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当て猫娘の鑑賞

 オペラの内容はフェロモンに翻弄される二人の物語だった。主人公の男と女は、反目する家に生まれた。もちろんその為、二人には別の婚約者が存在した。婚約者との仲も悪いわけではない。

 しかし年頃になった二人は、偶然出会いフェロモンでひかれあってしてしまう。最初は婚約者への裏切に苦しむが、体はどうしても運命の相手を求めてしまう。苦しんだ二人は婚約者へ誠心誠意謝り運命の相手の手を握ろうとする。しかしそこで判明してしまう、出自。もちろんその運命は誰も歓迎などせず、引き裂かれてしまう。次第に心を病み、女性は床に臥すようになる。このままでは死んでしまうと気が付いた両親は、長年の確執に娘を巻き込むべきではないと気が付き、相手の家に頭を下げに行く。

 しかし娘はそんな事も知らず、最後の力を振り絞り運命の相手に会いに行く。しかし敵対する娘。おいそれと会う事などできず、門番に押し返され、それが致命傷となる。男は騒ぎを聞きつけ出てきたが、既に娘はこと切れていた。

 それに対して男は狂い、自死していまう。

 二人の死をもって、両家は仲直りをし、死後彼ら二人は籍を入れるのだった――。


「……何という後味の悪さ」

「すまない」

「い、いえ。舞台に文句があるだけで、アーリャに文句があるわけではないので」

 運命に翻弄された悲恋。最後まで純愛を貫いたと言えば、そう言えるのだけど。まるで、両家の確執を取り除く道具になったような……私には後味が悪く感じる。

「この話は実在する話を元にできたそうだ」

「えっ。これ、実在しちゃうんですか?」

「……何かおかしいか?」

 オリビアがギョッとすると、アリスタリフは首を傾げた。あっ。困った獅子というのは、なんだかコメディー感があって可愛いとちょっとオリビアは思ったが、ゴホンと咳をして誤魔化す。


「えっとですね。私からすると、フェロモンにそこまで振り回されるのが不思議なんです。でも、龍種の話なら、アリなのかな? いや、でも。結婚したわけでもないし……」

「確か猫種と龍種の家の話だったはずだ。昔は今よりも差別があったというか、まあ、それぞれの種同士、仲がいいとも言いきれなくてな。この国は烏合の衆の集まりから始まっているから、徐々に認識の差を減らし、差別をせず手を取り合うよう意識改革をしていった歴史があるんだ」

 手を取り合う道を選んだようなことをアリスタリフは言っていたが、最初からすべてが上手くいったわけではない。

 国を統べる者達は、もちろんそれを目指しているし、他の種に気を遣った。しかし国民は、貧しかったり、何か不満があればあるほど、自分とは違う種であることを貶す材料とする。自分が満たされない理由を他者になすりつけ鬱憤を晴らすためだ。そして種の違いは理由付けに、手っ取り早かった。

 見目の違い、生活習慣の違い、性格的な違い。

 様々な違う者達がこの国にはあふれていた。


 でも争って生きていけるような生易しい土地ではない。

 だから不満はありつつも手を取り合った。それを国を統べる者達がさらに促進できるよう意識改革を行っていって今がある。

「まあ、猫種と龍種は、水の油的な部分がありますからね。でもフェロモンにそこまで振り回されている猫種は見たことがないので、何だかピンと来なくて。私もフェロモンを感じないので、今まで見てきた上での話ですけれど」

 オリビアは難しい顔で首を傾げた。

 猫種の多いオリビアの国では、だれもがフェロモンによって恋愛が開始する。でもあくまでそれは入口だ。フェロモンが良い匂いだとしても、上手くいかない例なんて山ほどあるし、逆にもっと良い匂いのフェロモンの持ち主が現れたとしても、別れて新しい人と一緒になるなんてことはよっぽどない。

「ただ彼女はフェロモンとか運命とか関係なく、恋をしただけじゃないでしょうか」


 恋をした事を運命だというのならば、そこまでだ。しかしフェロモンだけでそこまでなるか?というのがオリビアの気持ちだ。

「……そうか。そうだな。恋にフェロモンは関係ないんだな」

「そうですね。全く関係ないわけでもないでしょうが……。だけど人種はフェロモンがない状態で結婚したりするわけですし。やっぱりいくら相性のいいフェロモンだとしても、それだけで死に狂うほどの愛にはならない気がするんですよ」

