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12.秘密の部屋

深夜十二時。

暗闇に覆われ静まり返る街中を、六頭引きの豪奢な馬車が駆けて行く。


六人が乗れる大きな馬車の中では、広々とした椅子に腰を下ろすルシエルとマギルス。

向かいの席には少々キツ目ではあるが、ルベレントと、ルベレントに回復魔法をかけて貰ったタナウスとネルダルが小さくなって座っていた。


屋敷跡に何をしに行くのか聞かされてはいないが、ルシエルの「行くぞ」の言葉に黙ってついて来た。


目の前にいる魔王と死神の威圧に、三人は身動きをする事なくジッと座ったまま床を見つめている。

下手に視線を合わせたら、どんな因縁をつけられるか分からないからである。


沈黙の続く馬車は走り続け、そして馬の嘶きと共に馬車は停車した。


「おっ。着いたのか」


一人元気なルシエルは、ピョコンと椅子から立ち上がった。開かれた扉から、外へと降り立ったルシエルは、前を見つめる。


昔とは変わらぬ豪奢な門が出迎えるが、勿論その先に屋敷が見える事はない。


昔、軍隊員がザガリルより預かっていた鍵を使って、ルベレントが通用口の扉を開く。


ルシエルはゆっくりとその中へと歩みを進めた。足を踏み入れた瞬間、フワッとザガリルの記憶が蘇る。


門を潜ると、真っ直ぐに伸びた道がある。

それを進んで行くと馬車が止まるロータリーの様なものがあり、その先には大きな屋敷。

確か右側には噴水があった。


今は、ただの広い野原ではあるが、歩きながら蘇る記憶を確認していく。

少々、感傷的な気持ちにさせられながらも、懐かしそうに辺りを見回して行った。


順調に歩いていたルシエルだったが、ピタリとその足を止める。

屋敷までの道のりは馬車で行くくらいの道である。

まだ二十五歳(外見年齢五歳)のルシエル君の足では、とても疲れるのだ。

ルベレントの馬車は、舗装されていない敷地内に入る事はなく、引き返して行った後だった。


不機嫌そうに無言で立ち止まったルシエルをみて、慌てて弟子達が駆け寄って来る。

フワリとタナウスに抱き上げられたルシエル君は、ご満悦な表情で前を見た。

タナウスは体が大きくがっしりとしている。

安定感があり、視界も高いのだ。


ルベレントとネルダルが、光魔法を使って辺りを明るく照らしているが、夜目が効くのであまり必要だとは思わない。それに、ルシエルが見ている物は、過去の記憶である。


鮮明に思い出される風景は、自分は此処に戻って来たのだと認識させていく。


屋敷があった場所の真ん中辺りに着くと、そこには大きな石碑が建っていた。

貴重だと言われている白桜石(はくおうせき)を削り出して作った一級品である。太陽の光を浴びれば美しい乳白色から桜色へと変わって光輝く不思議な石なのだ。

横10メートル、縦20メートルの分厚い真っ白な石碑の上と下の方には、其々魔石に掘られた二つのプレートの様な物が嵌め込まれていた。


【英雄ザガリルの地】


『いつの日か かの英雄が 再びこの地へと降り立つ その日を夢見て』


だそうだ。

勝手に人の敷地に無駄な物を建てないで欲しい。

石碑の周りには数段の階段状になった石畳が円形に敷かれており、排除するのも面倒だ。


「ちっ。余計な物を建てやがって」


タナウスの腕からピョンと飛び降りたルシエルは、階段を登って石碑の前に立つ。

力を使って反応を見ると、石碑の真下から強い反応が返って来た。


フワッと魔力を右手に集めたルシエルは、そのまま左から右へと空を切った。

ルシエルから放たれた魔力に、白桜石の石碑が大きな音を立てながら粉々になって崩れ落ちて行く。


残骸の広がる地を見たルシエルは、ふと魔石のプレートを見る。


上の方にあった【英雄ザガリルの地】と彫られているプレートは、原形を留めたまま、その周りの白桜石と共に無傷である。

どうやらこのプレートには、守護魔法がかけられている様だ。しかも、かなり難易度の高い高度な構築魔法である。こんな事が出来るのは、ザガリルの記憶では一人しかいない。


「マギルス。お前か?」


視線を移すとマギルスはコクリと頷く。


「主だったのは・・。あとは第一が・・」


どうやら術式の主だった構築はマギルスがやって、後の固定と定着は第一がやったらしい。


第一の奴らは、マギルスの扱いに慣れてる。

どうせ、師匠の為です〜とか言って、プレートに書かれている名前を見せたりしながら誘導したのだろう。

そうで無かったら、マギルスがこんな面倒臭い守護魔法の構築をやる訳がないのだ。


(折角だから、これだけは残しておくか)


