人間社会の真偽や如何に
先日他作品含めて投稿開始から1年を迎えました。
人間の学生のうち、ざっくり見た感じでは7割くらいだろうか。そのくらいの数の学生が、所謂紙とペンを持っておらず、黒板とチョークを用いた、計算やメモ書きに使う程度の板を持ち歩いていた。残り3割のうち、羊皮紙とインクを用いたペンを使っているのが半分くらい。残りの半分は紙と筆記具、あるいは何も使っていないと思われる。
自分自身は話半分に聞いていたが、ドットブックが映像とやらの話をしていた、とリンから後で聞いた時には、紙が作られていない……よその国が生産できているが輸出量を絞っているとか、あるいは大量生産できていないとか、利権が欲しい奴らがわざと出し絞っているとか。おそらくそれらの理由のどれか、あるいは複数で使用は金持ちの道楽と言える範囲なのだろう。
映像の方もどういった仕組みで絵を投影できているのか気になるが。紙が十分にできている訳ではないのに、紙より薄いナニカ……いろいろちぐはぐな気がするのだが。誰かの開発した道具だったらそれほどおかしなことでもないのかもしれないが……それでも。
「やっぱり、カードゲームが流行するほどには紙が流通しているわけではない。肝心のカードゲームそのものも、賭場以外では見ていない」
レッドウィング=スターは呟き、ノートに箇条書きとして残し思考を回す。筆記に関するマナー、というものがないという事ではなさそうなので、単純に生産の類の問題であるか。
「真偽が逆だったか、それとも癖そのものが嘘か……」
もしあの教師が外見通りの年齢ではないとしたら、我々のような密偵かもしれない魔族に対して警戒するのは確かに正しいことだ。まあほかの誰かに吹き込まれた可能性もあるが、そういった可能性を考えるのは後の事、もう少し情報を獲得してからだろう。
我々は学生だ。単純な生きた年数で言えばここの教職員より長いかもしれないが、それでも1人を除いて学生の身分に収まる程度の技能でしかないのだ。
こちらの学生と同じように、いろいろなことに興味があるし、落ち着かないし、大人になりたいし、子供でいたい。
平和になった現代においては、我々のような半端な精神状態の魔族は密偵には向いていないのだ。
「んんんんんんーーーー」
授業中に唸ってしまった。何人かの生徒がこちらを向くが、授業の進行には影響を及ぼしていないようだ。
マナー違反だったが見逃されたか教師には気づかれていないか、あるいは後で説教を受けるか。
いろいろと考えたくないこと、考える必要があることが山積みになって。
このまま時間が止まってしまったらいいのに、なんて思ってしまった。
……考えなくても、別に報告に纏めておけばいいだけか。情報収集を命じられたが、そのあたりは、危険がない範囲で考えればいい。
箇条書きした部分に線を書いて塗りつぶす。
タマとリンはどうしているのだろうか。
ツブサとドットブックは同じ教室にいるはずだが、少し離れていて視界には入らない。探知をかければ分かるはずだが、自分が心配するほどの問題はないだろう。2人とも学力だってそれなりに優秀なのだ。
リンの方は遺跡の探索許可が下りたので調べているはずだ。あの子の技術があれば、『モンスター』が魔物なのか正気を失った別の種族か、まあそういったものを区別することができるだろう。
タマの方は図書館に行くという主張こそしていたが、実際はそうではないのだろうと踏んでいる。少なくとも図書館棟のほうには向かっていなかったからな。
面倒なことにならないのだったらどこでもいいか、とは考えているが。
タマにとっての調べるというものが、我々の考えているものと同じとは限らない。
難しいことは後回しにする、という自分の中の方針を決めたところで、授業の方への集中を再開する。
魔同理論。魔術や魔導ではなく、魔同。魔道具作成のときは結構重要な理屈になっているらしい。
魔王国では習わなかったな。必修項目には入っていなかったはずだが……履修項目にあっただろうか?
