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66.暗雲立ち込める快適ライフ

報告の儀の二日目がザガリルによって放棄された城内は、大騒ぎとなっていた。


ナディアのその後の進退や本日の式典のすり替えなど、ルベレントが城に残る事で迅速に処理がなされていく。


日が暮れた頃、ようやく全ての問題が解決し、家に戻って来る事が出来たルベレントだったが、自分の屋敷で堂々と寛ぐカナルディアを見て苛立ちを向けた。


「よくも勝手な事をしてくれたな。私の軍隊員としての立場は知っているだろう!」


城に入れない筈のシルフィナが何故あの場にいたのかを考えたら、彼女が手引きしたのだと直ぐに分かる。


「あら・・。でも、お陰でザガリル様とシルフィナの恋が上手くいったじゃない。感謝して欲しい位だわ」

「感謝なんてするものか!!!!」


血管がブチ切れそうになるほどの怒りをルベレントは見せた。


彼は、あのままナディアとザガリルが結婚してくれたらと願っていた一人である。ただそれは、師匠に鎖をつけると言う意味合いが強かった。

他の軍隊員達の中からも、後押しする声が多かったのは事実である。


しかしその後、ザガリルから婚姻の意思が無い事をハッキリと伝えられた事で諦めた。

軍隊員として師匠の意に反する行動は出来ないからだ。


残念に思いながらも、師匠の手助けに奔走したが、まさかそれが自分の娘と師匠の仲を決定付けるものになってしまうとは、考えてもいなかった。


「諦めなさいよ。尊敬するお方に、貴方の娘が嫁げたんだから良いじゃない」

「まだ嫁いで無い!!」


大きな声で反論したルベレントは、上がってしまった血圧を下げる為、ドカッと乱暴にソファーに腰を下ろした。


ルベレントの頭の中で渦巻くのは、どうしたらあの魔王から大切な娘を守れるかだけである。


こうしている間にも、大切な娘が魔王の毒牙にかかっているかもしれないと思うと、気が気では無い。


「こんな事をしている場合じゃなかった!今からでも、シルフィナを助けに行かねば!」

「・・娘の恋愛に親が口出しするなんて、野暮な事はよしなさいよ」

「煩い!大体、誰の所為でこんな事になったと思っているんだ!」

「誰の所為ですって?ザガリル様がシルフィナを選んだ事が、私の所為だとでも言いたいって言うの?」

「当たり前だ!お前が余計な事さえしなければ、こんな事にはならなかったんだぞ!」


師匠の当初の計画である城内の一斉清掃。

あれが実現していたら、優しいシルフィナがそんな事(虐殺)をした師匠を許す訳がない。

きっと恋する乙女の憧れも一気に覚める事だろうと思っていたのに、シルフィナのあの訳の分からない破廉恥な格好の所為で全てがパーになってしまった事が悔しい。


「そう言えば、シルフィナのあの破廉恥な格好はなんなんだ!嫁入り前の娘にさせる格好では無いだろう!」

「あれが鮎子の世界の正装服だと聞いたわ。ザガリル様がその後にお出しになった服も、確かにそう言う形の服でしたわよね」

「あんなふざけた服を、何故私の娘に着させたりした!」

「シルフィナがどうしてもあれが着たいと言ったからよ。それに、貴方の娘の前に、私の娘でもあるわ!」

「散々ほったらかしておいて、今更娘の母親ヅラか?図々しいにも程がある!」


ムッとしたカナルディアであったが、ハッとすると瞳を彷徨わせ、そして静かに俯いた。

カナルディアが黙った事で、ルベレントの口撃が増す。


「お前さえ出て来なかったら、シルフィナはあんな恥ずかしい格好をして恥をかく事もなかったし、お前達を虐殺していたら師匠と恋仲になるなどと言うふざけた事だってなかったんだ。大体、私の可愛いシルフィナをなんでよりによってあの魔王よりも魔王らしい師匠に渡さなければならないんだ!全く持って冗談じゃ無い。お前は可愛い娘を魔王の人身御供にでもしたいと言うのか!」