ルシエルがパチンと指を鳴らすと、瓦礫の中から白桜石を(いだ)いたままのプレートが浮き上がる。

まるで西洋の墓石の様な形をしており、少し大きい気もするが、このまま持って行く事にする。


夢見るプレートは、ただの石なので要りません。

勝手にいつまでも夢見ていて下さいね。


さて、良い子のルシエル君は、後片付けをしないと。こう見えて僕は綺麗好きなのだ。


左手に出した魔法、消滅魔導波を見て、ルベレント達が慌てて声を掛ける。


「師匠!お待ちを!」


ルベレント達の声が聞こえたが、止める事なく魔法を発動させる。激しい爆音と共に、崩れ落ちていた白桜石は綺麗に消え失せた。


「技の途中で騒ぐな!」

「ああ・・。貴重な白桜石が・・」


ルベレントが両手を地について項垂れる。

その後ろでも、タナウス達が口を開けたまま、涙を浮かべていた。


「なんだよ。あの石が欲しかったのか?もっと早く言えよ」

「あの石碑に使われていた白桜石は、拳ほどの欠片だけでも数百万レインする貴重な石なんです・・」

「はあ?」


白桜石の価値をザガリルが知っている訳はない。

貴重であるとは知っていたが、まさかそこまでの値段がつくとは思ってもいなかった。


だって石だよ?

日本にいる時もさぁ、ダイヤモンドとか高かったけど、あれも結局は石じゃん?

なんで高いのか分かんないよね。

珍しいからとか言うけどさ、石は石だよね?


