45.軍隊員達の実力
マギルスを焚き付けたルシエルは、此処が街中、しかもナディアの側である事を思い出した。
『あっ!空間分離の結界を張れよ』
『御意』
マギルスによって結界が張られ、景色が一瞬のうちに消え去った。
そして、どこまでも広がる異空間の中に四人は立っている。
空間分離の結界とは、普通の結界とは違い、空間自体を分離する。その為、どんなに結界内で暴れようとも、街などに被害は出ない。
普段は強敵等と戦う時に使うものであるが、今回はルシエルの姿を騒ぎで集まって来た人々に見せたく無い事と、マギルスの手加減がどの程度まで出来るのか見当もつかない為である。
手加減が手加減になってない事は、よくある事だからだ。
ナディアには絶対に被害が出ない様にする為である。
ピンッとラファレイドの大剣を弾いたマギルスは、もう片方の手に持っている紙袋に視線を移した。
折角買って来たのに・・と、少し残念そうな顔を見せる。
紙袋を何処かに置けないかと辺りを見回しはじめた。
「持っててあげるよ」
優しいルシエル君は、マギルスから取り上げる様に紙袋を奪い去る。
中を覗き込むと、片手に乗る位の大きさに焼かれたパイが沢山入っていた。これはマギルスが昔から気に入っているパイで、全部で八種類ある。
どうやら四個ずつ買って来たようだ。
紙袋からパイを一つ取り出したルシエルは、そのままパクリとかぶり付く。
(うむ。なかなか美味である)
ご満悦なルシエルを不満げな顔で見つめるマギルス。
サッサと行け!と視線を返し、その場に座り込んだ。
吐息を溢したマギルスは、ラファレイドに視線を移した。
パイを犠牲にしてまで作った戦闘の時間。
お楽しみの時間を目一杯楽しむ為、マギルスは剣を抜かずに二人の相手をし始めた。
二人は本気でマギルスに向かって行く。
勝ち目がない事は重々承知である。
マギルスが手を抜いてくれている事は分かってはいるが、それでも全力で戦わなければ、二人はあっという間に殺されてしまう。
殺されない為だけに全力を出している状況である。
パイを食べながらニコニコと楽しそうに様子を見ていたルシエルの顔は、次第に唖然とした表情へと変わっていく。
(あ?なんだ、あの弱さは・・)
ガフォリクスが、マギルスの数回の攻撃で動けなくなったのは想定内ではあるが、一応は応戦しているラファレイドの弱さは想定外である。
ザガリルの記憶の中のラファレイドならば、そろそろマギルスが剣を一本抜いてもおかしく無い。
しかしマギルスは、体術だけでも十分対応出来ている。
剣や魔法を受け止める為に、初っ端にその手に掛けた防御魔法が未だ破壊されていない。
そしてその顔は、かなり不満げである。
マギルスの気持ちはわかる。
ラファレイドが弱過ぎるのだ。
(これは・・思っていた以上に、馬鹿共の力が落ちている様だな・・)
ザガリルがこの世界に戻って来てから、第二小隊の戦闘を見る機会は無かった。
タナウス達の時は、マギルスが庭で勝手にやっていただけで気にも止めていなかったからだ。
戻って来たマギルスがかなり不満げな表情であった事には気が付いていたが、第二程度の実力ならば、そこまでマギルスのストレス解消にはならないと思っていた為、見過ごしていた。
第二の中で一番の実力者であるラファレイドの力が此処まで落ち込んでいるのなら、他の奴らの力もかなり落ち込んでいる筈である。
軍隊員が集まった時、随分可愛らしい軍になったと思う程に、彼らの戦闘能力の低下は把握していたつもりであった。
しかし、こうやって実際に戦闘を見てみると、その把握が甘いものであった事に気がつく。
この世界に戻ったザガリルが戦闘らしきものを見たのは、第一小隊チカリダだけだ。
だがチカリダは、多少の戦闘力の低下は見受けられたが、想定内程度であった。
そうなると第一小隊は、そこまでの低下はしてはいないと考えられる。
第一小隊はマギルスを基準とする事が多い。