心の内を大声で叫んだルベレントは、ハアハアと苦しそうに肩で息をする。

扇子を広げ、口元を隠して俯くカナルディアは、沈黙を守っていた。

そんな二人の空間を切り裂く、低い声が部屋の中に響き渡る。


「ほう・・。随分楽しそうな話をしているじゃ無いか、ルーベン」


ドックンと、ルベレントの心臓が音を立てて大きく飛び跳ねた。

額からタラタラと汗が流れ落ちる。

スッと振り返ったルベレントは、即座に満面の笑顔を作る。


「し、師匠。・・お戻りに・・なられていらっしゃるとは気が付きませんでした。お出迎え致しませんでした事、どうかお許し下さい」


ペコリと頭を下げたルベレントに、ニコニコ顔のザガリルが歩み寄る。


「まあ、俺はとても優しい師匠だからな。役に立たん弟子が、出迎えをシカトする寂しい帰宅となった事は大変遺憾だが、お前の不出来を許してやろう」

「あ、ありがとうございます、師匠!」


少しご機嫌なザガリルは、ルベレントが立った事で空いたソファーに腰を下ろした。

あの時城を出て行った姿から、ザガリル本人の姿に戻っている。

ソファーの背に腕を掛け、日本人の時よりも長い脚を、最高級のテーブルにドカッと大きな音を立てて置く。


「俺の愛する鮎子の制服姿が、恥ずかしい格好ねぇ・・。まあ、お前に美的感覚を要求しても無駄なのかもしれんがな・・」


ルベレントの背中に冷たい物が走る。

先程から続く師匠の嫌味の混じる言い回しはとてもマズイ。

自身に降り掛かるであろう危険を回避せねばならない。


「・・んで?誰が誰の人身御供だって?お前程度の雑魚が、冗談じゃ無いと怒るくらいの相手だ。俺も是非、その相手が知りたい物だな」

「そ、その様な発言を私が致しましたでしょうか・・。申し訳ございません。最近、物忘れが激しくて・・」

「ん?そうなのか?それなら優しい俺が、お前の脳に刺激を与えてやろう」

「えっ?」


ザガリルの右手に、またしても美しい漆黒のオーラに煌びやかな電撃を纏った黒雷弾が用意される。


「いいえ、師匠!私の脳はとても正常で御座います!」

「遠慮するなよ、ルーベン。今日の俺はとても機嫌が良いのだ。この間よりサービスしてやるよ」

「ヒッ!!」


以前受けた黒雷弾よりも少し威力の高い黒雷弾を放たれたルベレントは、大絶叫の後、黒焦げの状態で床へと倒れ込んだ。


その時、父親の大きな悲鳴を聞いたシルフィナが、急いで部屋へと駆け込んで来た。


「お、お父様!」


シルフィナは持っていたお盆をテーブルに置くと、急いで父親の元に駆け寄って行く。


「シ、シルフィナ・・。私の可愛いシルフィナ・・」

「はい、お父様。シルフィナはここにおります」

「お前を守れなかった、愚かな父を許しておくれ・・」

「お父様!!」


シルフィナの無事な姿を見届けたルベレントは、そのままガクッと意識を失った。


「おい、鮎子・・。お前、時代劇の見過ぎじゃねえ?」

「そんな事ないもん・・。それより、お父様にこんな事したの、たかちゃんでしょ!ちゃんと謝ってよ!」

「ああ?なんで俺が謝んなきゃならねえの?大体コイツがデカい声で、人の悪口言いまくってたのが悪いだろ」

「お父様が悪口なんて言うわけないじゃ無い。たかちゃんの勘違いよ」


執事達が駆け付けて来た事で、シルフィナはルベレントを彼らに任せると、ザガリルとカナルディアに紅茶を出した。


「ところで、この女は誰なんだ?」

「私のお母様です」

「・・はぁ?お前の母親は、生きていたのか?」


ザガリルはポカーンとする。

ルベレントの屋敷にいつ来ても母親の姿が無かった為、死んだものだとばかり思っていたのだ。


「お父様とお母様は離縁なさったので、今は離れて生活しています」

「ああ、成る程。ルーベンのバカに愛想が尽きて出て行ったのか。英断だったな、女」

「カナルディアと申します。以後、お見知り置き下さいませ」

「カナルディアか。憶えておこう」


