリクスがどう言う反応をするのかを見る方が楽しそうである。
(それにウサギの帽子は、結構似合っているしね!)
窓に映る自分の姿をニコニコと見つめていたルシエルを見て、隣に座る男が不思議そうな顔を向けてきた。
さっきまで不機嫌だったルシエルが、急にニコニコしだしたら、確かに不思議に思うだろう。
ルシエル達の目の前では、クレーグと男達の頭が今回の報酬について話し合っている。
当初提示されていた金額より、男達の頭が値段を高く提示した事が問題だったらしい。
交渉が決裂するならば、ルシエルを売っぱらっても良いと考えた様だ。
クレーグ的には、お金の心配はいらないが、ここで簡単に引いてしまうとビジネスに置いてよろしく無いと言う判断をした様で、交渉を続けている。
商人気質を持ち合わせたカエルさんの様である。
顔を上げたルシエルは、男に視線を移した。
「なに?」
「いや・・。何がそんなに楽しいのか、とな」
ルシエルは少し悩んでしまう。
交渉は未だ纏まっていないし、今からお金を受け取って逃げたとしても、ガフォリクスの追跡からは逃げられないだろう。
そうなると、彼らに待っているのは死か投獄のどちらかだけである。
別に心配をする気はないのだが、ただ彼らが静かに捕まってしまってはつまらないのだ。
抵抗するならそれなりにして貰いたいと言うのが本音である。
と言う事で、ガフォリクスを迎え撃つ準備をさせる事にした。
「何か音が近付いているよ。何かがお空を飛んで来ているみたい」
「はあ?何処だ!」
「あっち!」
男は立ち上がると窓に近付き、開いた窓からルシエルの示した方角を見る。
しかし、何も見えない。
男の行動に、頭とクレーグが気が付き視線を向けた。
「どうした」
「またチビが、音に気がついたみたいです。何かが空を飛んで来ているらしくて」
「警備兵か?」
「分かりません」
男達は仲良く空を見続ける。
しかし彼らは、ガフォリクス達の存在をキャッチ出来ないようだ。
(普通の視力で確認出来る訳ないだろ?まだ十キロ以上向こうにいるんだから)
お馬鹿さん達には、呆れてしまう。
さて、どうするかな?と考え出したルシエルの前で、クレーグがポンと手を叩いた。
「そうだ。あれの出番だな。ちょっと待っていろ」
クレーグは部屋の外に出ると、両手を広げた位の大きさの木製のケースを持って戻って来た。
机の上でそのケースを開くと、赤の玉と青の玉が入っている。
「それはなんですか?」
「これは、遠くの物を確認できる魔道具だ。あのザガリル軍第一小隊に所属なさっているチカリダ様がお作りになられた、貴重な魔道具なんだぞ!物凄く高かったんだ!」
クレーグは自慢げに、腰に手を当て胸を張る。
ルシエルは、男達と共にケースの中を覗き込んでみた。
確かに二つの玉からは、チカリダの構築魔法を感じ取る事が出来る。
発せられている魔力を読み取ってみると、赤い玉が偵察機、青い玉が受信機の様だ。
あいつの得意な、念珠を使って遠くを映し出すと言う技を応用して作った魔道具の様だ。
(あの馬鹿、こんな商売もやっていたのか)
呆れ果ててもう何も言う気にもなれない。
あいつの金への執着は、もう少しどうにかならないものかと考えてしまう。
皆が興味深げに玉を覗き込んでいると、クレーグは赤い玉を取り出して、自身の魔力を流し込み始めた。
そしてそれを、窓の外へと投げた。
「あっちの方角だったな!」
クレーグは赤い玉をルシエルの示した方角へと飛ばして行く。すると、青い玉が浮き上がり、赤い玉の映像が映し出された。
しかし、画像が粗くて不鮮明である。
クレーグの魔力が足りないと言う事もあるが、この魔道具の元々の性能がそこまで良いわけでも無いのが理由である。
簡単に言えば、チカリダの手抜きであると言える。
「うーん。何も無い様だな・・」
「これ、凄いですね!遠くの景色がこんな風に見られるだなんて・・」
「そうだろう!あのチカリダ様から十億で買ったのだからな」
(十億!?)