恐らくは、たまにマギルスの元へと全員で行って戦闘訓練替わりに戦っていたと考えられる。
マギルスの実力をその肌で味わえば、自ずと自らを律し、上を目指す事に繋がる。
そして、マギルスを抑える為には、その力を維持しなくてはならない為、弱くなる訳にはいかないと言う義務もあった。
これが、第一小隊の戦闘力があまり落ちていない大きな理由であると考えられる。
しかし第二小隊は、マギルスを基準には出来ない。
力の差が激し過ぎるからだ。
その為、本来なら第一小隊を基準とし、稽古をつけて貰うのが良いのだが、第一は弱い第二とやりたがらない。
第二とやるくらいなら、同じ第一の者とやった方が効率が良いからだ。
と言う事で、第二小隊は第二小隊同士で練習をする。
そうやって訓練をしていても、殆ど力量の変わらない者同士でやっていれば、知らず知らずの内に戦闘力は落ちていく。
全員の戦闘力が落ちていけば、訓練をしていてもどれだけ落ちているのかは気が付けない。
ぬるま湯にどっぷり浸かった訓練になってしまっていたのだろう。
と言う事で、七百年近くが経つと、戦闘力ガタ落ちの役立たず軍隊員達が出来上がると言う訳で・・。
こうなって来ると、第三小隊はどの程度までの低下があるのか気になって来る。
(さて、どうすっかなぁー)
フウッと吐息を溢した時、マギルスの一撃がラファレイドを捉えた。
ガハッと空気と共に赤い血液が口から飛び出す。
これ以上は無駄の様である。
「マギルス、その辺にしておけ」
倒れそうになったラファレイドの首を持ち、楽しそうな顔で連撃を加えようとしていたマギルスは、ピタリとその手を止めた。
もう終わりにしなければならない事に、とても残念な気持ちになる。
全然楽しめなかった。
なんか、物凄くつまらなかった。
思いっきり不満げな表情のマギルスであったが、ザガリルがそう言うなら仕方がないかと、その場にラファレイドを落とした。
少し思考を巡らせたルシエルは、外に向かって思念を飛ばした。
『ルーベン。ナディアのいる孤児院の場所は分かるな。今すぐに来い!』
『承知致しました』
返答から二分後。
ルベレントが孤児院に姿を現し、直ぐ様マギルスが結界内へと引き摺り込んだ。
何の説明もなしにいきなり引き摺り込まれたルベレントは、顔を上げて驚き固まった。
目の前には、ズタボロのラファレイドとガフォリクスが倒れている。
(えっ?なんでこんな場所に呼ばれたの?)
明らかに、死神にフルボッコにされたであろう第二小隊長を見て、心臓がバクバクしてしまう。
横を見ると、何故か不満げな顔の死神。
そして、その向こう側には何か考え事をしている魔王。
なんだか嫌な予感しかしなかった。
「あ、あの・・師匠。私に何か御用でしょうか」
「ん?ああ、お前じゃなくても良かったんだが、まあお前でいいか」
(えっ?私でなくていいのなら、他の人にして欲しいのですが・・)
自分はやる事がいっぱいある。
なんとかこの場から逃げ出せないかを考えてみる。
「あの・・。町作りの為に、あまり時間がないのですが・・」
「たいした時間は取らせん。マギルス。ラファを半分くらい回復してやれ」
「はぁ・・」
マギルスは回復魔法をちょこっとかけてやる。
このくらいでいいの?とルシエルに顔を向けると、頷きを返された。
「お前の空間にある剣を、こいつに貸してやれ」
顎で示されたのはルベレントである。
屋敷から急いで来た為、剣を帯剣していなかったのだ。
ちょっと嫌そうな顔をしたマギルスだったが、素直に魔空間に保管してある予備の剣を一本出して、ルベレントの手元に投げた。
戸惑いながら投げ付けられた剣を見つめるルベレントに、にこやか笑顔のルシエルが歩み寄り、悪魔の言葉を伝える。
「お前に選ばせてやる。マギルスとラファレイド。どっちが良い?」
ヒュッと息を飲んだルベレントは、手元に落ちている剣に視線を移した。
それと同時に剣を握り、ようやく体を起こしたばかりのラファレイドに向かって、高速移動で飛び込んで行った。