カナルディアは、初めてザガリルに名前を覚えて貰う事が出来た。

感動してジワリと瞳に涙が浮かぶ。


「それにしても・・」


ジッとカナルディアを見つめていたザガリルは、チラリとシルフィナを見る。

親子なのに、全然似ていない。


「お前、残念過ぎるほど母親に似てないな。まさかの父親似か?ルーベンに似ているとかだけは、勘弁してくれよ」


ガーンと音が聞こえてきそうなほど、シルフィナはショックを受けた。

周りからは良くお父様にそっくりですね、と言われてきた。

嫌だとか言われても、それだけはどうする事も出来ない。


「シルフィナは、ルベレントの母方の祖母によく似ております。私やルベレントにあまり似ていないのはその所為かと」

「ああ、そうなのか。それなら一安心だな」


母の絶妙なフォローに、シルフィナはとても感謝する。


シルフィナは、ザガリルの横にチョコンと腰を下ろした。

しかし、ふとテーブルに置かれた足を見て、鮎子がイラッとする。


「たかちゃん、テーブルに足を置かないで。御行儀が悪いわ」

「テーブルに足を置いているのはたかちゃんじゃ無くてザガリルだ。言いたい事があるのなら、ザガリルに言ってくれ」

「ザガリル様とたかちゃんは融合したって言ったじゃ無い。もう、意地悪なんだから!」


プリプリと怒る鮎子を見て、仕方なくザガリルはテーブルから足を下ろした。

後ろに控えていた執事から布巾を貰うと、シルフィナは机の上を拭く。


「なあ、鮎子が怒りっぽいのはなんでだ?生理か?まさか更年期じゃ無いよな?」

「たかちゃん!!!」


鮎子は手をグーにしてポカポカとザガリルを殴り始めた。

ニヤニヤとするザガリルには、全く効いていない。


「もう、なんで意地悪ばっかり言うの?」

「・・久々に鮎子の怒った顔が見たかったのかもな」


制服デートはとても楽しかった。

だから、ちょっと意地悪しただけだ。

久し振りに丸々一日鮎子と遊んだ事で、ザガリルはかなり満足げでご機嫌である。


その時、ザガリルに通信が入った。


『師匠、少しよろしいでしょうか』


通信の相手はネルダルである。

ザガリルはシルフィナの唇に人差し指を立て、窓の外へと視線を移した。


『ああ。どうした?』

『それが、ファスター殿が今日一日ルシエル様が眠っていた事に気が付かれたご様子で、先程から部屋の前で行ったり来たりを繰り返しています』

『ゲッ!何で上手く誤魔化しておかないんだ、このボケが!』


ネルダルとタナウスはルシエルの体を守る為に、今回もお留守番をさせていた。

それなのに何故、ファスターにバレる様なヘマをしたのか。

役立たず共が!と怒りが増す。


『直ぐに戻る。なんとか時間を稼いでおけ』

『承知致しました』


ネルダルとの交信を打ち切ったザガリルはシルフィナに視線を移した。


「用事が出来たから、いかなければならない。もしかしたら明日は来られないかもしれん。何か用事があったら、ルーベンか紅蓮にでも言って俺に連絡してくれ」

「うん、分かった」


チュッと額に口付けを落としたザガリルは、窓から急いで飛び立った。


高速移動をしている時から、自身の部屋にいる者のオーラを感じ取る。

取り敢えず、今はルシエルとタナウスしかいない。


ザガリルは急いで部屋に飛び込むと、即座に魂を入れ替え、ザガリルの体を魔空間へと仕舞い込んだ。


「それで?父様はどうした」

「今はネルダルが時間を稼いでいます」

「そうか。それにしても、最近忙しそうだったから、まさかバレるとは思っていなかったんだがな」


首を傾げ気味にするルシエルに、タナウスが状況の説明をし始めた。


「それが・・。午前中に一度、家にお戻りになられたのです。その時に、ルシエル様の姿が見えない事を不思議に思った様でして。今はお昼寝をしているとネルダルが伝えたのですが、逆に疑問を持たれてしまい、それからは具合が悪いのかもしれないと何度か見に戻って来ています」

