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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
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第四十一話 約束の木

 空から流星のように落ちてくる雨の如く、無数の鋭い刃が薙斗の頭上を襲った。


「ぐっ――、二竜剣!? そうきたか……!! ……って、それよりも――」


 数十にも分裂複製された、全てにおいて実体を持つ直刃の剣が、薙斗の総身の上に雨のように落ちる。背中へ、左腕へ、右太腿へ……それ以外にも身体のあちこちを刃が掠めた。


 痛みは当然ある……が、だからと言って立ち止まろうものなら、まち針のように全身を串刺しにされてしまう。そう瞬時に判断した薙斗は、速やかに剣の雨から逃れるため後退せざるを得なかった。


 宝剣・二竜剣の恐ろしいところは、この数に物を言わせた制圧力の高さだ。


 一本一本の威力はそれほどでは無くとも、その数が数十、数百にまで及ぶとなると話は別。脅威でしかない。


 そんな恐ろしい思いをしておきながら、薙斗にはさらに気懸かりなことが。


「逢花……、剣を二本も同時に呼び出せるなんて、俺は聞いてなかったぞ……」


 逢花の頭上の周りにはざっと百を超える分裂した二竜剣が。そして、逢花を守るように正面に浮かぶ操技絶剣(アンサラー)が、こちらに切っ先を向けている。


「それはそうですよ。複重召喚したこと自体、久しぶりですからね。ナギトさんが知らないのも無理はないです」

「説明とフォロー、サンキュ。礼ついでに聞くけど、それで終わりだよな? ……まさか、()()()()呼び出せるなんてオチはいらないぜ?」

「…………」


(おいおい……その沈黙はやめてくれ。それってつまりは……)


「それはナギトさんの手で確かめてください」


(できるって言ってるようなものじゃないかっ!!)


 既に薙斗の身体三箇所には剣が突き刺さったままの状態。それ以外にも身体の至る所に裂傷があり、流れ出た血によって服とズボンが赤黒く染まっている。


 見た目の痛々しい傷以上に深刻なのは――


「ナギトさん、もう止めることをお勧めします。限界を超えた力の行使で、本当はもう立っているのも辛いのでしょう?」

「…………よくわかってるじゃないか」


 切り傷だらけで血塗れ。身体中の筋肉もあちこちが断裂。身体の一部が痙攣さえ起こしている始末。


 誰の目から見ても、逢花が優勢で覆る余地すらない。それが理解できていない薙斗ではないだろうに、薙斗の瞳は諦めるどころか、尚も闘志を(たぎ)らせている。


 折れない。


 逃げない。


 諦めない。


 そう、無言で訴えかけているように、逢花には思え――


「ナギトさんって、意外と頑固ですよね」


 張り詰めていた表情を崩し、逢花が笑顔を見せた。


「ああ、そうさ! 俺は頑固だぜ! 気付くのが遅かったな! だから俺は絶対にお前を連れ戻す!! 水葉の元に! 珠々香の元に! そして……俺の元に連れ戻す!!」


 一瞬、何を言われたのかわからず、逢花の思考が吹っ飛んだ。


 圧倒的に逢花有利のこの状況で、何を言っているんだと、他の人が聞けば正気を疑うかもしれないほど、力の差ははっきりとしている。


 それでも薙斗は、逢花を()()()()と言ってのけた。


 頭の中で薙斗の先程の言葉を反芻(はんすう)する度に、逢花の思考が徐々に理解に及ぶ。 


(絶対に連れ戻す……かぁ。本気……なのですね……。ううん……本気に決まってる。そんなの今更確認しなくてもわかる! ……そうでなかったら、こんなに傷だらけになってまで、私の前に立ったりしないもの――っ! ……いつだって本気ですものね、ナギトさんは)


()()()()()()()()なんて……なんだか、告白されてるみたいで照れますね」

「ぬっ、な……ふむ……」

「ぬ?」


(もしかして……、彼女の母親の面影があるから、俺は子供の頃から憧れていた逢花の母親に、てっきり逢花を重ねていたんだと前から思ってたけど……そうじゃなかったのかもな……)