ルシエルは驚いて目を見開いた。
役に立つのかどうかも分からないこの魔道具に、十億円も出すクレーグの気が知れない。
こんな画像の荒い粗悪品な魔道具なら、チカリダなら数分で作れる物である。
それを十億で売りつけるチカリダ・・。
流石である。
映像を見ながら赤い玉を飛ばし続けると、あっという間に八キロ位移動した。
赤い玉の速度はかなり早い様だ。
物が小さい事もその理由であるが、チカリダの構築魔法が速度を補助しているお陰でもある。
「何も無いじゃ無いか」
「おかしいですね。このチビの耳は、結構正確なのですが・・」
「うーん。そうなのか?」
首を傾げる男達に、ルシエルは心の中で呟いた。
(後少しで、そこをガフォリクスが通過するよ)
ルシエルの心の呟きと同時に、青色の玉に男達の姿が映し出された。
空を飛ぶ五十二人の男達が、次々と赤い玉の前を通過していく。
彼らの姿を捉えた男達の顔が瞬時に蒼褪めた。
「こいつら、ザガリル軍じゃねえか!」
「なんでこっちに向かってんだ。発信器は壊した筈だろ!」
パニックになった男達に、優しいルシエル君が教えてあげる。
「発信器を辿って、あの岩穴まで来たんだ。でもそこで発信器が壊されてしまったから、その場に残っていた魔導馬の魔力を解析して、今度は魔導馬の気を追って来たんだよ。普通の人ならそんな事出来ないけど、あの先頭を飛んでいる人は、それが出来るんだ」
ルシエルの言葉に、クレーグが赤い玉を動かして先頭を飛ぶ男の方へと移動させた。
しかし、ガフォリクス達は全くそれに気がついていない。
どうやら赤い玉は、魔力の発動中は景色と同化する様に作られているらしい。
馬車に一緒に乗っていた男が、映像を見て首を傾げた。
「誰だこいつ・・」
「知らないの?この人、ガフォリクスさんだよ」
「ガ、ガフォリクス!?あのガフォリクスかよ」
親切に教えてあげたルシエル君の言葉に、男はとても驚き、そしてますます顔色を悪くした。
このまま倒れてしまうのでは無いかと言うくらい、フラフラとし始める。
「お前、知ってるのか?」
「マズいですよ、頭。ザガリル軍の第四小隊隊長のガフォリクスです。凄まじい戦闘力だと言う噂です」
「ガフォリクスさんは、昔騎士団長だったんだって。無職で暇そうだったから、ザガリルがお仕事与えたらしいよ」
男達はポカーンとする。
あの男は騎士団長をやっていたくらいの実力者なのかと言う驚きもだが、それ以上に驚く事がある。
「お前、なんでそんな事を知っているんだ?」
「そんな事って?だってザガリルがそう言ってたもん」
「なんで英雄がお前にそんな話をするんだよ」
「僕とザガリルは仲良しさんだからだよ。ガフォリクスさんがうちの領土の警護をしているのだって、ザガリルが僕の為にやってくれたからだしね」
ニコニコとした笑顔を返すルシエルとは対称的に、男達の顔には絶望が浮かび上がった。
頭はクレーグを睨み付ける。
「そんな話は聞いてねえぞ!どう言う事だ、クレーグ!」
「い、いや。私だってそんな話は聞いていなかった・・」
「ケロッグさんは、お城の牢屋にいたから知らないと思うよ。ザガリルが軍隊員の施設をうちの領土に作ったのだって、ケロッグさんが捕まった後だもん」
ニコニコと微笑むルシエルに、男達は俯いてしまう。
ザガリル軍が相手など冗談じゃ無い。
この商売、命あってのものなのだ。
「俺達は手を引かせて貰うぞ。だが、ガキはちゃんとここに連れてきたからな。報酬だけは受け取らせて貰う」
凄んで見せる男達に、クレーグが後退りをする。
「金ならいくらでも払う。あれをなんとかしてくれ」
「出来るわけねえだろうが!あのザガリル軍だぞ。あれをどうにかできたとしても、本部隊が出てきたらどうすんだよ。このガキは、英雄ザガリルの関係者なんだぞ!」