「お前達はアホか。午前中から昼寝するガキがどこに居るんだよ。変に思われるに決まっているだろうが!」


タナウスとネルダルは、こういった一般常識が乏しい為、気が利かない。

子供の昼寝は大抵二時か三時だ。

それだって、嫌がってしない子だって居るくらいなのに、寝て起きたばかりの午前中に爆睡するガキがいるわけが無い。


ルシエルは父様の不安を払拭する為、仕方がなくファスターの部屋へと向かって行った。

コンコンとノックをして部屋へと入っていく。


「父様?」


ルシエルが声を掛けると、ファスターが慌てて駆け寄り抱き上げた。


「ルーシェ。起きて来てくれて良かった。どこか具合でも悪いのか?」

「具合?全然悪く無いよ。今日はなんだか、とても眠かったの。だから起きたり寝たりしていただけだよ」

「そうか。季節の変わり目だからかもしれないな。熱は無いか?」

「うん。沢山寝たから、とっても元気だよ!」

「分かった。もし具合が悪い時があったら、必ず父様に言うんだぞ」

「はぁーい」


ルシエルの良い子の返事に、ファスターは納得した様だった。

その頃には、断れないお茶会に参加していた母様や学校から兄姉達も帰宅し、久し振りに家族が全員揃っての夕食となった。


今日はいい事尽くめである。


ルシエルがいつも眠る夜の十時になり、ベッドに寝転がったルシエルは横を見る。

今日は父様が残った仕事を片付ける為、先程お仕事で出かけてしまった。

その為、少し時間が空いている母様が、ルシエルが眠るまで側にいてくれるらしい。

最近、両親共にまた忙しく動いている為、幼いルシエルに謝罪の気持ちもある様だ。


「今日は昼間に沢山寝たのね。夜も眠れるかしら」

「母様が側に居てくれるから眠れるよ」

「ふふっ。そうね。おやすみなさい、ルーシェ」

「おやすみなさい、母様」


ルシエルは目を瞑る。

今日は色々あったから、肉体的な疲労はないが、魂の疲労はそこそこある。

暫く経つと、ルシエルは本当に眠りに就いた。



◇◆◇◆◇




窓際に気配を感じたルシエルはふと目を覚ました。体を起こすと、窓からラファレイドが姿を現した。


「本日の特訓、よろしくお願い致します」

「ああ・・。タナウス達はどうした」

「マギルス様と遊んでおります」

「成る程。今日のパーティーでマギルスのストレスが溜まったか・・」


ザガリルの命令だからと二日間城へと顔を出していたマギルスだったが、どうやらつまらなかったらしい。

まあ元々つまらなそうだと、嫌々ながらの出席だったので致し方ない。


あのまま城で虐殺が行われたとしても、マギルス的には全然興味がない事である。

強い者と戦う事こそが、彼の求める物だからだ。


ただ、最近のマギルスの数値が俺が思っていた以上にあった事も有り、奴の相手が出来る者が居なくなってきてしまった事も少々問題となって来ている。


マギルスの封印は、上解放の75に掛けてある。

しかし、この間シルフィナを追って空間をこじ開けた時、マギルスの強解放を許可したのだが、あれは85近く力が解放されていた。


恐らく、強解放が80から85、全解放が85から90まで上がっていると推測される。

マギルス的には、ほぼこれ以上上がらないと思われる最高値まで到達していたのだ。


(もう少し、封印を細かくした方がいいかもな)