 おそらく冗談で言ったであろう逢花の何気ない言葉。


 しかし、それは薙斗自身ですら気付けていなかった、薙斗の胸の奥にずっと潜んでいた、()()()を揺さぶる結果となった。


「もし、本当にそうだったらどうする?」


 本当にそうだったらとは、逢花が軽く口にした告白の話。


 薙斗も冗談で返してきたのかと思った逢花だったが、そうでないことを薙斗の真剣な表情が、自身の考えを否定する。


「こんなのが告白でしたら最悪ですね。ええ、最悪です。最悪過ぎて忘れられそうにないほど最悪です」

「……そこまで言うか。……えと……俺、こんなこと女の子に言うの初めてだったんだけど……、そこまで言われると俺の方が忘れられなくなりそうで……」


 今までは潜み抱き、やっと表に沸き出た心は、男女問わず誰しもが持つ()()――


 それを知った時には、呆気なく玉砕……


 とはいかず――


「だったら、私に勝ってみてください。勝って私にちゃんとした告白をしてください。そしたら、私もちゃんと答えます」

「――!! ……はは。結局、最初に行き着くわけか」

「ええ。わかりやすくて良いでしょう?」


(まったく、わかり易すぎて涙も出ないな。こっちはもう戦える状態じゃないっていうのに、向こうは無傷ときたもんだ。肝心の実力差を縮める方法もないっていうのに……。無い無い尽くしで告白する機会まで無かったことにされるパターンか!?)


 絶望的な状況で、けれど薙斗は清々しく笑っていた。


(だったら諦めるのか? ……そんなわけにいくか! パターンなんてクソ食らえだ! なら、俺のやることは決まってるっ!!)


「そろそろ決着つけようか」

「そうですね……」


 どちらかと言わず、 またしても薙斗が先に動いた。


 元々、薙斗の能力は単体相手に限定して汎用性は高いが、どちらかと言えば、攻めに専念してこそ真価を発揮する。


 一方で逢花は、そんな薙斗の持てる力の全てを否定しようと待ち構えている。まるで「()()()()()では私を救うことはできない」とでも言うかのように。




 もしも逢花が勝利した際、寸分でも自分を助けれる可能性が残っていれば、どんなに危険があろうとも薙斗がそれに縋るかもしれない。例え、逢花がそれを望んでいなくても……。


 なので、逢花は徹底的なまでに薙斗を倒すだろう――


 二度と自分を助けたいと思えないほどに心を砕く。


 結果、自信喪失して、誰とも戦えなくなったって構わない。


 マジョカルに狙われなくなるのなら、もう薙斗が危険な目に遭うことも無くなるのだから。


 身体の傷は、薙斗が自分の能力で回復力を高めれるし、珠々香の治癒の力は目を見張るものがある。


 きっと大丈夫だ。


 生きてさえいてくれたら……それで良い――。


 ――それが逢花の想い。




 故に薙斗がイニシアティブを取るのは必然だった。


 薙斗を第一に待ち構えるは、剣の雨を降らす宝剣【二竜剣】――


 臆することなく、薙斗は120%の自身の最高速で正面から突っ込んだ。


(中途半端に立ち止まれば、それこそ剣の波に呑まれる! けど、最速で動けば、当たりはしても数は大分少なくて済む……今更傷が増えたって関係ない!! どうせ、これが最後だ――っっ!!!)


 肩に、背中に分裂した二竜剣が突き刺さるがどれも致命傷とはならず、痛みを堪えながらも怯むことなく薙斗が進む。


 増殖した二竜剣の雨を抜けると、すぐに薙斗はこの場の()()に気付いた。


(ついさっきよりも……暗闇が深い……?)