まあ、欲しい人からすれば、高い金を出してでも欲しい物なんだろうね。・・石だけど。


という事で、あれだけでかい石碑だったのだから、欠片で数百万するのなら、あれの価値は軽く数十億を超えていただろう。

それでマギルスの守護魔法が必要だったのかと、納得をした。


マギルス達が掛けた石を守る守護魔法が、ザガリルに向かって発動しないのは当然の事である。

ほら、こう見えて師匠だからね。

一番偉い人だからね。

守護魔法が発動しようものなら、この場にいる者達を含めて全員消しちゃう位の反撃を返すからね。

ついでにそんな技を掛けた奴を一人残らず探し出して、消し去るくらいするからね。


技を掛けた奴らもそれくらいは分かっていた様である。ザガリルからの攻撃には反応しない様に設定してあったのだ。


「あぁーあ。勿体ねえ・・」


日本人の心、勿体無い精神が心に渦巻く。

特に欲しいとか必要だとかは思わないが、価値がある物だったと聞くと、なんだかもの凄く損した気分にさせられる。

もっと早く言ってくれればいいのに、本当に弟子共(こいつら)は役に立たない。


とは言え、消し去ってしまってから後悔しても遅いのだ。


気を取り直して、ルシエルは地を見つめる。

足元は石畳のままであるが、石碑を消し去った所だけ、土がむき出しになっている。


ルシエルは、ザガリルのオーラを高め始めた。

すると地面からも同じ様な反応があり、それは次第に黒々とした空間の入口へと変わっていく。


穴を固定したルシエルは、オーラを鎮める。


「行くぞ」


ピョンと軽く跳ねたルシエルは、穴の中へと飛び込んだ。ルシエルに続いてマギルス達も次々に穴に飛び込んで行く。


全員が飛び込んだ後、黒々としていた穴の入り口は、静かに消え去っていった。




真っ暗な空間をただひたすら下へと落ちて行ったルシエル達は、ようやく辿り着いた空間の底に魔法を使ってフワリと着地する。

ルシエルが地へと足をつけた瞬間、その空間はパッと明るさを取り戻して行った。

真っ白な壁に覆われた、そこそこ広い空間である。


「ルベレント、タナウス、ネルダル許可」


ルシエルが呟くと、真っ白な空間がそれに応えるかの様に小さくて淡い光を一瞬だけ発光させた。


「よし、行くぞ」


何も無い真っ白な空間ではあるが、目の前には豪奢な玄関扉の様な物がある。


取り敢えず持ってきたプレート付きの白桜石は此処に置いて行く。

荷物を置いたルシエルが前を指し示すと、タナウスとネルダルが急いでそのドアを開けに走った。


開かれたドアから、ルシエル達は中へと入って行った。


真っ白な空間である事に変わりないが、先ほどの部屋よりも広めの100坪はあるであろう場所だ。

大きな違いと言えば、様々な物が所狭しと置かれている事である。

かなりごちゃごちゃしてはいるが、よくよく見ると、全ての物がとても価値のある物ばかりだ。


とは言えザガリルの性格上、きちんと整理して置くなどと言う事はない。

物は物である。と言う精神だからだ。


次の部屋へと続くドアに向かって歩いていると、辺りを見回しながら歩いていたルベレントが、歓喜の声を上げた。


「ああ!魔聖新書の全巻がこんな所に!あっ、あっちにあるのは、神聖大魔法書の全巻だ!無事だったんだ。本当に良かった」


ルベレントは次々と本を手に取り、その無事を確かめていく。


床に無造作に山積みにされている数万冊に及ぶこれらの本は、ザガリルの屋敷に置かれていた物だった。

とても貴重な本ばかりで、もう入手出来ないとされている物ばかりだ。

貴重な本の為、一番安全であるザガリルの屋敷に置いておいたのだが、その主人であるザガリルが屋敷を破壊してしまった為、永遠に失われてしまったと思われていた物である。


「ハウリルラが煩そうだったからな。屋敷を破壊する前に、奴が何かあった時はこれだけは死守して下さいとしつこく言っていた物だけを移動させておいた」


ルシエルはさほど気にした様子もなく歩き続ける。


第一小隊に所属しているハウリルラは、学者肌の銀髪に黒縁メガネで、気難しいインテリ系の男である。

とは言え、第一小隊に入れる位なので、その魔力は折り紙付きだ。

学者肌の男である為、普段は割と静かで大人しい性格をしているが、自身の研究している分野の物を少しでも破壊されると発狂する。

キレると非常に面倒臭い男になる為、ザガリルは後々の面倒を避けたのだ。


ルベレントは本を(いだ)きながら、感謝の涙を流す。


ハウリルラ様、感謝致します。私はまだ、この本を全部読んでいなかったのです。非常に面倒臭い上司の一人だとばかり思っておりましたが、これからは少しだけ敬意を示したいと思います。