マギルスの封印は五段階だが、六段階か七段階にした方が、俺的に使い勝手がよさそうだ。

封印の術式を考え直さなければならないのが面倒だが、仕方が無い。


ルシエルはパチンと指を鳴らして、パジャマから服に着替えを済ませると、ラファレイドに抱き抱えられ、訓練施設へと向かった。


空間分離の中では、殆ど屍と化している弟子達が床に散らばっている。


マギルスが即座にダブル空間分離をかけ、タナウス、ネルダル、ラファレイドと第一小隊五人とルシエルをその中に移動させた。


邪魔となる他の弟子達には、回復をかけ解散させてから空間分離の中に入って来る。

そして即座に、訓練の第二ラウンドが始まった。


マギルスに施してある封印は、少々厄介な構築が必要となる。

暫くはマギルスの数値などを細かく見て、分析、構成、構築していく必要がある。


ラファレイド達を鍛えながら、ルシエルはマギルスの実力を観察し続けた。


とても元気にストレス発散をするマギルスだが、今の状態でもフルパワーを出していない為に、正確な数値の把握が難しい。


これは日を改めてやった方が良いかと、ルシエルはポケットに手を入れた。

家から持って来た懐中時計を見ると、もうじき夜が明けてしまいそうな時間になってしまっていた。


そろそろお家に戻らないとマズイ。


ルシエルは楽しく遊んでいるマギルスにストップをかけ、全員に回復をかけてやる。


タナウスとネルダルは、軍隊員の食事の摂取が必要そうな為、このままここに残って食事をしてからリオール家に帰って来る事となった。

ついでにマギルスもそうするらしい。


一足先にルシエルだけ家に帰る為、タクシー代わりにラファレイドを使う。

家に着き、自分の部屋のバルコニーで下されたルシエルは、ハッとした。


部屋の中に気配を感じ取ったからだ。

この気配は、父であるファスターのものだった。


『ラファ。お前はこのまま帰れ』

『承知致しました』


念の為、心の中で通信を行いラファレイドを見上げる。


「ありがとう、またね!」


可愛いルシエル君の笑顔で手を振った。

そして部屋の中へと入って行く。


「ルシエル」


父の声に、初めて気がついたと言う顔で、ルシエルはファスターに駆け寄った。


「父様!!お帰りなさい」


抱き付いて来たルシエルを抱き上げたファスターは、ルシエルの部屋にあるソファーへとそのまま移動をして行った。


「ルシエル。お父様の質問に正直に答えなさい」

「質問?」

「ああ。最近、こうやって夜にお出掛けをしているんじゃないのか?だから昼間に眠くなっているんじゃないか?」


ルシエルは少し黙り込んだ。

どうやら父様は怒っているらしい。

昼間のお昼寝の件が、尾を引いているのだろう。


体の入れ替わりを説明出来ないルシエルにとって、ザガリル軍が夜遊びに連れて行っていると言う誤解は、理由としてこれ以上ないほど最適な物である。

それならここで認めてしまって謝った方が良い気がする。

ルシエルはファスターの顔を見上げた。


「ごめんなさい。ザガリル達は、昼間は忙しいから、夜じゃ無いと遊べないって言われたの。だから・・。でも、父様が駄目だって言うなら止める」

「そうだな。ザガリル様達にご迷惑をお掛けする事もだが、まだ幼いルシエルが夜中に遊びに出掛けている事自体、父様は反対だ」


やっぱり父様は怒っていた。

まあ、親からしてみたら当然の反応だと思う。まだ二十五歳(外見年齢五歳)のルシエルが朝帰りをしたのだから。


「ごめんなさい。みんながお家に居なくてつまらなかったの。明日からはちゃんと良い子にしてる」

「分かった。もう二度と、夜に出掛けてはいけないよ。子供は朝早く起きて、夜早く寝るものだ。ベッドにいる筈のルシエルが居ない事に、どれだけ父様が驚いて心配したか分かるかい?」

「うん・・。ごめんなさい」


どうやら仕事を終えて帰宅したファスターは、昼間の事があった為、寝る前にルシエルの様子を見に来たらしい。

それなのに、寝ている筈のルシエルがいない。

誘拐かと焦ったが、脱ぎ捨てられたパジャマを見て、何か変だと思ったらしい。

そうしたら、ルシエルがバルコニーに降り立った・・と言う流れだった様だ。


今回の事がザガリル関係な事と、まだ幼いルシエル相手に厳しい叱責が出来ない事で、ファスターはルシエルを諭す様に話をしている。

しかしこれは、内心かなり怒っている様な気がしてならない。

暫く家で大人しくしていた方が良さそうだ。


ルシエルは、パジャマに急いで着替えると、ファスターにおやすみなさいと告げ、静かに眠りについた。



しかしこの日の事がきっかけで、ルシエルの快適ライフに暗雲が立ち込める。


それから二日後、家族揃っての夕食で、その爆弾は突如として投下された。


「えっ?父様・・今なんて?」

「幼児育成順応学校と言うのがあってね。三十歳から行く総合学校に入る前の準備をする学校なんだ。ルーシェもあと五年で総合学校に行かなければならないから、その前にそこに行ってみたらどうかと、母様と話し合って決めたんだよ」


幼児育成順応学校・・。

日本名、幼稚園及び保育園。


絶対行きたく無い!