死神とズタボロの第二小隊長のどっちが良いかと聞かれたら、悩むまでもないからだ。
ルベレントに気が付いたラファレイドは、直ぐに気を高めて防御魔法を展開。
その斬撃を受け止めた。
第二、第三の攻撃に、なんとか防御をしていたラファレイドは、剣を弾き距離を取る。
しかしルベレントは、その隙を与えておくわけにはいかず、直ぐに飛び込んでいく。
魔力で強化した手で剣を受け止めたラファレイドの目は、鋭さを増した。
「貴様・・。調子に乗るな!!」
爆発的にラファレイドの魔力値が上昇する。
「グアァァアアァアー!!」
マギルスが掛けた回復は半分だった。
しかしマギルスとの戦いで死が頭をチラついていたラファレイドは、この状態から限界を突破する。
バーサーカー状態となったラファレイドの戦闘力がドンドンと上昇していく。
血走った目で、敵を睨み付けた。
スイッと大剣をその手に引き寄せ、大量の魔力を乗せる。
「旋風斬爆波!!」
回された大剣から凄まじい旋風が巻き起こった。
それは目の前の敵を捉え捕縛する。
旋風の中でルベレントは、剣の斬と魔法の爆、双方の攻撃をその体に刻み込まれていく。
ルベレントが張った防御壁は、キレたラファレイドの攻撃の前では紙切れ同然である。
なんとか身を守ろうと何度も防御魔法を発動させてはいるが追いついて行かない。
これは流石に第三小隊程度の力では防ぎようが無い位の力の暴発だった。
ルシエルは横に立つマギルスに視線を移す。
戦いを見つめているマギルスの顔は、先程よりもかなり不機嫌な顔になっている。
能面がウリの筈の男が、眉間にシワを寄せムッとした顔をしている所を見ると、かなりの不満を持っているのが分かる。
マギルスの心の中の言葉を代弁すると『こんな力が出せるなら、俺と戦ってる時に出せよ』と言った所だろう。
いや、お前はあの状態になる前にボコッて再起不能にしてたからな・・。
簡単に言えば、なりたくてもなる前にとどめを刺されていたと言うか・・。
まあ力の差が激し過ぎる為、それは仕方がない事だと思う。
ふと戦況に視線を戻したルシエルは、ルベレントが懐を気にしている事に気が付いた。
自分よりも懐にある何かを守っているようだ。
「ラファはお前にやる。殺さない程度にしておけよ」
待ちわびていたルシエルの言葉に、パッと嬉しそうな顔をしたマギルスは、瞬時にルベレントの前へと移動して攻撃魔法を打ち消した。
そして意気揚々と、意識が飛んで暴れ狂うラファレイドで遊び始めた。
フラフラと地面に着地したルベレントの元に、ルシエルが歩み寄っていった。
「まあ、お前の力はそこまで落ちていないようだな。そうなると第二だけが極端に落ちていると言う事か」
ボコられまくっていたルベレントであったが、そこまで力は落ちていなかった。
あともう少し力が落ち込んでいたら、殺されていたか再起不能位にはなっていただろう。
まあこれで、大体の把握は終わった。
ルシエルは、皆んなの今の状態を数字で表してみる。
まず、水晶の中で眠っていたザガリルの力は、殆ど低下していない。
と言う事で、持てる力の全てを解き放ったザガリルを基準の100として考えてみる。
普段のザガリルは90となる。
マギルスの解放は、小65、中70、上75、強80、全85といった感じだ。
彼もまた、殆ど低下は感じられない。
第一は70から66に、第二は65から55に、第三は50から45になった位だと考えられる。
多少人によって数字は前後するとは思うが、平均ではこんな感じだろう。
ついでに今まで出てきた人物を数字で表すと、でかい紅蓮が75で今の紅蓮は65、ガフォリクス35、アウレムやファスター30、ナディア25で、上級魔族40となる。
数字だけ見ると対して違いはないように見えるかもしれないが、1違うだけでも割と大きな差となる。
単位を万単位などに変えてみると分かりやすいかもしれない。