歓喜に打ち震えるルベレントを無視して、ルシエル達は隣の部屋へと移動して行く。


次の部屋は、武器庫の様な部屋である。

先程の適当に物を放り込まれた部屋とは違い、残雑ではあるが、種類毎に分けられ、そこそこ整った置き方をされていた。


置いていかれた事に気が付いて、走って追いかけて来たルベレントは、またしても歓喜の声を上げる。


「聖法剣、魔神双剣、煌光剣!あっちは絶光の盾に覇堕の盾!あっ、真魔響の弓矢もある!」


失われたとされていた武器防具の宝庫だったのだ。

まるで子供の様にはしゃぎながら見て回るルベレントに、ネルダルが呆れた吐息を零す。


「師匠の前だぞ。お前、少しは自重しろよ」


本当なら自分も触れてみたい物ばかりである。しかし、魔王と死神の手前、必死に我慢しているのだ。


「しかし、これだけの伝説とも言える物に囲まれていては、我慢するのは体に毒かと。ああっ。天風神の鎧が!」

「おお、本当だ!俺も初めて見た」


ルベレントにつられてネルダルも鎧に駆け寄って行く。チラリとルシエルを見たタナウスは、気にしている様子が無い事を確認すると、急いで自分も鎧に駆け寄った。


「凄いな!あっ、あれは土竜神の鎧じゃないか?」

「そうですね!しかもその横にあるのは満ち欠けの鎧です!」

「名だたる剣や防具ばかりだな!」


目を輝かせながら辺りを見回し続けていた三人は、ルシエルが再び歩き出した事に気が付くと、急いで後を追った。

隣の部屋に移動しようとしているルシエルに、ルベレントが声を掛ける。


「師匠!こちらにある宝はどうされるのですか?」

「知らん。適当に空間に放り込んだだけだからな。お前の好きにしろ」

「よろしいのですか?」

「ああ。あとでお前の家の庭にでも空間の入り口を移動させる。お前が窓口にでもなって対処しろ」

「承知致しました」


ルベレントの顔は、喜びからニヤケ顔へと変わる。


師匠から直々にこの空間の宝の管理を任されたのだ。

ザガリルの屋敷にあった頃は、他の小隊の者達から仕事の押し付けや読もうとしていた本の横取り等の様々な嫌がらせを受け、本の閲覧は妨害されていた。


第三小隊と言う立場では強く出る事も出来ず、なかなか見る事すら出来なかった事で未読の物が多い。

しかしこれからは、自身が管理する事が出来るのだ。

それなら、いつでも閲覧出来る。


魔王を保護しといて良かったと、初めて思った瞬間である。


羨ましそうな顔をしながらルベレントを見ていたタナウスとネルダルは、次の部屋の扉を開ける為、前に出た。


開かれたドアの向こうは、全てが漆黒の闇に包まれた通路である。


「これから先、お前達は結界を張れよ」


そう告げるとルシエルはさっさと通路を歩いて行く。

その後ろを、結界を張る事無くマギルスが続く。


互いの顔を見合わせた三人は、取り敢えず結界を張って通路へと歩みを進めた。

通路に入った瞬間、重力が百倍になったのかと言うほどの空間の圧迫が彼らを襲う。

第二小隊のタナウスとネルダルでさえ亀並みの速度でしか進めない。ルベレントに至っては、足を前に出す事も出来なかった。


「し、師匠!」


苦しみながらルベレントは声を上げる。

後ろを振り返ったルシエルは溜息を落とした。


「結界を張れと言っただろうが!」

「張りましたが、耐えられません!」

「お前達は相変わらず役に立たないな・・」


はぁ・・と溜息を落としたルシエルは、パチンと指を鳴らす。


淡い光がルベレント達三人を包み込み、新たな結界が彼らを守り始めた。ようやく体が軽くなり、ホッと吐息を落とした三人は歩き始める。


「おい。この先は俺の後を付いて来いよ。それくらいは出来るだろ?」

「「「はい」」」


黒一色の空間は、前も後ろも左右さえも何処まで続いているのか分からない。

そんな真っ暗な空間は、ルシエルが歩く度にチカチカと小さく発光を繰り返す沢山の光が、まるで満天の星空のように美しく輝く。


次第に足元ですら、そこに床があるのか分からなくなってくる。

何処までも続く宇宙空間の中を歩いている気分だ。


何処をどう歩いているのか分からない空間の中を、ルシエルを先頭に一行は歩き続ける。

暫く歩き続けたルシエルは、ピタリとその足を止めた。


「此処か」


ポツリと呟きを落とし、右手を前に出して魔法陣を展開する。それに反応して何も無い空間に突如としてドアの輪郭が光で描かれた。


展開された魔法陣は、ゆっくりと時計回りに動き始める。すると豪奢な扉が徐々にその姿を現した。


「開」


ルシエルの言葉と共に、ガチャっと言う鍵が開く音が響き、扉がゆっくりと開かれていった。

ルシエルに続いて中へと入っていったルベレント達は目を見開く。


そこには、伝説とも言えるザガリルの鎧や剣などが保管されていたのだ。

戦闘になると突如として現れる鎧達は、ザガリルの家には置いてはいなかった。

何処にあるのかと思っていたが、こんな場所に置かれていたのだ。


慣れた様子でツカツカと歩いて行くマギルスは、棚に置かれた一本の剣を持つと右の腰に差した。

それは普段マギルスが持っている剣の対で、双剣となる剣である。

ザガリルがいなくなってから、マギルスはずっと左に挿してある一本しか持っていなかった。