(というか。もしもそんなフェロモンだけで狂わされるとしたら、恐ろしすぎるわ)

 結婚したからといって、フェロモンが消えるわけではないのだ。そうだとしたら、運命に怯え続けなければいけない。


「そういえば、これがアカシックレコードの考えに基づく話なのですか? フェロモンを誇大解釈したという感じが強いのですけど」

「そうだな。話の内容だけだとそう取れるが、猫種と龍種が何故フェロモンで結ばれるのかは、アカシックレコードで定められているからという概念を持った者が、この物語を書いたと言われているんだ。作者は不明とされ、実際に起きたお家騒動が元になっているんだが、この物語には作者が一言言い残していてな」

「分からないのに、作者の言葉があるんですか?」

「どうやら物語を自由に使っていい代わりに、必ずこの言葉も廃れさせないでくれと、初めてこのオペラを舞台化した演出家が言われたそうだ。その言葉が【運命を捻じ曲げれば、悲劇は大きくなる。バタフライ・エフェクトだ】というものだ。つまりこの二人は、始めから添い遂げさせてやればよかったんだという意味だと思うが、バタフライ・エフェクトという言葉を使うのが分からなくてな。ほら、このオペラのパンフレットにも書かれている」


 机の上に置かれていたパンフレットの一部に書かれた文字をアリスタリフは指さした。

 確かにそこには、先ほどアリスタリフが言った【運命を捻じ曲げれば、悲劇は大きくなる。バタフライ・エフェクトだ】の文字が書かれている。

「バタフライ・エフェクトとはどういう言葉でしたっけ?」

「蝶が羽ばたくと遠く離れた場所で嵐が起こるという理論だな。蝶が嵐を起こしたわけではないが、その動作により様々な事が起こり、最終的に嵐になるというものだ」

(蝶が嵐ねぇ)

 オリビアはイメージがわかず首を傾げた。


「つまり、彼らを運命ではない相手と結婚させようとしたから二人は死んでしまったということでしょうか? でも死ぬのも決まっているというのが、アカシックレコードですよね」

(なんだか、まったく違う理論な気がしなくもないけれど……うーん。物語にどうこういうのはおかしいかもしれないけれどもしも、最悪な事態が死の方を意味してるならーー)

「「嵐が死ーー」」

 アリスタリフとオリビアは同時に同じ言葉を紡いで顔を見合わせた。そしてお互い苦笑する。

「アーリャはこの物語と残された言葉を使って、どう考えますか?」

「私は変えようとした結果が【死】だったのではないかと思う。本来は結ばれるのがアカシックレコードが描く未来だ。でも違うものと添い遂げさせようと周りがした結果、死んだ。そしてアカシックレコードも壊れた。壊れた先に更なる悲劇があるということだろう」

「どんな悲劇だと思います?」

「ここからは私の予想の域だが、もしもあの二人が結婚し子が生まれれば、その子どもはまた別のものと結婚し子をなす。つまり、生まれるはずだった命が生まれないと言うことだ。それによりさらに先の生まれるはずだった命が消える。意図せず多くの命を消したと言うことだ」

 目に見えるのは二人の死だが、その先の多くの運命が狂う。もちろん、アカシックレコードが存在し、それを見たものにしか変わった事など分からないけれど。


「なるほど。生まれるはずだった子と結婚する予定だった人が、その後一人で生涯を閉じたらそれも不幸。違うものと結ばれたら、生まれる予定のなかったものが生まれ、逆に生まれるはずだった命が消えるかもしれない……。もしもやり直せる力があっても、地獄ですね。その先で生まれた命の選択までさせられるんですから」

 しかも生まれた命が誰かの命を救ったり消したりするとき、どんどん改変は大きくなり、悲劇が増える。救われたものもいるかもしれないが、悲劇を起こす罪は消えない。


「まあ、そんな力ないんですけど。でも想像すると面白いですね。この物語は好きではないですけど、アーリャと考察するのは楽しいです」

 オリビアが笑うと、アリスタリフもまた嬉しそうに目を細めたのだった。

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