ちなみに、上級魔族の上の存在、高魔族というのがいるが、下級高魔族が40〜45、中級が45〜60、上級が60〜70程度となる。
昔のザガリル軍は、この高魔族を狙って魔城の森に遊びに行っていた位なのだが、今の落ち込み具合だと第二が中級相手に手間取ってしまう。
あそこまで弱くなっていると連れて行っても役に立たないのだ。
これは本格的に修行をやり直させる事になりそうだ。
ザガリルが弟子達を強くした理由は、弱い敵は全て弟子共に相手をさせる為だ。
細々した物を相手にしていると、魔力の制御がとても難しく、星ごと吹っ飛ばしかねない為である。
それなのに、直ぐにやられてしまったら自分が全部相手をしなければならなくなる。
駒とする為に側に置いているのに、その駒にすらならないと言うのは、困った話である。
シャレではないよ、念の為。
ルシエルは、荒い呼吸を整えながら自身に回復魔法を掛けているルベレントに意識を戻した。
「ところで、お前はさっきから何を守りながら戦っていたんだ?」
「師匠からのお呼び出しでしたので、出来上がったこれを一緒に見て頂こうかと思って持って来ていたのですが、すっかり忘れてしまっておりまして・・」
ルベレントは木で出来た小さな箱を懐から取り出し、ルシエルに渡した。
パカリと蓋を開けたルシエルは、ご満悦な笑みを溢す。
ルベレントが持って来ていたのは、町でお土産として売り出すロットナフの木を使ったお土産の試作品である。
ルベレントに、こんな感じのを作れと命じて試作品を作らせていたのだ。
ロットナフを縦10センチ、横5センチ、厚み1センチに切って作った木札のストラップだ。
目の細かいペーパー等で磨く事で、塗装しなくても艶のある真っ赤な木材となるロットナフに、焼印で正紋章を描いた物である。
この世界には携帯はない為、少し用途は違くなるが、紐で縛るキーホルダーみたいな存在と思ってくれていい。
木札が少し大きいかもしれないが、見せびらかして歩いて貰って宣伝効果を期待しての大きさである。
「おお!なかなか良い感じじゃないか。これは売れそうだな」
「はい。一本のロットナフから二百個程作る事が出来るようです」
「よし。これでボロ儲け出来そうだ」
ルシエルはとても満足げな表情を見せる。
ザガリル軍の正紋章入りの、とても貴重なストラップ。お土産とはいえ、数を限定的にして値段を釣り上げ高値で販売すればかなり儲かるだろう。
一個十万円程度で売ったとしても、貴族なら間違いなく喜んで買う筈だ。
一般人用には、普通の木に正紋章を書いたやつを安価で別に用意すれば、いけそうである。
ご機嫌になったルシエルの元に、ズタボロで気を失っているラファレイドを引き摺りながらマギルスが戻って来た。
殺さない程度と言われたので、我慢して戦闘を止めた様だ。
「まあ、取り敢えずは回復してやれ。あそこに落ちてるガフォリクスもな」
ルシエルの言葉に、マギルスは素直に従った。
二人を回復させてやると、ルシエルへと手を伸ばす。
覚えていたのかと、ルシエルは少々ふて腐り気味な表情を返した。
「仕方ないな・・。ほら、返してやるよ」
仕方無しにパイの入った紙袋を渡してやる。
受け取って中を覗き込んだマギルスの顔が、瞬時に険しくなった。
ルシエルはニコニコ笑顔を返す。
「やっぱり、アップルパイは最高だよな!」
マギルスがあの店のパイで一番好きなのはアップルパイだ。しかしルシエル君も、アップルパイが一番のお気に入りなのである。
それだけを選んで、四つとも全部食べておいてやった。
世の中、弱肉強食。
早い者勝ちである。
怪我を回復してもらい、ピリピリとした空気を出し続けるマギルスを見つめていたラファレイドは、ルシエルに歩み寄り膝を付いた。
「し、師匠・・」
「やっと気がついたのか、このボケが」
確証は持っていなかったが、やはり間違いではなかった。
こんなの卑怯だろ・・とラファレイドは項垂れた。