軍隊員達はそれを不思議に思っていたのだが、此処に置かれていた為に持ち出せなかった様だ。


ルベレントは、辺りをじっくりと見回して見る。

ざっと見ただけでも百個以上の鎧と、二百本程の剣、そして師匠が戦闘時に着用する洋服と式典等に着る服等が数え切れないほど置いてあった。


一つだけ、床に無造作に置かれている鎧に、ルベレントはゆっくりと歩み寄って行く。

漆黒に紅色がアクセントとして入っている鎧だが、様々な箇所が破壊されている。これは、魔王との決戦でザガリルが着用していた鎧である。


一番大きな穴は、魔王がザガリルを追い詰めた時に放たれた一撃によって空いたものだった。

あの師匠でも勝てない相手なのかと、軍隊員に絶望が広がったのを今でも覚えている。

しかしザガリルは、そこから一気に攻めていった。

そして見事魔王に止めを刺し、全てを終わらせたのだ。


修復されないまま置かれた鎧は、あの時の戦場を思い出させる。


「師匠が死んだと同時に、全軍隊員総攻撃。雑魚は無視して、魔王のみを狙え」


これが第一小隊から伝えられた命令であった。

ザガリル軍は、幾度となく魔王軍と戦って来た。

それまでの戦いでは、ある程度まで来ると、魔王は戦闘をやめて帰ってしまう。

師匠のザガリルも追ってまで戦おうとはしなかった。

しかし、その日はいつもとはどこか違った。

何故かは分からないが、これはどちらかが死ぬまで終わらない。皆がそう感じていた。


ザガリルが魔王を倒した事で、死を覚悟しながら飛び込んで行く総攻撃は消え去った。

しかし、ついに魔王を倒したという歓喜の感情とは別に、他の考えが即座に浮かんで来た。

その時の軍隊員達の心を纏めると、次の様になる。


えっ?魔王死んじゃうの?マジで?

ちょっと待って。これってやばく無い?

これから先、師匠の相手は誰がするの?

俺達?ええっ!困るよ、そんなの。

死ぬなら師匠を倒してからにしてよ。

今から回復魔法かけてやったら助かるかな?

あれ?魔王のカケラ何処にある?

見つからない!どうしよう。


・・であった。

ボロボロのザガリルを見て、やるなら今しかない?とか不謹慎にも思ってしまった軍隊員達は、ザガリルの側にマギルスが近寄った事で諦めを見せた。


苦々しい思い出である。

あの壮絶な場所から生きて帰って来れた事だけが幸せだったと思う。

直ぐに師匠とナディアを結婚をさせようとしたのは、暴れ出さないように鎖をつける意味合いもあったのだ。


同じ様にあの時の事を思い出していたと思われるタナウスとネルダルからも、小さく落とされた溜息が聞こえて来る。

ルベレントは顔を上げるとザガリルを見た。


「師匠!この鎧は修復しないのですか?」

「ん?ああ。そう言えばしてなかったな。まあ、いつかする。そのまま置いておけ」

「はい」


ザガリルの鎧は、ザガリル若しくはマギルスでないと修復魔法をかける事が出来ない。

力量の無い者がかけたとしても、魔法自体が鎧に弾かれてしまうからだ。


最終決戦で使われたこの鎧は、とても希少価値の高い鎧である。

今まで見た事がないほどに破壊されている事で、ザガリルに捨てられてしまうのではないかと思ったが、どうやら捨てる気は無いらしい。

ルベレントはホッと胸を撫で下ろした。


「さて、そろそろ本題に入るとするか」


呟きを落としたルシエルは、歩みを進める。

そして、壁に掛けられた赤いベルベットのカーテンを力一杯引いた。

その先に現れたものは、水晶の中に閉じ込められた男の姿であった。


「師匠!こんな所に・・」


真っ赤な髪を靡かせたまま、瞳を瞑って眠りに就いているのは、魔王よりも魔王らしいと言われた伝説の英雄ザガリル本人である。


ルシエルに転生した筈の師匠の体が何故?と言う驚きが皆に見える。


「マギルスは知っているが、俺は街に戻ると仮初めの身体を作って、本体は眠りに就かせていた。転生した時は仮初めの体だったから本体は残っているって事だ」


魔王と互角に戦うほどの力を持っているザガリルは、本体に入ったままであると自然と漏れ出す魔力の制御が難しい。

漏れ出した魔力は、様々な弊害を周りに齎らす。

その為、数ヶ月以上一箇所に留まる場合、人が密集して住んでいる街、特にナディアのいる城付近では、仮初めの身体を使い体内にある魔力を遮断する様にしていたのだ。


ついでに、力を抑えさせる為に、マギルスの双剣のうち利き腕の一本を此処に置かせていた。

剣を二本持っているマギルスは、いつでも戦闘モード全開になりやすく、ザガリルが側にいない時に彼を止められる者が居なくなる為である。


勿論、婚姻発表の時もマギルスはここに剣を置いて力を抑え、ザガリルは仮初めの体で出掛けていたのだ。


魔王との戦いで傷付いた体の修復も兼ねていた為、数百年経った今では、完全回復された体が眠りに就いている。


ルシエルは、タナウスに手を伸ばして抱き上げさせた。右手で水晶に触れると呪文を唱える。発光した水晶は、あっという間にその姿を消し去った。



静かに眠りについていたザガリルの漆黒を纏ったドス黒い紫色の瞳が今、ユックリと開かれた。


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