リンもある意味では魔道具みたいなものだが、そのあたりはどうなんだろうか。
興味の向いた勉強とは面白いものだ。興味が向くかどうか、というのと、それが理解できるか、あるいは活用できるか、というのはまた別問題であるが。
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タマは確かに図書館に向かっていた。だが、その図書館というのは学校にある図書館ではない。
王宮、所謂行政の中心にある図書館、近衛兵士でも閲覧が許可されていない書架にある、羊皮紙をまとめた束となっている本を読んでいた。
読んでいるのは帳簿。税収や支出、特許や献金、罰金刑による支払と賭場、それから輸出入。
龍魔石の輸入量が減っている様子が確認できる。年々、少しずつではあるが。小さな誤差にも思えるかもしれないが、表記の通りに30年の間毎年減少していれば、最終的な数値は誤差で済まされないものになるだろう。
「30年前あたりから、何かしらを魔力燃料として転換できるようになった。それが何かは気にしないとして……外貨を手に入れるどころか、商売取引すら難しくなってくるわけだな?」
いくつかの項目に目を通し、記憶していく。この程度の量ならば技能を遣わずともいいだろう。問題があるとすれば、忍び込んだことが誰かに露見することか。
「魔王陛下にはバレてしまうのは、まあ気にしないでおこう」
周囲に気配はない。鼠どころか羽蟲の気配すらないという異様さすらではあるが……だめだ、ここは怪奇しい。生物どころか埃の動く音も、光の気配も、空気が揺らめく気配もない。
「はやめに気付けて良かったな……逃げるか」
他の魔族や人間ならば、早めどころか致命傷状態だったのだが……彼女は書架に束を戻し、いつの間にかいなくなっていた。
防衛機構はいつの間にか止み、最初から何も完治していなかったかのように、空調や光を元に戻す。
「さて、情報を盗まれる前になったわけだから、自分からこの情報を伝えることはできないけれども」
今回の揺り戻しは比較的小さなものだった。情報を獲得した記憶まで戻されてしまえば、おそらく永久に繰り返していただろう。
「あれだな、単純に龍魔石の輸出量を聞けばいいか」
言えないという事は別に教えられないという訳でもないし、説明はできなくても察せるように誘導することだってできるのだ。どういうことか、と聞かれれば調べればわかる、あるいは自分で考えろと適当に言えばいいのだ。
「嫌われるのはよくあることだ」
タマはククっと喉を鳴らすように笑うと、次の授業には間に合うだろうか、と考えながら学園に向かった。
===******===
異常なまでに暗い。遺跡に入ってから、リンが最初に抱いた感想だった。松明を付けたところで、7歩ほど先の場所が見えなくなっている。聞いた話では光源を複数用意するといいという事だったが、両手に松明などという、何かが襲ってきたときに対応することができない格好を取ることはできなかった。
結果、革製の硬い帽子を購入し、それに松明を3本結び付ける。すべてが同時に消えることがないようにと、すこしずつ燃料油の量を変えておく。
見た目には相当おかしいとは思うが、多少は視界がマシになったので背に腹は代えられないといったところか。
「材質は……なんだろう。金属ではないと思うけれども、光沢がある。削り切った石……触った感触は、龍魔石に近い感じ」
声に出すことで自分に伝える。その場での感想を音にすることで、思考ではなく聞いたことを再現して、あとで伝えることを容易にする。
「気味の悪い音……ゴブリンや狼の鳴き声とも違う、不快な音」
おそらくではあるが、『モンスター』と呼ばれるものの声だろう。が、確証がないのでそれについては言及しない。
「不快な音の正体と思われるものが、他の音を立てていない。足音や呼吸音、あるいは稼働音。ただの不快な音だけが聞こえている」
レイスなどの亡霊系の存在がいたとしても空気は動くし、魔神などが相手であるならば心音のような何かが聞こえるはず。警戒しても、どうにもならないことではあるが……ほかの学生も入って来ていることがある場所。間違えれば事故もあるだろうが、何もできずに身体を消し飛ばすような攻撃力はないだろう、と考えている。
「壁画。暗いせいで正確な色は分からないが、黄色く塗られた種族が、黒く変化していく様子が書かれている。文字は解読不能。私たちが今使っている言語ではない、と思う」
壁画はひび割れて読めないものと、充分に絵として見れるものがある。剥がして研究したいと思ったのか、採掘具がいくつか置いてある。
「壁画を対象にした採掘はあまりいい進行状況ではない模様」
つるはしとハンマーで挑んだのであろうが、壁は殆ど削れていない。そんな壁が削れている場所があって……いったいどのくらいの昔から、これは存在しているのだろう。
「ひび割れを確認……床面にあるひび割れは、見ているだけで吐き気を感じてしまうような、黒い緑色の光を……それと、さっきの不快な音の原因もそこから」
近づかないほうが良いだろう。別の道順は無いものか。いくつか分岐があったから、奥に進むという事自体はできなくないだろう。
そう考えたところで、
床のひび割れが光を噴出させ始めた。
「視界は確保できるようになった。だけどもこの光を見ていると……呪いをかけられる最中のような、そんな不快感がある。撤退す……」
ひび割れにあるわずかな影が、形を取った。
人の指にも満たない程の小さく短い脚を22対持ち、中型スライム……つまり自分の身長よりもすこしばかり小さい程度の、毛むくじゃらの存在。
に見えなくもない影。
咄嗟に下がった判断が良かった。
そいつは音もなく吠えるような動作をしてから、再びひび割れに戻っていった。同時に、ひび割れの光は収まる。
「光が強くなる時にはひび割れに近寄らないほうが良い。不快な音源はひび割れの方から常に聞こえている。影のようなもの、モンスターは」
息を呑む。普段のリンならそういう動作はしないだろうが、言うために一息必要だった。
「あいつらはどこにもいない。死体だとか亡霊とかじゃなくて、見えるうえに攻撃してきたり、あるいは反撃できるモノなのに……その場所に存在していない」
あいつらは、何なのだろう?
モンスターや遺跡については、とあるゲーム3本から大きく影響を受けています。