もうお遊びはやめて欲しいと、祈りを込めた瞳でルシエルを見上げる。
「お前、随分と弱くなっていやがるな。これじゃあ、使い物にならん。死ぬか強くなるか、どっちかにしろ」
「申し訳ございません。早急に修行のやり直しを致します」
「・・まあ、良いだろう。今日からナディアの護衛には第二を二人付けろ。タナウスとネルダルは、俺が特別講習をする。残りの六人は午前、午後に分かれて三人ずつ訓練所での修行を命じる」
「承知致しました」
「訓練は第一に相手をさせる。第二のローテーションは、お前が決めて対処しろ。町作りには絶対に影響が出ない様にしろ。以上だ」
歩き出したルシエルに、ラファレイドは頭を下げる。
ザガリルのこの判断はもっともだと言える。
マギルスと戦ってみて、どれだけ力が低下しているのか自分でもはっきりと分かった。
まさかここまで落ちているとは思ってもみなかった。
今の力では上級高魔族相手に戦う事が出来ない。
自身の持つプライドから、ギュッと強く拳を握り締めた。
跪いているガフォリクスへと、ルシエルは歩み寄って行った。
ラファレイドとルシエルの会話から、ガフォリクスは彼がザガリルであるという認識を持つ。
「お前は今、無職だったな。俺が仕事を用意してやった。ありがたく思え」
「ハッ!ありがとうございます」
「騎士団を纏めていたお前なら第四小隊の二、三百人程度、なんとか出来るだろ。いらん奴は排除しろ。そのうち仕事は増やすが、暫くは町周辺にいる、野党、山賊、盗賊、魔物等の邪魔な奴らを全て排除しておけ」
「承知致しました」
「おい、ラファ!あとでコイツを町に連れて行ってやれ」
「はい。承知致しました」
もうじきリオール家待望の町が出来る。
お客が安心して金を落としに来られる様、安全の確保は完璧にしなくてはならない。
まあ正確に言うと、リオール家で落とす筈の金を、馬鹿どもに掠め取られる事のない様にするのだ。
田舎の手付かずの山々にいるであろう邪魔者達は、この際綺麗サッパリと排除する事にした。
よしよし、と納得したルシエルは踵を返し外に出る為に歩き出した。
が、ふと思い出し足を止める。
「そうそう、言い忘れていた」
振り返ったルシエルは、天使の様に可愛らしい笑顔を見せる。
「僕はルシエル・ノーザン・リオール。忘れないようにね、お馬鹿さん達」
「「しょ、承知致しました」」
他の奴らに余計な事を言うんじゃねえぞ。と言う脅しの威圧を感じる。
口が裂けても絶対に言いませんと、二人は心の中で誓った。
満足したルシエルは、マギルスに視線を移す。
未だ不機嫌なままのマギルスだが、素直に結界を解いた。
外へと降り立ったルシエルは、目の前の孤児院を見る。
ナディアに会って行こうと思っていたが、そろそろ家族の元に戻らなくてはならない。
仕方無しにラファレイドへと視線を移した。
「ナディーに、暫く俺が会いに来られなそうだと伝えておいてくれ。まだ言えないが、リオール家の町が完成次第、ナディーには招待状を送る」
「承知致しました。町の事は話さず、しばらく会いに来られないと言う事と、師匠が今やっている物が完成次第、招待すると言っていたとお伝えしておきます」
「ああ。そうしておいてくれ」
これで用事は済んだ事だし父様達の元に帰ろうかな。と思ったルシエルの後ろから、ファスターの大きな声が響いて来た。
「ルーシェ!」
ルシエルが振り向くと、血相を変えたファスターが駆け寄って来ていた。
ルシエルの元まで来たファスターは、額から落ちる汗を拭う。
そこまで離れていない場所なのにも関わらず、体を鍛えてあるファスターの呼吸が荒くなっている。
心配して全速力で走って来た事が窺えた。
「何故勝手に店から出て行ったりしたんだ!心配したんだぞ」
「ごめんなさい。だってルベレント伯爵が、お手紙書いて出てくれば平気って言ったから・・」
「ルベレント伯爵が?」
驚いたファスターは、顔を上げて辺りを見回し、ルベレントの姿を見つけた。
(えっ?私?)