 道端にある石灯籠の灯りが消えていないにも関わらず、周辺への明かりを失い、その役目を果たしていない。けれど、灯籠の火は灯されたまま。まるで空間そのものを闇が呑み込んでしまったかのよう。


(この異常、気にはなるけど……今、スピードを緩めたら、せっかく振り切った二竜剣に追いつかれてしまう! ……このまま突っ切る!!)


 周りの異常さに戸惑いを見せたのも一瞬、すぐに迷いを捨てた薙斗。当初の目的通り、逢花に向かって一直線に突き進むのみ。


 迎え撃たんと、次に薙斗の前に立ちはだかるのは、逢花の正面で守るように浮上する魔剣【操技絶剣(アンサラー)】……


 ……ではなかった!


 異常に気付いた時、薙斗はもう少し警戒すべきだったことを、後になって悔やむことだろう。実際に自分の目で見たことはなかったが、その魔剣の存在を水葉から聞かされて知っていたはずなのだから。


 いつそこにいたのか、逢花の両隣に主人を守るように一歩前に出て並ぶ守護者……と言うには、あまりにも()()()()()()が闇の中から姿を出した。


 夜の闇に紛れて現れたのは、成人男性の身長ほどの巨大な頭蓋骨。それを支えようとして、そのアンバランスな重さゆえに支えきれず頭を垂らしている。頭以外は通常の人骨……いや、二体それぞれで片腕の大きさも異常。片腕の太さはまるで丸太で、それが手にする武器も巨大。2メートルを超えるぶった切り包丁だ。


 逢花の持つ、もう一つの魔剣【呪刻魔光剣(クラウソラス)】の存在を、この時になってようやく薙斗は思い出すことに。


 左右の骸骨が、互いの巨腕が手にする包丁を薙斗目掛けて横から払うと、突風が吹き起こり、地上の砂煙が舞い上がる。


 砂煙が逢花の視界を塞ぐ。


 巨腕が繰り出す破壊力はその一刀を見るからに凄まじい。勢い余った力によって、刃と刃が激しくぶつかり合うと、金属が擦れ合う大きな音に遅れて火花が派手に飛び散った。


 けれど、そこに薙斗がいないことは、逢花は重々承知済み。


 すぐに砂埃の中から、人影が姿を現した。


 その姿から、一切走る速度を落とすことなく、低姿勢となって、巨大包丁を掻い潜って避けたのだとわかる。


 薙斗は驚いた。


 なにも視界が塞がれていたのは逢花だけじゃなかったことに。


 巻き上げられた砂煙の中から飛び出て、最初に薙斗の双眸が捉えたのは魔剣を上段の構えで振りかぶった逢花の姿。


 手にしているのは呪刻魔光剣(クラウソラス)ではない。


 操技絶剣(アンサラー)でもなかった。


 目に映るのは刀身が黒く変化した、操技絶剣のもう一つの顔……剣装変化した魔剣【報復する剣(フラガラッハ)】――


 溢れ出る仙力が光燐となって、剣装変化した魔剣の切っ先へと立ち上っていく。


「天仙の山々に住まう逢花がここに命じます。光点の星々、闇中の輝き、集いて我が剣となれ……」


 詠唱が終わりを迎えようとしている。


 二竜剣も呪刻魔光剣も、この為の布石だったのだ。


 普段は詠唱を必要としない逢花が、詠唱を必要とする魔剣【報復する剣(フラガラッハ)】の解放された力を振るうための時間稼ぎに――


(くそっ、山の形を変えるほどの一撃だぞ!! こんな近くで、そんなもの喰らったらひとたまりもない!!)