「・・と、兎に角、この子供は地下の秘密部屋に隠す。彼らには従うフリをして調べて貰い、帰って貰うしか・・」
「うーん。それは得策だとは言えないと思うよ」
急に口を挟んだルシエルに、男達の視線が集中した。
「どう言う意味だ?」
「あの人がそんな事で騙されるとは思えないからだよ。探す方法なら熱源探知とか、生命力探知とか色々あるしね。それに、その力を使えば、例え今から逃げ出したとしても、全員瞬時に捕まると思うよ」
「・・どうするんだよ、頭。このままじゃあ、俺達は全滅だ!」
絶望しかない未来に悲観した男達が、次々と力無く項垂れていく。この雰囲気は、大人しく投降するしか無いと言う空気である。
しかし、それはルシエルが避けたいのである。
だってこのまますんなり終わってしまったら、とってもつまらないからだ。
この役立たず達を使って、いかにあのガフォリクスを苦しめるかを少し考えてみる。
(うーん。俺を人質にしてボコらせるにしても、アイツなら人質の俺だけを守りながら攻撃魔法を放つ事が出来るしな・・)
少々、無理難題である。
この屋敷にいる護衛と、この誘拐犯達全員を合わせると百人以上いる事は確実だが、それでもガフォリクス一人で十分対応出来るくらいの戦闘能力の差がある。
なんなら、ガフォリクスの動きを阻害してやってもいいとは思うが、それでも直ぐに終わってしまいそうな位こちらの戦力が貧弱過ぎるのだ。
(なにか楽しく遊びながら、ガフォリクスを苛める方法はないかなぁ)
楽しい遊び・・。
遊びと聞いて鷹矢の記憶から子供の頃の遊びが思い出された。
そのうちの一つにルシエルはハッとする。
(これが良い!この遊びにしよう!)
ルシエルはポケットにコッソリと魔空間の入り口を開いた。そして空間から、ルシエルの掌に乗る位の大きさの木彫りのドラゴンを取り出してみる。
これは新たなお土産を考えようとして作った、ロットナフの赤い木を使った木彫りの紅蓮である。
ザガリルの魔力を使えば、ロットナフの様に柔らかい木でも、割と精巧な彫り物も出来ると分かった。
そこで紅蓮をモデルに、試作品を作成していたのである。
これが実現したら、世界に向けて紅蓮を大々的に宣伝する。
そして、お土産としてリオール家の町で売るのだ。
少し失敗してしまったので、今手に持っているこれは廃棄予定の木彫りの紅蓮である。
「ねえねえ。ガフォリクスさんが来るんでしょ?それなら、これで一緒に遊ぼうよ」
「ああ?何だそれは」
「これはザガリルから僕が貰ったおもちゃだよ。これを使えば、ガフォリクスさんとも遊べるんだよ」
実はこの紅蓮の木彫りは、ルシエルの遊びに全く関係ない。
ルシエルが魔法を使っていると知られたく無い為のカモフラージュである。
どう言う遊びなのかと言う説明をルシエルから聞いた男達は、暫し考えてみた。
「・・それなら、もしかしたら俺達にも勝機があるんじゃ無いか?」
「そ、そうだよな!このまま大人しく捕まるのもプライドが許さねえ」
「よし、いっちょやってやるか!俺達の恐ろしさをザガリル軍に示してやるんだ!」
「「おお!!」」
男達の瞳に生気が戻り、急いで戦闘準備へと入っていく。
クレーグの武器庫からも、沢山の武器が用意され、全員が完全武装していった。
屋敷の三階にあるバルコニーでは、笑顔のルシエルがそれを見守り続ける。
(早く来いよ、ガフォリクス。楽しいお遊びの時間だ!)
だんだんと近付いてくる第四小隊達に、ルシエルはニヤリと口角を上げる。
背後で震えるクレーグをよそに、バルコニーの手摺りに座って足をプラプラさせながら、遠くの空を見上げ続けるのであった。