むしろ、総合学校ですらどうやったら行かないで済むのかを考えていた位だと言うのに。


「父様、ルシエルはお家で良い子にしているから、そこには行きたくないです」


キッパリと拒否してみた。

可愛いルシエル君的な対応では無いが、それくらい嫌なのだから仕方が無い。

しかし、ファスターはその意見を引っ込めようとはしなかった。


「うーん。この間の事があって、父様と母様は色々考えたんだ。この辺には、ルーシェと同い年位の子供は居ないし、やはり毎日お家に一人でいるとつまらないだろうしね」

「ルーシェ。幼児育成順応学校には、沢山のお友達が居るのよ?とても楽しいから、一度行ってみましょうね」

「良いじゃない、ルーシェ。きっと楽しいわよ!」

「そうだな。そこに行けば同い年位の子が沢山いるだろうし、ルーシェならお友達が沢山出来るよ」


ルシエルの気持ちを無視して、家族が次々と賛成していってしまう。

しかし、長兄のロイドだけは少し考え込み始めた。

ルシエルは兄ロイドの顔を、願いを込めた瞳で見つめた。


「僕は少しだけ反対かな。此処からだと、王都に近い幼児育成順応学校に行く事になるよね?ルーシェが毎日一時間以上も高速魔導馬車に乗って行くなんて可哀想だし、行き帰りが心配だよ」


流石、お兄様である。

やはり持つべきものは、この家の跡取りロイド兄様だ!

と言う事で、ルシエルが追撃を放つ。


「ルシエルも、また前みたいに知らない人に連れて行かれそうになるのは怖いから嫌だな」


ルシエルは精一杯怖がって見せる。

すると姉と次兄マイロの意見が変わった。


「そう言われるとそうかも。ルーシェは可愛いし、何かあってからじゃ遅いと思うわ」

「俺もそう思う。ルーシェが怖い思いをするかもしれないし、やっぱりやめた方がいいと思う。家庭教師を雇ったら?」


兄姉を味方に付けたルシエルは、大きく頷きを落とした。


「僕、家庭教師が良い!ちゃんとお勉強するから、良いでしょ?父様」


完全勝利とまではいかないが、幼稚園なんかに放り込まれるよりは家庭教師の方が千倍マシである。

勉強しなければならないと言う事にはイラついてしまうが、この案を全面的に推し進める事にした。


「行き帰りの心配はないよ。この領土から王都までの道は、ガフォリクス様率いる第四小隊様達が毎日見廻りをして下さっているからね。それに、魔導馬車の心配も問題はなさそうなんだ。エミリアが知り合いに聞いたんだが、学校までの間に沢山の子が同じ馬車に乗るらしいんだ」

「馬車は二十人くらい乗れる大きな馬車らしいの。その馬車の中でもお歌を歌ったりして、楽しく遊びながら学校に行くんですって。可愛い動物さんのお帽子とかあるそうよ。だからちっとも寂しくなんか無いし、きっと楽しいわよ、ルーシェ」


ニッコリと微笑むエミリアの説明に、ルシエルの顔が強張った。


(うわっ。絶対乗りたくない・・)


これってあれだろ?

日本で言う、幼稚園バスの魔道馬車バージョン。


魔王よりも魔王らしいと言われた俺(ザガリルの魂)が、動物さんの帽子を被ってガキ共と一緒にお歌を歌う?


無理、無理、むぅ〜りぃ〜!!!!


これは全力で拒否するしかない。


「絶対嫌だ!僕は行かないよ。お家で家庭教師が良い!」

「父様。ルーシェがここまで嫌がっているのですから、家庭教師で良いのでは?」


そうだよ。

この家の跡取りが言っているんだよ!

みんな従おうよ。

本当に素晴らしき兄を持てて、ルシエルは幸せ者です。


ルシエルが感動に打ち震えていると、ファスターが首を横に振った。


「別に勉強をさせたいわけじゃ無いんだ。ルーシェは、昼間家に誰もいない事で、毎日とても寂しい思いをしている。だから、家族が家にいない時間だけでも、お友達と仲良く遊んでいて貰いたいんだよ」

「そうなのですか?・・それなら、確かに行かせてみてもいいかもしれませんが・・」


ガーン!

兄様が・・敵に取り込まれてしまった。

その横に座る姉と次兄も、納得かつ同意の頷きを落としている。


ショックを受けるルシエルに、ファスターが告げた。


「兎に角、一週間の体験教室に申し込んだから、明日父様と一緒に行ってみよう。いいね、ルーシェ」

「嫌だ!僕は絶対行かない!!」


ルシエルは自分の部屋へと走って逃げ出した。


冗談じゃない!

そんな所には絶対に行かない!


ルシエルはドアの鍵を閉めてベッドに走り込むと、布団を頭から被るのであった。


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