事情を全く知らないのに、いきなり名前を出されたルベレントは、戸惑いを顔に出さない様に気を付けながらファスターの元に歩み寄った。
「ファスター殿、心配をお掛けしてしまった様で、申し訳ない」
「あっ・・。いいえ。まさかルベレント伯爵がご一緒だとは思ってもいませんでした。ルシエルの手紙には、孤児院に行ってくるとしか書かれていなかったので、一人で出掛けてしまったのかと驚いたのです」
「そうでしたか。私がしっかりと確認するべきでした。以後気をつけます」
「は、はい・・」
一言くらい声を掛けてからルシエルを連れ出して欲しかったが、ルベレント相手に文句など言える訳もない。
ファスターは仕方無しに口を閉ざした。
そんなファスターを見て、ルベレントはホッとする。
ファスター相手に下手な事は言えない為、早々に話を打ち切ったのだ。
しつこく突っ込まれたら答えられなくなりそうだったので、諦めてくれて良かったと思う。
まだ少し納得がいっていない表情のファスターに、ルシエルが箱を手渡した。
「父様。ルベレント伯爵に、この間僕が考えたお土産を作って貰ったんだよ!それが完成したんだって。見てみて!」
「ん?ルーシェが考えたお土産か。どれ、どんな物かな?」
パカリと開けたファスターは、ストラップを手に取り唖然とする。
「ル、ルベレント伯爵。この紋章は、ザガリル様の正紋章では・・」
「ええ。ルシエル君の案に、師匠が許可を出しました。ストラップと言うらしいです」
「・・ストラップ。しかし、正紋章を使わせて頂く訳には・・」
「あなたが気にする事ではありませんよ。師匠が良いと言うのなら良いのです」
フウッと吐息を落としたルベレントは、視線を外した。
先程の戦闘で魔力をかなり消耗している。
自身で回復をかけたが、魔力が足りなくてある程度までしか治せなかった。
借りた剣を死神に返したのだが、よく分からないピリピリとした怒りを向けられそうになるし、その上この辛い状態でファスターの相手までさせられるなんて冗談じゃない。
もうお家に帰りたい。
という事で、これ以上巻き込まれる前にサッサと帰る事にした。
段々と顔色が悪くなっていくルベレントに気が付いたファスターが、心配そうな顔を向ける。
「大丈夫ですか?ルベレント伯爵。顔色がとても悪い様ですが・・」
「ご心配要りません。ですが、私はこれで失礼させて頂きます」
いつもとは違い、少しぶっきらぼうなルベレントの態度に、不興を買ってしまったのではとファスターの頭に不安が過ぎる。
しかし、浮き上がろうとしたルベレントが、魔力が足りずにふらつきを見せた事で、慌ててその体を支えた。
「しっかりなさってください、ルベレント伯爵。我が家の馬車が近くにありますので、ご自宅までお送り致します」
「いいえ、そこまでして頂かなくても大丈夫です」
本当は歩くのもしんどいので馬車で送って欲しいとは思うのだが、ファスターが送って行くとなると、そのオプションとして魔王と死神がセットで付いてくる。
絶対にそれだけは嫌だと、気力を振り絞って歩き出した。
『マギルス。あの馬鹿に回復をかけてやれ』
ルシエルの命令に、マギルスは仕方無しに遠隔で回復魔法を展開する。
回復を掛けられたルベレントはようやく浮き上がる事が出来るようになり、ファスターに挨拶をすると、マギルスにペコリと頭を下げてから空へと飛び立って行った。
ルシエル君って意外と優しいんだね、とか思うかもしれないが、それは違う。
ルベレントが馬車を使ってしまうと、後から来る母様達とルシエルは、マザナレッカ伯爵の屋敷まで徒歩になる可能性が高かったからである。
小さい体で長距離歩くのが面倒臭さかっただけだった。
◇◆◇◆◇
その後、ルシエルの考えたストラップの正紋章の案は却下となった。
正紋章を使わせて頂くのなら、売り上げの九割を使用料としてザガリル軍に差し出すとファスターが引かなかった為である。
妥協策として、あの町限定のザガリル軍マークを作ってそれを使う事になった。
正規の紋章では無く、町のシンボルマークのような物だとルベレントに言われた事で、ファスターもようやく納得をした。
ルシエルはルベレントやタナウス達と共に、ようやく出来上がった博物館の前へと足を運んだ。
そして、その入り口の前に立つ。
魔空間を開き、置きっぱなしになっていた『英雄ザガリルの地』と書かれた白桜石の墓石の様な形をした大きな石を取り出した。
その石を博物館の入り口ゲートに設置して、満足げな顔を見せる。
「やっと出来上がったか」
博物館を見上げたルシエルは、今度は後ろを振り向き、町を見回してみた。
立ち並ぶ店の店舗では未だ人が慌ただしく動いてはいるが、それはもう殆ど開店準備に近いものだ。
待ちに待ったリオール家待望の町がようやく出来上がったのだ。
「よし!いっぱいお金を稼ぐぞぉ!」
ルシエルは、空高く拳を突き上げるのだった。