「抵抗は無駄ですよ? この距離、絶対に外しませんし、無論受け止めるなんて(もっ)ての外。ナギトさんの攻撃も間に合いま……!?」

「それはどうだろう、なっ!!」


 いつも通りエネルギーのコントロールによって強化した拳を振るっても、剣を作り出したとしても、逢花の言う通り絶対に間に合わない。


 剣撃と呼ばれた逢花の巧みな攻撃を掻い潜るために、薙斗が選んだのは最高速の脚力。今、エネルギーを集めているのは両足のみだ。


 ここからエネルギーの移動を行うのは、身体への負担も然ることながら、時間も必要とする。移動するエネルギー量が多ければ多いほどに。特に時間に関しては数秒のことであるが、今はその数秒が喉から手が出るほど惜しい。


 よって、薙斗の攻撃は間に合わない。


 逢花の知る薙斗の()()ならば――


「足――!?」

「間に合わなければ、間に合わすだけだ――っっ!!」


 利き足である右で蹴り上げる薙斗の足が、銀髪の少女には伸びて見えた。


 実際はその通りだが、伸びたのは足ではない――


 ――エネルギーを凝縮した光の剣だ。


「【閃劫命刻(ラ・シエルタ)】!? ……行儀の悪い!!」


 こんな時に行儀も何もあったものじゃないだろうと、薙斗は頭の中で一人ツッコみたい気持ちが沸き起こるが、もちろん、蹴り上げる足の動きを止めるような馬鹿な真似はしないし、ツッコミもしない。


 エネルギー移動する暇がなければ、移動せずにそのまま使えば良い。


 その発想から生まれたのが【閃瞬(ラ・ヴァーナ)】と【閃劫命刻(ラ・シエルタ)】の複合――。足で剣を握る……と言うよりも、足に義足のように備え付けた仕込み刀のような姿。そしてエネルギー状で形を成している、その仕込み刀は従来のものとは違い、エネルギーを集めれば集めただけ光り輝く刀身を伸ばしていった。


 上段に構えているため、ガラ空きとなっている逢花の腹部目掛けて、速さと攻撃力を兼ね備えた光の刃が強襲する。


 だが、そこはさすが剣撃――


 これを黙って好きにさせる逢花ではなかった。


 最強の一撃を放つために必要な溜め時間。


 間に合わないとふむと、すぐにそれを諦められる機転。


 威力を抑えた分、剣を振る始動を早めることができた、逢花必殺の一撃がついに放たれた――!!


「【交差する斬撃(エ・フォルダス)】――――っっっ!!!!!!」


 光と光が互いの領域を侵そうと飲み込んでいく。


 至近距離からの二人の必殺と言える一撃が、夜の帳を一際明るく照らしていった。






  ***






 近頃は夏が近いと思わせるに十分な暖かい気温が続いていたが、まだ朝の4時半ともなるとその限りではない。


 障子を開けると、すぐに家の縁側。庭の景色を一望できた。


 そこに一本の、月之杜神社の神籬ひもろぎとされる、神の依代とされる桜の大木が大地にどっしりと根付いている。残念ながら桜の花は散った後で、先月までの華やかな桜の装いを見た後となれば、どこか寂しさを見る者に与えた。


 だが今、薙斗にはそれよりももっと()()()()ことがある。


(逢花との戦い……俺が負ければ、逢花はマジョカル……第十三師団へ加入しに団長の元へ一人で行くと言っていた。……俺が勝てば、逢花は俺たちの元に残ると約束してくれた。そして……、その時は俺の気持ちを逢花に伝えることができる――)


 意識が目覚め、真っ先に薙斗の思考をその想いが埋め尽くした。


 急く気持ちが、自然と身体が障子へ……そしてその先にある庭へと向かわせた。


 かつて自分と逢花と水葉、三人が共にいようと約束した桜の大木を求めて――。




 外から屋内に吹き込む冷気を伴った風が、薙斗の肌を刺す。


 後ろで水葉と紅栗が、憂いの籠もった視線を向けているのだが、今の薙斗にはそれすら気にかける余裕がない。声を掛けられたとしても、きっと気付かない。


 それほどに薙斗は、目の前の光景に目を奪われてしまっていた。


「逢花……」


 そこに逢花は……




 ――――いなかった。




「……ナギ……逢花はもう……いないわ……」


 絞り出すように、涙声で言う水葉の言葉を聞いて、薙斗は全てわかってしまった。


 もうここは、逢花にとっての居場所ではないのだと――。




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